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【4章】ユキ

手作りご飯2

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お腹が空いているだろうに、食べようとしないユキに、千歳は声をかける。

「無理しなくても大丈夫だよ。また今度、ユキくんが大きくなったら食べてみよう?」
「だ……大丈夫だよ! ユキ、ピーマン食べるって言ったから」

ユキはスプーンの先でご飯を掬うと、一気に口に入れた。くしゃっと目尻に皺をつくりながら、目を閉じてもぐもぐと口を動かしている。

「……ちーのご飯おいしいっ!」
「よかった。ピーマン苦くなかった?」
「つぶつぶでちっちゃいからあんまり苦くない!」

その後はいつものペースで食べ始めたので、千歳はほっとする。千歳も小さな頃はピーマンが苦手だったが、これだけは唯一食べられたのだ。よほどお腹が空いていたのか、ユキのほうが早く食べ終わり、まだ残っている千歳の焼き飯を見つめていた。

「お代わり食べる?」
「うんっ!」

美味しいと言ってくれ、さらにお代わりまで強請られ、堪らなく嬉しくなった。フライパンに残っている分をよそっていると、玄関の鍵を開ける音がした。ユキの前に皿を置き、千歳はリビングの前でレグルシュを出迎える。

「おかえりなさい」

レグルシュは一瞬驚いたような顔を見せた。今日は暑いので、タイを締めずシャツとスラックスのみの格好だ。

「た……」
「……た?」

顔を見上げる千歳の横を通り過ぎ、レグルシュは詰まらせた言葉の続きを話す。

「たまたま早く終わったんだ。最寄りのカフェに行こうとしたら人でいっぱいだったから、うんざりして帰ってきた」
「は……はい。大変でしたね」

レグルシュの愚痴に、咄嗟にいい相槌の方法も浮かばず、千歳は無難な返事をした。

「レグおかえりー! 見てみてっ。ちーがご飯つくってくれたの」

ユキは食べている途中の焼き飯を、レグルシュに見せた。ユキが嫌いなはずのピーマンが入っていることに気付き、千歳に怒るのではなく不敵な笑みを溢した。

「ピーマン尽くしだな」
「あ……えっと、すみません。決して無理矢理ではなくて、ユキくんには許可をいただいて」

ユキの愛情を利用されたと思われたのならば不本意だ。恐縮する千歳の向かいでは、ユキが「美味しいよ!」と言いながらお代わりした焼き飯を、ぱくぱくと平気そうな顔で食べている。レグルシュは自分の昼食をつくろうと、キッチンへ移動する。まだ片付けていないことを思い出し、千歳は慌てて立ち上がった。

「すみません。すぐに片付けますね」
「これは食っていいのか?」

レグルシュはフライパンに残された、一人分には少ない焼き飯を指差した。

「はい……構いませんが」

「美味しくないかも……」と謙遜する言葉は続けて吐けなかった。予防線を張ったら張ったで、「ユキにそんなものを食わせたのか」ともっともな指摘が飛んできそうな気がしたからだ。

「ユキの分も残しといて!」
「お前は五歳のくせに食い過ぎだ。肥満になるぞ」

レグルシュは席につき、ユキのもちもちした白い腕を摘んでみせた。レグルシュの心ない台詞に、さっきまで食べていたペースをがくんと落とす。

「もう……意地悪はだめですよ。ユキくんが気にして食べなくなったらそれこそ心配です」
「ユキはお前が思ってるほど繊細なやつじゃない」

年上の雇用主に、千歳はユキに言い聞かせるような言い方をしてしまった。冷や汗をかいたが、レグルシュは特に気に留めなかった。ユキとレグルシュの間には以前のようなギスギス感はないものの、目を合わせるとパチパチと小さな火花が散っているように見える。火花といっても、綿菓子の中に入っている小さなキャンディのような、軽やかに弾ける可愛い規模のものだ。

「あの、お味はどうですか?」

黙々と食べるレグルシュに、千歳は思いきって聞いた。金色の睫毛に縁取られた瞳が、千歳のほうを向いた。

「旨いな」

たった一言だが、ユキの喜ぶ姿を見たときと同じくらいに嬉しくなる。シッターをする前、居候としてここにいたときは、今のようなやり取りなど想像だにしなかった。彼と言葉を交わす度に、元恋人との苦い記憶は薄れていく。レグルシュに尊敬や信頼の情とは別の何かが芽吹いている事実を、千歳は認めつつあった。


……────。


シッターとしての仕事を始めてから、千歳はユキの成長を写真や文字として残している。レグルシュに頼まれたことではないのだが、千歳は業務の一つとして行っている。ユキが大きくなったときに、空白の期間があったら悲しいと思うし、離れているユキの両親にも、いつか知って欲しい。

千歳の書いた日記をきっかけに、レグルシュが話しかけてくることもある。話の大半というかほとんどは、ユキに対する愚痴だ。天邪鬼で、千歳が可愛いと言ったら、レグルシュは必ず否定する。

ただ、ユキ本人に「可愛いね」と言ったら、「男の子だよ」と、不機嫌な顔をされたので、ついうっかりが出ないよう気を付けないといけない。

「すおう こゆきってどう書くの?」

千歳の質問に、ユキは画用紙にひらがなで書いて答えた。
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