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【1章】運命なんか、信じない
婚約破棄2
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「千歳の言うことは何も信じられない。君は他の浮気性なオメガとは違うと、信じていたのに……婚約は解消だ」
空っぽな頭のまま、屈辱的な台詞を背中に受けながら、千歳は小さな段ボール箱の中身を見た。全てではないが、千歳の服が数枚と仕事で使っているタブレット、その他、机の上にあった私物がぐちゃぐちゃに放り込まれていた。
横には旅行用のトランクが置いてある。これに詰めて今すぐ出ていけ、ということだろうか。
「拓海っ! おねがいだから話を……」
「さっきから保身ばかりを口にするな。まずは俺に謝罪するべきなんじゃないか。もし……もしもの話、逆の立場で俺がオメガをあんなふうに抱き締めてたらどう思う?」
「それは……その。誰でも、勘違いすると思う」
もしも、を拓海は強調して言った。
「千歳のそういうところにうんざりしてる。人の気持ちを考えられないんだな」
弁明のために口を開こうとすると、仕事の電話が入ったと被せるように言われ、奥の自室へと消えた。リビングに一人残された千歳は、彼の冷たい背中をドアの向こうへ行くまで、ずっと見つめていた。
迂闊だった。その一言に尽きる。
しばらくして、千歳のスマートフォンにメッセージが入った。
『もう一緒に暮らせない』
『出て行ってくれ』
千歳はよろよろと立ち上がり、ドアの前へ寄りかかった。
「拓海……一度話をさせて。誤解なんだ。本当に知らない人で」
まさか自分がテレビの登場人物みたいな台詞を吐く日が来るとは、思わなかった。拓海の返事はない。最後通牒とばかりに、千歳のスマホが震えた。
『出て行って』
画面の上の方では、昨日のやり取りがまだ残っている。それを見てしまい、千歳の目は潤んだ。時間を戻したいと、切に思う。
仕事の電話が終わるまで、千歳は部屋の前で座り込んで待っていた。夕飯の時間が過ぎても、時計が十二時を指しても、千歳はその場から離れなかった。
背後でドアを開く音がして、顔を上げた。拓海は短い溜め息を吐くと、千歳の手首を掴んで無理矢理立たせた。
「いた……っ」
玄関まで引き摺り出される間にも、千歳は「誤解だから」と、蚊の鳴くような声で拓海に縋る。些細な抵抗にも、拓海の心が傾くことはなかった。千歳を身一つで放り出し、続けて段ボール箱とトランクを廊下へと、ゴミを捨てるように投げた。
──『婚約は解消だ』
愛していた恋人──運命の番だと信じていたアルファから告げられた言葉を、千歳はまだ信じられないでいた。
……────。
──これから、どうしよう。
頭に栄養が回っていなくて、思考はどんどんと暗い方向へ進む。小さなトランクを引きながら、千歳は飲食店が並ぶ通りを抜けた。美味しそうな匂いに、愚直なお腹の虫はぐう、と高らかに鳴る。小坂を登れば、整然と並んだ住宅のエリアがある。千歳は街灯のすぐ横に腰を下ろした。
婚約解消を申し出された日から、二週間が経った。事態は良くも悪くもならず、平行線のままだ。一応、拓海に送ったメッセージには既読はつくものの、話し合いに応じてくれる気配はない。
在学中、千歳は当時付き合っていた拓海に「起業した会社で一緒に働かないか」と誘われた。少しでも助けになればと思い、苦労して勝ち取った内定を蹴って彼の元で働くことを決めたのだ。二人とも経済学部の出身で、千歳は税理士の資格を取るために在学中も社会人になってからも、勉強を続けていた。
ゆくゆくは資格を取り、彼の会社を支えていこうと考えていたのだが。
「はあ……」
そんな風に思い描いていたのが、遠い夢のようだ。ネットカフェに泊まりながら、千歳は再就職先を探していた。
不景気でもない平和なご時世。すぐに就職先が見つかるだろうと高を括っていたが、現実はそう甘くなかった。
簿記資格を持っているくらいでは、就職は易しくない。……いや、アルファやベータであれば、このくらいの資格でも歓迎されただろう。
オメガは三ヶ月に一度、発情期の一週間は休暇を取らせることが、雇用主に法律で義務付けられている。引き換えに、オメガは雇用主に対して、発情期の日を告知しなければいけない。発情期のオメガを無理矢理働かせた結果、フェロモンに起因した「事故」が多発したため、告知義務が法律で定められた。
能力的にも身体的にも、他の性より劣るオメガ。それなのに、一週間休ませる義務がある。オメガは働くな、とでも言われているようだった。
両親は行方知れずで、祖父母が千歳の親代わりだ。次の職が決まらなければ、一度実家に帰ろうかとも、頭をよぎった。しかし、結婚を前提に、拓海と交際していると紹介したので、祖父母は単身で帰った千歳に帰省の理由を聞いてくるに違いない。今さら帰りづらい。口からは潔白だと何とでも言えるが、あの写真を見れば、祖父母は怒り千歳を勘当するだろう。
ハローワークにも足しげく通ったが、履歴書に丸をつけたオメガの性別を見ると、担当員には露骨に面倒くさそうな表情をされた。
次の職が決まらないまま、資金は底をつき、根城にしていたネットカフェを出ていかなければならなくなった。
もう何日もドリンクバーでしかお腹を膨らませていなかったため、空腹感が酷い。耐えきれず、千歳は地面へと横になった。
空っぽな頭のまま、屈辱的な台詞を背中に受けながら、千歳は小さな段ボール箱の中身を見た。全てではないが、千歳の服が数枚と仕事で使っているタブレット、その他、机の上にあった私物がぐちゃぐちゃに放り込まれていた。
横には旅行用のトランクが置いてある。これに詰めて今すぐ出ていけ、ということだろうか。
「拓海っ! おねがいだから話を……」
「さっきから保身ばかりを口にするな。まずは俺に謝罪するべきなんじゃないか。もし……もしもの話、逆の立場で俺がオメガをあんなふうに抱き締めてたらどう思う?」
「それは……その。誰でも、勘違いすると思う」
もしも、を拓海は強調して言った。
「千歳のそういうところにうんざりしてる。人の気持ちを考えられないんだな」
弁明のために口を開こうとすると、仕事の電話が入ったと被せるように言われ、奥の自室へと消えた。リビングに一人残された千歳は、彼の冷たい背中をドアの向こうへ行くまで、ずっと見つめていた。
迂闊だった。その一言に尽きる。
しばらくして、千歳のスマートフォンにメッセージが入った。
『もう一緒に暮らせない』
『出て行ってくれ』
千歳はよろよろと立ち上がり、ドアの前へ寄りかかった。
「拓海……一度話をさせて。誤解なんだ。本当に知らない人で」
まさか自分がテレビの登場人物みたいな台詞を吐く日が来るとは、思わなかった。拓海の返事はない。最後通牒とばかりに、千歳のスマホが震えた。
『出て行って』
画面の上の方では、昨日のやり取りがまだ残っている。それを見てしまい、千歳の目は潤んだ。時間を戻したいと、切に思う。
仕事の電話が終わるまで、千歳は部屋の前で座り込んで待っていた。夕飯の時間が過ぎても、時計が十二時を指しても、千歳はその場から離れなかった。
背後でドアを開く音がして、顔を上げた。拓海は短い溜め息を吐くと、千歳の手首を掴んで無理矢理立たせた。
「いた……っ」
玄関まで引き摺り出される間にも、千歳は「誤解だから」と、蚊の鳴くような声で拓海に縋る。些細な抵抗にも、拓海の心が傾くことはなかった。千歳を身一つで放り出し、続けて段ボール箱とトランクを廊下へと、ゴミを捨てるように投げた。
──『婚約は解消だ』
愛していた恋人──運命の番だと信じていたアルファから告げられた言葉を、千歳はまだ信じられないでいた。
……────。
──これから、どうしよう。
頭に栄養が回っていなくて、思考はどんどんと暗い方向へ進む。小さなトランクを引きながら、千歳は飲食店が並ぶ通りを抜けた。美味しそうな匂いに、愚直なお腹の虫はぐう、と高らかに鳴る。小坂を登れば、整然と並んだ住宅のエリアがある。千歳は街灯のすぐ横に腰を下ろした。
婚約解消を申し出された日から、二週間が経った。事態は良くも悪くもならず、平行線のままだ。一応、拓海に送ったメッセージには既読はつくものの、話し合いに応じてくれる気配はない。
在学中、千歳は当時付き合っていた拓海に「起業した会社で一緒に働かないか」と誘われた。少しでも助けになればと思い、苦労して勝ち取った内定を蹴って彼の元で働くことを決めたのだ。二人とも経済学部の出身で、千歳は税理士の資格を取るために在学中も社会人になってからも、勉強を続けていた。
ゆくゆくは資格を取り、彼の会社を支えていこうと考えていたのだが。
「はあ……」
そんな風に思い描いていたのが、遠い夢のようだ。ネットカフェに泊まりながら、千歳は再就職先を探していた。
不景気でもない平和なご時世。すぐに就職先が見つかるだろうと高を括っていたが、現実はそう甘くなかった。
簿記資格を持っているくらいでは、就職は易しくない。……いや、アルファやベータであれば、このくらいの資格でも歓迎されただろう。
オメガは三ヶ月に一度、発情期の一週間は休暇を取らせることが、雇用主に法律で義務付けられている。引き換えに、オメガは雇用主に対して、発情期の日を告知しなければいけない。発情期のオメガを無理矢理働かせた結果、フェロモンに起因した「事故」が多発したため、告知義務が法律で定められた。
能力的にも身体的にも、他の性より劣るオメガ。それなのに、一週間休ませる義務がある。オメガは働くな、とでも言われているようだった。
両親は行方知れずで、祖父母が千歳の親代わりだ。次の職が決まらなければ、一度実家に帰ろうかとも、頭をよぎった。しかし、結婚を前提に、拓海と交際していると紹介したので、祖父母は単身で帰った千歳に帰省の理由を聞いてくるに違いない。今さら帰りづらい。口からは潔白だと何とでも言えるが、あの写真を見れば、祖父母は怒り千歳を勘当するだろう。
ハローワークにも足しげく通ったが、履歴書に丸をつけたオメガの性別を見ると、担当員には露骨に面倒くさそうな表情をされた。
次の職が決まらないまま、資金は底をつき、根城にしていたネットカフェを出ていかなければならなくなった。
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