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第9章:立ち向かう勇気
1:ロドネスの咆哮
しおりを挟む長い沈黙が続いていた。
リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラ……、そしてロドネスも、この先何をどうすればいいのかと、それぞれがそれぞれの心の中で思い悩み、希望の光を模索していた。
ヴェルハーラ王国第十七代国王ワイティア。
若くして王位に就き、国に住まう人々に平穏を願っていたはずのその王は、銀竜イルクナードがこの世に残した、邪悪なる力の根源そのものだった。
この現実、真実を、どうしたら受け止められるだろう?
否、そう易々とは受け入れられぬという思いが、リオ達五人の中にはあった。
国民の為に涙を流し、自分達の旅路の為に様々な物を用意してくれた、あの優しい国王が、まさか竜の子ワイティアだったとは……
そして、壊れてしまった、五つのマハカム魔岩のペンダント。
五大賢者が残しし封印の魔法を、リオ達は解いてしまったのだ。
それはつまり、これまで思念体のみだったワイティアの竜の肉体を、外界へと解き放ってしまったという事に他ならない。
思念体だというのに、あれほどの災厄、あれほどの被害が国には出ている。
リオ達の師である五大賢者も、思念体のみであるワイティアによって、呪い殺されたのだ。
それを、肉体まで解き放ってしまっては……
リオ達の心は、絶望の一色に染まっていた。
「解き放ってしまったのなら、もう一度、封印すれば良い」
じっと黙っていたロドネスが、唐突にそう告げた。
「もう一度って……、自分達でがですか? そんな……、五大賢者でさえも、その封印を破られて、思念体が外へと出てしまった者を相手に、自分達が何をできるというのですか?」
マンマチャックは、声を震わせながらそう言った。
「だがしかし、他に方法はないぞ。王も頼りにならない……、ならないどころか、国を守るべき王こそが災厄の元凶なのだとすれば、一刻も早く、その元凶を消し去らねばならぬ。しかし、思念体を消し去ったとて、本体がこの世に残れば、また同じことの繰り返しだろう。再度、ボボバ山の山中にある、銀竜イルクナードの残した卵、その中にいる竜の子ワイティアの本体に封印の魔法をかける事が、最善の策だと私は考える」
ロドネスの言葉は正しいと、頭ではわかっていながらも、リオ達五人は首を縦には振れずにいた。
五人は五人とも、既に、五大賢者に勝るとも劣らない力を、その身に蓄えていた。
だがしかし、圧倒的に、五人には経験と自信が不足していた。
黒竜ダーテアスを倒す……、それならばなんとかなりそうだと考えていたのは、どこかでまだ、国王ワイティアやオーウェンの後ろ盾があると感じていたからだ。
それが今、なくなった。
五人を守ってくれる者は、もはや敵となってしまったのである。
このままでは、封印が解けた肉体と共に、竜の子ワイティアはさらなる力を手に入れて、国はどんどんと荒廃し、そこに住まう人々は滅んでしまうに違いない。
けれども……、未熟な自分達に、果たして竜の子ワイティアを封印することなど出来るのだろうか?
五人は心の中で自問自答を繰り返し、その視線は完全に下へと向いていた。
そんな五人の様子を見て、ロドネスは、ふ~っと大きく息を吐いた。
「貴様ら、それでも五大賢者の弟子か?」
声色と口調が変わったロドネスを、バッと顔を上げて見つめる五人。
その目は、血のように赤い竜のもので、五人に一種の恐怖を与えた。
その恐怖は、肉食の獣か魔物に睨まれているようなもの……ではなくて、まるで、生前の師に叱られているかのような、身が縮こまるような恐怖である。
ゆっくりと立ち上がったロドネスは、その鋭い竜の瞳で、五人をジッと見つめた。
そして……
「貴様らの心内が今、どのようなものであるか、当ててやろうか? 自分には出来ない、到底敵いっこない、自分はまだ未熟だ、子どもだ、だから封印なんて出来っこない……、そう思うているのだろう? ……はっ、馬鹿馬鹿しいっ! そのような思いを抱くことこそが、邪悪なる力の前に屈することになるのだっ! 未熟だ子どもだ、上等じゃないかっ!? それでも貴様らはここまで来た! 黒竜に姿を変えた私の前にも、臆せず立ち向かって来たではないかっ!? それのどこが未熟だっ!? 自分に自信を持てっ! 下を向くのは死んだ時だけにしろっ! 目の前に敵がいるのならば、全身全霊をもって立ち向かって行けっ! 勝つか負けるかなぞ二の次だっ! 弱き人々を守る盾となり、剣となる。それが魔導師のあるべき姿であり、貴様らを育てた師の願いだっ! やる前から臆して縮こまるなっ! 貴様らは五大賢者の弟子なのだぞっ!? 師の墓前で、自分達は未熟だから立ち向かいませんでした、などと戯言を吐く気かっ!? そのような弱輩者を、私の仲間が育てたなどとは信じぬぞっ! 貴様らは強いっ! その力に恥じぬ、強い心を持つのだっ!」
怒号のように響き渡ったロドネスの言葉に、リオ達五人は驚き、体の芯から硬直した。
目を逸らす事も出来ず、息を吐くことすら出来ないままに……、その思考も止まっていた。
そして、五人の心は、今まさに、無になっていた。
ロドネスの咆哮ともいえようその言葉は、五人が先ほどまで抱いていた後ろ向きな感情を、虚空の彼方へと飛ばしていったのだった。
目をぱちぱちさせて、我に返ったかのような、呆然とした表情になる五人。
そんな五人の様子を目にして、ロドネスは満足気に椅子に座り直した。
「それでいい。できるできないは、やってみてから考えろ。やらずに後悔するような愚か者には決してなるでない」
優しく微笑みながらそう言ったロドネスは、ジークより手渡されたカップの水をもう一口、口へと運んだのであった。
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