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第3章:魔導師シドラーの弟子、エナルカ
1:奇襲
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枯れ草舞う黄色い草原を、走る少女が一人。
「はぁ、はぁ……。早く……、はぁ……」
少女は、足首まで届くほどに長い丈の、深緑色の法衣を身につけ、手には白い魔石が埋め込まれたロッドを持っている。
決して走り易いとは言えない格好だが、少女はひたすら全速力で走る。
向かう先は、風車小屋が建ち並ぶ、小さな丘の上の集落。
すると、少女の背後から、地響きが鳴り始めた。
少女は足を止めることなく、一瞬だけ振り返る。
その目に映ったのは、こちらへ向かって突進してくる、巨大な牛のような魔獣ドゥーロ。
本来は大人しい性質のそれが、鼻息荒くいきり立つ様はまるで野獣のようだ。
「ひゃあぁっ!?」
少女は目を見開いて驚き、小さく悲鳴を上げた。
まだ距離はあるが、このままでは集落へ一直線だ。
走るスピードを更に上げて、少女は集落の入り口である門をくぐった。
そして、そのままの速度で、集落の中で一番大きな風車小屋に駆け込んだ。
「シドラー様っ! ままま、魔獣ですっ!! ドゥーロがっ! ドゥーロがっ!!」
集落の危機を伝えようと、少女は必死に叫んだ。
「ほう? ドゥーロが……? なぜ?」
シドラーと呼ばれた老人は、ゆっくりと立ち上がり、少女に歩み寄る。
優しげな笑みを讃えるシドラーは、白くて長い顎髭が特徴的で、少女と同じ深緑の法衣に身を包んでいる。
「はいっ! 風読みの塔からの帰りに何か土産をと思いまして菜の花を摘んでおりましたところにドゥーロと遭遇して危険回避の為に魔法を行使したところ追いかけられてもうすぐそこまで迫ってきてますどうしましょうっ!?」
少女は、年老いたシドラーにはさぞ聞き取り辛いであろう速さで、いっきに話した。
「なるほど、相分かった。では……、エナルカよ、わしと共に来なさい」
シドラーはにっこりと笑って、まだ肩で息をしているエナルカと呼ばれた少女と共に、風車小屋の外へ出た。
集落は、ドゥーロの奇襲によってパニック寸前だ。
人々は悲鳴を上げながら、女子供は風車小屋の中へ隠れ、男たちは武器を手に身構えている。
シドラーの老いた目でも確認できる距離に、ドゥーロは迫っていた。
「あわわわっ! どうしよう、どうしようっ!?」
エナルカは慌てふためき、シドラーの周りをちょこまかと走り回る。
「ほぉ~、立派なドゥーロじゃな~」
こちらに突進してくる巨大なドゥーロを前に、シドラーは呑気にも、その勇猛さに感心している。
そして、ちょこまかと走り回るエナルカの首根っこを捕まえて、その顔を覗き込み、またしてもにっこりと笑った。
「エナルカや、今日はご馳走じゃ」
シドラーの言葉の意味が理解できないエナルカ。
すると、シドラーは両手に描いた魔法陣に力を送り、大きな風を生み出した。
エナルカをはじめ集落の人々は、魔法の巻き添えにならないように、地に足を踏ん張る。
大きな風は、まっすぐドゥーロへ向かって吹き、渦を描くようにしてドゥーロを取り巻いた。
そしてその巨体を、上昇気流で空高く舞い上げたのだ。
ドゥーロは文字通り、吸い込まれるように、空の青の中へと消えた。
何が起きたのかわからず、人々は沈黙する。
「そろそろかの? 後は頼むぞ」
そう言って、シドラーはくるりと向きを変え、もといた風車小屋へと歩いて行く。
何が何だかわからず、エナルカは空とシドラーを交互に見る。
「おい……、あれ……」
空を見上げていた男の一人が、上空を指差した。
「え? あ……!? に、逃げろぉっ!」
人々は慌てふためき、散り散りに逃げ出す。
ひゅ~~……、ドゴーンッ!!
空へと巻き上げられたドゥーロは、隕石のように地面へ激しく落下した。
その衝撃は凄まじく、地面はえぐれ、土が四方八方に飛び散り、土煙が上がった。
あまりの出来事に、唖然呆然とする人々。
誰もその場を動けずにいる中、エナルカが動いた。
ロッドをきつく握り締め、今しがたできたばかりの地面の巨大な穴に近付き、中を覗き込む。
その時だった!
「グモォ~!!」
猛々しい鳴き声と共に、エナルカの目の前に、落下して血だらけのドゥーロが姿を現した。
一瞬の出来事に、大人達は一歩も動けない。
ドゥーロの額にある大きな角が、小さなエナルカを襲った。
エナルカは、恐怖のあまりに目を瞑り、そして……
誰かに抱き締められた感覚の後、宙を飛んだ。
「はぁ、はぁ……。早く……、はぁ……」
少女は、足首まで届くほどに長い丈の、深緑色の法衣を身につけ、手には白い魔石が埋め込まれたロッドを持っている。
決して走り易いとは言えない格好だが、少女はひたすら全速力で走る。
向かう先は、風車小屋が建ち並ぶ、小さな丘の上の集落。
すると、少女の背後から、地響きが鳴り始めた。
少女は足を止めることなく、一瞬だけ振り返る。
その目に映ったのは、こちらへ向かって突進してくる、巨大な牛のような魔獣ドゥーロ。
本来は大人しい性質のそれが、鼻息荒くいきり立つ様はまるで野獣のようだ。
「ひゃあぁっ!?」
少女は目を見開いて驚き、小さく悲鳴を上げた。
まだ距離はあるが、このままでは集落へ一直線だ。
走るスピードを更に上げて、少女は集落の入り口である門をくぐった。
そして、そのままの速度で、集落の中で一番大きな風車小屋に駆け込んだ。
「シドラー様っ! ままま、魔獣ですっ!! ドゥーロがっ! ドゥーロがっ!!」
集落の危機を伝えようと、少女は必死に叫んだ。
「ほう? ドゥーロが……? なぜ?」
シドラーと呼ばれた老人は、ゆっくりと立ち上がり、少女に歩み寄る。
優しげな笑みを讃えるシドラーは、白くて長い顎髭が特徴的で、少女と同じ深緑の法衣に身を包んでいる。
「はいっ! 風読みの塔からの帰りに何か土産をと思いまして菜の花を摘んでおりましたところにドゥーロと遭遇して危険回避の為に魔法を行使したところ追いかけられてもうすぐそこまで迫ってきてますどうしましょうっ!?」
少女は、年老いたシドラーにはさぞ聞き取り辛いであろう速さで、いっきに話した。
「なるほど、相分かった。では……、エナルカよ、わしと共に来なさい」
シドラーはにっこりと笑って、まだ肩で息をしているエナルカと呼ばれた少女と共に、風車小屋の外へ出た。
集落は、ドゥーロの奇襲によってパニック寸前だ。
人々は悲鳴を上げながら、女子供は風車小屋の中へ隠れ、男たちは武器を手に身構えている。
シドラーの老いた目でも確認できる距離に、ドゥーロは迫っていた。
「あわわわっ! どうしよう、どうしようっ!?」
エナルカは慌てふためき、シドラーの周りをちょこまかと走り回る。
「ほぉ~、立派なドゥーロじゃな~」
こちらに突進してくる巨大なドゥーロを前に、シドラーは呑気にも、その勇猛さに感心している。
そして、ちょこまかと走り回るエナルカの首根っこを捕まえて、その顔を覗き込み、またしてもにっこりと笑った。
「エナルカや、今日はご馳走じゃ」
シドラーの言葉の意味が理解できないエナルカ。
すると、シドラーは両手に描いた魔法陣に力を送り、大きな風を生み出した。
エナルカをはじめ集落の人々は、魔法の巻き添えにならないように、地に足を踏ん張る。
大きな風は、まっすぐドゥーロへ向かって吹き、渦を描くようにしてドゥーロを取り巻いた。
そしてその巨体を、上昇気流で空高く舞い上げたのだ。
ドゥーロは文字通り、吸い込まれるように、空の青の中へと消えた。
何が起きたのかわからず、人々は沈黙する。
「そろそろかの? 後は頼むぞ」
そう言って、シドラーはくるりと向きを変え、もといた風車小屋へと歩いて行く。
何が何だかわからず、エナルカは空とシドラーを交互に見る。
「おい……、あれ……」
空を見上げていた男の一人が、上空を指差した。
「え? あ……!? に、逃げろぉっ!」
人々は慌てふためき、散り散りに逃げ出す。
ひゅ~~……、ドゴーンッ!!
空へと巻き上げられたドゥーロは、隕石のように地面へ激しく落下した。
その衝撃は凄まじく、地面はえぐれ、土が四方八方に飛び散り、土煙が上がった。
あまりの出来事に、唖然呆然とする人々。
誰もその場を動けずにいる中、エナルカが動いた。
ロッドをきつく握り締め、今しがたできたばかりの地面の巨大な穴に近付き、中を覗き込む。
その時だった!
「グモォ~!!」
猛々しい鳴き声と共に、エナルカの目の前に、落下して血だらけのドゥーロが姿を現した。
一瞬の出来事に、大人達は一歩も動けない。
ドゥーロの額にある大きな角が、小さなエナルカを襲った。
エナルカは、恐怖のあまりに目を瞑り、そして……
誰かに抱き締められた感覚の後、宙を飛んだ。
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