冷めない恋、いただきます

リミル

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新しい恋、ごちそうさま

新しい恋、ごちそうさま2

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「いってらっしゃい。多希さん」
「崇嗣さんも」

眩しく笑う多希に、久住の固い表情筋は同じように緩む。仕事に行く多希を見送った後、久住もしばらくしていつもの時刻の電車へ乗った。

今日は医療機関への訪問予定もなく、依頼されていた資料作りだけだ。急用も入らなかったので、定時上がりでAllegroへ向かえる。きちんとエプロンも持参した。この廊下を曲がったら多希さんに会える……久住の足取りは軽かった。

「こんばんは。多希さん……」

そう、浮かれていたのだ。振り返った多希に冷ややかな視線を送られ、側にいる生徒は「由衣濱先生」の下の名前に首を傾げている。やらかした久住は入口で固まってしまった。

「どうされました? 久住さん」
「え、いえ……」

──由衣濱先生……目が笑ってないです。

まるで雲の上を歩いているような幸せの絶頂から突き落とされ、久住は宙ぶらりんのまま、多希の講義を受けたのだった。


……────。


──多希さん……絶対に怒ってる。

久住との関係は料理教室の生徒達は知らないし、秘密の付き合いだった。多分、下の名前を呼んでしまったくらいで、いくら何でもカップルだとはバレないと思うが……。

「もしも」のその先を考えないよう、久住は手持ち無沙汰に部屋の掃除を始めた。多希に対しての罪悪感を拭うように、久住は普段手が行き届かないところまで、念入りに掃除をした。

風呂の排水溝をブラシで磨いていると、玄関の鍵を回す音がした。久住は掃除を中断し、廊下に膝をついた。

「多希さん。その……申し訳ありませんでした」
「……何がですか」
「間違えて名前を」

多希はわざとらしく溜め息をついた。

「いいですよ、もう。別に何も詮索されませんでしたし。俺のほうこそ、大人げない態度を取ってすみませんでした。……だから、立ってください」

あっさりと許してもらえたが、多希の表情はいまだに固い。久住が懸命に磨いた風呂に入る間、どうにか機嫌を取る方法を考える。

旅行をプレゼントするのは……ちょっとあからさま過ぎるかもしれない。いつか二人で行きたいけれど!

こいつ反省しているな、とちょっとだけ気付かせるくらいの、いい塩梅の案が浮かばない。物をプレゼントするのはどうだろうか。自分が買いたいものがあって、ついでに多希さんも何かどうですか……なんて。

「いいお湯でした。崇嗣さんは?」
「まだです」
「……じゃあ、早く入ってきてくださいね?」

破局を回避する方法を必死に探す久住に、多希の甘ったるい誘いの台詞は届かなかった。多希よりも何倍もの時間をかけて、久住は逆上せる一歩手前で風呂から出た。

ソファーベッドの背はすでに倒されていて、多希は寝る準備に入っている。髪はまだ濡れたままで、膝を立てた体勢でスマホをいじっていた。

「遅いですよ。早くって言ったのに」
「す、すみません。いろいろ……覚悟を決めてきたので」
「覚悟って。何ですかそれ」

多希は笑って久住の首に手を回した。

──し、締められる!?

普段より腕に力が込められていて、久住の背中には冷や汗が伝う。久住は今までにないほどに自らの命の危機を察した。

……が、意識はまだはっきりしている。首筋に多希がちゅっと吸いつき、ソープの残り香を嗅いでいる。正直くすぐったいのだが、久住は急所を捕えられ、動けないでいた。

多希がもし頸動脈に噛みついてきたら、出血死もあり得る。かぷ、と耳朶を甘噛みされて、久住の身体はびくりと跳ねた。

「……っ」
「たかつぐさん……」

甘い声で久住の名前を呼ぶ。しかし、久住の脳内はそれどころではなかった。これは、今から耳を噛みちぎりますよ、という宣戦布告とも見て取れる。

「ひ、一思いにやってください」
「……一思いに?」

多希は口を離して、疑問を発する。多希と別れるくらいならば、片耳くらいは惜しくない。緊張で強張る久住の身体を、多希の滑らかな手が這った。

「じゃあ……今日は楽にしてていいですよ。俺がしてあげますから」

──楽にして……!?

やっぱり多希は腹の底ではぐつぐつと煮え滾るような怒りに満たされていて、ここで久住を処理するつもりなのか。多希はとん、と久住の胸を押し、仰向けになったところへ覆い被さってきた。

攻めっ気たっぷりの多希の姿を堪能する余裕は、今の久住にはない。久住が抵抗しないのをいいことに、多希は普段は触らない胸の飾りを指でぴんと弾いた。

筋膜のしっかりした胸が物珍しいようで、手のひら全体で揉み込んでみせる。多希とは違い、胸をどうこうされても、久住には少しばかりくすぐったいだけで、自然と声が出たりはしない。

久住の反応は二の次で、多希はそこを執拗に弄り始める。普段自分がされているように、胸の先を口に含んだり、時折強く噛んだりする。
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