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第10章:銀竜の巣

2:命の石

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「改めて名乗ろう、私の名前はルーベル・メウマ。お前が知っているように、テスラの育ての親だ。我が師であるロドネス様が、その姿を黒竜へと変えたあの日から、テスラを自分の娘として育ててきた。だが、この十五年間、私の中にはずっと迷いがあった。その迷いの理由、原因を探るべくして、およそ一年前に、私は王の許可を得ずして城を旅立った。そうして城を離れてみて初めて、私は気付いたのだ。ワイティアなどという子どもは、王族の中にはいなかったはず……。現国王としてそこにいるワイティアは、いったい何者なのだ? とな。あてもなく旅をして、私はこのボボバ山へと辿り着き、先ほどお前が見ていた真実の泉に辿り着いた。そこで、あの泉の水を一口飲んだところ、全てが理解できたのだ。心の中にずっとあったはずの迷い、疑問、曇りが、一瞬の内に晴れて、今この国に起きている事、現状を、ようやく理解できた。ワイティアは王などではなく、かの銀竜イルクナードが残しし、竜の子の思念体なのだとな」

 雪の中を歩きながら、ルーベルは話す。
 その歩みは速く、足元がふらつくリオとは比べ物にならないほどに逞しい。

「じゃ、じゃあ……、ルーベルさんは、知っていたんですね? ワイティア王が、この国に起きている災厄の全ての元凶、邪悪なる力の根源であるという事を」

「……あぁ、知っていた。しかしこの一年、私は何もできずにいた。ワイティアはおそらく、無言で国を去った私を怪しんでいるはず。国に戻れば、私自身の身が危ぶまれる。同じ宰相である、軍団長のオーウェンにだけは、なんとか真実を伝えようとも試みたが……。この私ですら、十余年もの間、その魔力によって欺かれていたのだ。私が何を言っても、竜の子ワイティアの魔法は解けぬだろう」

「えっと……。ワイティア王はつまり、みんなに魔法をかけていたって事ですか?」

「その通りだ。あやつは、その姿を城に現せし時より今日に至るまでずっと、己が王である事を周りが疑わぬようにと、強力な魔法をかけ続けている。故に、今もあやつは王として、国を支配出来ているのだ。しかし、そうとは知らずに、お前達は五大賢者の封印を破ってしまった……。のんびりしている場合ではないぞ、リオよ。急ぎ仲間を集め、ワイティアの本体であるあの忌々しい卵を、封印せねばならぬ!」

「は、はいっ! で、でも……、みんなが今どこにいるのか、さっぱり分からなくて……」

 リオがそう言うと、ルーベルは急に足を止めて、そのローブの下から一本の長い杖を取り出した。
 その先端には、紫色に輝く魔石が埋め込まれている。

「来たれ! シャドウネス!」

 杖を大きく一振りし、ルーベルがそう叫ぶと、紫色の魔石から目映い光が放たれて、頭上に同じ色の光を放つ魔法陣が現れた。
 そしてその魔法陣の中から、ズルズルと音を立てながら、黒い影が姿を現したのだ。
 ルーベルと同じ姿形をした、黒く長い揺らめく影を前に、リオは驚き後退る。

「この辺りに、倒れている人間があと四人いるはずだ。探し出して、我がもとに連れて来いっ!」

 ルーベルの言葉に、影は一礼したのち、森の中へとふわふわと消えていった。

「あ、あれ、は……?」

 見た事のない魔法に、ドキドキしながら尋ねるリオ。

「あれはシャドウネス。私の影だよ。あいつが皆を見つけて運んできてくれる。さぁ、私達は一足先へ向かうとしよう。竜の子ワイティアが眠る、あの洞窟へ」

 そう言って、足早に歩き出したルーベルの後を、リオは必死について行った。





 時を同じくして、ボボバ山の中腹で……

「はぁ、はぁ、ジーク……、しっかりしてっ!」

 目の前に倒れたまま、ピクリとも動かないジークの頬を、ペシペシと叩くエナルカ。
 しかしジークは、青白い顔をして、目を覚ます気配がない。
 エナルカは、その目に涙をいっぱい溜めながら、ジークの大きな胸に耳を当てる。
 いつもなら聞こえるはずの、力強いジークの心音は、ピタリと止まってしまっていた。

 巨木ごと雪崩に巻き込まれたあの時。
 視界の端で、雪に飲み込まれていくエナルカを目にしたジークは、咄嗟にその手を掴み、小さなその体を大きな自分の体で抱きしめた。
 そしてそのまま二人は、雪の中へと沈んでいった。

 ジークは、出会った時からずっと、エナルカにレイニーヌの面影を感じていた。
 小さな体の内に秘めた大きな魔力、性格そのものは違えども、どことなく勝気なエナルカの物言いが、ジークにレイニーヌを思い出させていたのだ。
 そしてジークは、自分でも気付かぬうちに、心の中に誓いを立てていた。
 それは、もう決して、自分の目の前で、慕う者を死なせはしない、という誓いだった。

 目を覚ました時、エナルカはジークの大きな腕の中にいた。
 その体がさほど冷えていなかったのは、ジークが雪から守ってくれていたからだった。
 身を起こしたエナルカは、ジークの安否を確かめるも、その呼吸はすでに止まっていて……
 何度も必死に呼びかけるが、その目が開く事はなかった。

「ど、どうしよう……。誰か……、助け……」

 涙をポロポロと零しながら、辺りを見るエナルカ。
 しかし、そこには白い雪があるだけで、自分達以外の人などいるはずもなく……
 冷たくなっていくジークの手を握りしめ、エナルカは寒さと恐怖で震えていた。
 すると、不思議な事が起こった。
 涙を流すエナルカの耳に、誰かの声が聞こえたのだ。

『ジークを、助けてあげて……。まだ、死ぬには早すぎる……。命の石を……、ジークを、救って……』

 聞き覚えのない、女の声だ。

「だっ!? 誰っ!? どこにいるのっ!?」

 叫ぶエナルカ。
 しかし、声の主は見当たらない。

『ポケットの中に……、命の石……、魔力を込めて……』

 途切れ途切れに聞こえるその声に従って、エナルカはジークの服のポケットを探る。 
 そして、手にしたのは……

「これ、は……。オーウェン様から頂いた、命の石……?」

 エナルカの手の中で光るのは、王都を旅立つ際に、軍団長オーウェンより授かった、紫色の石だ。
 それが今、中央に存在する光が、以前よりもずっと輝きを増して、眩ゆい光を放っているのだ。
 エナルカは、自分の物も取り出して、それと比べて見る。
 やはり、明らかに、ジークの命の石は、エナルカの物よりも数倍強い光を放っていた。

『命の石を、ジークの、口元、へ……。助けて……』

 どこからともなく聞こえてくる女の声に従って、エナルカは、光を放つ命の石を、ジークの唇にそっとあてがった。
 すると、瞬く間に、命の石の光が、ジークの口の中へと、独りでに入っていくではないか。
 そして……

「う、ぐ……。げほっ! げほっ!」

 大きく咳き込みながらも、ジークが息を吹き返した。

「ジ、ジーク……? ジークッ!」

 思わず抱きつくエナルカ。

「ぐはっ!? なんだっ!? げほっ! はぁ、はぁ……、何が起こった?」

 突然の衝撃に驚き、目を見開くジーク。 
 何度も大きく息をして……、ようやく呼吸が整ったジークは、ゆっくりと身を起こす。

「あ、あなた……、死んじゃったかと、思って……、うぅ……、うわぁ~あ~!」

 泣きじゃくるエナルカ。
 何が何だか分からないジークは、困った顔でエナルカを見下ろす。
 そして、その手元に置いている、光を失った命の石を目にして、全てを悟った。

「そうか……。あいつが、助けてくれたんだな……」

 先ほどまでの出来事を思い出し、呟くジーク。
 薄れゆく意識の中でジークは、夢を見ていた。
 レイニーヌの夢だ。
 夢の中でレイニーヌは、こう言っていた。

「起きなさいジーク! 起きるのよ! あんたはまだ、やらなきゃならない事があるでしょう? こっちに来るなんて百年早いわよっ! ちゃんとやるべき事をやって、使命を全うしてから、あたしの元に来なさいっ!」

 頭の中に、ハッキリと残っているレイニーヌのその言葉に、ジークはニヤリと笑った。

「けっ、本当に見てやがるってわけか……、上等だぜ」

 ジークは立ち上がって、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているエナルカに手を差し伸べる。

「行こうエナルカ。みんなを探さねぇとな」

 ジークの言葉に、エナルカはハッとして、服の袖で涙をサッと拭き取った。
 そして、ジークの大きな手を取って立ち上がり、二人は雪の中を歩き始めた。
  
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