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第9章:立ち向かう勇気

3:風神

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「ふっ、風神よっ! 私の元に、来たまえっ!」

 これで本当に風神など呼べるのだろうか? と不安に思いつつも、空へと向かって叫んだエナルカ。
 その手には、風神の御心と呼ばれる黄色い宝玉を握りしめ、頭上高くに掲げている。
  黄色い光を帯びた、爽やかな風を表しているかのような魔法陣が宙に浮かび上がり、それは何かを呼ぶように、夜空に向かって何度も何度も点滅した。
 リオ、マンマチャック、ジーク、テスラ、ロドネスの五人は、その様子を静かに見守っていた。
 六人は、ロドネスの空間魔法によって、オエンド山の山頂へと戻って来ていた。
 空は藍色に染まり、太陽は既に西の彼方へと沈んでしまっていて、夜がやって来ようとしている。
 すると、星々が輝く夜空のどこからともなく、黄色い光を帯びた大きな鳥が、六人の元へと舞い降りてきた。
 あまりの出来事に、驚き目を真ん丸にするエナルカ。
 まさか自分にこんな事ができるとは、思いもよらなかったのだ。

『私を呼んだのはそなたか?』

 黄色い光を帯びた大きな鳥は、威厳のある声でエナルカに尋ねる。

「あ……、はっ! はいっ! 私はエナルカと申しますっ! 初めましてっ!」

 緊張のあまり、大声で自己紹介して、ぺこりと頭を下げるエナルカ。
 その行動に、後ろで様子を見ていた五人は苦笑する。

『エナルカ……。私の名はフシン。そなたの言葉に、私は従おう』

 フシンと名乗った鳥は、ゆっくりとその足を地面につけて、大きな翼を畳んだ。
 その背は、エナルカを含め、リオ達五人を乗せられるほどに大きく広い。

「あ、わぁ……、あり、ありがとうございますっ! みんなっ! 乗せてくれるって!」

 嬉しさのあまり、エナルカは振り返ってそう叫んだ。

「わぁ~いっ! 風神様の背中だぁっ!」

 リオは、全く遠慮などせず、エナルカよりも先に、フシンの背に飛び乗った。

「エナルカ、先にどうぞ」

 マンマチャックは、空気を読んでエナルカを先に乗せ、自分はその後に続いた。

「世話になったな」

 ジークは、ロドネスに軽く頭を下げてから、フシンの背にまたがった。

「……ロドネス、様」

 最後に残ったテスラは、ロドネスの赤い瞳をジッと見つめた。

「テスラ……。全てが終わったら、トレロの村を一度訪れるといい。あそこの長老は、君の祖父にあたる。会いに行ってやってくれ」

 ロドネスの言葉に、テスラは多少驚きつつも、静かに頷いた。
 そして、ジークの手を借りて、テスラもフシンの背にまたがった。

「フシン様! 北西のベナ山へ行ってくださいっ!」

 エナルカの言葉に、フシンはその大きな翼を広げ、地面を力強く蹴って、空高く飛び立った。

「母さん! ありがとうっ!」

 テスラは、ロドネスに向かって、笑顔で叫んだ。
 フシンはぐんぐん上昇していき、やがてロドネスの姿も見えなくなって……
 リオ達五人は、星々が輝く夜空を、北西のベナ山へと向かって行った。

 五人の出立を見届けたロドネスは一人、異空間の部屋へと戻った。
 ふ~っと大きく息を吐き、椅子に座るロドネス。
 そして、思い出したかのように魔法を発動させて、大空洞の中に置き去りにしていたあの箱を手元へと運んで、懐かしそうに眺めていた。
  その脳裏には、かつて愛した者達の顔が、順番に思い浮かんでは消えていき……
  最後には、笑顔のテスラが残った。

「後は頼んだよ」

 そう小さく呟くと、ロドネスはゆっくりと、瞼を閉じた。 
 



  
 五人を背に乗せた風神フシンは、夜空を信じられないスピードで飛んでいく。
 眼下に広がる景色はまるで、川の流れのように過ぎて行った。

 瞬きをする内に山を下り、モルトゥルの森を抜けて、カトーバ荒野を飛んでいくフシン。
 やがて、王都にそびえ立つ光の城が五人の目に映ったが、フシンはそれを避けるように更に高度を上げて、あっという間にそれは見えなくなってしまった。

「すごいすごいっ! 速いねぇっ!」

 フシンの背の上で、はしゃぐリオ。

「確かに速いですが……、少々揺れますね……」

 どうやら、高い場所は苦手らしいマンマチャックは、フシンの背にある小さな羽を、その手でギュッと握り締めている。

「この調子だと、もうすぐ着くんじゃねぇか?」

 眼下の森を見下ろしながら、ジークが呟く。

「でもこれ……、すごく疲れるわ」

 エナルカは、フシンを呼び出した事によって、かなりの魔力を消耗したらしい。
 少しばかり俯き加減で、フシンの首元にもたれかかっている。

「じゃあさ、山の麓の村で少し休んでいこうよ! 酒場にヘレナさんって人がいてね、知り合いなんだ!」

 ウキウキとした様子で話すリオ。

「そうしましょう。無理は禁物ですからね」

 マンマチャックは、どうにも速くここから降りたいらしく、そう言った。

「あ、見えてきましたよ。あそこが麓の村では? ……少し、様子がおかしいですね」

 テスラの言葉に、リオ達は前方を見つめる。
 山の麓の一部分が、そこだけ昼間のような、明るい光を放っているのだ。

「あぁ、たぶんあれは、魔除けの火の明かりだよ。魔獣を避ける為のね。クレイマンさんに代わって、僕が新しく生み出したんだ!」

 胸を張ってそう言ったリオだったが……
 その光に近付くにつれて、それが自分の作り出したものではないと、リオは気付いた。
 そして……

「フシン様、止まって下さい」

 エナルカの言葉に、フシンは空中でその動きを止めた。

「くそっ……、これもワイティアの仕業かよ?」

 ジークが、悔しそうに下唇を噛んだ。

「酷い、なんて事を……」

 高所が苦手である事も忘れて、眼下の光景を見やるマンマチャック。

「これが……、竜の子ワイティアの、白い炎……?」

 テスラの言葉が、全ての答えだった。

 ベナ山の麓にある、クレイマンとリオが度々訪れていた小さな村。
 そこにあるはずの家、そこにいるはずの人々は、轟々と燃え上がる白い炎にまかれて、跡形もなく消えていた。
 リオは、眼下の光景を目にし、ただただ言葉を失った。
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