上 下
39 / 58
第9章:立ち向かう勇気

3:風神

しおりを挟む
「ふっ、風神よっ! 私の元に、来たまえっ!」

 これで本当に風神など呼べるのだろうか? と不安に思いつつも、空へと向かって叫んだエナルカ。
 その手には、風神の御心と呼ばれる黄色い宝玉を握りしめ、頭上高くに掲げている。
  黄色い光を帯びた、爽やかな風を表しているかのような魔法陣が宙に浮かび上がり、それは何かを呼ぶように、夜空に向かって何度も何度も点滅した。
 リオ、マンマチャック、ジーク、テスラ、ロドネスの五人は、その様子を静かに見守っていた。
 六人は、ロドネスの空間魔法によって、オエンド山の山頂へと戻って来ていた。
 空は藍色に染まり、太陽は既に西の彼方へと沈んでしまっていて、夜がやって来ようとしている。
 すると、星々が輝く夜空のどこからともなく、黄色い光を帯びた大きな鳥が、六人の元へと舞い降りてきた。
 あまりの出来事に、驚き目を真ん丸にするエナルカ。
 まさか自分にこんな事ができるとは、思いもよらなかったのだ。

『私を呼んだのはそなたか?』

 黄色い光を帯びた大きな鳥は、威厳のある声でエナルカに尋ねる。

「あ……、はっ! はいっ! 私はエナルカと申しますっ! 初めましてっ!」

 緊張のあまり、大声で自己紹介して、ぺこりと頭を下げるエナルカ。
 その行動に、後ろで様子を見ていた五人は苦笑する。

『エナルカ……。私の名はフシン。そなたの言葉に、私は従おう』

 フシンと名乗った鳥は、ゆっくりとその足を地面につけて、大きな翼を畳んだ。
 その背は、エナルカを含め、リオ達五人を乗せられるほどに大きく広い。

「あ、わぁ……、あり、ありがとうございますっ! みんなっ! 乗せてくれるって!」

 嬉しさのあまり、エナルカは振り返ってそう叫んだ。

「わぁ~いっ! 風神様の背中だぁっ!」

 リオは、全く遠慮などせず、エナルカよりも先に、フシンの背に飛び乗った。

「エナルカ、先にどうぞ」

 マンマチャックは、空気を読んでエナルカを先に乗せ、自分はその後に続いた。

「世話になったな」

 ジークは、ロドネスに軽く頭を下げてから、フシンの背にまたがった。

「……ロドネス、様」

 最後に残ったテスラは、ロドネスの赤い瞳をジッと見つめた。

「テスラ……。全てが終わったら、トレロの村を一度訪れるといい。あそこの長老は、君の祖父にあたる。会いに行ってやってくれ」

 ロドネスの言葉に、テスラは多少驚きつつも、静かに頷いた。
 そして、ジークの手を借りて、テスラもフシンの背にまたがった。

「フシン様! 北西のベナ山へ行ってくださいっ!」

 エナルカの言葉に、フシンはその大きな翼を広げ、地面を力強く蹴って、空高く飛び立った。

「母さん! ありがとうっ!」

 テスラは、ロドネスに向かって、笑顔で叫んだ。
 フシンはぐんぐん上昇していき、やがてロドネスの姿も見えなくなって……
 リオ達五人は、星々が輝く夜空を、北西のベナ山へと向かって行った。

 五人の出立を見届けたロドネスは一人、異空間の部屋へと戻った。
 ふ~っと大きく息を吐き、椅子に座るロドネス。
 そして、思い出したかのように魔法を発動させて、大空洞の中に置き去りにしていたあの箱を手元へと運んで、懐かしそうに眺めていた。
  その脳裏には、かつて愛した者達の顔が、順番に思い浮かんでは消えていき……
  最後には、笑顔のテスラが残った。

「後は頼んだよ」

 そう小さく呟くと、ロドネスはゆっくりと、瞼を閉じた。 
 



  
 五人を背に乗せた風神フシンは、夜空を信じられないスピードで飛んでいく。
 眼下に広がる景色はまるで、川の流れのように過ぎて行った。

 瞬きをする内に山を下り、モルトゥルの森を抜けて、カトーバ荒野を飛んでいくフシン。
 やがて、王都にそびえ立つ光の城が五人の目に映ったが、フシンはそれを避けるように更に高度を上げて、あっという間にそれは見えなくなってしまった。

「すごいすごいっ! 速いねぇっ!」

 フシンの背の上で、はしゃぐリオ。

「確かに速いですが……、少々揺れますね……」

 どうやら、高い場所は苦手らしいマンマチャックは、フシンの背にある小さな羽を、その手でギュッと握り締めている。

「この調子だと、もうすぐ着くんじゃねぇか?」

 眼下の森を見下ろしながら、ジークが呟く。

「でもこれ……、すごく疲れるわ」

 エナルカは、フシンを呼び出した事によって、かなりの魔力を消耗したらしい。
 少しばかり俯き加減で、フシンの首元にもたれかかっている。

「じゃあさ、山の麓の村で少し休んでいこうよ! 酒場にヘレナさんって人がいてね、知り合いなんだ!」

 ウキウキとした様子で話すリオ。

「そうしましょう。無理は禁物ですからね」

 マンマチャックは、どうにも速くここから降りたいらしく、そう言った。

「あ、見えてきましたよ。あそこが麓の村では? ……少し、様子がおかしいですね」

 テスラの言葉に、リオ達は前方を見つめる。
 山の麓の一部分が、そこだけ昼間のような、明るい光を放っているのだ。

「あぁ、たぶんあれは、魔除けの火の明かりだよ。魔獣を避ける為のね。クレイマンさんに代わって、僕が新しく生み出したんだ!」

 胸を張ってそう言ったリオだったが……
 その光に近付くにつれて、それが自分の作り出したものではないと、リオは気付いた。
 そして……

「フシン様、止まって下さい」

 エナルカの言葉に、フシンは空中でその動きを止めた。

「くそっ……、これもワイティアの仕業かよ?」

 ジークが、悔しそうに下唇を噛んだ。

「酷い、なんて事を……」

 高所が苦手である事も忘れて、眼下の光景を見やるマンマチャック。

「これが……、竜の子ワイティアの、白い炎……?」

 テスラの言葉が、全ての答えだった。

 ベナ山の麓にある、クレイマンとリオが度々訪れていた小さな村。
 そこにあるはずの家、そこにいるはずの人々は、轟々と燃え上がる白い炎にまかれて、跡形もなく消えていた。
 リオは、眼下の光景を目にし、ただただ言葉を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...