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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

558:意味不明な儀式

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 ピュロロロロ~♪ ピュロロロロ~♪
 ピュロピュロピュロロロ、ピュロロロロ~♪

 ホェーン♪ ホェーン♪ ホェーン♪

 パロパロパ~ン♪ パロンパロ~ン♪

 様々な大きさの、様々な形をした笛を吹き、様々な音色を奏でる紅竜人の楽隊。
 その数およそ三十人。
 揃いの黄金の衣装に身を包んだその姿は、東の空より差し込む太陽の光の下では、煌びやか過ぎて直視できないほどだ。
 笛は、濃い茶色の光沢のある物で、何やら土で作られているらしいが……、その形は本当に様々で、蛇を模した細長い物や、お皿の様に平べったく丸い物、紅竜人の頭蓋骨を模した気味の悪い物まである。
 音色は、決して柔らかいとは言えないもので、低い音程であっても甲高く聞こえるほどに、耳障りが悪い。
 その笛の音を聞きながら、地面より立ち昇る異様な黒い煙を、前に立つ兵士の背後に隠れながら、俺は凝視していた。

 あれは……、なんていうか、めちゃくちゃヤバい感じがするぞ!
 何なのかは分からないが、ただの煙じゃない事だけは確かだ!!
 すっげぇ~嫌な感じ……、すっげぇ~……、嫌な感じっ!!!

 何の変哲もない草の生える緑の地面から、まるで漏れ出るようにして立ち昇るその黒い煙に、俺は全身に冷や汗をかいていた。

 現在の時刻は、太陽の位置から推察するに、恐らく午前八時頃。
 ロの字型をした王宮のど真ん中、中庭とも呼べようその場所の、全面がガラスで出来た比較的小さなドームの中で今、厳かで怪しげな儀式が執り行われている。
 なんでも、生贄の儀式をする為の、前段階の儀式なんだとか。
 儀式をする為に更に儀式をするって……、ややこしくて意味分からんわ。

 ドーム内には、沢山の紅竜人が集っている。
 中央にほど近い場所にいるのは、宝石などの装飾品をゴテゴテと身につけた、顔色の悪い、ガリガリに痩せ細っている九人のお姫様達。
 そのすぐそばに、笛を吹く楽隊が一列に並び、白いローブに身を包んだ複数の大臣達の姿も見える。
 彼らの周りを囲うのは、数十人に及ぶ、鎧に身を包んだ兵士達。
 侍女の姿は見当たらないものの、王宮内に暮らすおよそ百人超の紅竜人達が、このドームに大集合していた。
 しかし残念ながら、これまで一度もお目にかかれていない王様の姿は、今回も見当たらない。
(イカーブ曰く、王様には呪いをかけたとか言っていたが……、大丈夫なんだろうか?)

 大きく円を描くようにして立つ彼らの中心にいるのは、他でもないあの宰相イカーブだ。
 前日に目撃した本来の人間の姿ではなく、紅竜人に化けているイカーブは、何やら真っ赤な宝玉が先端に装着されたロッドを手に、天に向かって祈りを捧げている。
 体のどこかに、あの悪魔を閉じ込めている亡者の玉を隠し持っているのであろう、白いローブを身につけた全身に、おどろおどろしい強烈な腐敗臭を放つ黒い煙を纏っている。
 その格好のまま、真っ黒な煙を立ち昇らせる地面に跪いているもんだから、その辺り一帯はまるで火災でも起きているかの如く、もうもうと黒い煙に巻かれてる。
 そして、イカーブがロッドを大きく振り上げる度に、周囲の黒い煙は大蛇の如くうねり、俺に恐怖を与えてくるのだ。
 
 うひゃあぁぁ~、おっかねぇえぇぇ~。
 よくもまぁみんな、平気な顔でここにいられるなぁ。
 俺以外の者には、この黒い煙が見えていないのだろうか?
 キョロキョロと視線を泳がせながら、周囲の様子を伺う俺。
 案の定、他の者は誰一人として怯えていない。
 やはり、あれは俺にしか見えないらしい。
 ……何故??
 
 このガラスのドームの内部は、色とりどりの花々が咲き乱れ、美しい蝶達が優雅に舞う、とても幻想的な空間だ。
 清らかな水が噴き出す噴水がいくつかあって、流れる水のせせらぎの穏やかな音が聞こえていて……
 なのに、中央の地面から発生しているこの黒い煙は何なんだ。
 楽園の中にあって、そこだけは地獄の入り口かのような雰囲気だぞ。
 しかも驚く事に、俺以外の誰も、その煙に気付いていないようなのだ。
 かなり焦げ臭い匂いが辺りには充満しているというのに、顔色一つ変えず、彼らはその場に留まっている。
 イカーブの放つ煙もかなりヤバいが、この地面から立ち昇る煙も相当なもんだぞ。

 何故こんなに煙が?
 地下で火事でも起きてるのか??
 こんなに大量の煙がモクモクとしてるというのに、みんな平然としているなんて……、アホなのか???

 俺なんて、臭いし気味が悪いしで、この集まりのほぼほぼ最後尾にいる兵士の後ろから前を覗くだけで、ほんと精一杯ですよ。
 これ以上は、一歩も近付きたくないですね、絶対に。
 鼻がひん曲がっちゃうよ。
 ……ついでに言っておくと、周りにバレると厄介なので、隠れ身のローブで姿を消してます、勿論そうです、はい。

 あまりに異様な儀式を目の当たりにした俺は、少々フリーズしていたものの、ハッと我に返る。

 しまった!
 こんな所で、こんな意味不明な儀式を見学している場合ではなかった!!
 早く行かないとっ!!!

 回れ右をして、俺はその場をそっと離れた。 







 数分前。
 チャイロの食事と湯浴みを終えたトエトは、生贄の儀式の準備をしないといけない、とかなんとか言って、チャイロの部屋を出ようとした。
 すかさず俺は、部屋の外に出るチャンスだと思い、トエトの後を追わせてもらう事にしたのだ。
 トエトは、見つかれば地下牢に入れられますよ!? と反対したが、俺が姿を消せる様を見せると、驚きながらも了承してくれた。
 
 一度厨房に向かうと言うトエトから離れて、俺は一人、王宮の中をコソコソと歩き、地下牢へと向かった。
 無論、捕まってしまったティカに会う為だ。
 その道中で、先ほどの奇妙な儀式を目にし、しばし立ち止まっていたわけだが……
 今は真っ直ぐに、ティカのいる地下牢へと歩を進めている。

 ……そもそもの話だが。
 何度も言うが、俺がチャイロを救おうとしているのはティカの暗示のせいなのだ!
 ティカが俺に、チャイロ様を孤独から救ってくれ~なんて頼むから、人の良い俺はまんまとその気になってしまったのである。
 こうなってしまった以上、捕まっちゃっただかなんだか知らないが、ティカにも最後まで働いてもらわなくちゃならないっ!!

 一応、グレコが助けに来てくれるから、俺が泉に沈む事はないだろう。
 具体的な計画は無いけれど、グレコの事だから、きっとなんとかしてくれるはずだ。
 加えて、チャイロの希望通りに、泉の底にあるというロリアンの鍵を手に入れなくちゃならないとしても、不細工なゼコゼコを呼べばいい。
 泉の水を全て無くす事ぐらい、奴にとっては朝飯前だろう。
 逃げ道は既に確保できている、けれど……
 それでもやはり、味方は多いに越した事ない。
 俺の見立てでは、ティカは、ギンロに負けずとも劣らない剣の腕の持ち主なのだ。
 いざって時は頼りになるはずだ。

 それにだ、ティカは今、捕まってしまっている。
 もしこのまま、ティカも生贄にされてしまうようならば、俺がティカを助けなければならない。
 何故ならば、ティカは、俺を献上品として無事に王宮に潜入させてくれた人物であるわけだから(意味は無かったけどね!)、仮にも恩がある。
 受けた恩はきっちり返さないとね。
 
 だけども、今の現状や今後の段取りを、ティカに何も伝えずに現地に赴くのは危険極まりない。
 紅竜人は、往々にして猪突猛進的な思考を持つ種族だと、俺は感じている。
 その中でもティカは、意外と冷静な方ではあるみたいだけれども、下手に暴れられてしまえば、逃げる機会を失い兼ねない。
 それだけはどうしても避けたい、絶対に。

 ……という事で、俺は今、ティカのいる地下牢へと向かっているわけである。
 通路を行く侍女達をサラリと交わし、巡回する兵士達の監視の目を潜り抜けて(姿を消しているから気付かれるわけないんだけどねっ!)、地下へと続く、一段一段の段差がとても大きな階段を、細心の注意を払いながら降りて行った。

 見張りの兵士に気付かれる事なく、金ピカの地下牢へと潜り込んだ俺は、そろそろと通路を歩いて行き、そして……

「あ……、うわぁ~、酷い……。派手にやられたね」

 目の前の光景に顔面蒼白し、俺は思わずそう呟いた。
 視線の先にいるのは、地下牢の檻の中でうずくまる、一人の紅竜人。
 身につけていたはずの鎧を脱がされ、露わになった全身には出来たばかりの無数のアザが見受けられる。

「も……、モッモ? そこに……、いるのか??」

 聞き覚えのある声が、弱々しく響き渡る。
 どうやら視力が著しく低下しているらしく、俺を視界に捉えられずにキョロキョロとしている彼は、間違いなくティカなのだが……
 凛々しかった顔は、ボッコボコに殴られて変形し、肩が外れているのか、右腕はダラリと力なく垂れ下がっていて、太く逞しかった尻尾は、お尻の付け根からチョン切られて、失くなってしまっていた。
 
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