上 下
24 / 27
第2章 魔王辺境に暮らす

行商人ジェイク

しおりを挟む
 俺の名はジェイク、しがない行商人だ。
 王国の東側、というよりは東の端っこをテリトリーにしている。
 東方国家群や帝国の借款地なんかから仕入れた物を、僻地と言ってもいい田舎の村で売って利鞘を稼いでいる。
 お察しのとおり、そんなに儲かるものでもない。
 馬車一台と己の命が資本の傭兵みたいな危なっかしい仕事だ。

 俺たち行商人は、宿に入るとまずは酒場で噂話に花を咲かせる。
 なぜかって?
 それは、それが大事な仕事だからだ。

 行商人ってのは、一人ではあるが独りではない。
 沢山の行商人が同じ地域を巡って商売をしている。
 当然ライバルではあるんだが、それだけじゃあない。
 やれ、どこそこの村では何が足りてないだの、どこそこの村では何かが沢山採れたのだとか。
 どこそこの街道は、盗賊が出るとか、魔物が出るとかいう情報を共有している。
 その元こそが、宿の酒場の噂話ってわけだ。

 もちろん、ガセを掴まされることもある。
 それ以上に助かってる事もあるし、何より俺達を待ってる客が必要としている物が分かるってのがいい。
 辺境や僻地なんて場所は、生きていくのに沢山の力がいる。
 都みたいに綺麗な着物べべ美味いものあまいもんにうつつを抜かしている余裕なんかないトコがほとんどだ。
 そんな村なんかで足りない物ってのは、それがないと沢山の人が死んじまうような物だ。
 塩だとか、小麦だとか、薬だとかな。

 払う金が無いような村でも、そのあたりはしっかりと卸す。
 お代は次回でってやつだよ。
 正直赤字もいいとこだが、それを卸さないことには、客がごっそりと減っちまうんだから仕方ない。
 悲しいかな取りっぱぐれる事も、少なくないんだけどな。

 それに、盗賊や魔物のせいで行商人がいなくなる事もある。
 そういや最近あいつを見ないな、なんて時は大抵悪い予想が当たってるってもんだ。
 勿論、中にはどっかの街で店を構えてたりする奴もいるけどな。
 そんな時は、酒場で自慢げに語ってからの奴の方が、かえってありがたいぐらいだけどな。
 もちろん、そいつが巡っていた村なんかを誰かが巡らないとならないからだ。
 きつくはなるが、商機ってやつを見逃すような奴は行商人なんかやってないだろって話だよ。


 そして、いつもどおりの他愛のない噂話から、そいつは始まった。
 いい加減にできあがってきた同業者のひとりがジョッキを振り上げてこう言った。

「よーし、俺は気分がいいから、お前らだけにとっておきの情報をくれてやろうっ!」

「よっ、出たねっ、いつものとっておきが」

「まあそう言うなって、今回のとっておきは、いつものとっておきとは訳が違うっ」

「おー、そうかそうか。で、なんだ?」

「信用してねえな、ちくしょうめ。辺境の都デルザの一大事ってぇ話だぞ」

「デルザの……?」

 いつもの与太話だと思ってた俺達は、急に真顔になったね。
 近頃の行商人は、王都や商都よりもデルザの街に店を持つのが夢だって連中が山ほどいるぐらいだ。
 特に俺達みたいに東の端っこで商売している奴にとっては特別な場所なんだよデルザって街は。

「辺境の開拓村に毛が生えたような小さな街が辺境の都とまで呼ばれるまで大きくなったのは誰のおかげか知ってるか?」

「へっ、東部の者ならガキでも知ってるさ、領主様の大叔母様っていうエルフのおかげだろ」

「そうよ、だれでも知ってるその大叔母様はな、元をただせば神魔大戦の英雄「極炎の魔女」だってえ噂もあるぐらいの女傑だぁな」

「そりゃただの噂だろ、う・わ・さっ」

「まぁ、この際その噂はどうでもいい。その女傑、大叔母様がな、なんと……」

 一同の唾を飲み込む音が酒場に響いたね。

「貴族位を王様に返したってぇから驚くじゃねえか」

「「「おおー」」」

 あまりに突拍子もない噂に一同が沸く。

「慌てるな、大事なのはここからだ」

「なんだ、随分ともったいつけるじゃないか」

「おうさ、ここからは商売に繋がるところだからな」

 一同の目つきが変わった。
 飲んだくれていても商売人だ。
 急に皆が小声になる。

「その大叔母様はな、貴族位を返した代わりに借款地を借りたらしい」

 こいつは、大事だ。
 街造りに関しては王国に並ぶ者がないという人物が、古巣を捨てて新たな土地に住まう。

「その場所はな……」

「「「「「その場所は?」」」」」

「ベンデッドだ」

 なるほど、言われてみればベンデッドの村は不思議な場所だ。
 何を建ててるわけでもないのに職人っぽい奴らが沢山いる村だ。
 だとしたら随分と前から人を確保していた事になる。
 事の信憑性を確かめるために一人が店の奥で飲んでいる三人組に話しかけていった。

「おーい兄さん達、職人さんだろ?一杯おごるからちょっと話を聞かせてくれねえかな?」

「お、おごってくれんのか?なんでもきいてくんな」

 ジョッキを3つ追加で頼むとそいつは、三人組のテーブルへ近づいて何事か話している。
 しばらくして、ジョッキが届いたところで三人組と乾杯した後、俺達のテーブルに戻ってきた。

「あいつらは、大工と左官と石工だとさ。人を集めてるってんでやっぱりベンデットの村へ向かってる途中らしい」

「そうすると、情報の信憑性は高まったな」

「まぁ、こっから先は自己責任ってやつだ」

「そうだな。まずは巡らないといけないところは巡らないとだしな」

「その途中で、職人っぽい旅人を見かけたらどこ行くのか聞くのも忘れないようにな」

 翌朝、噂話に参加した全員が夜明け前から旅立った。
 巡るべきところは巡らないとならないが、そこを何日短縮できるかで、ベンデットの村へ行ける回数が変わる。
 もちろん途中で職人風の旅人がいれば、積極的に話しかけていく。
 思った通りベンデットへ向かってる者が多い。
 どこへ行くのか、何か足りないものはないか、向こうに着いてから足りなくなりそうな物はないかを会話の中でさりげなく聞き出していく。
 行商先でも、昼過ぎに着いたらその日と次の日をかけて販売と仕入れをするところを、昼前に着けばその日のうちに終わらせて翌朝は早くに出発する。

 こうして俺は、三日を稼ぎ出した。
 少々疲れてはいるが、そんなことを言っている場合ではない。
 明日からは、噂のベンデットの村へ向かうのだから。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~

SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。 物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。 4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。 そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。 現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。 異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。 けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて…… お読みいただきありがとうございます。 のんびり不定期更新です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

転生先が森って神様そりゃないよ~チート使ってほのぼの生活目指します~

紫紺
ファンタジー
前世社畜のOLは死後いきなり現れた神様に異世界に飛ばされる。ここでへこたれないのが社畜OL!森の中でも何のそのチートと知識で乗り越えます! 「っていうか、体小さくね?」 あらあら~頑張れ~ ちょっ!仕事してください!! やるぶんはしっかりやってるわよ~ そういうことじゃないっ!! 「騒がしいなもう。って、誰だよっ」 そのチート幼女はのんびりライフをおくることはできるのか 無理じゃない? 無理だと思う。 無理でしょw あーもう!締まらないなあ この幼女のは無自覚に無双する!! 周りを巻き込み、困難も何のその!!かなりのお人よしで自覚なし!!ドタバタファンタジーをお楽しみくださいな♪

処理中です...