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第1章 魔王辺境へ降り立つ

サリーアの村にて 1

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 火竜の襲撃によって壊滅した集落の中へと踏み込む。
 焼け野原となった集落の中央付近に、色鮮やかなテントが張られていた。
 サリーアはそこへと向かっているようだ。
 火竜との戦闘が終わってから張られたのであろうそのテントは、そう大きなものではない。
 2~3人が暮らす程度のテントだ。

 サリーアに招かれ、そのテントの中に入る。
 そこには、一人のウサミミ老婆が寝ていた。
 ウサミミ老婆は、俺の姿をみとめると起き上がろうとした。

「いえ、そのままで結構ですよ」
 起き上がろうとするのを制止する。

「そうですか。申し訳ありませんがそうさせていただきましょう」
 見かけは失礼ながらヨボヨボだが、不思議と声には張りと力があった。

「サリーアよ、薬湯の準備をしておくれ。私はこの御仁と話があるでな」
 サリーアは頷くと、テントから出て行った。

「さて、護衛のお方よ。まずは無事にサリーアを届けてくれた事にお礼を申し上げます」

「はじめまして、カズマと申します。お礼には及びません。正当な報酬をいただいていますし、彼女一人でも帰ってこれたことでしょう。それよりも、貴方はサリーアに俺をここに連れてこさせたかったんでしょう。違いますか?」
 いきなり、本題へと切り込む。
 今回に限っては、遠回しな腹の探り合いは時間の無駄だ。
 何しろ、人の見えないモノを見通す力があるらしいのだから。

 伏せったを老婆は意外な反応を見せた。
 ニコリと微笑んだのだ。
 作り笑いだとかとは違う、心の底からの微笑みだった。

「その通りでございます。御身は魔王様なのでございましょう?」

 あー、なんかもう完全にバレてるし。
 とはいえ、それを認めるわけには行かないんだが。

「俺が……、魔王?」
 精一杯の芝居でとぼける。

「そうですか。お隠しなのですね。失礼いたしました」

「いえ、隠しているとかではなくてですね……」

「では、これよりは老人が死ぬ間際の錯乱だと思ってお聞き下さい」

「は?」

「今生において再び貴方様にお会いできたことは、この上ない歓びです。幼い私を拾っていただき、お側に置いていただけたことのお礼を申し上げるためだけに今日まで生きながらえて参りました。我らハルア氏族は私以外に2名しか残っておりませんが、できましたならその2名を配下にお加えいただきますようお願い申し上げます。この地に残されたモノは全て貴方様に差し上げます故、いかようにもお使い下さいますよう、重ねてお願い申し上げます」

 ……内容の重さに驚いて、呆けてしまった。
 婆さんは、話しながら身体を起こすと、話の最後には平伏していた。
 どうやら転生前の魔王の側仕えをしていた人らしい。
 つまり、俺にお礼を言うためだけに400年生きてきたってこと?
 
「さて、申し上げるべきは申し上げました。本来ならこの身も御捧げいたすところではありますが、別の契約によって縛られて降ります故、何卒ご容赦願います」
 婆さんはそう言うと再び平伏した

 別の契約というのが気にかかる。
 契約の内容を聞いてみようと思っているところに、薬湯の準備が終わったサリーアが戻ってきた。

「オババ様、薬湯の用意が……」
 しかし、婆さんはその言葉を途中で制する。

「サリーアや、ありがとう。だが、もう薬湯はええ。私の寿命は今日までじゃ」

「お、オババ様……」
 婆さんの寿命宣言に驚くサリーア。

「これよりは、この御仁が我ら氏族の仕えるお方じゃ、精一杯お仕えするのじゃぞ」

「は、はい……」
 いや、氏族でお仕えってなんですか?
 魔王じゃないって言ってますよね。
 配下も募集してませんよ。
 サリーアもしっかり返事してるし。
 もうどこからツッコめばいいのか、わからないよっ!

「カズマ様、申し訳ありませんが、サリーアと二人にしていただけますか」
 
 俺は、無言で頷きテントを出た。

 婆さんは、歳こそ取っているが、明日をも知れない命というようには見えない。
 しかし、先を見通す力があると言われる本人が己の命は今日までだと言い切っている。
 何か別の死因が訪れるのかもしれない。
 それに向けて、サリーアに遺言でも残すのかもしれない。

 考えても仕方ない事を、考えながら集落の中を歩く。
 壊れた武器や折れた矢が転がっているが、死体はない。
 サリーアが埋葬したのだろうか。

 集落の真ん中あたりに、広場があった。
 地面の焦げ具合から、激戦の様子が見て取れる。
 その広場に面する一際大きな建物に目を引かれた。
 焼け焦げてはいるが、朽ちてはいない。
 近づいてみると、入り口と思しき場所には火竜のものと思われる、巨大な腕と尾の先が並べて置かれていた。
 火竜に滅ぼされはしたが、ある程度のダメージは与えていたようだ。
 サリーアがデルザに来る時に持って来ていれば、素材として高い値が付いたのではないだろうか。
 いや、素材の相場とか知らないけど、竜の素材とか高そうだし。

 その大きな建物は、周囲の住居であろう建物の倍以上の大きさだ。
 大きさ以外も他の建物とは違う。
 住居と思しき建物は、石造りの壁に植物系の屋根で作られているが、その建物は全てが木材で作られていた。
 にも関わらず、石造りの壁の建物が悉く破壊されているのに、木材だけで作られた巨大な建築物は壁面や屋根が焦げてはいるが、燃えて朽ちてはいない。
 何某かの力が働いているように感じられる。

 入り口に並べられた火竜の腕を回り込むようにして、建物の中をのぞいてみた。
 採光が取られていない建物の中は、暗くてよく見えないが、巨大な何かが置かれているだけは判る。
 暫くすると、暗いのに目が慣れてきて巨大な何かの細部が見えるようになってきた。

 その巨大な何かの正体は、骨だった。
 建物の容積一杯の巨大な頭骨だ。

「これは、竜のものか?」
 頭骨の鼻先を撫でながら自問する。
 手触りはつるりとなめらかで、ひんやりとしている。

 突然、身体から何かが抜け出るような感覚があった。
 触っている手のひらから抜け出る、というよりは吸い取られるような感覚だ。
 慌てて、撫でていた手を引っ込める。

『ふむ、急な事で驚いたか。すまぬ、ちと汝の魔力を別けてもらった』

 またも、頭の中に直接声が届けられた。

 ひょっとして、俺の頭って入りやすかったりするんだろうか?
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