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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

544:興奮

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   ガチャリ、ギーっと音を立てて、ゆっくりと開かれる扉。
   その先に広がる、薄暗い子供部屋の真ん中に、チャイロは座っていた。

「あ! モッモ!! と……、誰、ですか?」

   俺とティカの姿を目にしたチャイロは、キョトンとした様子でそう尋ねた。
   
   チャイロは積み木で遊んでいたようだ。
   地べたに座るチャイロの周りには、もはや芸術とも言えよう積み木の町が出来上がっていた。

「あ、あのお方が……、チャイロ、様……?」

   ティカはビクビクした様子で、俺の後ろに立ち尽くしている。
   既に正午を随分と過ぎている為に、窓に掛かったカーテンの隙間から漏れ入る外からの光が凄く少なくて、部屋の中はとても薄暗い。
   恐らくだけど、あまり視力の良くない紅竜人のティカの目では、チャイロの姿を明確には捉えられていないだろう。
   だから余計に緊張しているのだろうが……、今までどちらかというと偉そうで、常に自信満々だったティカがビクつく様は、正直面白かった。

「チャイロ、おはよう! よく眠れた?」

   緊張のあまり一歩も踏み出せないティカをその場に残し、俺はごく自然な感じでそう言いながら、チャイロの元へ歩いて行く。
   ちょっぴり優越感を感じながらね。

「うん、よく眠れたよ。ねぇ、あの人は誰なの?」

   扉の前で固まったままのティカを指差して、不思議そうに首を傾げるチャイロ。

「彼はティカ。王宮の兵士だよ。ちょっと訳があって……。彼にも、この部屋に入ってもらってもいいかな?」

   俺の問い掛けに、チャイロは一瞬考えるような素振りを見せる。

「う~ん……。うん、いいよ! 彼は、とても正義感に満ちているから」

   ニッコリと笑って、チャイロはそう言った。
   その言葉の意味はよく分からなかったけど、とりあえずティカが入室しても問題なさそうだ。

「良かった。ティカ、こっちにおいでよ!」

   石にでもなってしまったかのようにピクリとも動かないティカに対し、俺は手招きする。
   かなり優越感を感じながらね。

   ティカは、まるでロボットのようなカクカクとした動きで、ゆっくりと此方に向かって歩き出す。
   そして、なんとかチャイロの姿をその目で鮮明に捉えられる位置までやって来たティカは、またしても動きを止めて固まった。
   
「そ……、創造神、様……?」

   小さな小さな声で、ティカはそう呟いた。
   潤いのある大きな瞳、頭部に生えているオレンジ色と緑色のグラデーションが美しい羽毛、全身を包む真っ黒な鱗。
   チャイロの姿をハッキリと認識したティカは、自然と膝を降り、姿勢を低くしてその場に跪いていた。

「え、えと……? こんにちは、初めまして」

   跪くティカに対し、どうしたらいいのか分からないチャイロは、お行儀よく挨拶をしてペコリと頭を下げる。
   するとその行為に、ティカは目を見開きながら驚いて、視線を上下左右へとバラバラに動かしていた。

   ぷっ……、ティカの奴、緊張し過ぎだろ!?
   面白いぞ、こんにゃろめっ!!
   うくくくくくく。

   思わず吹き出しそうになりながら、俺は心の中で笑っていた。

「それで、どうしたの? どうして兵士のティカさんがここに??」

   チャイロの問い掛けに俺が答えるより早く……
   
「自分のような一兵卒に敬称を付けてくださるとはなんと有難きお言葉!」

   馬鹿みたいに大きな声でそう言ったティカに対し、俺とチャイロは同時にビクッと体を震わせた。
   当のティカはというと、鼻の穴をこれでもかと膨らませて、かなり興奮した様子で目がギラギラしている。
   なんていうか……、憧れのアイドルを目の前にしてテンションMAXになっている追っかけ、みたいな感じだ。

「あ……、いえ、あの……、はは」

   ティカの圧に押されて、引き笑いしながらチャイロは一歩後ろに下がった。

   まぁ、自分より随分と年上に見える兵士が、鼻息荒く自分を見つめていたら、そりゃ引くでしょうよ。
   一歩間違ったら変態に見えるもんね……、いや、もう変態に見えてるか。

   今のこの状態のティカに話をさせると、なんだかややこしくなりそうだ。
   俺が簡潔に伝えないとな。

「チャイロ、よく聞いて。全てを説明すると長くなっちゃうんだけど……。とにかく、僕とティカは、チャイロを救いに来たんだ。僕達と一緒に、ここから逃げよう」

   俺は、チャイロの大きな瞳を真っ直ぐに見つめてそう言った。

「に、逃げる……? え?? えと……、どうして??? 何から逃げるの????」

   チャイロは明らかに困惑している。
   無理もない、チャイロはまだ五歳だ。
   しかも、生まれてこの方、この部屋から一歩も外に出られないままに生活してきたのだから、急にそんな事を言われても何が何だかさっぱり分からないだろう。
   順を追って、丁寧に説明しないとな。

「実はね、チャイロは」

   俺が言葉を選びながら、ゆっくりと説明しようとした……、その時だった。

「宰相イカーブが貴方様の命を狙っています! 奴は明日の夜、貴方様を蝕の儀式の生贄にするつもりなのです!! しかしご安心下さいっ!!! このティカが、命に代えても貴方様をお守り致しますっ!!!!」

   興奮冷めやらぬティカが、俺の言葉を遮って、叫んだのだ。
   およそチャイロが全く理解出来ないであろう言葉を並べて、先程より更に大声で、一気に現状を説明したのだった。
   余りの空気の読め無さ、己を抑える事の出来ない自制心の無さに、俺はティカに白い目を向けるしかなかった。

   ティカこの野郎め……
   俺が順を追って説明しようと思っていたのに馬鹿野郎めっ!
   ほら見ろ、チャイロが引いてるぞっ!?

   明らかに動揺している様子のチャイロ。
   その大きな瞳が小刻みに揺れて、口を小さく開けたまま固まっている。

「……えと、……え? 誰が?? 生贄って……、僕が???」

   チャイロはそう言うと、小さな両手で頭を抱えて、カタカタと震え始めた。
   どうやら、生贄という言葉の意味も、蝕の儀式の事も、チャイロは理解しているようだ。
   その姿は、命の危機に立たされて、心から怯えているように俺には見えた。

   しかし……、それは俺の思い違いだった。

「チャイロ、大丈夫だよ。僕とティカが君を、必ず守るか、ら? ……え、チャイロ??」

   チャイロの肩に手を置いて、安心させようとしていた俺の目に映ったのは、頭を抱えて震えながらも、その幼い顔に、満面の笑みを浮かべるチャイロだった。
   そして……

「やっと……、やっと死ねる。やっと会えるんだ、母様に」

   チャイロの発したその言葉、その嬉々とした表情に、俺はこれまで感じた事のない、身も凍るような寒気を覚えた。
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