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【6章】愛人オメガは運命の恋に拾われる
宝物1
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「拓海にとって僕はただの……愛人だったんだ。婚約者だなんて、二度と言わないで」
「違うんだ。千歳。慈善事業のようなものだよ。オメガは弱者だから、いろいろと生活のために……支援が必要だろう。もちろん、愛しているのは千歳だけだ」
「会社の不当なお金を使って、高級な服や鞄をプレゼントしたり、ホテルに行ったりするのが支援なんだ?」
週刊誌に掲載されていた一文をすらすらと読み上げると、拓海は言葉を詰まらせた。吐き気がする。こんな男に縋ってしまった自分にも。
「拓海のそういうところにうんざりしてる。人の気持ちを考えられないんだね」
縋る先のなくなった男は、闇雲に手を伸ばし、千歳の身体に触れようとする。それを遮ったのはレグルシュだ。
「くそ……っ! 離せ!」
「俺の反応のほうが早くて命拾いしたな。千歳に触れていたら、指を全部逆に折って、腕の骨も粉々にしているところだった」
「……やれるものなら、やってみろよ」
挑発に、レグルシュは何の躊躇いもなく、拓海の中指を手の甲へ逸らした。折れる音よりも、拓海の絶叫が響き、千歳とレグルシュの前から、途中で何度も転びながらも逃走した。
「……折ったんですか?」
「折れる前に逃げたな。やれと言ったからそうしてやったのに。折ってやったほうがよかったか?」
「ううん。レグが手を汚さなくて、よかったです」
どちらからともなく、また手を握り直した。夏は過ぎ、日に日に秋が深まっていく夕暮れは、冷たい空気ともの寂しい色に包まれている。好きな人と、その愛しい子がすぐ側にいる。もう何も怖くはなかった。
手を繋ぎ直し、レグルシュの横顔を見つめる。視線に気付いたレグルシュが、名前を呼んだ。一番側にいることを許されたような気がして、千歳の心は恋の色に染まる。
──いつか、レグルシュと本当の番になりたい。
愛しい想いが胸の内に募り、幸せなのに千歳を甘く切ない気持ちにさせる。運命が嫌いだった。運命の番だと幸せそうに語る両親を、引き裂いてしまった自分が嫌いだった。けれど、レグルシュとこの子がいてくれるのなら──そんな自分も、好きになれそうな気がする。
……────。
──二年後。
レグルシュの仕事が在宅から、ほぼ店舗での仕事に切り替わり、出勤前の朝は慌ただしくなった。宇野木もレグルシュも休日を返上して働いていて、千歳は心配したのだが。
「自営業ってこんなもんだよ」と宇野木は軽く言った。都心の一角にオフィスを借り、実店舗も近隣で三店舗増やし、目まぐるしく日々は過ぎていった。
国が離れているせいで、十数年も長引いていた裁判はようやく判決が出た。レグルシュは母親の姓になり、周防 レグルシュとなった。そして、千歳も籍を入れ、周防を名乗っている。
「まぁーま」
「うん? パパとちょっと待っててね」
千歳はキッチンで息子用の食事を取り分けながら、言った。一歳を過ぎ、ミルクから少しずつ離乳食に切り替えている途中だ。味になかなか慣れないのか、そっぽを向かれることも多いが、たまにユキに負けないくらいの食欲を見せ、千歳は毎度驚かされる。
斗和はレグルシュの腕の中で、「やあぁー」と叫んだ。レグルシュはクリーム色の頭を撫でながら、何やら斗和に語りかけている。
千歳もテーブルにつくと、レグルシュは斗和に離乳食を食べさせると言った。
「仕事の時間は大丈夫?」
「ああ。今日はゆっくりだからいい」
レグルシュは育児に積極的で、一人息子を目に入れても痛くないほど溺愛している。在宅の仕事と家にいる時間は減り、「斗和に忘れられたらどうしよう」と、本気で悩んでいるほどだ。なので、空いている時間は、斗和にべったりくっついている。
純日本人よりも多少色素の薄い千歳と、ハーフであるレグルシュとの子供。斗和は二人の外見をそれぞれ引き継いでいる。瞳はグリーン系とブラウン系が混ざり、オリーブのような深みのある色だ。髪もレグルシュのブロンドのように明るくはないものの、陽の下に出れば、一本一本がキラキラ輝いて見える。
顔馴染みのご近所さんには、いつも可愛いね、と声をかけられるのが嬉しい。
レグルシュは自分の膝に斗和を乗せ、自身がつくったかぼちゃの離乳食を食べさせようとしている。苦戦している様子を見て、千歳は無駄だと分かっていながら声をかけた。
「ご飯あげるの、代わりましょうか?」
「いい。俺から食べさせたいんだ……ほら、斗和。今日は甘いやつだぞ」
スプーンを近付けさせると、匂いをすんすんと嗅ぐ。初めてのかぼちゃはあまりお気に召さなかったようで、ぷい、と横を向いた。渾身の手作り料理を振られてしまい、レグルシュは悲しそうな表情をする。ピーマン嫌いのユキに、悪態をついていた頃をふと思い出し、今との違いに千歳はくすっと笑った。
「斗和。パパのつくったご飯美味しいよ。あーん、は?」
「やーっ!」
今日はいつもより不機嫌だ。斗和の動かした手が当たり、レグルシュの持っていたスプーンを飛ばしてしまった。かぼちゃのペーストが、白いシャツの肩辺りにかかってしまう。
「違うんだ。千歳。慈善事業のようなものだよ。オメガは弱者だから、いろいろと生活のために……支援が必要だろう。もちろん、愛しているのは千歳だけだ」
「会社の不当なお金を使って、高級な服や鞄をプレゼントしたり、ホテルに行ったりするのが支援なんだ?」
週刊誌に掲載されていた一文をすらすらと読み上げると、拓海は言葉を詰まらせた。吐き気がする。こんな男に縋ってしまった自分にも。
「拓海のそういうところにうんざりしてる。人の気持ちを考えられないんだね」
縋る先のなくなった男は、闇雲に手を伸ばし、千歳の身体に触れようとする。それを遮ったのはレグルシュだ。
「くそ……っ! 離せ!」
「俺の反応のほうが早くて命拾いしたな。千歳に触れていたら、指を全部逆に折って、腕の骨も粉々にしているところだった」
「……やれるものなら、やってみろよ」
挑発に、レグルシュは何の躊躇いもなく、拓海の中指を手の甲へ逸らした。折れる音よりも、拓海の絶叫が響き、千歳とレグルシュの前から、途中で何度も転びながらも逃走した。
「……折ったんですか?」
「折れる前に逃げたな。やれと言ったからそうしてやったのに。折ってやったほうがよかったか?」
「ううん。レグが手を汚さなくて、よかったです」
どちらからともなく、また手を握り直した。夏は過ぎ、日に日に秋が深まっていく夕暮れは、冷たい空気ともの寂しい色に包まれている。好きな人と、その愛しい子がすぐ側にいる。もう何も怖くはなかった。
手を繋ぎ直し、レグルシュの横顔を見つめる。視線に気付いたレグルシュが、名前を呼んだ。一番側にいることを許されたような気がして、千歳の心は恋の色に染まる。
──いつか、レグルシュと本当の番になりたい。
愛しい想いが胸の内に募り、幸せなのに千歳を甘く切ない気持ちにさせる。運命が嫌いだった。運命の番だと幸せそうに語る両親を、引き裂いてしまった自分が嫌いだった。けれど、レグルシュとこの子がいてくれるのなら──そんな自分も、好きになれそうな気がする。
……────。
──二年後。
レグルシュの仕事が在宅から、ほぼ店舗での仕事に切り替わり、出勤前の朝は慌ただしくなった。宇野木もレグルシュも休日を返上して働いていて、千歳は心配したのだが。
「自営業ってこんなもんだよ」と宇野木は軽く言った。都心の一角にオフィスを借り、実店舗も近隣で三店舗増やし、目まぐるしく日々は過ぎていった。
国が離れているせいで、十数年も長引いていた裁判はようやく判決が出た。レグルシュは母親の姓になり、周防 レグルシュとなった。そして、千歳も籍を入れ、周防を名乗っている。
「まぁーま」
「うん? パパとちょっと待っててね」
千歳はキッチンで息子用の食事を取り分けながら、言った。一歳を過ぎ、ミルクから少しずつ離乳食に切り替えている途中だ。味になかなか慣れないのか、そっぽを向かれることも多いが、たまにユキに負けないくらいの食欲を見せ、千歳は毎度驚かされる。
斗和はレグルシュの腕の中で、「やあぁー」と叫んだ。レグルシュはクリーム色の頭を撫でながら、何やら斗和に語りかけている。
千歳もテーブルにつくと、レグルシュは斗和に離乳食を食べさせると言った。
「仕事の時間は大丈夫?」
「ああ。今日はゆっくりだからいい」
レグルシュは育児に積極的で、一人息子を目に入れても痛くないほど溺愛している。在宅の仕事と家にいる時間は減り、「斗和に忘れられたらどうしよう」と、本気で悩んでいるほどだ。なので、空いている時間は、斗和にべったりくっついている。
純日本人よりも多少色素の薄い千歳と、ハーフであるレグルシュとの子供。斗和は二人の外見をそれぞれ引き継いでいる。瞳はグリーン系とブラウン系が混ざり、オリーブのような深みのある色だ。髪もレグルシュのブロンドのように明るくはないものの、陽の下に出れば、一本一本がキラキラ輝いて見える。
顔馴染みのご近所さんには、いつも可愛いね、と声をかけられるのが嬉しい。
レグルシュは自分の膝に斗和を乗せ、自身がつくったかぼちゃの離乳食を食べさせようとしている。苦戦している様子を見て、千歳は無駄だと分かっていながら声をかけた。
「ご飯あげるの、代わりましょうか?」
「いい。俺から食べさせたいんだ……ほら、斗和。今日は甘いやつだぞ」
スプーンを近付けさせると、匂いをすんすんと嗅ぐ。初めてのかぼちゃはあまりお気に召さなかったようで、ぷい、と横を向いた。渾身の手作り料理を振られてしまい、レグルシュは悲しそうな表情をする。ピーマン嫌いのユキに、悪態をついていた頃をふと思い出し、今との違いに千歳はくすっと笑った。
「斗和。パパのつくったご飯美味しいよ。あーん、は?」
「やーっ!」
今日はいつもより不機嫌だ。斗和の動かした手が当たり、レグルシュの持っていたスプーンを飛ばしてしまった。かぼちゃのペーストが、白いシャツの肩辺りにかかってしまう。
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