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【1章】運命なんか、信じない
小さな天使とアルファ2
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「申し訳ありません。僕は何か……あなたに失礼なことをしてしまったのですね。すみません、すぐに出ていくつもりで……」
立ち上がろうとして、足元から崩れてしまう。空腹で目眩も酷い。ぎゅるるる……と捻れるように痛む胃が、生命の危機を訴えている。腹を抱えて冷や汗を額に垂らす千歳へ、小さな子がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「おなか、痛いの? だいじょうぶ……?」
「う……うん。ごめんね。大丈夫」
千歳は無理矢理笑顔を装って答えた。
「おい、ユキ。そいつに寄るな。俺の言うことが聞けないのか」
「い、いじわるしないでっ……」
「別に意地悪など」
うるうると涙膜を分厚くさせながら……ユキは、声を振り絞っている。自分のために。路傍で行き倒れていた、如何にも訳ありで怪しい千歳を庇ってくれているのだ。子供の純粋さに、良心が痛くなるとともに、目頭が熱くなった。
「どうしてオメガなんかを気にかけるんだ。本当に、そういうところはあいつにそっくりだな」
「あの」
「……ユキが煩いから、一日くらいなら置いてやってもいい」
「レグ!」
「……三日でいいな?」
ユキに視線を移さずに、千歳を鋭い眼光で射抜く。問われ、千歳はやや遅れて「ありがとうございます」と額をつけた。
「ユキ……ちゃん? も、僕を助けてくれてありがとう」
「……う、えっと。どういたちて……?」
恐らく、「どういたしまして」と言いたかったのだろう。本人も何かが違うと思ったらしく、困ったように首を捻っている。あまりの愛らしさに、思わず撫でたくなってしまい手を伸ばしかけた……が、後ろにいる男が目を光らせているため、諦めた。
リビングの壁際のデスクへ向かう男の背へ、千歳は何とか立ち上がり、深々と頭を下げた。千歳に辛辣な理由は分からないが、命の恩人には変わりない。
「本当にありがとうございます。えっと、レグ……さん、とお呼びしても」
「礼ならユキにでも言えばいい。ユキがいつまでも泣き止まないから、仕方なく運んできてやっただけだ」
「……はい。あの、レグさんは」
舌をもつれさせながらたらたらと話す千歳に、男は不愉快そうに両目を眇めた。視線が絡んだのは、それきりだ。キーボードを鳴らしながら、「レグルシュだ」と素っ気なく言われた。千歳は恩人の名を、心に刻む。
「レグルシュ、さんですね。僕は和泉 千歳といいます」
「ああ、言われなくても知っている」
──知っている?
疑問を浮かべる千歳の顔へ、レグルシュは保険証と運転免許証を突きつけた。二つとも千歳の持ち物で、財布に入れていたものだ。それが今、レグルシュの手元にある。
「身元の分からないやつを、家に入れる訳にはいかないからな」
「それは……そうですね」
意識のないうちに荷物を漁ったのか、とレグルシュの行動を不審に思った。千歳は一瞬顔をしかめたが、レグルシュはさも気にしていない様子で、それらを返してくれた。あの夜、外で倒れたままだったら、荷物は全て盗られていたかもしれない。
「まだ何か?」
「ええ、と。お水をいただけないでしょうか。一日くらい、何も口にしてなくて」
食べ物のほうは、もう数日口にしていない。しかし、嫌悪感をありありとぶつけてくるレグルシュには、言えなかった。
「勝手にすればいい」
「ありがとうございます」
ダイニングキッチンへ移動し、千歳は鳴き声を上げる胃に、水道水を何杯も流し込んだ。何度か吐き気を覚えたが、千歳はその度に自分の舌を噛んで堪えた。
ふと、後ろに気配を感じて、千歳はゆっくりと振り返る。キッチンの影のところで、ミルクティー色をしたくるくるの巻き毛が、時々現れたり消えたりしている。
「ユキちゃん」
千歳は近付いたりせず、その場で同じ目線へしゃがみ名前を呼んだ。
「いきなりお邪魔してごめんね。びっくりしたよね。レグルシュさんやユキちゃんに、迷惑をかけてごめんなさい」
巻き毛が左右にふるふると揺れる。
「ユキちゃんが最初に、僕に声をかけてくれたんだよね? 本当にありがとう。あともうちょっと元気になったら出ていくから……それまで、ここにいさせてね」
──そうだ、元気にならないと。
まずは体力を取り戻して新しい仕事を見つけて。拓海とのことは、それから考えよう。話し合いに応じて欲しいという旨のメッセージには、いまだ返信がない。時間をおけば、何か変わるかもしれない。付き合っていた頃にも、些細な喧嘩でふてくされたことはあっても、時間が経てば千歳も拓海も普通の態度に戻っていた。お互いに傷を積み重ねてきた日々を思い出すと、鼻の奥がつんと痛む。
千歳が移動すると、ユキも一定の距離を保ちながらついてくる。奥を見やると、レグルシュはずっとデスクに張り付いている。仕事の邪魔にならないように、千歳は彼の視界に入らないところへ座った。ソファを使うのは恐れ多くて、フローリングの上へ。
千歳と向かい合うように、ぬいぐるみを腕に抱えたユキが「うんしょ」と可愛い掛け声と共に座る。ユキにじっと見つめられ、気まずくなり千歳は斜めへ視線を逃した。
立ち上がろうとして、足元から崩れてしまう。空腹で目眩も酷い。ぎゅるるる……と捻れるように痛む胃が、生命の危機を訴えている。腹を抱えて冷や汗を額に垂らす千歳へ、小さな子がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「おなか、痛いの? だいじょうぶ……?」
「う……うん。ごめんね。大丈夫」
千歳は無理矢理笑顔を装って答えた。
「おい、ユキ。そいつに寄るな。俺の言うことが聞けないのか」
「い、いじわるしないでっ……」
「別に意地悪など」
うるうると涙膜を分厚くさせながら……ユキは、声を振り絞っている。自分のために。路傍で行き倒れていた、如何にも訳ありで怪しい千歳を庇ってくれているのだ。子供の純粋さに、良心が痛くなるとともに、目頭が熱くなった。
「どうしてオメガなんかを気にかけるんだ。本当に、そういうところはあいつにそっくりだな」
「あの」
「……ユキが煩いから、一日くらいなら置いてやってもいい」
「レグ!」
「……三日でいいな?」
ユキに視線を移さずに、千歳を鋭い眼光で射抜く。問われ、千歳はやや遅れて「ありがとうございます」と額をつけた。
「ユキ……ちゃん? も、僕を助けてくれてありがとう」
「……う、えっと。どういたちて……?」
恐らく、「どういたしまして」と言いたかったのだろう。本人も何かが違うと思ったらしく、困ったように首を捻っている。あまりの愛らしさに、思わず撫でたくなってしまい手を伸ばしかけた……が、後ろにいる男が目を光らせているため、諦めた。
リビングの壁際のデスクへ向かう男の背へ、千歳は何とか立ち上がり、深々と頭を下げた。千歳に辛辣な理由は分からないが、命の恩人には変わりない。
「本当にありがとうございます。えっと、レグ……さん、とお呼びしても」
「礼ならユキにでも言えばいい。ユキがいつまでも泣き止まないから、仕方なく運んできてやっただけだ」
「……はい。あの、レグさんは」
舌をもつれさせながらたらたらと話す千歳に、男は不愉快そうに両目を眇めた。視線が絡んだのは、それきりだ。キーボードを鳴らしながら、「レグルシュだ」と素っ気なく言われた。千歳は恩人の名を、心に刻む。
「レグルシュ、さんですね。僕は和泉 千歳といいます」
「ああ、言われなくても知っている」
──知っている?
疑問を浮かべる千歳の顔へ、レグルシュは保険証と運転免許証を突きつけた。二つとも千歳の持ち物で、財布に入れていたものだ。それが今、レグルシュの手元にある。
「身元の分からないやつを、家に入れる訳にはいかないからな」
「それは……そうですね」
意識のないうちに荷物を漁ったのか、とレグルシュの行動を不審に思った。千歳は一瞬顔をしかめたが、レグルシュはさも気にしていない様子で、それらを返してくれた。あの夜、外で倒れたままだったら、荷物は全て盗られていたかもしれない。
「まだ何か?」
「ええ、と。お水をいただけないでしょうか。一日くらい、何も口にしてなくて」
食べ物のほうは、もう数日口にしていない。しかし、嫌悪感をありありとぶつけてくるレグルシュには、言えなかった。
「勝手にすればいい」
「ありがとうございます」
ダイニングキッチンへ移動し、千歳は鳴き声を上げる胃に、水道水を何杯も流し込んだ。何度か吐き気を覚えたが、千歳はその度に自分の舌を噛んで堪えた。
ふと、後ろに気配を感じて、千歳はゆっくりと振り返る。キッチンの影のところで、ミルクティー色をしたくるくるの巻き毛が、時々現れたり消えたりしている。
「ユキちゃん」
千歳は近付いたりせず、その場で同じ目線へしゃがみ名前を呼んだ。
「いきなりお邪魔してごめんね。びっくりしたよね。レグルシュさんやユキちゃんに、迷惑をかけてごめんなさい」
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「ユキちゃんが最初に、僕に声をかけてくれたんだよね? 本当にありがとう。あともうちょっと元気になったら出ていくから……それまで、ここにいさせてね」
──そうだ、元気にならないと。
まずは体力を取り戻して新しい仕事を見つけて。拓海とのことは、それから考えよう。話し合いに応じて欲しいという旨のメッセージには、いまだ返信がない。時間をおけば、何か変わるかもしれない。付き合っていた頃にも、些細な喧嘩でふてくされたことはあっても、時間が経てば千歳も拓海も普通の態度に戻っていた。お互いに傷を積み重ねてきた日々を思い出すと、鼻の奥がつんと痛む。
千歳が移動すると、ユキも一定の距離を保ちながらついてくる。奥を見やると、レグルシュはずっとデスクに張り付いている。仕事の邪魔にならないように、千歳は彼の視界に入らないところへ座った。ソファを使うのは恐れ多くて、フローリングの上へ。
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