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第6章:光の城
2:謁見
しおりを挟む玉座の間の扉が開かれ、オーウェンの後に続いて、リオ達四人は中へと入る。
玉座の間は、それはそれは素敵な空間で、四人が四人とも息を飲んだ。
白い壁と赤い絨毯が敷かれた床、それはここまでの城内と同じなのだが、天井はなんと柄ガラス張りで、さんさんと太陽の光が降り注ぎ、美しい空の青が広がっているのだ。
そして部屋の中央には、輝く金色の椅子に座る、第十七代ヴェルハーラ王国国王、ワイティアの姿があった。
床までつくほどの真っすぐで長い白髪は、キラキラと光を反射して美しく、透き通るような肌は真っ白で、顔はとても端正に整っている。
深い青の瞳が印象的なその顔は、どこかまだあどけなさが残る若い男だ。
その姿にリオは、まるで天使のようだと目を見張る。
マンマチャックは、想像していたよりもずっと若いワイティア王に少しばかり驚く。
ジークは、男だというのに一見すると弱弱しく見えるワイティア王に対し、つまらさそうな視線を送り、エナルカはまだ緊張しているのか、呼吸をするだけで精一杯な様子だ。
「そこに並びなさい」
オーウェンに指示されて、四人はワイティア王の前に一列で並ぶ。
オーウェンは、国王に向かって深くお辞儀をした。
「国王に申し上げます。五大賢者の後を継ぐ者たちを連れてまいりました。紅蓮の覇者クレイマン・ギブルソンの弟子リオ、恵みの女神レイニーヌ・バレンティアの弟子ジーク、神風の使い手シドラー・アルドネスの弟子エナルカ、森の聖者ケットネーゼ・ルルルの弟子マンマチャック。この四人が、我が国の危機を救う魔導師でございます」
オーウェンの言葉に、またもや驚き目を真ん丸にするリオ。
マンマチャックも、「それは聞いていない」と言いたげな顔になり、エナルカはカチコチに固まりすぎていて、もはや目を回しそうな勢いだ。
ただ一人ジークだけは、最初から知っていたかのような涼しい顔をしている。
「そうですか……。皆さん、初めまして。私が、ヴェルハーラ王国現国王、ワイティアです。遠路はるばる王都へお越し頂き、感謝の意を述べます。……オーウェン、きっと話が長くなるだろうから、皆さんに椅子を出ししてください」
「畏まりました」
ワイティア王の指示でオーウェンは、別の部屋から椅子を四脚運んできて、リオ達四人に座るよう促した。
リオは、優しい王様だな~と感心し、マンマチャックは、その親切さが逆に怖いなと身構え、ジークは、この王は八方美人だなと心の中で悪態をつき、エナルカは頭が真っ白になっている。
四人がそれぞれ椅子に腰かけた事を確認し、ワイティア王は話し始めた。
「それでは……。あなた方をここに呼び集めた訳をお話しましょう。この国は今、王国が始まって以来最大の危機に陥っています。邪悪なる力が、目覚めつつあるのです」
ワイティア王の言葉に四人は、それぞれの師がどうなったのか、その最期の光景を思い出し、辛く悲しい気持ちになる。
「……話したくはないでしょう。皆さんが慕い、頼りとしていた者の最期の様子など。しかし、私はそれを聞かねばなりません。この国の未来の為なのです。どうか、お話して頂けますか?」
憂いを帯びたワイティア王の言葉に四人は、心が痛むのを我慢して、それぞれの師の身に起きた事を順番に話していった。
ワイティア王は、真っ直ぐな瞳で四人を見つめ、それぞれの話に真摯に耳を傾けていた。
リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカは、それぞれの師に起きた事、それを乗り越えてここへ辿り着いた事、その詳しい経緯を、お互い初めて耳にした。
そして、自分だけではなかったのだと安堵すると共に、それぞれが何かを背負って今ここにいる事を再確認し、その胸中は複雑だった。
「ありがとうございます。四人とも、よく話してくれました。これでようやく、邪悪な力の根源が何なのか、その正体がハッキリと分かりました。そして、これからどうすれば良いのかも……」
ワイティア王の言葉に、四人は驚く。
王都へ来て、四人が出会ってから丸三日間、これから何をどうすればいいのだろうと途方に暮れていた事は紛れもない事実だ。
五大賢者の一人、常闇の主、魔導師ロドネスを探し出そうと決めたはいいものの、耳にするのはロドネスが既に死しているのではないかという噂のみ。
もはや成す術はないのかと、心のどこかで諦めかけていたのだった。
しかし、目の前にいるワイティア王は、全てを分かったような顔でそこにいる。
四人はそれぞれ驚くと共に、もしかすると師の願いを叶えられるのかも知れないという希望に、胸を高鳴らせた。
「今、この国には様々な問題が山のように積み上がっています。王都こそ栄えて平和に見えるかも知れませんが……、近年この王都は、何度も疫病の被害に苦しんでいます。国を挙げての治療も空しく、亡くなった民は数え切れず……。北の山々は年々冬の厳しさを増し、田畑の実りはよくありません。西に広がる原野と東に広がる森では魔物が狂暴化し、人々に危害を加えています。南の領地では砂漠化が進み、民は日々水を求めて苦しんで……。これのどこが、平和な国と言えるでしょう? いいえ、決して平和などではないのです。邪悪な力の根源を倒さぬ限り、この国はやがて滅びてしまう……」
額に手を当てて、項垂れるワイティア王。
事はよほど深刻なのだと、四人は痛感する。
そして、最初に口を開いたのは、リオだった。
「王様、僕は何をすればいいのでしょうか?」
その言葉に、残りの三人が揃ってリオを見る。
国王に対し、許可も求めず話した事にも驚いたが、まるで自分が国を救ってやると言わんばかりのその自信に満ちた声色に、三人は驚いたのだった。
しかし、そのようなリオの無礼な行いに対して、国王直下の軍人オーウェンが注意もしないどころか、ワイティア王も当たり前とばかりに言葉を返す。
「皆さんにお願いしたい事は、とても過酷な事です。しかし、あなたたち以外に、私は頼るべき相手がいない。五大賢者が皆、邪悪なる力の呪いによって滅びてしまった今、その弟子であるあなた方四人が希望の光……。ここより遥か南東に、オエンド山脈と呼ばれる険しき山岳地帯があります。その中でも一際大きな山の頂に、その者は身を潜めているのです……」
「いったい何者なのですか?」
「その者の名はダーテアス。この国に災厄をもたらす……、邪悪な黒竜です」
ワイティアの言葉に、四人は揃って息を飲んだ。
「幾度となく討伐隊を編成し、オエンド山へと送り出しましたが、全ての者が敵の手にかかり、亡き者となってしまいました。オエンド山の麓に存在する村々は、ダーテアスが口から吐くと言われる白い炎によって焼かれ、跡形もなく消え去ってしまったと聞いております。五大賢者も呪いで亡き者とされてしまった今、このままではこの国は、邪悪なる力を持つ黒竜ダーテアスによって、滅ぼされてしまう事でしょう」
多くの悲しみ、そして大きな責任を背負う若きワイティア王は、堪え切れずにハラハラと涙を流した。
ここにも一人、邪悪なる力の前に無力さを感じ、苦悩している者がいたのだと、四人はギュッと胸を締め付けられる。
「ワイティア王……。俺達が、その黒竜を倒せばいいんだな?」
礼儀の全くない口調で尋ねたのは、他でもないジークだ。
しかし、その言葉をオーウェンが叱責しない理由は、ジークの瞳に、決意の炎が揺れている事を認めた為だった。
「正直なところ、あなた方のような、年端もいかない若者に、そのような事を頼めるほど私は老いてはいないのです……。黒竜ダーテアスの恐ろしさは測り知れません。あなた方はまだ若い。命を惜しんで当然です。その命を投げ出すような真似をしろなどと、私は言えないのです。ただ……、五大賢者に頼ろうと思った事は事実。そして、彼らがもうこの世にいない事も、紛れもない事実なのです。私はあなた方以外に、頼るべき相手がいない。国を背負う身として、民の為に最善の策を考えなければならない。そうなった時に私は……、あなた達に……」
ワイティア王は声を震わせて、言葉を詰まらせた。
国に暮らす者ならば、皆知っている……、王の命令に背く事は許されない。
だからこそワイティア王は、リオ達四人にその言葉と言えずにいた。
「国王様……、謹んで申し上げます。自分は、師であり父であったケットネーゼの愛したこの国を、守りたい。それがどんなに危険な事であっても、滅びゆく国を前に、じっとしているなんて……。自分には出来ません!」
マンマチャックは、これまで生きてきた中で、これほどまでに何かを守りたいという思いを抱いた事はなかった。
ケットネーゼの愛した国を滅ぼさんとする、黒竜ダーテアス。
その名を聞いた時に、マンマチャックは決意したのである。
自分は、例え一人であっても、ダーテアスを倒しに旅に出よう、と……
「私も、同じ気持ちです……。キナトゥー原野に暮らす風の民の末裔は、今はまだ危機に瀕していませんが、きっとそれも時間の問題でしょう。師であるシドラーが、狂暴化して私を襲ってきたドゥーロによって亡き者とされてしまったように、いつその矛先が、集落に暮らすみんなに向けられるかわからない……。それを黙って見ていようなどとは、私は思いません」
ようやく緊張が解けたらしいエナルカは、いつもと違って早口ではなく、落ち着いた様子でワイティア王にそう告げた。
風車小屋の立ち並ぶ、小さな丘の上の集落には家族がいる、……いや、家族だけではない、優しく自分を育て、力強く王都へと送り出してくれたみんながいるのだ。
彼らを守る為にも、師であるシドラーに選ばれし自分が、その身を盾にしてでもこの国を守らねばならないと、強く心に思っている。
「俺は正直、死ぬのはごめんだ。だがな、レイニーヌの仇はとるつもりでいる。あいつをあんな風にしやがった原因が、その黒竜だというのなら……。俺は、地の果てまでも追いかけて、そいつの首をとってやる」
ジークの心は、怒りに染まっていた。
しかしその裏には、決して消える事のない、レイニーヌへの思いがあった。
ジークが唯一心を開き、愛した相手がレイニーヌだったのだ。
レイニーヌを失った悲しみ、苦しみ、守れなかった自分への怒りと、悔しさ……
それらの感情を全て、諸悪の根源である黒竜ダーテアスへと、ジークはぶつけるつもりでいた。
「僕は……、僕も、黒竜を倒しに行きます。だって、クレイマンさんがいつも言っていたから……。魔導師は、弱き者を助ける為に存在するんだって。確かに僕はまだ子供だし、ちょっと頼りないかも知れないけれど……。きっと、その黒竜を倒す事が、僕の運命なんだと思います。だから僕も行きます。みんなと一緒に、オエンド山脈へ!」
リオの、力強くも明るい声に、四人は笑顔になった。
まだ出会って日も浅いが、きっと彼等と一緒なら大丈夫、なんとかなると、四人は心の中で思っていた。
「あぁ、五大賢者様……。あなた方は本当に、立派な弟子を育ててくれました……。皆さん、ありがとう。心から感謝します、本当にありがとう……」
涙ながらに頭を下げるワイティア王を、四人は微笑みながら見つめていた。
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