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【3章】La・Ruche

シッターとして1

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「今日からユキくんのお世話をさせてもらうことになりました。和泉 千歳です。これからもよろしくお願いします」

寝ぼけまなこのユキに、千歳は改めて挨拶と自己紹介をする。これから顔を洗いに行かせるところなのだが、まだ両目がしょぼしょぼしている。

「何故敬語なんだ」

朝食をつくっているレグルシュが、キッチンの向こう側から問いかける。千歳はユキの着替えを手伝いながら、「礼儀です」と答えた。

「五歳児にはまだ分からないだろう」
「そんなことはありません。ユキくんは賢い子ですから」

La・Rucheへ出勤するのは週二、三回ほどで、他は自宅でも出来るような仕事を、割り振ってくれている。宇野木に千歳の事情がどこまで伝わっているのかは分からないが、最初の一ヶ月は日割で給与を出すよ、と言ってくれた。雇用形態はアルバイトだが、社会保険などにも入れるよう手続きもしてもらえた。

「ちーがユキのお世話?」
「うん。シッターさんとして、これからもよろしくお願いします」
「これから……? ちー、ずっといてくれるの!? わあぁっ……!」

店に出ているときは、レグルシュがユキの面倒を見ていて、それ以外はシッターとして千歳が預かる。レグルシュが二人を家に置いて外出する機会も増え、信頼されているのだと、千歳は手応えを噛み締めた。

シッターの時給を提示されたとき、千歳は思わず目を瞠ってしまったものだ。

『とりあえず、だ。何だ、不満か? 後からごねられるのも面倒だ。条件や希望は今のうちに擦り合わせておきたい』
『そ、その逆です! 僕は素人も同然ですし、そんなにいただく訳には……』
『柚弦の言った通り、本当に馬鹿正直なやつだな。黙っていれば、俺を騙せたかもしれないのに』

口角を上げて冗談を飛ばすレグルシュに、千歳は激しく首を左右に振る。

時給は二千五百円。保育士の免許を持っているならまだしも、自分には何もない。拓海の元で働いていた頃より、結果的に収入は増えることになった。

ユキとのコミュニーケーションは良好だ。千歳が言ったことはすぐに理解出来るし、「しようね」と促せば、素直に聞いてくれる。時折、こちらを試すみたいに困った我儘を言うが、そこがまた可愛い。年齢はまだ五歳だが利発で、実年齢よりプラス二、三歳の知能はあるのではないかと思う。

──きっと、ユキくんはアルファなんだろうな。

千歳はタブレットで仕事をする傍らで、絵本をすらすらと声に出して読むユキを時々眺める。

好奇心旺盛なユキに、千歳は絵本を何冊かプレゼントした。この前は少し奮発して、ページを捲ると絵が立体的に飛び出るしかけ絵本を買った。ユキの喜ぶ顔が見られて、千歳も自分のことのように嬉しくなった。

就寝前、ユキは「絵本を読んで!」と、千歳にお願いをする。

「お姫様どうなるの? わるいドラゴンに、王子様やられちゃうの?」
「ふふ。さあ、どうなるでしょうか」

小学生向けのファンタジー小説を、幼児向けの絵本用にリライトしたものだ。千歳は子供の頃に読んだことがあるので、結末は知っている。

「……こうして、王子様はわるいドラゴンをやっつけて、お姫様は助けられました。わるいドラゴンはいいドラゴンになって、王子様の仲間になりました。王子様とお姫様は結婚して、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
「めでたしめでたしー」

ユキは小さな手でパチパチと、拍手を惜しみなく送る。ベッドに入った後も、興奮した様子で絵本の中の人物を語っている。

「ユキくんは誰が好きだった?」
「んーとねぇ……お姫様が可愛くて好き!」
「お姫様。最後は幸せになってよかったね」
「うんっ。レグはドラゴンみたいだ。ユキとちーに意地悪する!」

千歳は堪えきれずに吹き出してしまった。

──少し前までは、そう思っていたけど。

千歳の雇用主になってからというもの、一貫して冷徹だったレグルシュの態度は、少しずつ柔らかくなっている。

「ユキがドラゴンやっつけて、仲間にするんだ……」

可愛い寝言とともに夢へ落ちていくユキに、薄手の毛布をかけてやる。部屋の明かりを暗くし、千歳は部屋を出ていく。タブレットを起動し、千歳は今日一日のユキの様子を打ち込んだ。レグルシュへ報告するために。

「ユキは寝たのか」
「……あ、はい」

風呂上がりのレグルシュが髪を拭きながら、千歳の前を通り過ぎる。自室で休んでいるものだと思っていた。白い半袖シャツに、涼しげな麻のボトムを履いている。軽装のせいで、レグルシュの体型がそのまま浮かぶように目に映る。

千歳は視界から彼を追い出すように、タブレットを顔に近づけた。

「何してるんだ」
「い、いえ。ちょっと、見え辛くて」
「疲れてるのか?」

顔を覗き込むようにレグルシュが動いたので、千歳は「休みます」と即座に返事をした。主人がいるリビングに、シッターである千歳が長居するわけにはいかない。

「待て。渡したいものがある」

レグルシュは何も書いていない茶封筒を、千歳に渡した。封はされていない。レグルシュに促され、千歳は中に入っているものをその場で取り出した。
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