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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★
512:隙間
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「くっ!? ……つぁっ!?? くぅう~……、おおおおおっ!!??」
ぐぐぐっ! ……カチャリ。
「ああっ!? 開いたっ!!! やったぁあっ!!!!」
小さな解錠音が響き、俺は歓喜した。
手に握り締めている黒い鍵は汗でびっしょり、爪先立ちして踏ん張っていた足はプルプルしてるし、横っ腹の筋肉は引きつっている。
おまけに、目一杯伸ばしていた背骨と腕、そして肩はピキピキになっていた。
けれども、気分はいつになく爽快だった。
「はぁ、はぁ、ふぅ~……。とりあえず、第一関門は突破だぜ!」
大きく息を吐きながら、額の汗を拭って、俺はテーブルの上に腰を下ろす。
興奮冷めやらぬ中、やってやったぞ! と言わんばかりのニヤニヤ顔で、俺は呼吸を整えていた。
……何故、俺は今、テーブルの上なんぞに乗っているのか。
順を追って説明しよう。
数十分前。
ティカの話を聞きながら、俺は己の心と戦っていた。
無論、ビビりの象徴とも言える恐怖心とだ。
チャイロ様怖い……
チャイロ様怖い!
チャイロ様怖いっ!!
チャイロ様怖いぃいぃぃっ!!!
この言葉が頭の中で無限ループし、俺の全てを支配していた。
カタカタと震える前歯、ビンビンに逆立つ全身の毛、フリーズ寸前の思考回路。
そして、そんな俺の事なんて御構い無しに、話し続けるティカ。
「後でシーツの替えを持って来るよう、トエトには伝えておく。今の時間、チャイロ様は御昼食を終えられて、特段何かをしなければいけない時間ではないはずだ。そこでモッモよ、一度扉の向こう側へ行き、チャイロ様に挨拶をして来るがよい」
あ!? 挨拶ぅうっ!??
「あ、挨拶ってその……。あ、じゃあ、ティカも一緒に来」
「自分は行けない」
まだ俺、全部言ってませんけどぉおっ!!??
被せ気味に返事をするティカに対し、俺は驚愕の表情を向けるも、ティカはそれすら意に介さない様子で……
「自分はチャイロ様に謁見する事を許されていない。つまり、この先の部屋へ入る権利を持っていないのだ。故に、君一人でチャイロ様の元へ行くのだ、モッモよ」
そう言って、この暗い部屋に俺を一人残し、ティカは去って行ってしまったのだ。
未だ得体の知れないチャイロ様に、一人きりで挨拶しに行け、なんていう無茶振りな命令を残して……
いやぁ~……、いやいやいやいや、無理ゲーじゃね?
そもそもが、何の説明も無しに、見知らぬ鼠が一匹で部屋に入ってきたらさ、チャイロ様だって驚くんじゃね??
驚いた拍子に、俺を食料だと勘違いしちゃって、パクっとやられて、プチっとされちゃったりしちゃったらばさ……、危険過ぎじゃね???
俺の頭の中では既に、トゲトゲでイガイガの体を持った、とんでもなく恐ろしい化け物チャイロ様が出来上がっていた。
体はデカく、目がギラギラしてて……、俺の姿を目にするなり牙を剥いて飛びかかって来る、獣のように獰猛なチャイロ様だ。
そんな奴相手に、俺一人で挨拶しろと?
……無理無理無理無理無理無理無理、絶対無理っ!
だがしかし、慣れとは怖いもので……
しばらくすると、周囲の暗さに慣れてきた俺は、このままジッとしているわけにもいくまいと思い直した。
何かしなければと考え、そして、俺がここに来た本来の目的を思い出したのだ。
献上品のペットとして王宮に忍び込み、王族及びその周辺の様子を探る事。
そして、王族の暗殺を計画しているゼンイの為に、抜け穴を探す事。
……うん、正直なところ、王族全員を暗殺する~なんて、めちゃくちゃ残忍な計画だし、平和主義な俺としては、協力しちゃいけない作戦だったな~とか、今更思ったりもするけれど。
ゼンイが過去に経験した事と、奴隷達が暮らすトルテカの町の様子を見た限りでは、俺には何が正解なのか全然分からない。
だけど、ここでビビって何もせずにいるのは違うなって……、何かしなくちゃいけないなって、思ったのだ。
まぁ、本当に王族全員を暗殺するかどうかは、ゼンイが決める事だし……
後々やっぱり、それが間違っていると思ったら、その時全力で止めればいいし……、出来るかどうかは別として、ね。
兎にも角にも、何か行動しなければ始まらない。
だから、一か八か、チャイロ様とやらのお顔を拝見しようと、俺は思い立ったのだった。
廊下側の扉がキッチリと閉まっていることを確認した上で、俺はポッコリと膨らんでいたズボンのお尻側から鞄を取り出した。
俺の全財産が入った、大切な大切な神様鞄。
あの時、スレイやクラボの言葉に根負けせず、死守できて本当に良かった。
鞄の中を漁り、目当ての物を探す俺。
「ん~と~……、お?」
しかし、異空間が広がる鞄の中で俺の手が触れたものは、探していた物ではなく、焼きオカカの実だった。
それを目にした途端、俺のお腹がキュ~っと可愛らしく鳴いた。
そういや、拉致されてからというもの、ちゃんと食事を摂っていなかったっけ……
移動中は揺れて食べられなかったし、トルテカの町に立ち寄って以降は食欲が湧かなかったからね。
このオカカの実は、ニベルー島のタウラウの森に住むケンタウロス族の女性、ゴリラ顔のゴリラーンから貰った選別だ。
チョコレートのような味の果実を火で炙った物で、芳ばしい甘味が最高に美味なのだ。
正直、これを取り出そうと思ったわけではなかったのだけど……
出て来ちゃったものは仕方がない。
ちょうどお腹も空いていたし、きっと今からエネルギーを大量に消費する事になるだろうし。
自分の考えにうんうんと頷きながら、俺はオカカの実を、ポーンと口の中に放り込んだ。
うむ! 甘くてデリシャス♪
よぉ~っし……
これ食べて、頑張るぞっ!!
腹が空いてはなんとやらだ。
相手の正体は分からないが、只者でない事は確かなのだ。
まともにやり合う気は毛頭ないが、最悪あっちが仕掛けてくる可能性は無きにしも非ず。
そうなった時の為にも、思考はクリアにしておかなければならない!
頭に血を巡らせる為に、俺は鞄の中にあるオカカの実を、パクパクと食べ続けた。
食べて食べて食べて……、美味しくて止まらなくて……
結局、鞄の中にあるオカカの実を全部、食べ尽くしてしまった。
「ぐふっ……、ゲップ」
あ~……、完全に食べ過ぎたわ。
けど、お腹いっぱいになったから、さっきよりずっと気分が良い。
ついでに勇気も出てきた気がする! ……ちょびっとだけど。
腹が満たされた俺は、改めて鞄の中を探る。
そして次は迷わずに、目当ての物を手にできた。
それは、七色の宝石が無数に散りばめられた、小さな小さな指輪だ。
俺の指にピッタリなそれは、神様から貰ったアイテム、時空の指輪。
万が一にも、俺が命を落としてしまった際に、死ぬ三分前まで時間が巻き戻されるという優れものだ。
つまりは、生き返りが可能となる、スーパーリングなのである。
これまで、何度命の危機に晒されてきたか分かったもんじゃないが……、なんとかこの指輪のお世話になる事だけは避けてきた。
だけど今回は違う。
マジでヤバい気がする。
さっきのイカーブって奴もヤバかったけど、この先の部屋にいるチャイロ様って奴は、これまでに八人も人を……、もとい、紅竜人を殺めている、正真正銘のヤバい奴なのだ。
そもそもが、こんな真っ暗な部屋に、生まれた時からずっと閉じ込められていて……、正常な思考の持ち主であるわけがない。
チャイロ様がいつも何を食べているのかは知らないけれど、紅竜人にとっては食材まがいな俺を見て、いきなり襲い掛かってくる可能性は無きにしも非ず……、否、大いにあり得る話なのだ。
つまり、今回ばかりは、この時空の指輪のお世話になるかも知れない、というわけなのだ。
……うぅ~、死ぬのは嫌だけど、やるしかない。
大丈夫、死んだって生き返れるのだから、大丈夫さ。
神様曰く、魂は削られるらしいけど……、もともと大した魂なんて持っちゃいないだろうから、多少削られても問題ないさ、はははは。
ちょびっとの勇気と、投げやりな気持ちでもって、俺は指輪を装着し、立ち上がった。
ティカから預かった黒い鍵を握り締めて、中部屋へと続く扉を開こうとした、その時……、俺は気付いたのだ。
「ハッ!? 届かない」
……そう。
中部屋へと続く扉は、勿論紅竜人サイズの扉なので、鍵穴は俺の頭上遥か高く、全く手の届かない位置にあったのだった。
非力な腕で、部屋にあった椅子とテーブルを動かし、その上によじ登る事で、なんとか鍵穴に手が届いた俺は、ゆっくりと鍵を開けて扉を開いた。
侍女の待機部屋とチャイロ様の部屋の間にある中部屋は、これまたとても狭く、明かりを灯す為のランタンすらない。
トエトに教えられた心得にあったように、チャイロ様の部屋では明かりを点けてはいけない為、中部屋も同じ様に暗くしてあるのだろう。
俺は先程と同じように、椅子とテーブルをズリズリと引き摺って動かし、チャイロ様の部屋へと繋がる扉の前に設置した。
そして、光が出来るだけ入り込まないようにと、侍女の待機部屋に繋がる扉を、閉まる直前ギリギリまで動かした。
完全に閉め切ってしまうと、何も見えなくなってしまうので、少々の明かりは必要なのだ。
暗くなった中部屋で、うんしょっと掛け声を出しながら、椅子をよじ登り、テーブルの上に立つ俺。
先程よりかは良い位置にテーブルを設置できたので、今度は容易に鍵穴に手が届いた。
す~、はぁ~、と大きく深呼吸をする。
ここを開けば、チャイロ様がいる……
紅竜人の国、リザドーニャ王国の次期国王、この国でたった一人の王位継承者である、王子様のチャイロ様……
自分の母親と、八人の侍女を殺めたという、得体の知れない力を持つ、怪物チャイロ様……
俺は、ゴクリと生唾を飲み、右手の薬指に時空の指輪がしっかりとはめられている事を確かめて、黒い鍵を鍵穴へと差し込んだ。
カチャリ、と解錠する音がして、ゆっくりとドアノブを回し、扉を開く。
そして、そっと中を確かめようと、開いた扉の隙間を片目で覗き込んだ……、次の瞬間!
「君は誰?」
覗き込んだ部屋の向こう側、俺のすぐ目の前に、見開かれた大きな目玉が現れて……
「……ひっ!?」
悲鳴をあげる事も出来ないまま、俺は固まった。
ぐぐぐっ! ……カチャリ。
「ああっ!? 開いたっ!!! やったぁあっ!!!!」
小さな解錠音が響き、俺は歓喜した。
手に握り締めている黒い鍵は汗でびっしょり、爪先立ちして踏ん張っていた足はプルプルしてるし、横っ腹の筋肉は引きつっている。
おまけに、目一杯伸ばしていた背骨と腕、そして肩はピキピキになっていた。
けれども、気分はいつになく爽快だった。
「はぁ、はぁ、ふぅ~……。とりあえず、第一関門は突破だぜ!」
大きく息を吐きながら、額の汗を拭って、俺はテーブルの上に腰を下ろす。
興奮冷めやらぬ中、やってやったぞ! と言わんばかりのニヤニヤ顔で、俺は呼吸を整えていた。
……何故、俺は今、テーブルの上なんぞに乗っているのか。
順を追って説明しよう。
数十分前。
ティカの話を聞きながら、俺は己の心と戦っていた。
無論、ビビりの象徴とも言える恐怖心とだ。
チャイロ様怖い……
チャイロ様怖い!
チャイロ様怖いっ!!
チャイロ様怖いぃいぃぃっ!!!
この言葉が頭の中で無限ループし、俺の全てを支配していた。
カタカタと震える前歯、ビンビンに逆立つ全身の毛、フリーズ寸前の思考回路。
そして、そんな俺の事なんて御構い無しに、話し続けるティカ。
「後でシーツの替えを持って来るよう、トエトには伝えておく。今の時間、チャイロ様は御昼食を終えられて、特段何かをしなければいけない時間ではないはずだ。そこでモッモよ、一度扉の向こう側へ行き、チャイロ様に挨拶をして来るがよい」
あ!? 挨拶ぅうっ!??
「あ、挨拶ってその……。あ、じゃあ、ティカも一緒に来」
「自分は行けない」
まだ俺、全部言ってませんけどぉおっ!!??
被せ気味に返事をするティカに対し、俺は驚愕の表情を向けるも、ティカはそれすら意に介さない様子で……
「自分はチャイロ様に謁見する事を許されていない。つまり、この先の部屋へ入る権利を持っていないのだ。故に、君一人でチャイロ様の元へ行くのだ、モッモよ」
そう言って、この暗い部屋に俺を一人残し、ティカは去って行ってしまったのだ。
未だ得体の知れないチャイロ様に、一人きりで挨拶しに行け、なんていう無茶振りな命令を残して……
いやぁ~……、いやいやいやいや、無理ゲーじゃね?
そもそもが、何の説明も無しに、見知らぬ鼠が一匹で部屋に入ってきたらさ、チャイロ様だって驚くんじゃね??
驚いた拍子に、俺を食料だと勘違いしちゃって、パクっとやられて、プチっとされちゃったりしちゃったらばさ……、危険過ぎじゃね???
俺の頭の中では既に、トゲトゲでイガイガの体を持った、とんでもなく恐ろしい化け物チャイロ様が出来上がっていた。
体はデカく、目がギラギラしてて……、俺の姿を目にするなり牙を剥いて飛びかかって来る、獣のように獰猛なチャイロ様だ。
そんな奴相手に、俺一人で挨拶しろと?
……無理無理無理無理無理無理無理、絶対無理っ!
だがしかし、慣れとは怖いもので……
しばらくすると、周囲の暗さに慣れてきた俺は、このままジッとしているわけにもいくまいと思い直した。
何かしなければと考え、そして、俺がここに来た本来の目的を思い出したのだ。
献上品のペットとして王宮に忍び込み、王族及びその周辺の様子を探る事。
そして、王族の暗殺を計画しているゼンイの為に、抜け穴を探す事。
……うん、正直なところ、王族全員を暗殺する~なんて、めちゃくちゃ残忍な計画だし、平和主義な俺としては、協力しちゃいけない作戦だったな~とか、今更思ったりもするけれど。
ゼンイが過去に経験した事と、奴隷達が暮らすトルテカの町の様子を見た限りでは、俺には何が正解なのか全然分からない。
だけど、ここでビビって何もせずにいるのは違うなって……、何かしなくちゃいけないなって、思ったのだ。
まぁ、本当に王族全員を暗殺するかどうかは、ゼンイが決める事だし……
後々やっぱり、それが間違っていると思ったら、その時全力で止めればいいし……、出来るかどうかは別として、ね。
兎にも角にも、何か行動しなければ始まらない。
だから、一か八か、チャイロ様とやらのお顔を拝見しようと、俺は思い立ったのだった。
廊下側の扉がキッチリと閉まっていることを確認した上で、俺はポッコリと膨らんでいたズボンのお尻側から鞄を取り出した。
俺の全財産が入った、大切な大切な神様鞄。
あの時、スレイやクラボの言葉に根負けせず、死守できて本当に良かった。
鞄の中を漁り、目当ての物を探す俺。
「ん~と~……、お?」
しかし、異空間が広がる鞄の中で俺の手が触れたものは、探していた物ではなく、焼きオカカの実だった。
それを目にした途端、俺のお腹がキュ~っと可愛らしく鳴いた。
そういや、拉致されてからというもの、ちゃんと食事を摂っていなかったっけ……
移動中は揺れて食べられなかったし、トルテカの町に立ち寄って以降は食欲が湧かなかったからね。
このオカカの実は、ニベルー島のタウラウの森に住むケンタウロス族の女性、ゴリラ顔のゴリラーンから貰った選別だ。
チョコレートのような味の果実を火で炙った物で、芳ばしい甘味が最高に美味なのだ。
正直、これを取り出そうと思ったわけではなかったのだけど……
出て来ちゃったものは仕方がない。
ちょうどお腹も空いていたし、きっと今からエネルギーを大量に消費する事になるだろうし。
自分の考えにうんうんと頷きながら、俺はオカカの実を、ポーンと口の中に放り込んだ。
うむ! 甘くてデリシャス♪
よぉ~っし……
これ食べて、頑張るぞっ!!
腹が空いてはなんとやらだ。
相手の正体は分からないが、只者でない事は確かなのだ。
まともにやり合う気は毛頭ないが、最悪あっちが仕掛けてくる可能性は無きにしも非ず。
そうなった時の為にも、思考はクリアにしておかなければならない!
頭に血を巡らせる為に、俺は鞄の中にあるオカカの実を、パクパクと食べ続けた。
食べて食べて食べて……、美味しくて止まらなくて……
結局、鞄の中にあるオカカの実を全部、食べ尽くしてしまった。
「ぐふっ……、ゲップ」
あ~……、完全に食べ過ぎたわ。
けど、お腹いっぱいになったから、さっきよりずっと気分が良い。
ついでに勇気も出てきた気がする! ……ちょびっとだけど。
腹が満たされた俺は、改めて鞄の中を探る。
そして次は迷わずに、目当ての物を手にできた。
それは、七色の宝石が無数に散りばめられた、小さな小さな指輪だ。
俺の指にピッタリなそれは、神様から貰ったアイテム、時空の指輪。
万が一にも、俺が命を落としてしまった際に、死ぬ三分前まで時間が巻き戻されるという優れものだ。
つまりは、生き返りが可能となる、スーパーリングなのである。
これまで、何度命の危機に晒されてきたか分かったもんじゃないが……、なんとかこの指輪のお世話になる事だけは避けてきた。
だけど今回は違う。
マジでヤバい気がする。
さっきのイカーブって奴もヤバかったけど、この先の部屋にいるチャイロ様って奴は、これまでに八人も人を……、もとい、紅竜人を殺めている、正真正銘のヤバい奴なのだ。
そもそもが、こんな真っ暗な部屋に、生まれた時からずっと閉じ込められていて……、正常な思考の持ち主であるわけがない。
チャイロ様がいつも何を食べているのかは知らないけれど、紅竜人にとっては食材まがいな俺を見て、いきなり襲い掛かってくる可能性は無きにしも非ず……、否、大いにあり得る話なのだ。
つまり、今回ばかりは、この時空の指輪のお世話になるかも知れない、というわけなのだ。
……うぅ~、死ぬのは嫌だけど、やるしかない。
大丈夫、死んだって生き返れるのだから、大丈夫さ。
神様曰く、魂は削られるらしいけど……、もともと大した魂なんて持っちゃいないだろうから、多少削られても問題ないさ、はははは。
ちょびっとの勇気と、投げやりな気持ちでもって、俺は指輪を装着し、立ち上がった。
ティカから預かった黒い鍵を握り締めて、中部屋へと続く扉を開こうとした、その時……、俺は気付いたのだ。
「ハッ!? 届かない」
……そう。
中部屋へと続く扉は、勿論紅竜人サイズの扉なので、鍵穴は俺の頭上遥か高く、全く手の届かない位置にあったのだった。
非力な腕で、部屋にあった椅子とテーブルを動かし、その上によじ登る事で、なんとか鍵穴に手が届いた俺は、ゆっくりと鍵を開けて扉を開いた。
侍女の待機部屋とチャイロ様の部屋の間にある中部屋は、これまたとても狭く、明かりを灯す為のランタンすらない。
トエトに教えられた心得にあったように、チャイロ様の部屋では明かりを点けてはいけない為、中部屋も同じ様に暗くしてあるのだろう。
俺は先程と同じように、椅子とテーブルをズリズリと引き摺って動かし、チャイロ様の部屋へと繋がる扉の前に設置した。
そして、光が出来るだけ入り込まないようにと、侍女の待機部屋に繋がる扉を、閉まる直前ギリギリまで動かした。
完全に閉め切ってしまうと、何も見えなくなってしまうので、少々の明かりは必要なのだ。
暗くなった中部屋で、うんしょっと掛け声を出しながら、椅子をよじ登り、テーブルの上に立つ俺。
先程よりかは良い位置にテーブルを設置できたので、今度は容易に鍵穴に手が届いた。
す~、はぁ~、と大きく深呼吸をする。
ここを開けば、チャイロ様がいる……
紅竜人の国、リザドーニャ王国の次期国王、この国でたった一人の王位継承者である、王子様のチャイロ様……
自分の母親と、八人の侍女を殺めたという、得体の知れない力を持つ、怪物チャイロ様……
俺は、ゴクリと生唾を飲み、右手の薬指に時空の指輪がしっかりとはめられている事を確かめて、黒い鍵を鍵穴へと差し込んだ。
カチャリ、と解錠する音がして、ゆっくりとドアノブを回し、扉を開く。
そして、そっと中を確かめようと、開いた扉の隙間を片目で覗き込んだ……、次の瞬間!
「君は誰?」
覗き込んだ部屋の向こう側、俺のすぐ目の前に、見開かれた大きな目玉が現れて……
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