上 下
315 / 801
★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

304:出陣じゃあぁっ!!!!

しおりを挟む
「毒郎の奴め……、幼き頃、あれほど志垣に世話になったというのに……。恩を仇で返すとはなんたる仕打ち! 切腹じゃ切腹ぅっ!!」

   青い光の粒が宙を舞う真っ暗な試練の洞窟の中を、全速力で走る砂里の背の上で、何やら桃子はご立腹中です。
   先程からずっと、声高々に、荒い言葉を並べておられます。

「お世話になったって!? なっ、なんでっ!??」

   走る砂里の腕の中で、体が激しく揺さぶられる事に耐えながら、俺は桃子に問い掛ける。

   ……もはや、敬語を使うという選択肢は俺の中から無くなっていた。
   どうしてかって?
   だって、桃子は見た感じ、俺と同年代にしか見えないし、それより何より、言うこと為すことが子供染みているのである。
   姫巫女だかなんだか知らないが、敬語を使うべき相手だという認識は、もはや俺の中にはないっ!

「奴はその昔、双魂子として生まれ、選ばれし子として野草と共に試練の洞窟に挑んでいた。しかし、生来の邪な心の為に、己のみならず共にいた野草までをも危険に晒したのじゃ。試練の洞窟は、心の内側が試される場所。恐れ、怒り、憎しみ、悲しみ……、おおよそ負の感情と呼ばれるものを心の奥底に秘めている者に、この洞窟はくぐれぬ」

   なるほど、それで……
   あの真面目でお硬そうな野草が、なんで試練の洞窟をクリア出来なかったのか、不思議で仕方なかったんだ。
   でも、相方があの毒郎じゃねぇ……、そりゃ無理だわ。

「毒郎は自らの心の内に巣食う邪悪なる魂を棚に上げて、試練の洞窟を制覇出来なかったのは野草のせいだと罵りおった。しかし、毒郎と野草では、誰が見ても、どちらが相応しくない者であったかは一目瞭然。それでも折れぬ毒郎に対し、巫女守りの者達は厳罰を下すと言い始めた。その時志垣だけは、まだ幼き子の言う戯言ではないかと、毒郎を庇ったのじゃ。結局は、毒郎は親子共々この屋敷を去ったが……、志垣は最後まで毒郎に目を掛けていた。なのに……、なのにあやつめぇえ~!!!」

   ひぃっ!?
   そんな、昔の事思い出してキレないでよっ!!!

「時に砂里よ。そなたは今一度、妾の側に身を置いてみぬか?」

   コロッと表情を変えて、桃子は突然そう言った。

「えっ!? 姫巫女様のお側にですかっ!??」

   走り続けながらも、心底驚く砂里。

   ……一生懸命走ってるんだから、話し掛けるのはよしなさいよ桃子さん。
   あんたね、負ぶって貰っておいて、そんだけ気を使わないのはどうかと思うよ?

「うむ。そなたには類稀なる素質と、清く正しく強い心がある。それにそなたは先程、一人でこの試練の洞窟を抜けてみせた。そなたならば、妾は安心して紫族の未来を託せようぞ!」

   紫族の未来って……、えっ!? それってつまり!??

「砂里が、次の姫巫女様候補って事っ!?」

「えぇっ!? 嘘っ!?? そんなっ!?!?」

   余りに衝撃的だったのか、砂里の足元が一瞬ふらついた。  

「嘘ではない! 妾ももう歳じゃ……、そろそろ隠居したいのじゃっ!!」

   ……その見た目で隠居とか言うなよ。
   どっからどう見ても、ピチピチツヤツヤの十代のお肌してますよあなた?
   それともそれは、アメフラシのあのお口でくっちゃくっちゃされているお陰なのですかな??

「でもっ!? そんなっ!?? えぇえっ!?!?」

   動揺を隠せないのか、砂里は何度も小石に蹴躓き、その度にぐらりと体制を傾けた。

   危ないからっ! もうこの話やめないっ!?

「巫女になれば、雨乞いの儀式以外は自由そのものじゃぞ!? 食べたい物を食べたい時に食べたいだけ食べられるし、眠りたい時はいくらでも眠っていていいのじゃ!! 雨乞いの儀式とて、嫌気がさした時には、何かしら理由を付けてやめておけば良い!! そう簡単に鬼共は死んだりせぬっ!! 今まで何度か妾もそうしてきたぞ? 巫女は死んで、代替わりの為にしばし時間がかかると嘘偽りを言うてじゃな……。ふはははは! 巫女は良いぞっ!? 巫女に逆らう者なぞこの世にはおらんっ!!!」

   大きな口を開けて、豪快に笑う桃子。

   ……なるほど、そういうカラクリだったのか。
   勉坐が、二十年前の事件で七日間踊り続けた姫巫女様が亡くなられて、今の姫巫女様に代替わりしたって言っていたのは、全部桃子の仕業だったんだな。
   七日間踊り続けて疲れたから、しばらくは雨乞いなぞしとぉないっ! とかなんとか言って、じゃあ死んだ事にすれば良いではないかっ!! とかいう事になって……
   渋々、志垣がそのように手配したっていう光景が、見てないけど鮮明に思い浮かびますね。

   てか桃子、その笑い方さ、前に志垣に怒られていたでしょ?
   お下品だからやめなよ。
   ふははって……、前も思ったけど、完全に悪役だよそれ??
   どこぞの魔王みたいよ???

「でもっ!? 私っ!?? あぁ……、でも私っ! あの……、雨神様に、あのように食べられるのはちょっと……!!」

   あ……、あ~それは~……
   体験したからわかるけど、あれは地獄だよ、外に出た後がね。

「そんなもの、慣れれば平気じゃ! ちょっと臭い湯浴みじゃと思えば良い!!」

   え……、え~それは無理があるんじゃ……

「そっ!? そうなんですかっ!??」

   いや~、そうじゃないと思うよ砂里……

「そういうものじゃ! しばし猶予を与える!! 考えておくが良いっ!!!」

「はっ、はいっ!」

   桃子の言葉とその高圧的な態度に気圧されて、砂里はノーとは言えなかった。
   このままだと砂里は、アメフラシに日々くっちゃくっちゃされる人生……、もとい、鬼生を送る事になるのでは……?
   なんだか砂里が可哀想で、心底哀れな気持ちになる俺だった。






   無駄話をしていたら、洞窟の出口に辿り着いた。
   行きよりも速いと感じたのは、砂里が全速力で走っていたから……、だけなのだろうか?
   本当にこう、物理的に距離が短くなっていたように感じた。

   砂里は屋敷の中を駆け抜けて、すぐさま玄関口から外へと出た。
   真っ暗なだだっ広い庭で待っていたのは……

「姫巫女様っ! 砂里っ!!」

   星のない夜空の下、無数に立てられた松明の灯りに照らされているのは、野草と巫女守りの一族の皆さんだ。
   彼らはその手に薙刀なぎなた のような武器を携えていて、服装もどこか戦闘服っぽい仕様のものに変わっている。

   うわぁ……、戦闘準備万端じゃないか……
   仰々しいというか、物々しいな。

「野草っ! 砂里から状況を聞いておったか!? さすがじゃっ!!!」

   砂里の背からピョーンと飛んで、野草の真ん前に降り立った桃子は、可愛らしい笑顔でそう言った。
   桃子に褒められて、野草はちょっぴり誇らしげな顔になる。

「はいっ! 砂里より毒郎の謀反を聞き入れ、皆で出陣の準備を整えました故!! 姫巫女様、ご命令をっ!!!」

   はっ!? 出陣てっ!? 謀反てぇっ!???
   ここは戦国時代かぁあっ!?!??

「うむっ! 皆、準備は良いなっ!? 戦に向かうぞよっ!!! 出陣じゃあぁっ!!!!」

「うぉおぉぉ~っ!!!」

   桃子の号令に、雄叫びを上げる野草及び巫女守りの一族の皆さん。
   薙刀を高く頭上に掲げて、一斉に走り出した。

   うわぁ~、これはかなりヤブァイ予感がする……

   ピューイ!

   桃子が突然指笛を吹いたかと思うと、ダカラッ! ダカラッ!! という大層どデカイ足音が聞こえて……

「わっ!? 巨大アンテロープ!??」

   あの年老いた白い毛並みの巨大アンテロープが、勢いよく駆けて来たではないか!?
   あんた、もう相当なお爺ちゃんなんだから、走らない方がいいよぉっ!??

   巨大アンテロープは、桃子の目の前で足を止め、膝を曲げて背を低くした。
   その背の上には、あの隠し箱が設置されている。

「行くぞっ! モッモ、砂里!! 妾と共にっ!!!」

   何やらワクワクした様子の桃子は、笑顔で巨大アンテロープの背によじ登り、隠し箱の中へと入って行く。
   桃子が隠し箱に入った事を確認し、巨大アンテロープはのっそりと立ち上がる。
   そして……

   ブァフォフォオォォ~~~!!!

   まさかの雄叫びを上げたっ!?
   やっべぇ、やっべぇよぉ~……
   一体全体……、どうなっちゃうんだぁっ!??

「モッモさん! 行くよっ!!」

   アワアワとする俺を抱えたまま、こちらも何故だか活き活きとした表情で、砂里はまた走り出した。

   もうっ! もうぅう~!?
   みんな、平和にいこうよぉおぉ~!??
   平和的解決を、俺は望みますぅうっ!!!!
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

深遠の先へ ~20XX年の終わりと始まり。その娘、傍若無人なり~

杵築しゅん
ファンタジー
20XX年、本当にその瞬間がやってきた。私は宇宙の管理者に1番目の魂の扉に入るよう指示され、扉を開け一歩踏み出したところで、宇宙の理の渦(深遠)の中に落ちていった。気付けば幼女に・・・これはもう立派な宇宙人として、この新しい星で使命を果たすしかない・・・と思っていたこともありました。だけど使命を果たせるなら、自由に生きてもいいわよね? この知識や経験を役立てられるなら、ちょっとくらい傍若無人でいいってことよね? 暗殺者や陰謀なんて無関係に生きてきたのに、貴族の事情なんて知ったこっちゃないわ。早く産業革命してラブロマンスを書くのよ!

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...