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第7章:いざ、オエンド山脈へ

4:ダース族

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 それから五日が経った。
 モルトゥルの森には、オーウェンの言葉通り、食べる事のできる果実が豊富にあり、また大型の草食獣も多数生息している為に、食べ物には困らなかった。
 五人は、森の恵みと、犠牲になってくれた命に、感謝した。

 森の中には、最初に訪れた村の近隣に、別の村が三つ存在していた。
 しかし、どの村も酷い有様で、五人は足早に村を立ち去るのであった。

 そうして、四つ目の村を旅立って四日後の夕方。
 モルトゥルの森の奥深く、五人は目的地であるトレロ村を視界に捉えた。
 トレロ村には、これまでの村とは違って、巨大な岩を無秩序に並び立てて造った様な、変わった構造の家々が並んでいた。
 そしてそこには、五人が目にしたことのない姿の種族が暮らしていた。

 大きな木々の陰から、村の様子を探り見る五人。

「あれは……、人ではないのかしら?」

 エナルカが、不安げな声を出す。

「けれど、衣服を身に着けていますし、文化水準も自分達とそう変わらぬように見えますね」

 マンマチャックが言う。

「俺が言うのもなんだが……、図体のでかい奴らばっかだな」

 ジークの言葉通り、彼らは皆一様に、ジークに負けず劣らずの高身長なのである。

「ねぇ、腕には鱗があるみたいだよ? ほら、キラキラしている」

 リオの目には、彼らの腕や首筋に光る、黒い鱗のような物が映っていた。

「あれはおそらく……、ダース族ですね」

 テスラが答えた。

「ダース族って確か……。黒竜を祖に持つ、半竜人の一族ではなかったかしら?」

「その通りです。王都では既に、滅んだものとされていましたが……。まだ生き残りがいたとは……」

「オーウェンのおっさん、そんな事は一言も言っていなかったぞ?」

「そうですね、オーウェンさんは何も……。知らなかったのでしょうか?」

「まさか、そのような事はないと思われますが……。しかし、我々はここを通らねばなりません。山への入り口は、この村の先にあるはずですので」

 テスラの言葉に、四人は黙り込んでしまう。
 無理もない、目の前にいるのは、正真正銘、黒竜を祖に持つ半竜人、ダース族なのだから。

 その昔、一人の女が黒竜と恋に落ち、その身に子を宿した。
 そしてその子らが繁栄し、半分が竜、半分が人の種族、ダース族として、その存在は語り継がれてきたのだ。
 人とよく似た姿かたちをしているものの、その瞳は血のように赤い、鋭く尖った竜のもの。
 肌はどことなく紫がかっており、体の至る所に竜の名残である黒い鱗を有している。
 近年、王都はおろか、周辺の村や町にも、どこにもその存在は確認されていなかったのだが……
 ダース族は、このモルトゥルの森の奥深く、黒竜ダーテアスの息がかかったこのオエンド山脈の麓で、誰にも知られず、静かに暮らしていたのだった。

「とりあえず行ってみよう。大丈夫、きっと受け入れてくれるよ」

 何を根拠にそのような事を言えるのかと、四人はリオを見つめる。
 しかし、その言葉に逆らおうとする者は、四人の中にはもはや一人もいなかった。

 先日、悪魔の姿となったリオを目にしてからというもの、四人のリオに対する態度は、明らかによそよそしくなっていた。
 極力口を利かぬよう、極力近付かぬようにと、距離をとっていたのだ。
 勿論、リオ自身もその事には気付いていた。
 けれども、このような状況の中で、そのような事を気にすることは無意味だと、リオは考えていた。
 リオの目的はあくまでも、黒竜ダーテアスを倒す事。
 師であるクレイマンの願いを叶える為に、邪悪なる力の根源を消し去って、国に平和をもたらす事である。
 その為には、五大賢者の弟子である皆の力が必要だし、自分一人で黒竜ダーテアスをどうにか出来るとは思わなかった。
 だから、自分の真の姿を見た事によって、多少皆がよそよそしくなろうとも、そんなことは自分の目的には関係ないと、リオは思っていたのだ。
 リオらしいと言えばリオらしいのだが、その行動が余計に、四人の不安を煽っていた。
 目の前の少年は、一時とはいえ、悪魔の姿をしていた。
 もし本当に悪魔ならば、それは倒さねばならない存在、この世から消し去らなければいけない存在なのだ。
 けれども、自分達を襲ってくる様子もなければ、何か悪事を働こうと考えているようにも見えない。
 これまでと同じように、自分達と一緒に、邪悪なる力の根源である黒竜ダーテアスを倒そうと、一生懸命にその歩を進めている。
 そんな少年を、どうして、悪魔などとは思えようか……
 四人はリオに対して、それぞれの心の中で葛藤していた。

「おい、人間じゃないか?」

「……本当だ、人間だ」

「人間が来たぞ、みんなに知らせるんだ!」

「女子供は長老の元へ!」

「男は武器を持て!」

 ダース族の者達は、村に近付いてくる五人の姿を目にして、慌ただしく、口々にそう言った。
 そして、どこからか長い槍のような武器を持ち出して、五人に向かって構えたのだ。
 リオ達はというと、ダース族達のそのような行動に警戒しつつも、戦う意思はないと示す為に、両手を上に上げながら、ゆっくりと歩く。
 だがしかし、その行動の意味をよく理解していないダース族達は、警戒を解くどころか、ますますその声を荒げていった。

「ここへ何しに来たぁ!?」

「人間はここへ来るなっ!」

「帰れっ! 帰れっ!」

「止まれっ! さもなくば、攻撃するぞぉ!」

 殺気立ち、槍を構え、口々にそのような言葉を放つダース族達。

「おうおう、えれぇ嫌われてるな……。どうする? 一度止まるか?」

「そうですね。あまり刺激しても良くないでしょう。あちらが落ち着くまで、動きを止めましょうか」

「自分も、そうしたほうがいいと思います」

「私も賛成……、こ、怖い……」

 そう言って、歩みを止めたジーク、テスラ、マンマチャック、エナルカの四人。
 しかしリオは……

「大丈夫、分かってくれるはず……」

 ゆっくりと、その歩を村へと進め続ける。

「……って、おいリオ! 止まれっ!」

 思わずジークが叫ぶ。
 しかし、リオは歩みを止めない。
 じりじりと、ダース族達の村へと近付いて行く。

「あの馬鹿っ!?」

 エナルカは、その場で足をバタバタさせる。
 万が一の時の為に、マンマチャックとテスラは、その両手に魔法陣を発動させた。

「止まれっ! 止まるんだぁっ!」

「それ以上村に近付くなぁっ!」

「おい、もう攻撃しようっ!?」

「し、しかし……、攻撃していいのか? 相手は子供だぞ?」

「と、止まってくれっ! 俺達は戦いたくないっ!」

「止まれっ! く、来るなぁっ!」

 どんどんと近づいてくるリオに対し、ダース族達は、威嚇とは別の騒ぎ方をし始める。
 戦いたくない、だからこちらに来ないでくれと、まるで懇願するかのような言葉を叫び始めたのだ。
 その声が、リオの耳に届き、そして……

「こんにちわ! 僕の名前はリオ! 皆さんの敵ではありませんっ! どうか武器を下ろしてくださいっ! そして、話し合いましょう!」

 満面の笑みで、そう言った。
 その言葉に、ジーク、マンマチャック、エナルカ、テスラまでもが、呆気に取られ、苦笑いし……
 ダース族達は、目の前の人間の子どもが笑顔で言ったその言葉の意味を、全く理解できずに、その体は石のように固まってしまったのだった。





「ったく……、無茶すんじゃねぇよっ!」

 リオの頭に、拳骨を振り下ろすジーク。
 それはジークが、悪い行いをした時に、レイニーヌによくされていた怒られ方だ。
 今現在、ジークの頭の中には、リオが悪魔かも知れない、などという懸念は、一切消えて無くなっていた。

「いったぁ~い! 何も殴らなくてもいいじゃないかぁっ!?」

 育ての親であるクレイマンにも殴られた事など無かったリオは、涙目でジークを睨む。

「うるせぇっ! あれほど一人で突っ走るなって言ったろうがぁっ!」

  獣のように吠えるジーク。

「でもっ! 上手くいったじゃないかぁっ!」

  応戦するリオ。

「何をぉっ!? 餓鬼が知ったような口効くんじゃねぇっ!」

  再度拳を振り上げるジーク。  

「暴力反対っ!」

 ジークの腕にぶら下がってそれを止めたのは、小さなエナルカ。

「止めるなチビ女っ!」

  今度はエナルカに向かって吠えるジーク。

「チビ女じゃないっ! 私はエナルカ!」

  応戦するエナルカ。

「リオ、君が間違ってます。ジークに謝りましょう」

  隙を見て、ジークとリオの間に入り、リオを説得するマンマチャック。

「でもっ! 上手くいったでしょっ!?」

 引き下がらないリオ。  
 その言葉に、これは収拾がつきそうにないと、マンマチャックは額に手を当て項垂れる。
 すると、そんな四人の様子を見て……

「ふふふふ」

 なんと、テスラが笑ったのだ。
 四人は驚いて、テスラを見る。
 すると、四人の視線を感じたテスラは、瞬時にいつもの無表情へと戻った。

「なっ!?  お前、今笑ってたか?」

 ジークが、怒っていたのも忘れて、テスラに尋ねる。

「ごほん……。いいえ、笑ってません」

 否定するテスラ。

「嘘だ! 今笑っていたよっ!?」
 
 悪戯に笑いながら、テスラを指差すリオ。

「リオ、人を指差してはいけませんよ」

 リオの指を、そっと折り曲げるマンマチャック。

「良かった……。テスラ、笑えたんだね」

 エナルカは、ホッとしたように微笑んだ。
 テスラは、何やら罰が悪そうに視線を泳がせていた。
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