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「ちょっと大木様のとこ行ってくる」
「えー。暑いのに外行くの?」
「だいぶ涼しくなってきたし暗くなるまでには戻るから、父さんたちに聞かれたら言っといて」
「へーぃ」
クーラーの効いた部屋でポータブルゲームをしている弟に声をかけて家を出る。
妹は動画に夢中で顔も上げなかった。

今どき珍しいほどのド田舎にある爺ちゃん家。俺は大好きで夏休みになると毎年泊まりに来てた。

爺ちゃんは婆ちゃんが亡くなっても1人でここに住んでいて、俺が泊まりに行くと裏山にテントを張ってキャンプをしたり虫捕りや釣りを教えてくれる俺のヒーローだった。

その爺ちゃんが大木様と呼んで大事にしていた木が裏山にある。神様が住んでいる木だと言っていたが、特に祠があったりはせず、俺にはただの大きな木にしか見えなかったからよく登って遊んでた。


爺ちゃんが亡くなって1年。住む人が居なくなった家は傷むのが早いらしく、遂に爺ちゃんの土地を売る事になったらしい。爺ちゃんとは俺の家か、伯母さん一家のどちらかが住むことを約束してたみたいだけど実際には田舎過ぎてどちらの家も引っ越して来なかった。

俺が一人暮らしできる年だったらここに住んだのに、まだ16だから無理だった。
売ってしまったらもうここに来ることも出来なくなるから、最後に爺ちゃんが大事にしてた大木様が見たかった。
手ぶらでスニーカーをつっかけて慣れた道を歩く。夕方になってきて暑さはだいぶマシになっていた。
たどり着いた大木様は特に変わりなく立っていて、売ってしまうと切られてしまうのだろうかと少し切なくなった。
日が落ちるまでここにいようと、根元に座って幹に背中をもたれさせようとした俺は気がつけばなぜかどこにももたれられないまま仰向けにひっくりかえって思いっきり後頭部を地面に打ちつけていた。

「いっったぁぁっ!
何!?なん…なんで??」

木にめり込んだ??
隙間なんてあったっけ!?
すっごい音したんだけどっ俺の頭は大丈夫なのか…。

「重蔵がいなくなったから引っ越そうと思うんだ」

あまりの痛さに起き上がれず頭を両手で抱えて転がったままでいる俺のすぐ側で声がした。
男か女かわからない声。
爺ちゃんの名前を知ってるってことは、村の人かな?
ひっくり返って頭打ったとこ見られてたなら恥ずかしいな。と思いながら滲んでいた涙を瞬きで払って体を起こした。

「1人で行くのはちょっと寂しいから、誰か1人ついて来て欲しいんだけどどう?」

ちょっと待て待て。何だって?

「えーっと、爺ちゃんの友達の人ですか?」
「そうだよ。
重蔵は自分がいなくなっても、子供も孫もいるから僕がまた1人になることはないと言っていたけど、重蔵がいなくなったら誰も来なくなった。
お前が来ないなら下の子のどちらかでも良いから誰か1人は一緒に来て欲しいな」

爺ちゃんはこの人と約束をしてたから、うちか伯母さんちのどちらかがここに住むように言ったんだ。
俺、気づいちゃった。
この人はたぶんヒトじゃない。だって目の前にいて話してるはずなのに見えていないっていうか、思い出せないんだ。どんな服を着ているのかとか、男か女かも、年齢も、見えているのに何も頭に入ってこない。神様…じゃないかな。山の神様とか木の神様とか、何かそういう感じのやつ。
今は悪い感じはしないけど、断ったらどうなるんだろう。

「お断りしたら…どうなりますか?」
「お前が断ったら残りの2人のどちらかになるだけだよ」

弟も妹もまだ小学生だぞ!?
そんな小さいのに連れて行かれるとか無理だろ!
そもそもどこへ引っ越すんだ?木を移動させるってこと?それならうちの庭…は、広さ的に無理だけど近くの公園とか学校とかなら何とかなるかも。

「引っ越しってどこへ行くか決まってるんですか?ウチの近くに引っ越して来るのはどうですか?」
「はは。面白いねー。僕相手に交渉してくるなんて重蔵そっくりだ!
僕ね、この辺りを作ったときに思ってたのと違う風に成長しちゃったから1回リセットしてやり直そうとしてたんだよね。そしたら重蔵が長期的視野を持って創造物の自主性に任せてみるのもいいんじゃないかって言ってきてね。長期的視野。とか自主性に任せる。とかって何かかっこいいって思っちゃってさ。毎日ここで起こった良い成長について報告に来るから。って言うし、じゃあ、もうちょっとやり直すのを待ってみようかなって。
で、重蔵と友達になって報告の場所をこの木にしたんだよ」

爺ちゃんの友達って言うから悪い神様ではないかと思ってたけど、そんなに良い神様って訳でもないんじゃ…。

「引っ越し先はね、もう決めてあるんだ!こことは違う世界でさ、新しい環境でイチから出直すんだよ!リセットは重蔵に止められたしね。
大丈夫大丈夫。僕は人の営みを見るのが大好きだから、人のいない様な世界は選ばないよ。最初は戸惑うだろうけどお前もすぐに慣れるって。苦労しながらの成長っていいよね!」

それでこそヒトって感じ!ってニコニコしてるけど、これは断る選択肢はないってことか…。
弟と妹を行かせる訳には行かない。
俺が行く方がまだマシだ。16だし。頭はそんなによくないけど、体力には自信あるから働くこともできるはず。

「いつ出発になりますか?荷物の用意とか家族に説明もしないと」
「そんなのいらないよー。いなくなってもヒトはすぐ忘れるからいいでしょ」

声の温度が急に下がった。ニコニコしてるんだけど、目の奥が笑ってない感じがする。何か誘導されるままに良くない方に流されたかもしれない…。
今さらながら怖くなってきたけど、逃れる方法がわからない。

「じゃ、お前がついて来るってことで決まりだね。
新天地楽しみだね!
最初は引っ越し先への挨拶とかでバタバタすると思うけど、連絡するまでちょっと待っててね。安全な場所選んであるから待っててくれたら大丈夫だから」
「時々帰ってこれたりは…」
「あ、それは無理。
イチから出直すんだから戻れない方がいいでしょ」

帰れる場所があると簡単に挫けちゃうかもしれないからね。ニッコリ。

恐怖と焦りで体が固まって動かない俺の頭を掴んできた手が視界を塞いだ瞬間、座っていてもわかるほどの眩暈に襲われて俺はなす術もなく意識を失った。
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