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第5章:出会いは偶然か、必然か……
2:世間知らず
しおりを挟む「あんな公衆の面前で、魔法を行使するのは良くないと思いますよ?」
リオは、マンマチャックに叱られた。
「ごめんなさい。けれど、あなたは正しかったのでしょ? あの三人が間違っていたのでしょ?」
リオの言葉に、マンマチャックは溜め息をつく。
先ほどからずっと、同じ事の繰り返しなのだ。
マンマチャックが叱る、リオが反論する、またマンマチャックが叱る、しかしリオは反省しない……
マンマチャックは、リオの考えを改めさせる事を諦めた。
あの後、大通りは大変な騒ぎとなった。
周りで見ていた大人達は、小さな子どもが刺されて惨事になる事を想像していただろうし、マンマチャックは自分が犠牲になる事を覚悟していた。
しかし実際は、リオの放った炎によって、刃物を持った男が全身火達磨になったのだ。
血のように赤い炎に包まれた男は、断末魔の叫び声を上げながら、踊るように跳ね回り、やがて道の上に倒れた。
周りの者達が急いで水をかけたものの、男は全身に大火傷を負ったようで、意識がなく、ピクリとも動かず、辺りは騒然となった。
その混乱に乗じて、マンマチャックはリオの手を引いて、急いでその場を離れたのだ。
そして、建物と建物の間の細い道に入り、路地裏のような場所まで移動してから、マンマチャックはリオに説教を始めたのだった。
「けれど、良かったですね、馬をとられなくて。こんなに良い馬、なかなかいませんよ」
そう言って、無邪気に笑いながら、マンマチャックの馬を撫でるリオ。
マンマチャックは、ふ~っと重い息を吐き、近くに放置されている木箱に腰かける。
自身も世間知らずだと思い、警戒しながら王都に入ってはみたものの、まさか自分よりもさらに世間知らずそうな子どもと出会う事になろうとは、マンマチャックは予想もしてなかったのだ。
「じゃあ、僕はこれで」
リオはぺこりとお辞儀をして、その場を立ち去ろうとする。
「あぁっ!? ちょっと待ってっ!」
慌てて引き止めるマンマチャック。
「まだ何か?」
平然とした様子で、振り返るリオ。
「君、ちょっと、待って……。今大通りに出ると、きっと警備隊に捕まってしまいますよ?」
焦るマンマチャックと、ポカンとするリオ。
さすがに、事態を飲み込めていないにも程があると呆れるマンマチャック。
しかし、リオがわかっていないのは、「事態」ではなかった。
「あの、マンマチャックさん。けいびたい、って、何ですか?」
リオの言葉に、マンマチャックはどっと疲れてしまった。
王都ヴェルハリスは、その周りを、高さ七メートルほどの石の壁でぐるりと囲まれており、その外壁に四つある門より中に入るほか手段はない。
王の暮らす城を中心として、東西南北に四本の大通りが走っており、それぞれの大通りを軸として、北区、東区、西区、南区の、四つの区に分かれて統治されている。
それぞれの大通りは、王都に入るための門に直結している為、王都へ来た者たちは必ず、一度は大通りを歩く事となる。
リオとマンマチャックが出会ったのは、北区にある北大通りだった。
王都より北西の位置に当たるベナ山からは、王都の北門が一番近い為に、リオは北大通りに繋がる北門から王都へ入った。
マンマチャックの暮らしていたボボバ山は、東寄りの北東にある為に、本来ならば東大通りに繋がる東門から王都へ入る方が近道なのだが、王都より東の地は険しい山間部が広がっており、狂暴な魔物が多く、国の中でも危険地帯と指定されている為、東門は現在封鎖されている。
だからマンマチャックは、少し回り道にはなるが、北門から王都に入るしかなかったのだ。
北門の国衛軍詰所で、マンマチャックが審査を受けたのは三日前の事だった。
つまり、マンマチャックが王都へ入る許可が出るまでに、三日もかかったということだ。
王都には、タンタ族の者も暮らしていると聞いてはいたものの、やはり差別は色濃く残っているのだと、マンマチャックは痛感せざるを得なかった。
だがしかし……
「マンマチャックさんは、どうして肌が茶色いんですか? 日焼けですか?」
と、真面目に質問してくるリオを見て、まだ希望は絶たれてはいないと、マンマチャックは思うのだった。
「さんは付けなくていい、マンマチャックと呼んでください。自分と君……、いえ、リオは、平等です」
「そう? じゃあ……、マンマチャック、どうして王都に来たの?」
マンマチャックの言葉に、何を勘違いしたのか、リオは丁寧な物言いをやめてしまった。
少し変わった子どもだなと思いつつも、マンマチャックは質問に答える。
「自分は、人を探しに王都に来ました。今さっき、王都に入ったばかりです。ちなみに、肌が茶色いのは日焼けではなく、生まれつきです」
「へ~、生まれつきなんだ! まるでボニドップみたいだね!」
ボニドップとは、北西の山々に生息する、ずんぐりとした茶色い毛並みの熊のような魔物の事なのだが……
マンマチャックはその事を知らないので、曖昧な笑顔を返すことしかできなかった。
「人探しだったら僕も手伝うよ! 実は、僕も人を探しに王都へ来たんだ。二人で探せば、きっとすぐに見つかるよっ!」
元気よくそう言って立ち上がったリオを、マンマチャックが制止する。
「ちょっ、ちょっと待って! リオ、自分達は今、大通りに出ない方がいいです。さっき説明したでしょう? 国衛軍の中には、町の人々を守るための警備隊が組織されていて、その警備隊の人達が先ほどの事件で自分達を探しているって。しばらくここを離れていけないって」
「あ、そうだった。じゃあ……、もう少しお話でもしようよ。誰を探しているの?」
マンマチャックの心配など他所に、ケロッとしているリオは、気楽な様子で尋ねる。
マンマチャックは、鼻で小さく溜め息をついてから、話し始めた。
「自分が探しているのは、父の友人です。父は偉大な魔導師でした。しかし、原因不明の病、あるいは呪いにかかって、石となってしまいました。その事を友人である魔導師に伝えて欲しいと……」
「そうだったんだ……。お父さん、残念だったね……」
思っていた以上にリオが神妙な面持ちになったので、マンマチャックは驚く。
常識のない子どもだと思っていたが、他人の心を思いやることはできるのだなと感心したのだ。
「リオは? リオは誰を探しているのです?」
「僕が探しているのは、魔導師シドラーさん。僕の師は、この国の五大賢者って呼ばれてたんだ! 凄いんだっ! 僕に火の魔法を教えてくれて、育ててくれたんだ! だけど……」
リオの声が小さくなる。
「正体不明の魔物が師の体に憑りついて……。僕にはどうにもできなかったんだ……」
俯くリオの背を、ゆっくりと、優しく擦るマンマチャック。
「だから、魔導師シドラーさんを探して、師に起こった事を報告しなくちゃならないんだ。そうしないと、この国が……」
リオの言葉に、マンマチャックは考える。
自分の置かれている状況と、リオの置かれている状況が、余りにも酷似している気がしてならないのだ。
それに、リオの師は五大賢者だと言っている。
先ほどリオが行使した火の魔法は、並大抵の魔導師にできる技ではない。
一瞬で魔法陣を宙に浮かび上がらせて、詠唱もなしに、紅の炎を具現化させるなど、普通の子どもならできないはずだ。
もしかして、この目の前にいる子どもは……
「リオ。君の師の名を、教えてくれませんか?」
知りたいような、知りたくないような、複雑な声色で、マンマチャックが問う。
「僕の師の名はクレイマンさん。クレイマン・ギブルソンさんだ。紅蓮の覇者って呼ばれていたよ」
リオの言葉、その笑顔が、マンマチャックの心臓を高鳴らせ、その鼓動は跳ね上がった。
しかし同時に、マンマチャックは理解した。
自分の探していた魔導師クレイマンは、既にこの世にはいないということを……
言葉を失ったマンマチャックを前に、リオは首を傾げる。
するとその時、ドーン、ドンドーン! という大きな爆破音が二人の耳に届いた。
「なんだっ!?」
慌てて立ち上がる二人。
「あっちの方から聞こえたみたいだね。行ってみようっ!」
駆け出すリオ。
「あっ!? ちょっと待ってっ!!」
馬の手綱を急いで手に取って、マンマチャックはリオの後を追った。
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