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第11章:決戦の時

4:竜の紋章

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『くくくくく……、ぐははははっ! 素晴らしいっ! これがダース族の力か! 人との間に生まれようとも、かの黒竜ダーテアスの血は、これほどまでに強く後世に残っているのか! みなぎる、みなぎるぞっ! この国の全てを破壊し、世界を再生へと導く力だっ!!』

 ワイティアは狂ったように笑い、その体に満ちてくる竜の力に嬉々とした。
 ワイティアがテスラを飲み込んだ理由、それは、テスラの中に存在する、ダース族の竜の力を吸い取るためだったのだ。
 ワイティアの身体中からは、真っ黒な、闇の属性と思しき魔力のオーラが溢れ出ていた。

『さぁ行くぞ! 新たなる時代の幕開けだっ! 愚かな魔導師どもめ……。お前たちはそこで、指を咥えて見ているがいいっ!』

 巨大な翼を広げて、空へと羽ばたこうとするワイティア。
 バッサバッサと翼をはためかせ、風を巻き起こしながら、その巨体を宙に浮かせた。
 そして、ワイティアが夜空へと向かおうとした……、その時だ。

「テスラを……、返して」
  
 ふと聞こえたその声は、ワイティアの後方、崩れた天井の瓦礫が積み重なっている場所から聞こえてきた。
 その隙間から、黄色と銀色が入り混じった、強大な魔力のオーラが溢れている。
 少しずつ、ひとりでに瓦礫が崩れていったかと思うと、そこには身体中から魔力のオーラを放つ、エナルカが姿を現した。

『お前は……。何故だ、何故その力を?』
  
 ワイティアの目に映ったのは、小さなエナルカのその額に浮かび上がる、竜の紋章。
 銀色の光を帯びたその紋章は、紛れもなく、銀竜イルクナードの力を持っている証であった。

『まさか……、お前……。我が母の心の臓を喰ろうたのかっ!?』

 驚き、目を見開くワイティア。
 その心は、怒りに煮えたぎっていた。

「もう一度言うわ……。テスラを、返しなさいっ!」
  
 ワイティアに向かって、ロッドを構えるエナルカ。
 これまでよりも数倍大きな、複雑な魔法陣を発動させて、荒ぶる竜巻を作り上げた。
 それは、今までエナルカが使ってきた風の魔法に、銀竜の力が加わった事で生み出された、新たなる魔法。
 黄色い風のオーラと、銀色の雷のオーラをまとった、とても強力な魔法である。

『小娘め……。お前ごとき魔導師が、母の一部を取り込んだとて何も変わらぬっ! 返り討ちにしてやるわっ!』
  
 ワイティアも、銀色に輝く魔法陣を発動させて、雷の力でもってエナルカを迎え撃つ。
 エナルカの作り出した竜巻は、二色の光を放ちながら、真っ直ぐにワイティアへ向かっていく。
 それを破壊しようと、ワイティアは雷の魔法を行使した。
 激しくぶつかる、エナルカの竜巻とワイティアの稲妻。
 バチバチバチと、激しく火花が飛び散る。
 ワイティアは、余裕の表情でそれを見ているが、エナルカは竜の紋章が浮かび上がったその額に、大粒の汗をかいている。
 このままでは、エナルカまでもがやられてしまうっ!?
 リオ達はそう思った。
 しかし……

「風よ……、草原の風よ……。私に力を貸して。数多なる命を守る為の力を、私に……」
  
 そう呟いたエナルカは、静かに目を閉じた。
 その心に思い浮かぶのは、故郷に残してきた父と母、共に暮らしてきた人々、そして、今は亡き師であるシドラーの笑顔だ。

「大丈夫、私なら出来る……。もう、自信がないだなんて言わない……。私なら出来る、出来る、出来るっ!」

 カッと目を見開き、ありったけの魔力を放出させるエナルカ。
 そしてそれは、ワイティアの放った稲妻を、見事に打ち消した。

『なっ!? なんだとっ!?』
  
 狼狽えるワイティア。
 テスラをその身に取り込み、銀竜の力が蘇った自分には、何者も対抗出来るはずがないと、ワイティアは考えていたのだ。
 しかし、エナルカはそれを破った。
 その事実、目の前の現実に、ワイティアは恐怖した。
  
 このままでは、やられてしまう……?
  
 ワイティアの思考は止まり、頭が真っ白になっていた。
 だが、恐怖するワイティアの心とは裏腹に、それ以上の攻撃がやって来ない。
 ふと我に帰ったワイティアの目に映ったのは、地面に膝をつくエナルカの姿だ。
 小さな肩を大きく上下させて、荒く息をするエナルカ。
 エナルカは、その体の中にあった、ほとんどの魔力を使い切ってしまっていた。
 それ故に、これまで感じたことがないほどの、重く気怠い感覚に、立っていることさえ出来なくなってしまったのだ。

『くくく、ぐははっ! やはり所詮は人! 母の力を取り込もうと、真の竜には勝てぬのだっ! 失意の中で死ねぇっ!!』

 ワイティアは、その口を大きく開き、喉の奥から白い炎を沸き上がらせる。
 真っ直ぐに、自分へと向けられたその脅威に、エナルカは死を覚悟した。
 すると……

「みすみす死なせはせぬっ!」
  
 後ろから走って来たのはオーウェンだ。
 身につけている、国属軍のマントを翻し、その身を盾にしてエナルカを覆った。

「いけません! オーウェン様!?」

「お前の優しさは無駄にはせぬ!」
  
 オーウェンは、エナルカを守って自らが死ぬ事を覚悟した。

『美しい同志愛だ。共に我が炎の前に消し炭となれっ!』

 ワイティアは、その口から勢いよく、燃え盛る白い炎の玉を吐き出した。
 迫り来る巨大な炎の玉を前に、エナルカとオーウェンは為す術なく、ギュッと目を閉じた。
 その時だ。

「彼の者を守る盾となれっ!」
  
 頭上から聞こえた声に、ワイティアは振り返る。
 そこには、地のオーラである白い光と、銀竜イルクナードより受け継ぎし雷のオーラである銀色の光を全身に帯びた、タンタ族の若者が立っていた。
 他でもない、マンマチャックである。
 すると、エナルカとオーウェンに向かっていった白い炎の玉は、突如としてそこに現れた巨大で分厚い土の壁に阻まれて、消滅してしまった。
 マンマチャックは、自らの地の魔法陣に銀竜より授かりし雷の力を合わせて、更に強力な土魔法を行使したのだ。
 その額には、エナルカと同じように、竜の紋章が浮かび上がっていた。

「生きとし生けるものは皆、平等なのです。だから、自分達がお前に勝てないはずがない……。お前は道を誤っている、ワイティア! そのような者に、国の未来を、このヴェルハーラの全てを任せるわけにはいきませんっ!」
  
 あらん限りの大声で、胸を張って、マンマチャックは叫んだ。
 その脳裏には、ケットネーゼの言葉が蘇っていた。
 何があっても、タンタの誇りを忘れるな。
 強く、賢く、正しく生きていくんだと、父であるケットネーゼは言っていた。
 自分が、かつてこの地に存在した、大地の神の血を引く一族であるならば尚更のこと……
 このヴェルハーラの地を守るのは自分の役目であると、マンマチャックは強く思っていた。
 そして……

「彼の者を貫く剣となれっ!」
  
 マンマチャックは、魔法で巨大な土の剣を作り上げ、ワイティア目掛けて投げ撃った。
 目を見開き、驚くワイティア。
 なんとか回避しようとするも、狭い玉座の間で、更に宙に浮いたままの状態では、身をよじるのが精一杯だった。
 急所は外れたものの、マンマチャックの作り出した剣は、ワイティアの左翼に突き刺さる。
  
 ギュララララァ~!?
  
 悲痛な声で、激しく吠えるワイティア。 

『おのれ、魔導師風情がいい気になりおって……。私の真の恐ろしさを教えてやろうっ!』
  
 ワイティアは、その左翼を土の剣で貫かれたまま、バサバサと羽ばたき、あっという間に夜空へと昇っていってしまった。
 その間も、マンマチャックが次々に土の剣を生成しては投げ撃つも、全てワイティアの羽ばたきによる豪風で吹き飛ばされてしまう。

「駄目だ……、力がもう……」
  
 地面に膝をつき、小刻みに震えるマンマチャック。
 エナルカを守る為に巨大な壁を作り、ワイティアの左翼を捉えた土の剣を作った事で、マンマチャックの魔力は既に底をついていたのだ。
 それでもなお、攻撃をやめなかったマンマチャックは、知らず知らずのうちに、己の生命力までもを魔法に費やしてしまっていた。 

「しっかりしろっ!」
  
 ジークに体を支えられ、励まされて、なんとか意識を保っているものの、マンマチャックがこれ以上魔法を行使する事は難しい。
 加えて、ワイティアは夜空の彼方へと飛んで行ってしまい、もうその姿は見えなくなってしまった。
 夜空を見上げて、ワイティアの姿を探す、リオとジーク。

「あっ! あそこっ!」
  
 リオが指差す先には、白い炎を口いっぱいに蓄えた、銀竜ワイティアの姿があった。
 そしてワイティアは、その大量の白い炎を、空の上から王都の町に向けて吐き出したのだ。
 くすぶっていたはずの町の火は、瞬く間にして激しく燃え上がり、王都中が白い炎へと飲み込まれていく。

「なんて酷い事を……、くぅ」
  
 唇を噛み締めるリオ。
 すると、それまでマンマチャックを支えていたジークがスッと立ち上がり、両手を空へと向けた。

「こんな俺でも、銀竜の力があれば……。出来るはずだよな、レイニーヌ」
  
 独り言のように、問いかけるジーク。
 その頭の中には、レイニーヌの悪戯な笑顔が思い浮かんでいた。

「お前にも出来なかった魔法……、やってみせるぜ」
  
 そう呟いたジークの耳に……

『やってみなさいよ、馬鹿弟子』
  
 レイニーヌの声が、聞こえた気がした。
 ジークはにやりと笑い、魔法陣を発動させる。
 青く光るオーラを放つ水の魔法と、銀色に光るオーラを放つ雷の魔法……、それら二つがあってこそ、作り出せる新たなる魔法。

「来い、雨雲。恵の雨を降らせろっ!」
  
 ジークは、分厚い雲が覆う夜空に向かって叫んだ。
 有りっ丈の魔力を込めて、最大級の魔法陣を使って、雨を呼び寄せようと全身から光を放つ。
 だがしかし、空からは、一粒の雨も降ってこない。
 町は燃え盛り、何処からともなく逃げ遅れた人々の叫び声が聞こえてくる。

「くっそ、なんでだよっ!?」
  
 両手を空に向け、魔法を行使し続けるジーク。
 けれども、雨は一向に降らない。

 俺じゃ、駄目なのか……?

 ジークは、悔しさに顔を歪ませ、その目には大粒の涙が溜まっていた。
 その時、またしても……

『心を潤すのは、愛よ』
  
 耳元で、レイニーヌの声が聞こえ、ジークはハッとした。
 水の魔法を行使する際に、決して忘れてはいけない大切な事を、ジークは忘れてしまっていた。 
 それを、思い出したのだ。

「心を潤す、愛……。思いやり、優しさ……。そういう事か……」

 ジークは一旦、魔法の行使をやめて、魔法陣を消す。
 そして、静かに目を閉じ、大きく深呼吸をした。
 憎しみ、悲しみ、怒り……、そのような負の感情が心に満ちたままでは、恵みの雨など呼べるはずがない。
 心を落ち着かせ、思い出す。 
 レイニーヌとの、優しく愛のあった日々を……
  
 ジークは、ゆっくりと瞳を開き、再度両手を夜空へと向けた。
 そして、先ほどとは少し違う、流れる水のような優しい魔法陣を、宙に浮かび上がらせた。

「お願いだ。俺は、人々を救いたい……。雨よ、恵みの雨よ。どうか、俺に力を貸してくれ」
  
 そう言ったジークの額には、先ほどまではなかった、竜の紋章が浮かび上がっていた。
 そして……
  
 ポツ……、ポツポツ……、ポツポツポツポツ……
  
 サ~、サ~サ~、ザザザッ……、ザザザザザ~!
  
 ジークの願いは空へと届き、大量の、大粒の雨粒が降り始めた。
 それらは、王都に広がる白い炎を、たちまちに消し去っていく。

「やった……。ありがとな、レイニーヌ」
  
 ジークは、笑顔で呟いた。
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