24 / 49
【4章】ユキ
手作りご飯2
しおりを挟む
お腹が空いているだろうに、食べようとしないユキに、千歳は声をかける。
「無理しなくても大丈夫だよ。また今度、ユキくんが大きくなったら食べてみよう?」
「だ……大丈夫だよ! ユキ、ピーマン食べるって言ったから」
ユキはスプーンの先でご飯を掬うと、一気に口に入れた。くしゃっと目尻に皺をつくりながら、目を閉じてもぐもぐと口を動かしている。
「……ちーのご飯おいしいっ!」
「よかった。ピーマン苦くなかった?」
「つぶつぶでちっちゃいからあんまり苦くない!」
その後はいつものペースで食べ始めたので、千歳はほっとする。千歳も小さな頃はピーマンが苦手だったが、これだけは唯一食べられたのだ。よほどお腹が空いていたのか、ユキのほうが早く食べ終わり、まだ残っている千歳の焼き飯を見つめていた。
「お代わり食べる?」
「うんっ!」
美味しいと言ってくれ、さらにお代わりまで強請られ、堪らなく嬉しくなった。フライパンに残っている分をよそっていると、玄関の鍵を開ける音がした。ユキの前に皿を置き、千歳はリビングの前でレグルシュを出迎える。
「おかえりなさい」
レグルシュは一瞬驚いたような顔を見せた。今日は暑いので、タイを締めずシャツとスラックスのみの格好だ。
「た……」
「……た?」
顔を見上げる千歳の横を通り過ぎ、レグルシュは詰まらせた言葉の続きを話す。
「たまたま早く終わったんだ。最寄りのカフェに行こうとしたら人でいっぱいだったから、うんざりして帰ってきた」
「は……はい。大変でしたね」
レグルシュの愚痴に、咄嗟にいい相槌の方法も浮かばず、千歳は無難な返事をした。
「レグおかえりー! 見てみてっ。ちーがご飯つくってくれたの」
ユキは食べている途中の焼き飯を、レグルシュに見せた。ユキが嫌いなはずのピーマンが入っていることに気付き、千歳に怒るのではなく不敵な笑みを溢した。
「ピーマン尽くしだな」
「あ……えっと、すみません。決して無理矢理ではなくて、ユキくんには許可をいただいて」
ユキの愛情を利用されたと思われたのならば不本意だ。恐縮する千歳の向かいでは、ユキが「美味しいよ!」と言いながらお代わりした焼き飯を、ぱくぱくと平気そうな顔で食べている。レグルシュは自分の昼食をつくろうと、キッチンへ移動する。まだ片付けていないことを思い出し、千歳は慌てて立ち上がった。
「すみません。すぐに片付けますね」
「これは食っていいのか?」
レグルシュはフライパンに残された、一人分には少ない焼き飯を指差した。
「はい……構いませんが」
「美味しくないかも……」と謙遜する言葉は続けて吐けなかった。予防線を張ったら張ったで、「ユキにそんなものを食わせたのか」ともっともな指摘が飛んできそうな気がしたからだ。
「ユキの分も残しといて!」
「お前は五歳のくせに食い過ぎだ。肥満になるぞ」
レグルシュは席につき、ユキのもちもちした白い腕を摘んでみせた。レグルシュの心ない台詞に、さっきまで食べていたペースをがくんと落とす。
「もう……意地悪はだめですよ。ユキくんが気にして食べなくなったらそれこそ心配です」
「ユキはお前が思ってるほど繊細なやつじゃない」
年上の雇用主に、千歳はユキに言い聞かせるような言い方をしてしまった。冷や汗をかいたが、レグルシュは特に気に留めなかった。ユキとレグルシュの間には以前のようなギスギス感はないものの、目を合わせるとパチパチと小さな火花が散っているように見える。火花といっても、綿菓子の中に入っている小さなキャンディのような、軽やかに弾ける可愛い規模のものだ。
「あの、お味はどうですか?」
黙々と食べるレグルシュに、千歳は思いきって聞いた。金色の睫毛に縁取られた瞳が、千歳のほうを向いた。
「旨いな」
たった一言だが、ユキの喜ぶ姿を見たときと同じくらいに嬉しくなる。シッターをする前、居候としてここにいたときは、今のようなやり取りなど想像だにしなかった。彼と言葉を交わす度に、元恋人との苦い記憶は薄れていく。レグルシュに尊敬や信頼の情とは別の何かが芽吹いている事実を、千歳は認めつつあった。
……────。
シッターとしての仕事を始めてから、千歳はユキの成長を写真や文字として残している。レグルシュに頼まれたことではないのだが、千歳は業務の一つとして行っている。ユキが大きくなったときに、空白の期間があったら悲しいと思うし、離れているユキの両親にも、いつか知って欲しい。
千歳の書いた日記をきっかけに、レグルシュが話しかけてくることもある。話の大半というかほとんどは、ユキに対する愚痴だ。天邪鬼で、千歳が可愛いと言ったら、レグルシュは必ず否定する。
ただ、ユキ本人に「可愛いね」と言ったら、「男の子だよ」と、不機嫌な顔をされたので、ついうっかりが出ないよう気を付けないといけない。
「すおう こゆきってどう書くの?」
千歳の質問に、ユキは画用紙にひらがなで書いて答えた。
「無理しなくても大丈夫だよ。また今度、ユキくんが大きくなったら食べてみよう?」
「だ……大丈夫だよ! ユキ、ピーマン食べるって言ったから」
ユキはスプーンの先でご飯を掬うと、一気に口に入れた。くしゃっと目尻に皺をつくりながら、目を閉じてもぐもぐと口を動かしている。
「……ちーのご飯おいしいっ!」
「よかった。ピーマン苦くなかった?」
「つぶつぶでちっちゃいからあんまり苦くない!」
その後はいつものペースで食べ始めたので、千歳はほっとする。千歳も小さな頃はピーマンが苦手だったが、これだけは唯一食べられたのだ。よほどお腹が空いていたのか、ユキのほうが早く食べ終わり、まだ残っている千歳の焼き飯を見つめていた。
「お代わり食べる?」
「うんっ!」
美味しいと言ってくれ、さらにお代わりまで強請られ、堪らなく嬉しくなった。フライパンに残っている分をよそっていると、玄関の鍵を開ける音がした。ユキの前に皿を置き、千歳はリビングの前でレグルシュを出迎える。
「おかえりなさい」
レグルシュは一瞬驚いたような顔を見せた。今日は暑いので、タイを締めずシャツとスラックスのみの格好だ。
「た……」
「……た?」
顔を見上げる千歳の横を通り過ぎ、レグルシュは詰まらせた言葉の続きを話す。
「たまたま早く終わったんだ。最寄りのカフェに行こうとしたら人でいっぱいだったから、うんざりして帰ってきた」
「は……はい。大変でしたね」
レグルシュの愚痴に、咄嗟にいい相槌の方法も浮かばず、千歳は無難な返事をした。
「レグおかえりー! 見てみてっ。ちーがご飯つくってくれたの」
ユキは食べている途中の焼き飯を、レグルシュに見せた。ユキが嫌いなはずのピーマンが入っていることに気付き、千歳に怒るのではなく不敵な笑みを溢した。
「ピーマン尽くしだな」
「あ……えっと、すみません。決して無理矢理ではなくて、ユキくんには許可をいただいて」
ユキの愛情を利用されたと思われたのならば不本意だ。恐縮する千歳の向かいでは、ユキが「美味しいよ!」と言いながらお代わりした焼き飯を、ぱくぱくと平気そうな顔で食べている。レグルシュは自分の昼食をつくろうと、キッチンへ移動する。まだ片付けていないことを思い出し、千歳は慌てて立ち上がった。
「すみません。すぐに片付けますね」
「これは食っていいのか?」
レグルシュはフライパンに残された、一人分には少ない焼き飯を指差した。
「はい……構いませんが」
「美味しくないかも……」と謙遜する言葉は続けて吐けなかった。予防線を張ったら張ったで、「ユキにそんなものを食わせたのか」ともっともな指摘が飛んできそうな気がしたからだ。
「ユキの分も残しといて!」
「お前は五歳のくせに食い過ぎだ。肥満になるぞ」
レグルシュは席につき、ユキのもちもちした白い腕を摘んでみせた。レグルシュの心ない台詞に、さっきまで食べていたペースをがくんと落とす。
「もう……意地悪はだめですよ。ユキくんが気にして食べなくなったらそれこそ心配です」
「ユキはお前が思ってるほど繊細なやつじゃない」
年上の雇用主に、千歳はユキに言い聞かせるような言い方をしてしまった。冷や汗をかいたが、レグルシュは特に気に留めなかった。ユキとレグルシュの間には以前のようなギスギス感はないものの、目を合わせるとパチパチと小さな火花が散っているように見える。火花といっても、綿菓子の中に入っている小さなキャンディのような、軽やかに弾ける可愛い規模のものだ。
「あの、お味はどうですか?」
黙々と食べるレグルシュに、千歳は思いきって聞いた。金色の睫毛に縁取られた瞳が、千歳のほうを向いた。
「旨いな」
たった一言だが、ユキの喜ぶ姿を見たときと同じくらいに嬉しくなる。シッターをする前、居候としてここにいたときは、今のようなやり取りなど想像だにしなかった。彼と言葉を交わす度に、元恋人との苦い記憶は薄れていく。レグルシュに尊敬や信頼の情とは別の何かが芽吹いている事実を、千歳は認めつつあった。
……────。
シッターとしての仕事を始めてから、千歳はユキの成長を写真や文字として残している。レグルシュに頼まれたことではないのだが、千歳は業務の一つとして行っている。ユキが大きくなったときに、空白の期間があったら悲しいと思うし、離れているユキの両親にも、いつか知って欲しい。
千歳の書いた日記をきっかけに、レグルシュが話しかけてくることもある。話の大半というかほとんどは、ユキに対する愚痴だ。天邪鬼で、千歳が可愛いと言ったら、レグルシュは必ず否定する。
ただ、ユキ本人に「可愛いね」と言ったら、「男の子だよ」と、不機嫌な顔をされたので、ついうっかりが出ないよう気を付けないといけない。
「すおう こゆきってどう書くの?」
千歳の質問に、ユキは画用紙にひらがなで書いて答えた。
89
お気に入りに追加
674
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜
MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね?
前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!
後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛
※独自のオメガバース設定有り
オメガ転生。
桜
BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。
そして…………
気がつけば、男児の姿に…
双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね!
破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
両片思いのI LOVE YOU
大波小波
BL
相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。
両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。
そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。
洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。
お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。
富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。
少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる