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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

487:レクサンガス

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   ひぃいぃぃ~!?
   なっ、生首っ!??
   逆さ生首ぃいっ!!??
   きょえぇえぇぇ~っ!!!!!

   天井から生える煙人間の頭に、俺は身も心も凍り付く。
   ギョロギョロと怪しく目玉を動かすその顔には、見覚えがあった。
   間違いない……、こいつはザサークを殺そうとした、煙人間の親玉だっ!

「総員、構えるポッ!」

   ノリリアの掛け声で、アイビーとチリアンとレイズン、更にはカービィまでもが瞬時に杖と魔道書を取り出し、ギンロは双剣を鞘から抜き出した。

   はひぃいっ!?
   逃げるんじゃなかったのんっ!??
   戦うのんっ!?!?

   俺はもちろん、サッとギンロの後ろに隠れました。

「みんな待って! 私の話を聞いて!!」

   そう言ったのはグレコだ。
   慌てて両手を広げて、天井から生える煙人間の頭を守るように、みんなの前に立ちはだかった。
   ……その言動はまるで、どこぞで聞いた事のある、勇敢なお姫様の台詞のようだと俺は思う。

「ポポ!? 何がどうなってるポか、グレコちゃん!??」

「そいつはタイニック号を襲った奴だ! グレコさん、何故庇うんだっ!?」

   ノリリアとアイビーの言葉に、グレコは複雑な表情を浮かべて頭上を見上げた。

「彼の名は、アーデル・レクサンガス。私の……、遠い血縁者なのよ」

   アーデル・レクサンガス!?
   血縁者!??
   どういう事だっ!?!?

   みんなの間に動揺が広がる中、天井に生えた煙人間の頭は、白い煙を上げながらズルズルと下へと伸びていき、グレコのすぐ後ろの床に着地したところで、もわもわと大きく膨れ上がったかと思うと、先ほどの巨大な煙人間の姿へと形を変えた。
   かなり異質なその体、見るからにやばそうなイカれた目付きと表情……
   とてもじゃないが、グレコと同じエルフだとは思えない。
   ノリリア達は、姿を表した煙人間に対し、より一層警戒心を強め、ジリジリとする。

「レクサンガス……? コトコ様と同じかばね……??」

   チリアンの呟きに、煙人間はにやりと笑ってこう言った。

「レクサンガスは、ハイエルフの中でも最も高貴な血を引く者の名……。我がレクサンガス家は、ハイエルフ族の王族なのだ」

   ホワッツッ!?
   お、王族っ!??
   ……えっ!?!? 何の話してんのっ!?!!?

「……例え、その王族であるレクサンガス家を名乗ろうとも、お前が我々の認知し得ない異形な生物であり、我々の乗る船を襲撃した事に変わりはない。グレコさん、何の理由があってそいつを庇うんだ?」

   アイビーの言葉に、グレコはまたも表情を歪める。

「それが……、彼は、コトコのお父様に当たる方で……。つまりは、私の曾々祖父様なのよ」

   ファッツッ!?
   こ、コトコの父ちゃんで、グレコの曾々爺ちゃん!??
   ……えっ!?!? 訳わかんないって!!!!!

   あまりに予測不可能なこの事態に、ノリリアも騎士団のみんなも、どう行動すべきか悩み始める。
   しかしながらカービィは……

「なんだ! グレコさんの曾々爺ちゃんなのか!! けど……、なら、なんでそんな格好してんだ? とてもじゃねぇが、ハイエルフには見えねぇぞ??」

   杖と魔道書をしまい、ヘラヘラといつもの調子でそう言った。
   
   馬鹿っ!?
   なんでそんな余裕かましてんだよぅっ!??
   ついさっき、ザサークを殺そうとした奴なんだぞこいつはぁっ!!!!

   あまりに身勝手かつ無謀なカービィの言動に、焦る俺たち。
   だがしかし……

「わっはっはっはっはっ! 恐れ知らずの馬鹿は嫌いじゃねぇっ!! 聞かせてやろう、我が半生を!!!」

   何故だか気分を良くした煙人間は、体をぶるぶると……、いや、モハモハと震わせながら大笑いして、自らの身の上を話し始めた。





   今からおよそ二千年以上前。
   ハイエルフの間で、奇病が流行った。
   不老不死であるはずのハイエルフに、死をもたらす恐ろしい病だ。
   治療方法も分からず、病は広がり、ハイエルフは絶滅の危機に瀕していたという。

   そんな中で、病にかかっても死なずに済んだと言う者が現れた。
   生き物を、生きながらにして食う、それが死なずに済む方法……、即ち、生き血を飲めば死を免れると、その者は言った。
   だがしかし、その者はハイエルフと呼ぶにはあまりに異質な、黒い髪と血のように真っ赤な瞳を持っていた。

 藁にもすがる思いで、病に罹ったハイエルフ達は、その者の言う事を信じ、生き血を口にした。
 すると、たちまちに病は治り、多くのハイエルフが救われた。
 しかし、彼等はその命の代償として、姿形がその者と同じに変貌した。

   ハイエルフ達の中にはもちろん、病から逃れた者も多くいた。
   そして、およそ千年前に、その病にかからずに済む予防法が発見されて、奇病の流行は終わり、ハイエルフは絶滅の危機を乗り越えた。
   しかしながら、一度病にかかってしまった者が治る事はなく、加えてその者達の子孫は悉く、生まれながらにしてブラッドエルフだった。

 これが、ブラッドエルフという種族の、誕生の秘密である。






「私が愛したヤーコは、生まれつきブラッドエルフだった。王族の身でありながら、病に侵された女を娶るなど、一族の恥だと親には何度も反対されたが……、そんな事はどうでも良かった。ヤーコの美しさ、その逞しさに、私は魅了されていたのだ」

   何故か、うっとりとした表情でグレコを見ながら、煙人間の親玉ことアーデル・レクサンガスはそう言った。

   たぶんだけど、グレコの家系の女性は代々、そっくりな顔立ちなんだろうな。
   グレコは母ちゃんそっくりだし、俺が粗霊アメフラシの記憶の中で見たコトコも、グレコに瓜二つだったもんな。

   それに……、何だろうな?
   話し始めてからのアーデルは、先程までのイカれた雰囲気が何処かへ飛んでいってしまったかのように、至極まともな表情へと変わっていて、口調も穏やかで、まるで別人だ。
   姿形は煙人間である事には変わりないのだが、あんなに乱暴で、卑劣で残虐な行いをしようとしていた者と同一人物とは思えないほどに、とても落ち着いている。

「そいで、コトコが生まれたんだな?」

   先が気になるらしい、カービィは率先して会話を進める。

「そうだ。しかし、やはりコトコもまた、ブラッドエルフとしてこの世に生まれた。そして娘のタナコ、孫であるサネコも……。するとコトコは、自分の運命を呪い、娘の運命を呪ったその病の根源を探るべく、同じ志を持つ者達と共に国を出て行った。閉鎖されたハイエルフの国では、病の連鎖を止める手立てなど探しようもなかったのでな。しかし、待てど暮らせど帰ってこない。百年過ぎ、二百年過ぎ……、四百年が過ぎようとした頃、妻のヤーコが言ったのだ。この世を去る前に、もう一度だけコトコに会いたいと。私はその願いを叶える為、旅に出た者達を案ずる仲間と共に、彼等を探す航海に出た。しかし……」

   そこまで一気に話すと、アーデルは悔しそうに顔を歪めた。
   怒っているのだろうか? 煙の体から湯気を立ち上らせて、両の拳をきつく握ってぶるぶると震わせている。
   そして……

「私は……、我等は、航海に出て数日後、海上で妙な輩と遭遇した。月のない、真っ暗な夜だった。見た事のない、奇妙な体を持ったそいつは、我等にこう言った。世界の均衡を乱す為に、お前達を利用させて貰う、と……。そこで記憶が途切れている。最後に見たのは、禍々しい黒い光だった。そして、気付いた時にはもう……。このような得体の知れぬ、肉体のない煙の体へと変えられていたのだ」

   歯を食いしばり、目を血走らせ、怒りを抑えきれない様子でアーデルはそう言った。
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