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第7章:いざ、オエンド山脈へ

6:微笑み

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「くっそぉ……。あのじじぃ、俺達の事を完全になめてやがるぜ、まったく……」

 口汚く罵りながら、山道を登るジーク。

「仕方ないわよ。だって、お世辞にも強そうに見えないものね。私や……、特にリオは」

 エナルカは、ロッドを支えに山道を登る。

「僕!? 僕はどう見ても強そうじゃないか!?」

 憤慨するリオ。

「ふっ……、どこがですか?」

 鼻で笑うマンマチャック。

「……………」

 テスラは、ダース族の村を出てからというもの、終始無言を貫いていた。

 五人が今いる場所は、ダース族の村から少し南へと向かった場所から伸びる、オエンド山脈の山道である。
 オエンド山脈最高峰とされるオエンド山の頂までは、まだまだ遠く、どこまでも山道は続いていた。
 辺りは既に日が落ちて暗く、どこからともなく、山に住む狼のような獣の遠吠えが聞こえてきている。

「下手に登り過ぎねぇ方がいいな。適当な所で今夜は野営しようぜ」

 ジークの言葉に、残りの四人は頷いた。

 ダース族の長老は、五人がオエンド山の山頂を目指す事を許した。

「お主ら如き若輩者に、どうこうできる黒竜ではない。己の無力さを知る為にも、登るといい。死の山と呼ばれしこの気高き山々、オエンドの山を……」

 長老の言葉は、五人の脳裏に焼き付いていた。

 オエンド山脈は、決して緩やかとは言えないまでも、それなりに緑のある、幅の広い山道が続いていた。
 北方の出身であるリオとマンマチャックは、もっと凍える思いをするのではと考えていたのだが……
 さすがは南の山である、気温はとても穏やかで、天候も安定し、空には星が煌めいている。
 テントが張れそうな開けた場所を見つけた五人は、今夜はそこで野営をすることにした。

 慣れた手つきでテントを立て、周りの枝葉を集め、大き目の石で囲った焚き火を作り上げる。
 ここまでの旅で、それぞれがそれぞれに、様々な事を学び、旅をする上での技術を身に着けていた。

 夕食を済ませ、ジークが淹れたお茶を飲み、夜空を見上げて各々物思いにふける五人。
 皆が、ダース族の長老の言葉の意味を、考えていた。

「ねぇ……。黒竜ダーテアスは、邪悪なる力の根源ではないのかなぁ?」

 一番にそう言葉にしたのは、またしてもリオだった。
 リオは、自分の心の中に疑問を抱え込むのがほとほと苦手らしい。

「そんなもん、あのじじぃの戯言に決まってんだろうが」

 ジークは、迷いながらもそう答えた。
 旅の目的を、レイニーヌの仇と信じてここまで来た事を、無駄だとは思いたくなかったのである。

「果たしてそうでしょうか……? 黒竜ダーテアスが邪悪なる力の根源だと決めつけるには、もしかすると……、時期尚早だったのやも知れません……」

 そうは言ってみたものの、では、国の危機をもたらしているのはいったい何者なのかと、マンマチャックは心の中で自問自答していた。

「でも、だとしたら一体誰が? 誰が私達のお師匠様を死に追いやったというの?」

 エナルカは思い出していた。
 自分を庇って死んでいったシドラーの事を。

 答えが見つからないままに、四人は黙りこくってしまった。
 沈黙を破ったのは……

「もし、黒竜ダーテアスが、邪悪なる力の根源ではないとしたら……。皆さんは、黒竜と対峙した時、どうするおつもりですか?」

 テスラだった。
 山道を登り始めてからというもの、ただの一言も発しなかったテスラの言葉に、四人は驚き、考える。
 もし、黒竜ダーテアスが、邪悪なる力の根源ではなかったら……

「どうするも何も……。相手は強大なる力を持つ黒竜です。躊躇していれば、こちらがやられてしまいます。反撃する隙もないくらいに、自分たちの全力をぶつけて戦わないと」

「そうよね。悠長な事を考えていたら、こっちの命が危ないわよね……。仮にもし本当に、邪悪なる力の根源が黒竜ダーテアスでないにしても、相手は竜……。言葉が通じるのかもわからないし、確かめる方法なんてないわよね」

「やられる前にやっちまえ……、俺はレイニーヌからそう教わっている。今回も、それを実行するつもりだ」

 マンマチャック、エナルカ、ジークの意見は、ほぼ一致していた。
 しかしリオは……

「僕は……、出来れば、黒竜ダーテアスとお話がしたいなぁ」

 夜空の星を見上げながら、笑顔でそう言った。
 リオの言葉に、テスラの赤い瞳が揺れた。

「はぁっ!? 何言ってんだてめぇっ!?」

 馬鹿も休み休みにしてくれと言わんばかりに、リオを睨むジーク。

「お話って……。リオ、今私たちが言っていたい事聞いていた? 言葉が通じる保障なんてないのよ!?」

「でも……、通じるかも知れないでしょ?」

 リオの言葉に、ほとほと呆れかえるエナルカ。

「リオ、今回ばかりは、しっかりと考えて行動しなければならないんですよ。そんな、お話だなんて……。さすがに自分も、その意見には反対です」

 顔をしかめるマンマチャック。
 しかしリオは、淡々とこう言った。

「けどさ……。見た目や種族で相手がどうとか決めるのは、正直良くないと僕は思うけど? 僕達だって、生まれや育ちは違うけれど、こうして出会って、話をして、なんとかうまくやっているじゃない? だったら、黒竜ダーテアスとだってきっと、話せば分かり合えると思うなぁ~」

 呑気に語尾を伸ばすリオに対し、マンマチャック、エナルカ、ジークは、返す言葉が見つからない。
 まぁ確かに、差別は良くない……、良くないけれど……
 世界最強種と言われる竜を相手に、そんなちっぽけな正義感が何に役立つのかと、リオのあまりに無謀な言葉に対し、三人は頭を抱えていた。

「私は……、リオに賛成です」

 不意に言葉を発したテスラに対し、三人はその顔をバッと見る。
 ジークは、阿呆かこの女!? と思ったし、マンマチャックは、テスラまで何を言いだすんですか!? と言おうとしたし、エナルカは、どうしてなんでよ!? と心の中で叫んだが……
 それらの言葉、考えは、すぐさま消え去って行った。
 三人が三人とも、一様に驚き、言葉を失い、思考が止まっている。
 何故なら、これまで一度も見た事のない、穏やかな微笑みを讃えたテスラが、そこにはいたのだから……





 五大賢者の一人、常闇の主、魔導師ロドネス・ブラデイロの娘……、その事実をテスラが知ったのは、テスラが五歳の時だった。

 城に住まう国属の魔導師達を束ねる、魔導師団長のルーベル・メウマ。
 国の宰相でもあるこのルーベルに育てられたテスラは、親譲りの才能を発揮し、みるみるうちに、国属の魔導師達に引けをとらない、強い魔導師へと成長していった。
 ルーベルは気付いていた。
 五大賢者ロドネスの跡を継げる者は、このテスラをおいて他にはいないと。
 しかしそれは同時に、再び悲劇が繰り返される事になるやも知れないと、ルーベルは案じていた。

 だからルーベルは、全てをテスラに打ち明けた。
 魔導師ロドネスが、なぜ生まれて間もないテスラを置いて、姿を眩ませたのか……
 その理由、起きた出来事の全てを、テスラに話して聞かせたのだった。
 幼いテスラは、その事実を明かされ、酷く傷つき、悲しんだ。
 それと同時に、悟ったのだ。
 黒竜ダーテアスを倒すのは、他ならぬ、自分の使命であると……
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