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紫紺と紅白のカクテルビームが薄暗い空間に妖しく彩りを与える。外気を一切通さず、汗と臭気でむせ返りそうな室内には所狭しとみずぼらしい外見をした男たちが、部屋の中心にそびえる舞台へ熱い視線と粗末な棒を向けていた。
「はぁ……はぁ……」
「数日溜め込んだ濃いやつを……アイツの股間に掛けてやる」
心拍数上昇による呼吸の乱れにベルトの金具を外す音が音楽代わりとなる様子は、今か今かと待つあまり先走って自慰行為を始める者が現る証拠で、只事ではない雰囲気が全体を支配する。
ここは、戦争の末に領土を失くした先住民たちがで惨めに肩を寄せ合う、占領者が棄てた街……その一角にこしらえた小劇場で、幕が開く前から観衆の熱気が渦巻いていた。
「来たぞ!」
一人の野太い声が吼えるや否や、欲棒を扱き上げる音は一層大きくなる。萎びた逸物は瞬く間に怒張していき、醜男も股間の愚息と比例するように盛り上がった。
まだ、お立ち台に主役は上がっていない。
舞台袖から響く張り詰めた靴音がケダモノの鼓膜に届くことで、淫欲の慰みとせんばかりに反応していただけに過ぎなかった。
同時に浮き世の見世物は既に始まっている事を表していて、やがて媚態を奏でる演者が舞台に登場すると、客席は地鳴りのような喚声で迎えた。
「オラッ、股開け!」
「身体で受け止めるんだよ!」
艶やかな色香を纏いし舞姫として、ふしだらな観衆を蠱惑するのは先住民と髪色や瞳の色が異なる美貌の持ち主だった。妖しい直線美に布面積が小さい踊り子のような衣装を着付け、靴音の正体であるサンダルヒールの爪先に至るまで手入れが行き届いた花形は、盛りのついた要求に応える。
ステージの中央で足を止めると卑猥な演舞を以て、多数の匹夫が持て余す性欲の消化を促す。悩まし気に腰を落として、透き通った太腿が開くと、露わになった局部を目掛けて大量の白濁液が迸る。
不浄なるパトスを全身で浴びた演者は、凍てついた面立ちを保ったまま昂る陰部を隠そうともしない。屹立した先端から溢れ出す粘液と付着した欲望の子種が混じり滴る光景に、千摺りが一際に激しくなっていく醜男と愚息のボルテージは最高潮へ達する。
しかし、官能を刺激する舞姫を性処理道具として自慰行為に耽る観客の興奮など、花形の反り返る雄しべの前では生娘の陰核と見紛う、些末な突起物でしかない。
再びケダモノの精液が飛び散ると、花形の視界は真っ白に穢れてしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
舞台裏の控え室に設けた、備え付けのシャワールームで穢れを洗い落す花形、クリスチーナは下腹部を忌々しげに扱う。萎れた茎胴を石鹸で執拗に擦り、劇中で塗れた汚れを清める姿は、今しがた華麗に舞っていた蝶の見る影もない。
「くそ……あの野蛮人ども、どさくさに紛れてションベン引っかけやがって」
一切の贅肉を削ぎ落とした――しなやかな体躯と表すには些か繊細に映る痩躯は、天井にぶら下がった白熱灯の下で毒を吐く。排水溝が詰まり悪臭漂う澱みには、嫌悪に歪む形相が揺らいでいた。
クリスはシャワーヘッドを自らの蕾に定めて洗浄する。
「この国――龍ノ國へ出稼ぎに来てからというもの、反社経由の陰間くらいしか外国人の仕事は無いわ、客は最低限のモラルすら守らないわ、碌な目にあっちゃいない。戦争に勝った覇ノ國が統治してると聞いたから……」
戦後、龍ノ國を支配、植民地化した国家と対立関係にある、大陸最大の国土を占める連邦政府――帝ノ國から、クリスは亡命同然で密入国した。
ただ一つ ―己の性の在り方について厳しい迫害を受け、家族や友人、同志さえも捨てた過去を背負って。
ただ一つ ―自由の国という別名を持ち、人間の多様性が認められた覇ノ國へ未来を求めて。
クリスは中指をアナルへ挿入しては、腸内の具合を丁寧に確かめる。
「道中死にかけながら、こんな辺鄙な島国まで渡ってきたのによ。自由とは名ばかりの超格差社会で、この街――貧困街で生きる奴に人権なんてありやしない」
覇ノ國本土へ往く手立てを持たなかったクリスは、龍ノ國行きの貨物船で密航した。
当然ながら不法入国であったため、外国人居留地となった街――新地での生活は叶わず、自身を証明する戸籍も手に入らなかった。
クリスは人差し指と中指をアナルへ挿入しては、腸内の具合を何度も確かめる。
「オレがこんなところでマフィアの金づるにされるのも、どれもこれも、占領してる外人政府がクソだからだ。
まったく……龍ノ國なんかに夢見てた、あん時のオレをブッ飛ばしてやりたいぜ」
入国早々、異郷の地で路頭に迷ったクリスは、その外見の良さを活かす形で裏社会に身を寄せた。
たとえ人の道を踏み外すことになろうとも、まかり間違っても祖国で学んだ『平等』が存在しない以上、修羅の道を歩まねば龍ノ國では生き延びることなど出来ない。
クリスは自らの蕾が洗浄し切ったことを確認すると、水道の蛇口を締めてカーテンレールを開く。
「まぁ、それでも……短パンニーソックスにヒールを履いた男が、パートナーと腕組みしながらイチャつき歩いてもリンチされない光景が見れただけ、来た甲斐があったんだけどな。
……実際、こっちでも――」
現世のヘドロがあまねく煮詰まった世界でも、クリスが見出した光明――奇跡は存在した。
嫌忌の目に苛むことなく想い人と往来を闊歩出来る安心が手に入った乙女の前に、今後あらゆる苦難が襲来しようと乗り越えられぬ壁などない。
クリスは脱衣所で肌の露出が少ない地味な軽装を着て、玲瓏たる長髪を靡かせながら劇場を後にするため支度していると、ボトムスのポケットから軽快な音楽が鳴り響く。
「――まただよ。オレの仕事が終わる頃には迎えに来るよう言ってるのに、あいつはいつも遅れやがる」
取り出した携帯端末を忌々しげに仕舞ったクリスは、帰路の天気を確かめる。
「外の様子は……『ここ』へ来た時からまるで変わらず、激しい雨が降り続いているな」
クリスにとって龍ノ國の生活における最大の衝撃は、故郷では味わうことはなかった、滅多に陽の光が届かない空と密雲から降り注ぐ酸性雨の存在だった。
◇
劣化したアスファルト路面に絶え間なく打ち鳴らす雨音が、ローライズからはみ出したクリスの脚線美に跳ね上がる。穴の開いたビニール傘からも雨雫が滴り落ちて、先ほどの湯浴びも無に帰した。
「ケッ、路面がこうもデコボコだとっ、歩きにくいったらありゃしない。もし足首捻ったら、あいつのせいだ」
路面の亀裂から捲れ上がって水たまりとなった箇所を、クリスは踏み抜かないように視線を落として歩いていると、道の中央で何かに激突して体勢を崩す。
「いってて……おい、ボーっと突っ立ってんじゃねえよ」
寸でのところで持ち直して、水たまりを踏む災難に遭うクリスは眼前の壁に向かって悪態をつく。すると壁が反応して、突然クリスの腕を掴み引き寄せた。
「今日は頼れる用心棒が居ないようだなぁ、クリスちゃ~ん? 顔を隠さず一人でフラフラ歩いちゃあ、自分から犯して下さいと言ってるようなもんだぜぇ?」
「…………」
壁の正体が小劇場で絶頂した客であることを、クリスは知る由もない。しかし何よりも、学習意欲の無い外国人に辺境の言語など理解不能で、暴漢の下卑た面構えと目下の状況で、己が身は急場であると察するのが精一杯だった。
「へっへ。テメェの淫らな身体を好き放題した後に、港で魚の餌にすれば証拠は消えてマフィアどもにもバレやしない」
「ヤメ、ロ」
「あぁ? それで話せてるつもりなのか、外人が。ムカつく声出しやがって」
「ヤメロ……ヤメロッ!」
クリスは拙い弁舌で必死に抗うが、如何せん力が及ばない。暴漢は暴れる獲物を押さえつけようと空いた手を伸ばす。
「この、腕を振って、手間取らせるんじゃ――!」
「汚い手でウチの商品に触らないでもらおうか」
不意に、クリスを縛る強い握力が消えた。同時に耳を劈く絶叫が上がり、クリスが視線を向けると暴漢の伸ばした手を、先住民の青年があらぬ方向へと曲げていた。
およそ貧困街の人間らしからぬ清潔感ある服装、雰囲気を纏った青年は『商品』の眼差しに気付いて反応する。
その表情は、抑揚のない声調同様に、一塵も動かない仏頂面だった。
「遅いぞヨウイン!」
「すまない、フリストフォル。携帯にも送ったが、シノギを回収するので手間取っていた」
「……オレをその名で呼ぶなっての」
流暢な帝ノ國の言葉で謝罪する用心棒――悠鷹は、一しきり暴漢の関節を極め続け、骨折する間際のところで押し蹴りして解放する。
そして、暴漢に抵抗する際にクリスが落としたビニール傘を拾い上げて、雨粒滴る本人のもとへ駆け寄った。
「風邪を引くぞ」
「ヨウインこそ、傘も持たないで……それに、ここの雨は身体に良くないと言ったのはお前だろ?」
「俺なら大丈夫だ。龍ノ國の民は生まれた時から酸性雨の空気を吸っている」
「なんだそりゃ……――おい!」
クリスの突飛な声に応え、咄嗟に身を翻した悠鷹が視界に捉えたのはどこに隠し持っていたのか、得物を手にした暴漢が肩で息をする姿だった。
悠鷹の視線が一点に集中する。さながら名は体を表すように、瞳孔は小さく眼光は鋭く。
「舐めやがって……外人なんぞからチャンコロ恵まれて恥ずかしくないのか、この裏切り者がっ」
「自尊心と羞恥心を振り翳して野垂れ死にする気はない。負け犬らしく尻尾を振った生き方を身に付けろ」
「喧しいっ、往生せぇやーっ!」
用心棒の挑発――あるいは同郷の忠告に逆上した暴漢が、悠鷹に目掛けて突撃する。地を鳴らす足音は殺意が先走った不格好なもので、とても凄みの効いた見得とは言い難い。
半身の構えで迎撃態勢を取る悠鷹は、暴漢から発する凶行の息遣いに合わせるように、身体の律動を刻んでゆく。
互いの間合いが犯し合ったところで、暴漢が得物を直線軌道に乗せて繰り出す。一筋の滅光が疾走した、まさに一閃の出来事だった。
「メキョ――!?」
猛り狂う暴漢が目前まで捉えていた標的の用心棒は忽然と消え、得物が空を切るや否や顔面を抉る直撃が襲い掛かる。刃の先端が肉薄する拍子に合わせて悠鷹は身体を大きく捻り、暴漢の顔面に後ろ回し蹴りを浴びせた。その威力は、暴漢の眼球が零れ落ちるほど。
「うっわ……」
倒れ込んだまま微動だにしない暴漢、翡翠に濁る澱みで浮遊する眼。 大勢が決した証明に十分過ぎることは、素人のクリスでも理解出来た。
それでもなお屍骸を訝しむ悠鷹は文字通り、躊躇いの無い死体蹴りを放つ。首元を捩じり切る勢いで、暴漢の頭部へ何度も蹴りを入れる。
皮膚が裂け、顔の肉が散り、頸椎が露わになろうと、表情筋一つ崩さず、機械のように繰り返した。
「もういい! 止めろヨウイン!」
用心棒の無慈悲な行いによって、醜怪な様相へと変貌する亡骸に堪え兼ねたクリスが背後から抱き締める。
「そうはいかない。奴の首が繋がっている以上、反撃を受ける可能性がある」
「オレにトラウマを植え付けたいのか!? 目ン玉が転がっただけでも衝撃的なのに、これ以上グロいもん作ろうとすんな!」
生ぬるいと言わんばかりの不服そうな態度を感じ取ったクリスが一喝した。
警護対象からの制止に不承不承ながら追討ちの足を収めた悠鷹は、至上命令を思い出して今更ながら取り繕うが、顔色と声色は先ほどまで惨殺していた時と一切変化しない。
「申し訳無い。フリストフォルの身に危害が及ぶ状況にさせてしまった。用心棒として任されながら、恥ずかしい」
「だから、帝ノ國の頃の名前で呼ぶなっての。チーナと呼ぶか、せめてトーニャと呼べって、いつも言ってるだろ? 誰が好き好んで捨てた、野郎の頃の名前を呼ばれたい奴が居るかよ」
雨脚が強く一向に収まらない中、酸性雨に打たれ続ける悠鷹を心配したクリスが傘の中に入れようとするも、用心棒の責務からか拒否される。
「俺が『商品』に手を出したと思われる」
「ハッ、今更だな腰抜け! だったら奴らのケツに二十ミリ砲弾ぶち込んで黙らせてやるよ。
いいからさっさと入りやがれ、この朴念仁っ」
契約遵守を徹底した頑固ぶりに業を煮やしたクリスは、悠鷹の腕を掴んで強引に傘の中へ引き込む。
その際に、服越しでも伝わる男らしい上腕二頭筋の熱気に当てられて発情したことを、悠鷹は知らない。
「まったく……どれもこれも、オレの機嫌が悪いのはヨウインのせいだ。なんで約束の時間に遅れるんだよ」
「フリストフォル、再三申し開きしているが今日はシノギの回収に……」
「うるせぇ、本気で怒るぞ!」
「……あまり意地悪をしないで欲しい。どうして君が目くじらを立てるのか、俺には理解出来ない」
「あぁもう! そういう馬鹿真面目なところがイラつかせるんだよ、ムカつかせてんだよ!」
「これは生来の……いや、よそう」
白金よろしく透き通るような雪肌を真っ赤にして怒るクリスを横目で見た悠鷹は、気圧される形で自らの言い分を封殺した。飽く迄馬鹿のつく生真面目であり、聞き分けの無い唐変木とは異なる。
癇癪玉の取り扱いにいよいよ困り果てた悠鷹が、両手を上げて降参の合図を出す。
「俺が悪かった。どうしたら許してくれる? どうしたら、君の機嫌を直すことが出来る?」
今程まで激昂していたクリスが、一瞬にして小悪魔が如く不敵な笑みへと様変わりする。まるで玩具を与えられた子どものような明るい声で、悠鷹に提案――命令した。
「今日もオレに付き合え」
◇
帝ノ國出身の舞姫・クリスチーナと敗戦国の用心棒・悠鷹の馴れ初めは出会ってから程なくしてのことだった。
自らの性の在り方について苦悩するクリスではあったが、故郷の男とは宗教上の問題で関係が発展することは無かった。またクリス自身も、帝ノ國の男に魅力を覚えたことは少なく、関心を持った相手が例外なく幻滅するような輩で嫌悪感を強く持っていた。
曰く。
日がな一日飲んだくれて働きもしない、一たびアルコールが入れば差別と淫猥に溢れた下品な本性が剥き出す屎野郎ども。
さりとて龍ノ國へ渡航した最たる目的は性差別による迫害からの解放で、色恋を求めた劣情魔ではないため先住民や覇ノ國の男は眼中に無かった。
一人、自由で、奔放に。未知なる土地に言語に情勢に苦労しながらも、新たな生活を謳歌していたクリスに転機が訪れたのは、マフィアの貴重な収入源として優遇され始めた頃だった。
万一の災難に備えて、あるいは脱走対策の監視役として、クリスの下に用心棒の青年――悠鷹が就く。始めは適当にあしらっていたクリスだが、実直に仕事を取り組む姿勢や天然とも思えるような青年の清潔ぶりに惹かれ――時に苛立ち、やがて恋心が芽生えた。
抑え切れない昂りを想い人へ伝えると、他意は無い様子で『俺はオトコだが』と、如何にも真面目を体現した男らしい返事をする。揺るがない碧色の瞳から嘘偽りない真心であることを知った悠鷹は、クリスの告白を迎え入れた。
曰く。
様々な人種が糞同然の龍ノ國に紛れ込んでは、仕込みが終わる前に捨て台詞を吐いて消える。クリスは土地勘も鈍い、言葉も拙い中でも活き活きと楽しそうにして、そんな綺羅綺羅と輝く君を気付けば目で追っていた。
◇
クリスは自宅に着くなり、連れ込んだ悠鷹に対し熱烈な愛情表現で歓迎する。屈強な首筋に自らの華奢な腕を回して引き寄せては、悠鷹のひび割れた唇に潤いを与えていく。
「ヨウイン、あぁっ、好きだヨウイン……今日も、帰さないから、覚悟しとけよ?」
恋人の豪快な啄みに相変わらず戸惑う悠鷹は羞恥から目を瞑り、為す術無く咥内に舌の侵入を許す。
普段の堅物具合も濡れ事となれば一転して初心な青二才、クリスはますます熱を上げて紅潮する悠鷹を凝視する。
「なんだよ、生温いキスしてんじゃねえよ。生娘じゃあるまいし、もっと……いつものように、オレを悦ばせてくれ」
「しかしだな。俺もフリストフォルも、汗や雨を流さなければ風邪を引くぞ。一旦シャワーを浴びてからでも……」
「据え膳食わぬは男の恥って言葉を知ってるか?」
「輝ノ國の女――」
悠鷹の首に力が加わる。
「君が想像する関係へ至る前に消えた。そいつから聞いたが、それにしても、酸性雨の影響を考えて……」
「焦れったい! だったら、その気にさせてやるまでよ!」
欲望の内側に渦巻く春情が爆発したクリスが、悠鷹の胸倉を掴みベッドのある自室まで連行して、間髪入れずに押し倒しては一段と激しい唇の愛撫を交わす。
滅法腕が立つ悠鷹の本来であればクリスの引っ張る力など他愛のない、子猫の戯れも同然なのだが、用心棒の本分として『商品』に――今となっては手遅れだが、手は出せないのか。はたまた先天的に、尻に敷かれる性分なのか。
いずれにしても、愛する恋人の蹂躙を無抵抗で受け止める他に、悠鷹に残された選択肢は無かった。咥内を舐る情熱的なキスから解放されての一言は面責ではなく、懇願だった。
「はぁ、っあ……もう、堪忍してくれ。これ以上キスしていたら、色々果ててしまいそうになる」
「ふふん。最初から素直にしてたら、下着を汚さず済んだのになぁ?」
甘媚な声で意地悪する恋人に悠鷹が狼狽する。女豹と化したクリスは想い人が脱力した瞬間を見逃すはずもなく、すぐさまベルトに手を掛けて一気に脱がした。
悠鷹は時折、クリスのどこに有無を言わさない腕力があるのか、不思議でならない。
「こいつはまた、悪魔的だな」
暴君よろしく下着から躍り出た怒張は、下腹部に這うクリスの頬を引っ叩いて堂々と反り返る。
悠鷹のペニスも例外なくケダモノらしいにおいを放っているが、自分だけが嗅ぐことを許された唯一無二の媚香に、クリスの色欲は高まっていく。
何よりも、己の破廉恥な行いに興奮する想い人を、愛さずにはいられなかった。
「ヨウインはどうして欲しい?」
「俺は、フリストフォル――」
ペニスを握り締める力が強まる。
「ぐぁ……クリスの好きにして、構わない」
「おいおい。そんな簡単に自分の大事なもの任せていいのかよ」
「君だから、預けることが出来る」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
ただ一人だけを魅了するクリスの嬌笑が愉悦で歪む。どうも悠鷹の前では歓喜のあまり、感情がエキセントリックなまでに高揚して、可笑しな面持ちとなる。
「じゃあ早速、ヨウインの期待に応えるとするか」
クリスの手の中で鋼鉄のように硬く、別の生き物と思わせるような熱と鼓動を放つソレは、自身の海綿体に集まる血潮によって粘液が蒸発する。
このまま手淫を施せば不快感が強く、悠鷹のペニスを傷付ける恐れがあると懸念したクリスは、舌先から潤滑油代わりの唾液を垂らす。
たちまち水気を得て艶が戻った亀頭を、手の平全体で包み込んで捏ねくり回すと、卑猥な水音が室内に響き渡った。
「まだ亀頭を可愛がってるだけなのに、もう腰が浮き始めたぞ? クスッ、ヨウインからクチュクチュと音が聞こえていやらしい」
「ふっ……んんっ。クリスの、絹のような指先が絡み付いては……あっく、俺を惑わさんばかりに弄り回して……」
「根元から扱き上げたら、どうなるんだろうな?」
「止めてくれ……今にも股間が爆発しそうだ」
執拗な手責めに息が上がる悠鷹は、襲い掛かる絶頂の波から意識を逸らすためクリスに前戯しようと試みる。
「馬鹿っ。この間オレのを潰しかけただろうがっ、邪魔するな!」
「だが、このままだと、くっぅ」
「この程度の愛撫で情けねえなぁ、用心棒としての威勢が形無しだぞ……そんだけ善がってくれたら、こっちとしても犯し甲斐があるけどよ」
赤面する想い人の乱舞模様に気を良くしたクリスは、更なる性技を奉仕せんと真赤に腫れ上がる亀頭を前に、慎ましい口を大きく開いて頬張ろうと顔を埋める。
しかし、筋肉質な体躯同様にモノの主張が強く、クリスは顎を外しかけた。
(むっつりのくせに巨根とか、フィクションかよ)
「うぅ、口の中で舌を回されたら……! ペニスの先にぬらぬら纏わりついて、我慢出来なくなるっ」
(……ふふっ、歯を食いしばって耐えてやがるよ。本当に“こういうの”は弱いんだな)
喉奥で跳ねるペニスに身体が嘔吐き、内心で想い人の勃起加減に毒づくクリスだが、咥内で暴れる肉の味によって無意識に至福の境地へと至る。性の根源が終生まで翻弄しようとも、想い人の情愛が身も心も受け入れてくれたことで、前人未踏の困難を――たとえ束の間だとしても――忘却の彼方に追いやる。
ひとえに、それが『愛の力』であり、問答に縋る求道者とは一線を画す。
「よしっ。オレの唾液とヨウインのツユで、だいぶ滑りが良くなったな」
「待てクリス、その、言いにくいが……」
照り輝く屹立の上に跨り、今にも綻びようとしている蕾に宛がうクリスは、悠鷹の懸念に釘を刺す。
「デリカシーの無い奴だな……劇場でこれでもかと洗ってきた。お前は演者に汚物まみれの状態で帰れっていうのかよ」
「むっ、気が利かず余計なことを聞いてしまった。すまない」
「……はぁ~っ。いいよ、オレも意地悪が過ぎた。初めからヨウインとシタくて準備してたし、実際シャワーが出来るまでは悲惨だったからな。
そんなことより、せっかく二人きりなんだから、もうちょっと肩の荷を下ろしても良いんじゃないのか?」
「これは、生来の気性だ」
肛門性交における心配事を解消したクリスは、いよいよ自らの体内に男根を納めようと挿入を試みる。
二人の関係が結ばれて間もない頃は想い人の昂りを受け止めるのに、文字通り血が滲む思いをしていた。しっかりと解した現在の蜜壺ならば、悠鷹のペニスの大きさ、形、熱量を存分に味わいながら、腹中に広がる充足感で快楽の器を満たしてゆく。
「うっあ……やっぱ、ヨウインのは……すごいな。腹ン中で、脈打つのが……んっ、分かるぜ。はぁ、はぁ……オレのとは、えらい違いだ」
武骨で猛々しい矛を繊麗な直線美で納めるには、入れ物として多分に無茶が過ぎるもので、クリスの身体は沈み込むほどに悲鳴を上げるよう。
同時に、狭窄な鞘から強引に犯されて括約筋が締め付けるたびに、悠鷹は肛門や陰嚢から電流が流れるような錯覚を起こし、視界に火花が飛ぶ。
「うぐ、ぁ……! クリ、スッ……少しは加減、してくれ」
「力尽くでっ、奥の奥まで抉じ開けていく快感を一度でも味わったら……んんっ。もう、戻れないだろ」
「だからといって――あぁっ」
陰茎全体に襲い掛かる凶暴な圧迫に制止しようと声を上げる悠鷹だが、ピストン運動は留まるところを知らず加速度的に猛威を振るう。
蕾の入り口から前立腺、最奥のS字結腸に至るまでの痴肉を喰らう暴君に、クリスの可憐な恥部も天を向いて硬直して、先端からは愛液が大量に垂れ落ちていた。
恍惚に溺れ、蕩けた好顔で喘ぐクリスだが、悠鷹が絶頂を堪える雰囲気とは異なる暗い顔色へ陥っていることに気が付く。酔いしれる愛の営みの最中だからこそ、パートナーの微妙な変化にも鋭く察知出来るのは、クリス自身の性に対する敏感さ故か。
「どうしたんだよ……ふっ、ぅん。つまらない顔しやがって」
「いや……どうして君ほどの美形が、俺なんかと付き合っているのか。疑問に想う時がある」
「ヨウイン……?」
「フリストフォルほどの美貌なら、たとえ性に差異があっても欲する富裕層がいるはずなのだから、こんな仕事しなくても済む」
想い人の言葉に、クリスは心に傷を負った。
「君が貧困街で働いている理由は何となく察しがつく。だがなぜ、敗戦国のクズ共相手に身体を張って……しかも俺のような裏側の人間と付き合う? いくら性格に惹かれたとはいえ、自分の価値を過小評価している」
想い人の裏切りに、クリスは身体が引き裂かれる思いになる。
「愛だけで生きるには過酷な国だ。新地で君を理解する奴と結ばれたら、貧困街に蔓延るクズ共は一切の手出しが――」
「黙って……気持ち良くなってろよ」
水面に映る月輪に叢雲が掛かったことで、全てを影に落とす悲観に飲み込まれたクリスは、悠鷹の疑問には答えず会話を打ち切る。
クリスにとって添い遂げると決めた相手からの思わぬ発言に傷付き、一方で告白して付き合っているから信用を得たと安易な発想をしていた、独りよがりな幻想を恥じた。
クリスと悠鷹の以心伝心は、深淵とは程遠い浅瀬の領域でのやり取りに過ぎなかった。
「クリス……っ。もう、限界だ」
「あっぁぁ……俺もだ。そのまま、出しやがれ」
愛の巣に不穏な空気が流れる中、やがてお互いの最高潮が近付く。腹中で一際に膨張した存在は体内の性感帯を乱暴に擦り、クリスの突起物が過敏なまでに主張する。悠鷹も陰茎から伝わる妖しい金縛りによって、欲望の子種が一気に昇り詰める。
クリスは最後の一撃として臀部に力を入れて肉壁を収縮する。悠鷹の白濁液を一滴残さず搾り取ろうと、確実に奥受けするための必殺技を繰り出す。しかし噴火寸前の怒張が自身の前立腺を穿つことは、クリスも計り知れない享楽を感じることを意味していた。
「くっふ……! ナカで、熱いのが、広がっていく……!」
「し、搾られる……お、ぅ」
そして二人は相性の良さを、共に忘我を迎える形で表した。クリスは蕾の中に広がる、雄しべが放った花粉の温かさに生と悦びを覚え、身体中に浴びた自らの精液で自己嫌悪した。性の違和感に抗ったところで、股間に逸物が備わっている以上は男であることを思い知らされる。
性の齟齬を悠鷹に受け入れてもらいながら、性の齟齬を自ら否定する矛盾……彼――あるいは、彼女――にとって、それは乗り越えられない苦痛だった。
◇
「ヨウイン」
情事を終えた後も、クリスと悠鷹は繋がり合ったまま穏やかな笑みを浮かべて抱き締め合う。人肌が触れる心地良さは安心感と眠気をもたらす。
「どうした?」
「さっきの疑問に答えてやるよ。真面目ちゃんには分からないだろうけど、オレみたいな人間が身も心も許せる相手なんて、普通に運命の人を捕まえるより、よっぽど大変だからな?」
「……そうか」
「まして愛を語らうともなれば、こんなひねくれ者から振り回される覚悟を持った奴じゃないと務まらないんだよ。
ンッ――――。オレ……ヨウイン、のコト、イチバン――スキだ!」
不意打ちの接吻で勇気を付けたクリスは拙い龍ノ國の言葉で、初めて好きになった言葉を驚く悠鷹にぶつけた。状況が呑み込めない様子で固まる想い人を他所に、クリスは愛しの彼の胸の中で眠りに着く。
「俺も、君のことが好きだよ……――――チーナ」
意識が完全に昇華する前に残した悠鷹の言葉を、クリスはしかと鼓膜に残した。
「はぁ……はぁ……」
「数日溜め込んだ濃いやつを……アイツの股間に掛けてやる」
心拍数上昇による呼吸の乱れにベルトの金具を外す音が音楽代わりとなる様子は、今か今かと待つあまり先走って自慰行為を始める者が現る証拠で、只事ではない雰囲気が全体を支配する。
ここは、戦争の末に領土を失くした先住民たちがで惨めに肩を寄せ合う、占領者が棄てた街……その一角にこしらえた小劇場で、幕が開く前から観衆の熱気が渦巻いていた。
「来たぞ!」
一人の野太い声が吼えるや否や、欲棒を扱き上げる音は一層大きくなる。萎びた逸物は瞬く間に怒張していき、醜男も股間の愚息と比例するように盛り上がった。
まだ、お立ち台に主役は上がっていない。
舞台袖から響く張り詰めた靴音がケダモノの鼓膜に届くことで、淫欲の慰みとせんばかりに反応していただけに過ぎなかった。
同時に浮き世の見世物は既に始まっている事を表していて、やがて媚態を奏でる演者が舞台に登場すると、客席は地鳴りのような喚声で迎えた。
「オラッ、股開け!」
「身体で受け止めるんだよ!」
艶やかな色香を纏いし舞姫として、ふしだらな観衆を蠱惑するのは先住民と髪色や瞳の色が異なる美貌の持ち主だった。妖しい直線美に布面積が小さい踊り子のような衣装を着付け、靴音の正体であるサンダルヒールの爪先に至るまで手入れが行き届いた花形は、盛りのついた要求に応える。
ステージの中央で足を止めると卑猥な演舞を以て、多数の匹夫が持て余す性欲の消化を促す。悩まし気に腰を落として、透き通った太腿が開くと、露わになった局部を目掛けて大量の白濁液が迸る。
不浄なるパトスを全身で浴びた演者は、凍てついた面立ちを保ったまま昂る陰部を隠そうともしない。屹立した先端から溢れ出す粘液と付着した欲望の子種が混じり滴る光景に、千摺りが一際に激しくなっていく醜男と愚息のボルテージは最高潮へ達する。
しかし、官能を刺激する舞姫を性処理道具として自慰行為に耽る観客の興奮など、花形の反り返る雄しべの前では生娘の陰核と見紛う、些末な突起物でしかない。
再びケダモノの精液が飛び散ると、花形の視界は真っ白に穢れてしまった。
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舞台裏の控え室に設けた、備え付けのシャワールームで穢れを洗い落す花形、クリスチーナは下腹部を忌々しげに扱う。萎れた茎胴を石鹸で執拗に擦り、劇中で塗れた汚れを清める姿は、今しがた華麗に舞っていた蝶の見る影もない。
「くそ……あの野蛮人ども、どさくさに紛れてションベン引っかけやがって」
一切の贅肉を削ぎ落とした――しなやかな体躯と表すには些か繊細に映る痩躯は、天井にぶら下がった白熱灯の下で毒を吐く。排水溝が詰まり悪臭漂う澱みには、嫌悪に歪む形相が揺らいでいた。
クリスはシャワーヘッドを自らの蕾に定めて洗浄する。
「この国――龍ノ國へ出稼ぎに来てからというもの、反社経由の陰間くらいしか外国人の仕事は無いわ、客は最低限のモラルすら守らないわ、碌な目にあっちゃいない。戦争に勝った覇ノ國が統治してると聞いたから……」
戦後、龍ノ國を支配、植民地化した国家と対立関係にある、大陸最大の国土を占める連邦政府――帝ノ國から、クリスは亡命同然で密入国した。
ただ一つ ―己の性の在り方について厳しい迫害を受け、家族や友人、同志さえも捨てた過去を背負って。
ただ一つ ―自由の国という別名を持ち、人間の多様性が認められた覇ノ國へ未来を求めて。
クリスは中指をアナルへ挿入しては、腸内の具合を丁寧に確かめる。
「道中死にかけながら、こんな辺鄙な島国まで渡ってきたのによ。自由とは名ばかりの超格差社会で、この街――貧困街で生きる奴に人権なんてありやしない」
覇ノ國本土へ往く手立てを持たなかったクリスは、龍ノ國行きの貨物船で密航した。
当然ながら不法入国であったため、外国人居留地となった街――新地での生活は叶わず、自身を証明する戸籍も手に入らなかった。
クリスは人差し指と中指をアナルへ挿入しては、腸内の具合を何度も確かめる。
「オレがこんなところでマフィアの金づるにされるのも、どれもこれも、占領してる外人政府がクソだからだ。
まったく……龍ノ國なんかに夢見てた、あん時のオレをブッ飛ばしてやりたいぜ」
入国早々、異郷の地で路頭に迷ったクリスは、その外見の良さを活かす形で裏社会に身を寄せた。
たとえ人の道を踏み外すことになろうとも、まかり間違っても祖国で学んだ『平等』が存在しない以上、修羅の道を歩まねば龍ノ國では生き延びることなど出来ない。
クリスは自らの蕾が洗浄し切ったことを確認すると、水道の蛇口を締めてカーテンレールを開く。
「まぁ、それでも……短パンニーソックスにヒールを履いた男が、パートナーと腕組みしながらイチャつき歩いてもリンチされない光景が見れただけ、来た甲斐があったんだけどな。
……実際、こっちでも――」
現世のヘドロがあまねく煮詰まった世界でも、クリスが見出した光明――奇跡は存在した。
嫌忌の目に苛むことなく想い人と往来を闊歩出来る安心が手に入った乙女の前に、今後あらゆる苦難が襲来しようと乗り越えられぬ壁などない。
クリスは脱衣所で肌の露出が少ない地味な軽装を着て、玲瓏たる長髪を靡かせながら劇場を後にするため支度していると、ボトムスのポケットから軽快な音楽が鳴り響く。
「――まただよ。オレの仕事が終わる頃には迎えに来るよう言ってるのに、あいつはいつも遅れやがる」
取り出した携帯端末を忌々しげに仕舞ったクリスは、帰路の天気を確かめる。
「外の様子は……『ここ』へ来た時からまるで変わらず、激しい雨が降り続いているな」
クリスにとって龍ノ國の生活における最大の衝撃は、故郷では味わうことはなかった、滅多に陽の光が届かない空と密雲から降り注ぐ酸性雨の存在だった。
◇
劣化したアスファルト路面に絶え間なく打ち鳴らす雨音が、ローライズからはみ出したクリスの脚線美に跳ね上がる。穴の開いたビニール傘からも雨雫が滴り落ちて、先ほどの湯浴びも無に帰した。
「ケッ、路面がこうもデコボコだとっ、歩きにくいったらありゃしない。もし足首捻ったら、あいつのせいだ」
路面の亀裂から捲れ上がって水たまりとなった箇所を、クリスは踏み抜かないように視線を落として歩いていると、道の中央で何かに激突して体勢を崩す。
「いってて……おい、ボーっと突っ立ってんじゃねえよ」
寸でのところで持ち直して、水たまりを踏む災難に遭うクリスは眼前の壁に向かって悪態をつく。すると壁が反応して、突然クリスの腕を掴み引き寄せた。
「今日は頼れる用心棒が居ないようだなぁ、クリスちゃ~ん? 顔を隠さず一人でフラフラ歩いちゃあ、自分から犯して下さいと言ってるようなもんだぜぇ?」
「…………」
壁の正体が小劇場で絶頂した客であることを、クリスは知る由もない。しかし何よりも、学習意欲の無い外国人に辺境の言語など理解不能で、暴漢の下卑た面構えと目下の状況で、己が身は急場であると察するのが精一杯だった。
「へっへ。テメェの淫らな身体を好き放題した後に、港で魚の餌にすれば証拠は消えてマフィアどもにもバレやしない」
「ヤメ、ロ」
「あぁ? それで話せてるつもりなのか、外人が。ムカつく声出しやがって」
「ヤメロ……ヤメロッ!」
クリスは拙い弁舌で必死に抗うが、如何せん力が及ばない。暴漢は暴れる獲物を押さえつけようと空いた手を伸ばす。
「この、腕を振って、手間取らせるんじゃ――!」
「汚い手でウチの商品に触らないでもらおうか」
不意に、クリスを縛る強い握力が消えた。同時に耳を劈く絶叫が上がり、クリスが視線を向けると暴漢の伸ばした手を、先住民の青年があらぬ方向へと曲げていた。
およそ貧困街の人間らしからぬ清潔感ある服装、雰囲気を纏った青年は『商品』の眼差しに気付いて反応する。
その表情は、抑揚のない声調同様に、一塵も動かない仏頂面だった。
「遅いぞヨウイン!」
「すまない、フリストフォル。携帯にも送ったが、シノギを回収するので手間取っていた」
「……オレをその名で呼ぶなっての」
流暢な帝ノ國の言葉で謝罪する用心棒――悠鷹は、一しきり暴漢の関節を極め続け、骨折する間際のところで押し蹴りして解放する。
そして、暴漢に抵抗する際にクリスが落としたビニール傘を拾い上げて、雨粒滴る本人のもとへ駆け寄った。
「風邪を引くぞ」
「ヨウインこそ、傘も持たないで……それに、ここの雨は身体に良くないと言ったのはお前だろ?」
「俺なら大丈夫だ。龍ノ國の民は生まれた時から酸性雨の空気を吸っている」
「なんだそりゃ……――おい!」
クリスの突飛な声に応え、咄嗟に身を翻した悠鷹が視界に捉えたのはどこに隠し持っていたのか、得物を手にした暴漢が肩で息をする姿だった。
悠鷹の視線が一点に集中する。さながら名は体を表すように、瞳孔は小さく眼光は鋭く。
「舐めやがって……外人なんぞからチャンコロ恵まれて恥ずかしくないのか、この裏切り者がっ」
「自尊心と羞恥心を振り翳して野垂れ死にする気はない。負け犬らしく尻尾を振った生き方を身に付けろ」
「喧しいっ、往生せぇやーっ!」
用心棒の挑発――あるいは同郷の忠告に逆上した暴漢が、悠鷹に目掛けて突撃する。地を鳴らす足音は殺意が先走った不格好なもので、とても凄みの効いた見得とは言い難い。
半身の構えで迎撃態勢を取る悠鷹は、暴漢から発する凶行の息遣いに合わせるように、身体の律動を刻んでゆく。
互いの間合いが犯し合ったところで、暴漢が得物を直線軌道に乗せて繰り出す。一筋の滅光が疾走した、まさに一閃の出来事だった。
「メキョ――!?」
猛り狂う暴漢が目前まで捉えていた標的の用心棒は忽然と消え、得物が空を切るや否や顔面を抉る直撃が襲い掛かる。刃の先端が肉薄する拍子に合わせて悠鷹は身体を大きく捻り、暴漢の顔面に後ろ回し蹴りを浴びせた。その威力は、暴漢の眼球が零れ落ちるほど。
「うっわ……」
倒れ込んだまま微動だにしない暴漢、翡翠に濁る澱みで浮遊する眼。 大勢が決した証明に十分過ぎることは、素人のクリスでも理解出来た。
それでもなお屍骸を訝しむ悠鷹は文字通り、躊躇いの無い死体蹴りを放つ。首元を捩じり切る勢いで、暴漢の頭部へ何度も蹴りを入れる。
皮膚が裂け、顔の肉が散り、頸椎が露わになろうと、表情筋一つ崩さず、機械のように繰り返した。
「もういい! 止めろヨウイン!」
用心棒の無慈悲な行いによって、醜怪な様相へと変貌する亡骸に堪え兼ねたクリスが背後から抱き締める。
「そうはいかない。奴の首が繋がっている以上、反撃を受ける可能性がある」
「オレにトラウマを植え付けたいのか!? 目ン玉が転がっただけでも衝撃的なのに、これ以上グロいもん作ろうとすんな!」
生ぬるいと言わんばかりの不服そうな態度を感じ取ったクリスが一喝した。
警護対象からの制止に不承不承ながら追討ちの足を収めた悠鷹は、至上命令を思い出して今更ながら取り繕うが、顔色と声色は先ほどまで惨殺していた時と一切変化しない。
「申し訳無い。フリストフォルの身に危害が及ぶ状況にさせてしまった。用心棒として任されながら、恥ずかしい」
「だから、帝ノ國の頃の名前で呼ぶなっての。チーナと呼ぶか、せめてトーニャと呼べって、いつも言ってるだろ? 誰が好き好んで捨てた、野郎の頃の名前を呼ばれたい奴が居るかよ」
雨脚が強く一向に収まらない中、酸性雨に打たれ続ける悠鷹を心配したクリスが傘の中に入れようとするも、用心棒の責務からか拒否される。
「俺が『商品』に手を出したと思われる」
「ハッ、今更だな腰抜け! だったら奴らのケツに二十ミリ砲弾ぶち込んで黙らせてやるよ。
いいからさっさと入りやがれ、この朴念仁っ」
契約遵守を徹底した頑固ぶりに業を煮やしたクリスは、悠鷹の腕を掴んで強引に傘の中へ引き込む。
その際に、服越しでも伝わる男らしい上腕二頭筋の熱気に当てられて発情したことを、悠鷹は知らない。
「まったく……どれもこれも、オレの機嫌が悪いのはヨウインのせいだ。なんで約束の時間に遅れるんだよ」
「フリストフォル、再三申し開きしているが今日はシノギの回収に……」
「うるせぇ、本気で怒るぞ!」
「……あまり意地悪をしないで欲しい。どうして君が目くじらを立てるのか、俺には理解出来ない」
「あぁもう! そういう馬鹿真面目なところがイラつかせるんだよ、ムカつかせてんだよ!」
「これは生来の……いや、よそう」
白金よろしく透き通るような雪肌を真っ赤にして怒るクリスを横目で見た悠鷹は、気圧される形で自らの言い分を封殺した。飽く迄馬鹿のつく生真面目であり、聞き分けの無い唐変木とは異なる。
癇癪玉の取り扱いにいよいよ困り果てた悠鷹が、両手を上げて降参の合図を出す。
「俺が悪かった。どうしたら許してくれる? どうしたら、君の機嫌を直すことが出来る?」
今程まで激昂していたクリスが、一瞬にして小悪魔が如く不敵な笑みへと様変わりする。まるで玩具を与えられた子どものような明るい声で、悠鷹に提案――命令した。
「今日もオレに付き合え」
◇
帝ノ國出身の舞姫・クリスチーナと敗戦国の用心棒・悠鷹の馴れ初めは出会ってから程なくしてのことだった。
自らの性の在り方について苦悩するクリスではあったが、故郷の男とは宗教上の問題で関係が発展することは無かった。またクリス自身も、帝ノ國の男に魅力を覚えたことは少なく、関心を持った相手が例外なく幻滅するような輩で嫌悪感を強く持っていた。
曰く。
日がな一日飲んだくれて働きもしない、一たびアルコールが入れば差別と淫猥に溢れた下品な本性が剥き出す屎野郎ども。
さりとて龍ノ國へ渡航した最たる目的は性差別による迫害からの解放で、色恋を求めた劣情魔ではないため先住民や覇ノ國の男は眼中に無かった。
一人、自由で、奔放に。未知なる土地に言語に情勢に苦労しながらも、新たな生活を謳歌していたクリスに転機が訪れたのは、マフィアの貴重な収入源として優遇され始めた頃だった。
万一の災難に備えて、あるいは脱走対策の監視役として、クリスの下に用心棒の青年――悠鷹が就く。始めは適当にあしらっていたクリスだが、実直に仕事を取り組む姿勢や天然とも思えるような青年の清潔ぶりに惹かれ――時に苛立ち、やがて恋心が芽生えた。
抑え切れない昂りを想い人へ伝えると、他意は無い様子で『俺はオトコだが』と、如何にも真面目を体現した男らしい返事をする。揺るがない碧色の瞳から嘘偽りない真心であることを知った悠鷹は、クリスの告白を迎え入れた。
曰く。
様々な人種が糞同然の龍ノ國に紛れ込んでは、仕込みが終わる前に捨て台詞を吐いて消える。クリスは土地勘も鈍い、言葉も拙い中でも活き活きと楽しそうにして、そんな綺羅綺羅と輝く君を気付けば目で追っていた。
◇
クリスは自宅に着くなり、連れ込んだ悠鷹に対し熱烈な愛情表現で歓迎する。屈強な首筋に自らの華奢な腕を回して引き寄せては、悠鷹のひび割れた唇に潤いを与えていく。
「ヨウイン、あぁっ、好きだヨウイン……今日も、帰さないから、覚悟しとけよ?」
恋人の豪快な啄みに相変わらず戸惑う悠鷹は羞恥から目を瞑り、為す術無く咥内に舌の侵入を許す。
普段の堅物具合も濡れ事となれば一転して初心な青二才、クリスはますます熱を上げて紅潮する悠鷹を凝視する。
「なんだよ、生温いキスしてんじゃねえよ。生娘じゃあるまいし、もっと……いつものように、オレを悦ばせてくれ」
「しかしだな。俺もフリストフォルも、汗や雨を流さなければ風邪を引くぞ。一旦シャワーを浴びてからでも……」
「据え膳食わぬは男の恥って言葉を知ってるか?」
「輝ノ國の女――」
悠鷹の首に力が加わる。
「君が想像する関係へ至る前に消えた。そいつから聞いたが、それにしても、酸性雨の影響を考えて……」
「焦れったい! だったら、その気にさせてやるまでよ!」
欲望の内側に渦巻く春情が爆発したクリスが、悠鷹の胸倉を掴みベッドのある自室まで連行して、間髪入れずに押し倒しては一段と激しい唇の愛撫を交わす。
滅法腕が立つ悠鷹の本来であればクリスの引っ張る力など他愛のない、子猫の戯れも同然なのだが、用心棒の本分として『商品』に――今となっては手遅れだが、手は出せないのか。はたまた先天的に、尻に敷かれる性分なのか。
いずれにしても、愛する恋人の蹂躙を無抵抗で受け止める他に、悠鷹に残された選択肢は無かった。咥内を舐る情熱的なキスから解放されての一言は面責ではなく、懇願だった。
「はぁ、っあ……もう、堪忍してくれ。これ以上キスしていたら、色々果ててしまいそうになる」
「ふふん。最初から素直にしてたら、下着を汚さず済んだのになぁ?」
甘媚な声で意地悪する恋人に悠鷹が狼狽する。女豹と化したクリスは想い人が脱力した瞬間を見逃すはずもなく、すぐさまベルトに手を掛けて一気に脱がした。
悠鷹は時折、クリスのどこに有無を言わさない腕力があるのか、不思議でならない。
「こいつはまた、悪魔的だな」
暴君よろしく下着から躍り出た怒張は、下腹部に這うクリスの頬を引っ叩いて堂々と反り返る。
悠鷹のペニスも例外なくケダモノらしいにおいを放っているが、自分だけが嗅ぐことを許された唯一無二の媚香に、クリスの色欲は高まっていく。
何よりも、己の破廉恥な行いに興奮する想い人を、愛さずにはいられなかった。
「ヨウインはどうして欲しい?」
「俺は、フリストフォル――」
ペニスを握り締める力が強まる。
「ぐぁ……クリスの好きにして、構わない」
「おいおい。そんな簡単に自分の大事なもの任せていいのかよ」
「君だから、預けることが出来る」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
ただ一人だけを魅了するクリスの嬌笑が愉悦で歪む。どうも悠鷹の前では歓喜のあまり、感情がエキセントリックなまでに高揚して、可笑しな面持ちとなる。
「じゃあ早速、ヨウインの期待に応えるとするか」
クリスの手の中で鋼鉄のように硬く、別の生き物と思わせるような熱と鼓動を放つソレは、自身の海綿体に集まる血潮によって粘液が蒸発する。
このまま手淫を施せば不快感が強く、悠鷹のペニスを傷付ける恐れがあると懸念したクリスは、舌先から潤滑油代わりの唾液を垂らす。
たちまち水気を得て艶が戻った亀頭を、手の平全体で包み込んで捏ねくり回すと、卑猥な水音が室内に響き渡った。
「まだ亀頭を可愛がってるだけなのに、もう腰が浮き始めたぞ? クスッ、ヨウインからクチュクチュと音が聞こえていやらしい」
「ふっ……んんっ。クリスの、絹のような指先が絡み付いては……あっく、俺を惑わさんばかりに弄り回して……」
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「止めてくれ……今にも股間が爆発しそうだ」
執拗な手責めに息が上がる悠鷹は、襲い掛かる絶頂の波から意識を逸らすためクリスに前戯しようと試みる。
「馬鹿っ。この間オレのを潰しかけただろうがっ、邪魔するな!」
「だが、このままだと、くっぅ」
「この程度の愛撫で情けねえなぁ、用心棒としての威勢が形無しだぞ……そんだけ善がってくれたら、こっちとしても犯し甲斐があるけどよ」
赤面する想い人の乱舞模様に気を良くしたクリスは、更なる性技を奉仕せんと真赤に腫れ上がる亀頭を前に、慎ましい口を大きく開いて頬張ろうと顔を埋める。
しかし、筋肉質な体躯同様にモノの主張が強く、クリスは顎を外しかけた。
(むっつりのくせに巨根とか、フィクションかよ)
「うぅ、口の中で舌を回されたら……! ペニスの先にぬらぬら纏わりついて、我慢出来なくなるっ」
(……ふふっ、歯を食いしばって耐えてやがるよ。本当に“こういうの”は弱いんだな)
喉奥で跳ねるペニスに身体が嘔吐き、内心で想い人の勃起加減に毒づくクリスだが、咥内で暴れる肉の味によって無意識に至福の境地へと至る。性の根源が終生まで翻弄しようとも、想い人の情愛が身も心も受け入れてくれたことで、前人未踏の困難を――たとえ束の間だとしても――忘却の彼方に追いやる。
ひとえに、それが『愛の力』であり、問答に縋る求道者とは一線を画す。
「よしっ。オレの唾液とヨウインのツユで、だいぶ滑りが良くなったな」
「待てクリス、その、言いにくいが……」
照り輝く屹立の上に跨り、今にも綻びようとしている蕾に宛がうクリスは、悠鷹の懸念に釘を刺す。
「デリカシーの無い奴だな……劇場でこれでもかと洗ってきた。お前は演者に汚物まみれの状態で帰れっていうのかよ」
「むっ、気が利かず余計なことを聞いてしまった。すまない」
「……はぁ~っ。いいよ、オレも意地悪が過ぎた。初めからヨウインとシタくて準備してたし、実際シャワーが出来るまでは悲惨だったからな。
そんなことより、せっかく二人きりなんだから、もうちょっと肩の荷を下ろしても良いんじゃないのか?」
「これは、生来の気性だ」
肛門性交における心配事を解消したクリスは、いよいよ自らの体内に男根を納めようと挿入を試みる。
二人の関係が結ばれて間もない頃は想い人の昂りを受け止めるのに、文字通り血が滲む思いをしていた。しっかりと解した現在の蜜壺ならば、悠鷹のペニスの大きさ、形、熱量を存分に味わいながら、腹中に広がる充足感で快楽の器を満たしてゆく。
「うっあ……やっぱ、ヨウインのは……すごいな。腹ン中で、脈打つのが……んっ、分かるぜ。はぁ、はぁ……オレのとは、えらい違いだ」
武骨で猛々しい矛を繊麗な直線美で納めるには、入れ物として多分に無茶が過ぎるもので、クリスの身体は沈み込むほどに悲鳴を上げるよう。
同時に、狭窄な鞘から強引に犯されて括約筋が締め付けるたびに、悠鷹は肛門や陰嚢から電流が流れるような錯覚を起こし、視界に火花が飛ぶ。
「うぐ、ぁ……! クリ、スッ……少しは加減、してくれ」
「力尽くでっ、奥の奥まで抉じ開けていく快感を一度でも味わったら……んんっ。もう、戻れないだろ」
「だからといって――あぁっ」
陰茎全体に襲い掛かる凶暴な圧迫に制止しようと声を上げる悠鷹だが、ピストン運動は留まるところを知らず加速度的に猛威を振るう。
蕾の入り口から前立腺、最奥のS字結腸に至るまでの痴肉を喰らう暴君に、クリスの可憐な恥部も天を向いて硬直して、先端からは愛液が大量に垂れ落ちていた。
恍惚に溺れ、蕩けた好顔で喘ぐクリスだが、悠鷹が絶頂を堪える雰囲気とは異なる暗い顔色へ陥っていることに気が付く。酔いしれる愛の営みの最中だからこそ、パートナーの微妙な変化にも鋭く察知出来るのは、クリス自身の性に対する敏感さ故か。
「どうしたんだよ……ふっ、ぅん。つまらない顔しやがって」
「いや……どうして君ほどの美形が、俺なんかと付き合っているのか。疑問に想う時がある」
「ヨウイン……?」
「フリストフォルほどの美貌なら、たとえ性に差異があっても欲する富裕層がいるはずなのだから、こんな仕事しなくても済む」
想い人の言葉に、クリスは心に傷を負った。
「君が貧困街で働いている理由は何となく察しがつく。だがなぜ、敗戦国のクズ共相手に身体を張って……しかも俺のような裏側の人間と付き合う? いくら性格に惹かれたとはいえ、自分の価値を過小評価している」
想い人の裏切りに、クリスは身体が引き裂かれる思いになる。
「愛だけで生きるには過酷な国だ。新地で君を理解する奴と結ばれたら、貧困街に蔓延るクズ共は一切の手出しが――」
「黙って……気持ち良くなってろよ」
水面に映る月輪に叢雲が掛かったことで、全てを影に落とす悲観に飲み込まれたクリスは、悠鷹の疑問には答えず会話を打ち切る。
クリスにとって添い遂げると決めた相手からの思わぬ発言に傷付き、一方で告白して付き合っているから信用を得たと安易な発想をしていた、独りよがりな幻想を恥じた。
クリスと悠鷹の以心伝心は、深淵とは程遠い浅瀬の領域でのやり取りに過ぎなかった。
「クリス……っ。もう、限界だ」
「あっぁぁ……俺もだ。そのまま、出しやがれ」
愛の巣に不穏な空気が流れる中、やがてお互いの最高潮が近付く。腹中で一際に膨張した存在は体内の性感帯を乱暴に擦り、クリスの突起物が過敏なまでに主張する。悠鷹も陰茎から伝わる妖しい金縛りによって、欲望の子種が一気に昇り詰める。
クリスは最後の一撃として臀部に力を入れて肉壁を収縮する。悠鷹の白濁液を一滴残さず搾り取ろうと、確実に奥受けするための必殺技を繰り出す。しかし噴火寸前の怒張が自身の前立腺を穿つことは、クリスも計り知れない享楽を感じることを意味していた。
「くっふ……! ナカで、熱いのが、広がっていく……!」
「し、搾られる……お、ぅ」
そして二人は相性の良さを、共に忘我を迎える形で表した。クリスは蕾の中に広がる、雄しべが放った花粉の温かさに生と悦びを覚え、身体中に浴びた自らの精液で自己嫌悪した。性の違和感に抗ったところで、股間に逸物が備わっている以上は男であることを思い知らされる。
性の齟齬を悠鷹に受け入れてもらいながら、性の齟齬を自ら否定する矛盾……彼――あるいは、彼女――にとって、それは乗り越えられない苦痛だった。
◇
「ヨウイン」
情事を終えた後も、クリスと悠鷹は繋がり合ったまま穏やかな笑みを浮かべて抱き締め合う。人肌が触れる心地良さは安心感と眠気をもたらす。
「どうした?」
「さっきの疑問に答えてやるよ。真面目ちゃんには分からないだろうけど、オレみたいな人間が身も心も許せる相手なんて、普通に運命の人を捕まえるより、よっぽど大変だからな?」
「……そうか」
「まして愛を語らうともなれば、こんなひねくれ者から振り回される覚悟を持った奴じゃないと務まらないんだよ。
ンッ――――。オレ……ヨウイン、のコト、イチバン――スキだ!」
不意打ちの接吻で勇気を付けたクリスは拙い龍ノ國の言葉で、初めて好きになった言葉を驚く悠鷹にぶつけた。状況が呑み込めない様子で固まる想い人を他所に、クリスは愛しの彼の胸の中で眠りに着く。
「俺も、君のことが好きだよ……――――チーナ」
意識が完全に昇華する前に残した悠鷹の言葉を、クリスはしかと鼓膜に残した。
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