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鶴子さんと夕ご飯

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 家路に着いた鶴子さんは真っ直ぐ帰ります。基本的に本屋とスーパー以外の店に立ち入ることは少ないと思われます。
 私は鶴子さんの若干後ろを、電柱に身を潜ませながら着いていきます。昨今電柱の地中化の話が上がることがありますが、鶴子さん研究の第一人者の私としては是非ともそのままにしてほしいところです。
 脱力しながらゆるーく歩いている鶴子さんを見ていると、こちらもだるーんと日々の喧騒を離れ外国の一面の平原に来ているような気持ちになります。後ろ姿だけでもわかる彼女の自然な可愛らしさは、彼女がまるで生来のアイドルではないかと錯覚を起こすほどです。当たり前の生活が人々を魅了することほど、彼女の素敵な性格を語らずにはいられません。それだけ愛嬌があって、人によって態度を変えることなく、かつ男女間のいざこざを起こすことのない華麗な人生の渡りっぷりは、それこそ全てが演技なのではないかという疑問すら浮かびます。
 男子の間でやはり持ち上がる「可愛い女子」の話題に必ず挙げられる鶴子さんが、なぜ誰とも付き合わないのかは男女間の謎とされています。それを解明するためにも今私は彼女の生態について研究を行っています。
 彼女の家、まあ私の家でもあるのですが、今日も無事に帰宅を終えました。何事もなく鶴子さんは鍵を取り出し、玄関を開けて入っていきます。
 さて、今日のところはここまででしょうか。流石に彼女の家にカメラを仕掛けたりだとか盗聴したりだとか、そんなことはしません。犯罪ですからね。
 僕も家に帰ってゆっくりテレビでも見ましょうか。
 と、三階の自宅に上がろうとした瞬間、二階の彼女の玄関が開く音がしました。
「あれ、高橋くん今帰り?」
 そこには部屋着に着替えた鶴子さんがいました。上下ピンクジャージの気の抜けた服装。鶴子さんは堂々とそれを着こなします。
「鶴子さんはどこか出掛けるの?」
「うん、スーパーに食材買いに行くの」
「その格好で?」
 鶴子さんが「えっ……」と言い、どこかむず痒そうな顔をこちらに近づけてきます。
「……やっぱり、ジャージで外出るって、変かなぁ?」
 顔に息が掛かるくらい近く、小さな声で鶴子さんは言います。
「うーん、たまに見かけたりもするけどね」
 ぶっちゃけなところ、普段の制服でないピンクのジャージに包まれた鶴子さんが非常にキュートに思えて、出来ることならずっとそのままの姿で僕の視界にいてほしいと思って止まない。可愛さの権化が可愛さの暴力に包まれているその姿は卒倒しそうなくらいには目の保養だった。近くで喋っていることもあってくりくりの大きな目に見つめられているのもグッド。
「でもこの前も紗枝に言われたんだよね。あんたJKがジャージで外出ってあり得ない! って。でもわざわざ買い物するだけでちゃんと着替えることもないと思うんだよね。どう? 高橋くん」
「うん、別に大丈夫だと思うよ」
「だよねぇ!」
 人差し指をピンと立てて賛同を喜ぶ鶴子さん。
 全くもってどうでもいい会話。鶴子さんが何を着ようが可愛いことには変わりないのに。それでもこんな会話でテンションが上がる鶴子さんはやはり軽快で快活で元気で見てて飽きない。
「紗枝がね、あんたはもっと服を買え! っていうんだけどさ、私自分で服とか買ったことほとんどなくてさー。どういうのが可愛いのか全然分からないんだよね」
「鶴子さんが着ればだいたい可愛くなるんじゃない?
「まったぁ! そんなこと言ってぇ!」
 両手を頬に当てて嬉しそうに謙遜する鶴子さん。鶴子さんは褒められるのが弱いようです。
「じゃあ、高橋くんはどういうのが好き?」
「うーん、あんまり服のことはよく分からないけど、やっぱりミニスカートが好きかな。男子の浅はかな考えでごめん」
「高橋くんに聞いた私が馬鹿だった!」
「えーでも着てみてよ。似合うから」
「着ないもんっ!」
 ぺろっと舌を出す鶴子さん。可愛い。そのまま下の階へと駆け下りる。
「じゃねー、また明日」
 手すり越しに大きく手を振る高橋さん。
「うん、またね」
 そう言って彼女は駆け足で走り去っていった。
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