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【4章】ユキ

真相

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「そんなことより、早く決着をつけろ。お前一人の稼ぎでもユキは育てられるだろう」

エレナはレグルシュの言葉には答えずに、俯いている樹の真正面へ座った。

「ねえ、樹? すごく……痩せたんじゃない? 私が仕事にかまけてばかりで、あなたやユキを全然気にかけてあげられなかった。そのことはごめんなさい。何か不満に思うことがあるのなら、教えてほしいの」
「エレナ……謝らなければいけないのは私のほうだ。君やユキを嫌いになって出ていったわけじゃないんだ。決して。それだけは伝えたくて」

レグルシュは大きな溜め息を吐く。義弟の一切気遣いのない態度に、樹はさらに萎縮した。

「で、その出ていった理由は何なんだ?」
「その……それは」
「まあ、愛しているエレナやユキに黙って出ていったくらいだから、家族よりも優先しなければいけないほど、大層な理由なんだろうな?」

樹は緊張で噴き出る汗を拭いながら、千歳に話した下りを説明する。ユキが幼稚園に馴染めずに登園拒否をしていること、そして、園で目立ったグループの一人である最上という女性に気にかけてもらったこと。数時間前に聞いた内容と全く同じものだ。

「最上さんのグループに私も入れてもらえて……ユキも仲良くしてもらってたんだ。そこで、私が何でも最上さんに頼ったのがいけなかったんだ。周りからは距離が近すぎるのでは、とお小言を言われてね。私が最上さんに、その……気があるんじゃないかと。誓って言うけれど、全くそんな感情を抱いたことはなくて」

母親同士の立てた噂話は、園内の子供達の間でも飛び交っていた。そしてある日、元気に登園していたユキが泣きながら帰ってきたのだという。

『パパは、あきらくんのママがすきなの? ユキのママのこときらいなんだって。なんでみんなに言われるの?』

ユキの心境を考えるといたたまれない。せっかく友達ができて登園できるようになった矢先に、根も葉もない噂に振り回されて。きっと園の子供達は大人のつくり話を聞きかじって、それをユキにぶつけてしまっただけなのだろう。まだ善悪を深くまで判断できない園児達に罪はない。

現状を園の関係者や保護者に訴えようと、懇親会に出席した樹は、そこで噂が決定的となる「写真」を撮られたと、力なく言った。一人息子を心配するあまり、最上に強く詰め寄ってしまったと、樹は振り返る。「弁護士の先生と相談させていただきます」というメッセージとともに送られてきた写真を、樹はスマホへと映した。三人は顔を近付け、その写真とやらを覗き込む。

「本当に最上さんとは何にもないんだ! でも、最上さんや他の親御さんは、わ、私が一方的に迫ってきたの一点張りで……」

樹は肩を窄めながら、エレナの返答を待っている。
画角には、最上という女性が正面で映っており、樹の顔も認識できる。抱きしめようと手を伸ばしているというよりは、前に転びそうになって咄嗟に手を出したという説明のほうがしっくりくるかもしれない。

最近我が身にも似たようなことがあったな、と千歳は拓海との件を思い出していた。

「別に写真なんて、今時合成だってなんだってできるんだから」
「でも、確かに、懇親会のときに……あのときは人混みがすごかったから。自分で躓いたのか、誰かに押されたのかは分からないけれど……心当たりはあるんだ」
「だから何よ。別に最上さんとは何もないんでしょう? 私は樹の言葉だけを信じてる。それじゃあいけないの?」

樹の両目に張った涙の膜は崩れ、ぽつぽつとテーブルを打った。

最上は偶然を切り取った写真を使い、気弱な樹を言葉巧みに追いつめていった。示談金は話し合いを重ねる度に膨れ上がり、樹は従うしかなかったのだと言う。写真をエレナにだけでなく、経営している会社や取引先にも送ると言われ、樹は言われるがままに、示談金を振り込んでいた。自分の蓄えは底をつき、最終的に樹は会社の資金に手を出してしまった。

「……私は。君に罵倒されるんじゃないかって……ユキと離れ離れになるのも、怖かった」

あの写真がエレナの目に触れれば、夫婦と番の、両方の関係を解消されてしまうと、樹は話すのを躊躇ったらしい。

「ユキの親失格だ……私なんて。そもそも、私が園の親御さん達とコミュニケーションを良好に取れていれば、こんな事態にはならなかったんだ」
「そんなこと言わないで。あなた一人でユキを育てているわけじゃないでしょう」

エレナは樹の手を優しく包み込むようにして握った。

「今回、あなたが悪かったことは、私を信頼してくれなくて何も話してくれなかったこと。ただそれだけじゃない。ユキも私も、樹を好きで大切に思ってる」

アルファとオメガ。双方が互いに思い合っている光景に、千歳は息を震わせた。再び抱擁する二人を見て、千歳の口からは自然と言葉が漏れていた。

「よかったです。……本当に」

それは心からの思いだった。そして、これで自分の役割は終わり、ユキと別れなければいけないのだと、一抹の寂しさを覚えた。
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