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第8章:明らかになる真の敵
3:風と水
しおりを挟む白い光の中で、最初に目を開いたのはテスラだった。
自らが放ったその光の魔法によってテスラは、今いる洞窟内部の構造がはっきりと見て取れた。
城の神殿よりも遥かに大きなこの空間。
茶色い岩壁と高い天井は、どことなく湿り気を帯びていて艶めいており、地面にはところどころに水溜りができている。
暗闇でも育つ白い色をした植物がところどころに生えていて、地上と比べるとかなり異質な風景だ。
洞窟の中に突如として現れるこの大空洞。
その中に、テスラ達五人はいた。
そして、目の前に立っているのは、とてもとても大きな、黒い竜。
『ぐわぁっ!? 目がっ!? 目が開かぬっ!?』
余りの眩しさに、黒竜はその巨体を丸めて、光を避けようと縮こまっている。
その傍には、こちらも光の為に両目を手で覆い、その場に立ち尽くしているリオの姿があった。
「テスラ!? これは何をっ!?」
すぐ隣では、未だ目を開けられずにいるマンマチャックの手が、空を切っている。
どうやら仲間の位置を把握しようとしているらしいが……
「こういう時は、目が慣れるまで動かねぇ方がいい」
と、ジークは余裕の表情でその場に胡座をかいているし、
「で、でもっ! 目の前には黒竜がいるのよっ!?」
どうにか薄目を開けながらも、未だ視界が開けていない様子のエナルカは、ぶんぶんとロッドを振り回している。
「みんなぁ~! 大丈夫~!?」
目を閉じたままで、叫ぶリオ。
すると、そんなリオの真正面に、黒竜の両前足が振り下ろされた。
ドシーン、という大きな音を立てて、洞窟内が激しく揺れる。
『許すまじ! 許すまじぞ人の子よ! 我に働きし無礼の数々、許すまじっ!』
黒竜ダーテアスは、怒り狂ったかのように叫び始める。
そして、棘のついた巨大な尻尾をぶんふんと振り回し、更にはその両足で地面を強く踏み付けて、絶えず振動を起こし始めたではないか。
このままでは、黒竜ダーテアスの近くにいるリオが危ない!?
テスラは、自分でも無意識のうちに、走り出していた。
強い光の為に周りが見えず、立ち尽くすリオの元へと、全力で駆けて行く。
「テスラ!? 危ないっ!?」
その声はエナルカだった。
まだよく見えない視界の端で、テスラのその細い体を、黒竜の尻尾が振り飛ばしたのだ。
テスラは岩壁へと激突し、力なく地面に倒れ込む。
「テスラぁっ!?」
悲鳴にも似たエナルカの声に、目を開いたのはジークだ。
ゆっくりと瞼を開き、周りの状況を確認する。
そして……
「あの馬鹿女……。真正面から突っ込んでってんじゃねぇよ」
地面に倒れたままのテスラを目にし、悪態をついた。
しかしその心には、仲間を傷つけられたという怒りが湧いていた。
「エナルカ! 見えてんのかっ!?」
「はっ! はいっ! 見えてますっ!」
怒鳴りつけるようなジークの声に、エナルカはビクッと身震いし、咄嗟に敬語で返事をした。
「俺はあいつの右へ回る。お前は左へ回れ。尻尾にぶつかるなっ!」
「は、はいぃっ!」
ジークが走り出すと同時に、エナルカも走り出す。
しかしエナルカは、なぜ自分が走っているのか、走って行って何をすればいいのかは、まだ理解していない。
「ジーク!? エナルカ!?」
ようやく薄目を開けたマンマチャックが、走り出す二人の背を見て叫ぶ。
「マンマチャック! お前はテスラを!」
ジークにそう言われて、光の中を四方八方へと視線を泳がせ、テスラの姿を探すマンマチャック。
少し離れた場所に倒れているテスラを発見し、マンマチャックもまた駆け出す。
「みんな何してんのっ!? 僕は何をすればいいのっ!?」
未だ目を閉じたままのリオに、ジークは走りながら苛立ち、そして叫んだ。
「てめぇが始めたんだろうがリオ! いつまで目ぇ閉じてんだよボケが! さっさと目ぇ開けて、最後まで責任持って相手しやがれっ!」
ジークの、それはそれは口汚い物言いに、リオは若干戸惑いつつも、ゆっくりと目を開けた。
するとそこには、尻尾をぶんぶんと振り回し、両足をダンダンと強く踏み鳴らす、怒り狂った黒竜の姿が。
黒い鱗はその一つ一つが大きく鋭くて、強靭な足と手には長く尖った爪が生えている。
頭上に揺れる顔は恐ろしいほどに口が裂け、その中には無数の牙が生えており、更に奥の喉に差し掛かる場所には、黒い光を帯びた炎が蓄えられているではないか。
そして、見えているのかいないのかは定かではないが、黒竜の血のように赤い二つの瞳が、リオの姿を真っ直ぐに見下ろしていた。
さすがのリオも、自分が今、絶体絶命のピンチに陥っている事に気付く。
このままでは、その尻尾の餌食になるか、それとも前足で潰されてしまうか、はたまた口から黒い炎を吐かれて焼け焦げてしまうか……
何にしてもこの状況は、非常に危険だ!
リオは、すぐさま両手の魔法陣を再度発動させる。
しかし、目の前のにいる、恐ろしく硬そうな鱗に身を包んだ黒竜に、果たして自分の炎が効くだろうか?
けれども迷っている時間はない!
すると、リオの視界の端、前方に迫る黒竜の左側にジークが現れ、右側にはエナルカがその姿を現した。
「一対一じゃ無理だ! 交互に攻撃するぞっ!」
ジークはそう叫ぶと、両手の魔法陣を発動させて、手の平の上に小さな水流を作り上げた。
そしてそれを、黒竜の顔目がけて、思い切り投げた。
ぐるぐると渦巻く水流は、黒竜の右頬に、ばしゃっ! と音をたてて、ぶつかった。
『がっ!? なんだこれはっ!?』
まだ目がはっきりと見えていないらしい黒竜は、ジークの放った水の魔法に驚き、リオから一歩離れた。
「なるほど、そういう事ね!」
ようやくジークの作戦を理解したエナルカは、ロッドを握りしめる手に力を籠める。
そして、両手の魔法陣を発動させて、こちらも竜巻のような風の渦を作り上げた。
「え~いっ!」
ロッドを勢いよく振り上げて、竜巻を黒竜の左頬に、ぼわんっ! と、ぶつけるエナルカ。
『ぐっ!? こちらにもかっ!?』
エナルカの風の魔法に驚いた黒竜は、さらにもう一歩、リオから離れた。
「よしっ! 僕もっ!」
ジークとエナルカに続き、リオが火の魔法を行使しようとした、その時だった。
「やめて! 母さんを傷つけないでっ!」
マンマチャックに支えられて、なんとか立ち上がる事ができたテスラが叫んだ。
その顔には、先ほどまで眼帯で隠されていたはずのもう片方の目が、姿を現していた。
初めて見るテスラの、もう片方の瞳……
血のように赤いもう片方の目とは対照的な、美しく、深い青色をしたその瞳に、リオは息を飲んだ。
「傷つけたりなんかしねぇよっ! エナルカ! 風と水の渦で、こいつの体を回すぞ!」
「えぇっ!? はっ! はいぃっ!」
ジークの無茶苦茶な提案に戸惑いながらも、エナルカは大きく頷いた。
ジークは水の魔法で、先ほどの何倍もの大きさの水流を作り上げる。
それに合わせるかのように、エナルカも、先ほどよりも数倍大きな竜巻を作り上げた。
そして、二人はそれを、力いっぱい黒竜にぶつけた。
『ぬがっ!? なっ!? ぐわあぁっ!』
黒竜の巨体は、水流と竜巻が合わさった巨大な渦に飲み込まれ、ぐるぐると回転し始めた。
その勢いは、魔法を発動させたジークとエナルカ本人達も驚くほどのもので、黒竜はまるで石ころのように渦の中を回っている。
『があぁっ!? 目がぁっ!? 目が回るぅ~』
竜とは思えないほどの情けない声で黒竜が叫んだところで、ジークとエナルカは魔法を止めた。
何事もなかったかのように、ジークとエナルカの手に吸い込まれていく水流と竜巻。
そして……
『うぅ……、ぐぅうぅ……』
文字通り、目を回してしまった黒竜は、力なく地面に突っ伏して、そのまま意識を失ってしまった。
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