宿屋ののぶさん@ＲPG

「おや、1泊でいいのかい？」

「あー、困りますねぇ、お客さん」

この宿のルールは私です。


「っ！」

ムーブは首筋に当てられたレイピアを見て息を飲んだ。


「1つ、出された料理は残さず食べる。」

レイピアをぐっと首筋に近づけられる。

「1つ、他のお客さんに迷惑をかけない。」

レイピアを軽く引かれる。僅かに皮がきれ、血がたれた。


「人としての常識ですよ。」

にっこりと笑う店主の顔に恐怖を感じる。
自分はこのまま殺されるのではないか。

明らかにここの店主はただの宿屋の店主ではなかった。

「まあ、今回は私にも非がありますし、あなたも少々他の理由でピリピリしてましたね。」

店主はモーブの持っていた剣をそっとテーブルにおいて微笑んだ。今度は暖かい笑みだった。

「何か悩み事があるなら私が聞きます。皆さんも食事を続けて下さい！」

いつの間にかモーブがひっくり返したはずの食事は元のとおりにテーブルの上にあり、他の人のテーブルの上にも同様の食事が用意されていた。



「実は、村が魔物に襲われて、妹が連れ去られたんだ。」

モーブは正面に座った店主から目をそらしながらポツポツと話し始めた。

「ガキだった頃に親は他界してて、俺にとって唯一の家族だったんだ。他にも友達が連れ去られたりして、」

気まずそうに先程自分が切りかかった魔物の方を見る。

「それから魔物を見るとどうもむしゃくしゃしてしょうがねぇ。それで冒険者になって魔物を狩ってたんだ。けど最近力不足で押されることも多くて…」

「それはそれは大変でしたね。」

のぶさんは穏やかに相槌を打つ。

「しかしそれはあなたの力不足が全ての原因ですね。今回知識不足で彼――ルイシャというのですがーーをきずつけかけたことも、常識不足で私の琴線に触れてしまったことも、実力不足で私に押さえ込まれたことも。」

穏やかに聞いていた割にずけずけと指摘する店主。
しかし先程の実力差を見せつけられて何も言えずモーブは黙り込む。

「きっと指導者があまりいなかったのでしょう。戦い方もおそらく我流ではないですか。」

「おいおい、のぶさん。意地の悪いこと行ってやるなよ。俺ら魔物だって強い種もあるし、第一おめぇさんに勝てるヤツなんて限られてくるじゃないか。」

豪快に笑いながらルイシャがいう。
片手にはビールのジョッキを持っている。

「お客さん、実は今人手不足なんですよ。最近スタッフがみんな〝やめて〟しまって。」

妙な含み笑いをする店主。

「しばらくここの宿屋で働いて見ませんか？ちょうど警備役が欲しかったところで。」

「…こんな小さい宿屋で働いて何になるっていうんだ、」

「私も昔は冒険者だったんですよ。ここで働いてくれるなら常識も戦い方も私の知ってる限りで教えましょう。」

どうです？

「お客さん、1泊で帰ってしまって本当によろしいんですか？」