あり余る嘘と空白

リミル

文字の大きさ
上 下
45 / 58

対面2

しおりを挟む
「オメガを抱くのが上位のアルファのステータスだ。ただでさえ数の少ないオメガを番にしてどうする」

「立花君はオメガである前に1人の人間だ。俺もあなたもアルファだが、オメガを自由に扱っていい権利はない」

対立する2人の気迫を前に、立花は意識を繋いでいるのがやっとだった。涼風がどんなに正論を並べたって、瑛智の持つ力には及ばないのだと知っている。自らが上位のアルファだと自負する瑛智は、周りを同じような人種で固めている。国や政界と繋がりのある者もいて、オメガを抱くという秘密を共有しているのだ。

「本題に入ります。アルファから金を受け取っていたこと、そしてそのリストも持っています」

「それくらいで私を追い詰めたつもりか? 書類だけでは何の証拠にもならないが」

自分を買った客から情報をかき集めたのだろうか。接点のない涼風に正確な情報を渡すとは考えにくいのだ。涼風を信じたい。瑛智の言葉は投げやりな反論などではなく、立花に現実を知らしめる正論だ。

「君が立花の友人だから話に応じたまでだ。私も忙しいのでね。失礼するよ」

「この情報は俺個人で買ったものです。後日メディアが記事にするそうですよ」

「何だと……?」

涼風が口にする証拠の出所が分かり、瑛智の相好が険しいものに変わる。

「他社に渡さないことを条件で、個人的に使いたいとお願いしたら、快く売ってくれましたよ。立花君の件だけではなく、大学病院の敷地内公募の不正も、全てメディアが証拠を掴んでいます」

大学病院という単語を聞いて、仁居の顔が浮かんだ。彼は立花を番にする代わりに、涼風の研究を自身の病院の臨床で使うと言っていた。もし、敷地内公募の不正が世間に露呈したら、涼風の研究だって日の目を浴びることはない。

「涼風さんの研究内容を使う代わりに僕を番にすると、仁居先生に言われたんです。だから……」

立花1人を救うよりも、その他大勢を救うほうが涼風の努力は報われる。口に出さないまでも、立花の考えていることは涼風には伝わったようで、悲痛そうな顔を見せた。1人で抱えていたものを涼風に伝えられただけでも、きりきりと締めつけられていた心はいくらか楽になった。

「立花君。それは立派な脅迫だ」

力のある者に従わなければならない思考に捕らわれていた立花は、涼風の言葉ではっとなる。しかし、たとえ立花が公的な機関に助けを求めたとしても、被害を受ける涼風とは所詮他人同士であるし、まともに取り合ってくれなかっただろう。

「いくらメディアが騒いだところでどうにもならないさ。先生と口裏を合わせればどうとでもなるのだからね。せっかくここまでいらしたんだ。自分の起こした行動の結果が徒労だったと、理解されてからお帰りになってもらおうか」

剣呑な表情をつくる涼風と、今にも泣き出しそうにしている立花を順番に見ると、手持ちのスマートフォンに電源を入れる。今ここで、仁居に事態を伝えて、涼風と立花を失意に突き落とすつもりだ。

「……嫌だ。やめ……」

立花は立ち上がって、端末を取り上げようとした。けれど、それだけの体力もなく、弱々しい声だけが部屋に反響する。長いコールの音に瑛智は不審がっていたが、やがて無機質なアナウンスが耳に流れると、鬼気迫る表情で涼風のほうを睨みつけた。

「何をした……」

「残念ながら俺も仁居先生とは接触出来ませんでした。そうですね……今頃、記者から逃げている最中でしょうか」

国費から研究費を賄っている大学病院の不正は、ゴシップ誌にとって格好のネタだ。オメガを抱く代わりに、瑛智と交わした養生施設の建設を受け入れているという内容。さらに、愛人にしていた複数のオメガ達の中には、無理矢理番にされた者もいて、その証言が記事に纏められるというのだ。税金の中で仕事をしており、患者に適切に医療を分配しているはずの国立の大学病院のトップがオメガを軽視していると知り渡れば、イメージダウンは免れない。

「黒い証拠は全て消しているでしょうね。もちろん、秘密裏に行っていた敷地内公募の契約も」

「……君だってただでは済まないだろう。賢い選択とは思えない」

より財力と地位を持つアルファにへりくだるべきだと、涼風を唆そうとしている。瑛智がいくら甘い言葉を並べても、不思議に思えるくらいに立花の心の中に焦りは生まれなかった。

「俺も先生も、国民からいただいたお金のおかげで研究が出来ています。常に公益性と誠実さと結果を求められる立ち位置です。仰る通り、いち早く利益を得るためなら、先生に研究を預けたほうがいいのでしょう。ですが信用を得られるのは1度きりです。……それに俺には、そんなものよりももっと大切なものがある」

──もっと……大切なもの。

どっどと熱いものが、全身を巡らせる血液にのって行き渡る。部屋の温度よりも冷たく凍えていた手足が、温度を取り戻していく。

──そう言ってもらえたら嬉しい……けど。

『涼風達の研究に出資の話がきている』──技術の実現1歩手前まで辿り着いていたのに、それを台無しにしてしまった。もし立花が家族の愛など求めずに、包海の養子になることを断っていたら、仁居と関わっていた事実も存在しなかったし、瑛智のために身体を売る必要もなかった。

──僕は……出会うずっと前から、涼風さんの夢を壊していた……。

仁居や瑛智の不正に、知っていながら加担していた。自身も罪に問われるべき存在なのだ。

涼風にとって今1番大切なのは、ここまで研究を続けてきた仲間達だ。テーブルの上に置かれた涼風の左手には、まだ包帯が巻かれている。離れていても一緒にいても、彼の邪魔しか出来ない。そんな自分が涼風を好きだなんて、涼風も好きになってくれるのだろうって。犯してきた罪を棚に上げて、何を根拠に思い上がっていたのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日の僕らの声がする

琴葉
BL
;※オメガバース設定。「本能と理性の狭間で」の番外編。流血、弱暴力シーン有。また妊娠出産に関してメンタル弱い方注意※いつも飄々としているオメガの菅野。番のアルファ葉山もいて、幸せそうに見えていたが、実は…。衝撃の事実。

たとえ月しか見えなくても

ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで── 『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は? ※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。 初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。

オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない

潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。 いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。 そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。 一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。 たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。 アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

蜘蛛の巣

猫丸
BL
オメガバース作品/R18/全10話(7/23まで毎日20時公開)/真面目α✕不憫受け(Ω) 世木伊吹(Ω)は、孤独な少年時代を過ごし、自衛のためにβのフリをして生きてきた。だが、井雲知朱(α)に運命の番と認定されたことによって、取り繕っていた仮面が剥がれていく。必死に抗うが、逃げようとしても逃げられない忌まわしいΩという性。 混乱に陥る伊吹だったが、井雲や友人から無条件に与えられる優しさによって、張り詰めていた気持ちが緩み、徐々に心を許していく。 やっと自分も相手も受け入れられるようになって起こった伊吹と井雲を襲う悲劇と古い因縁。 伊吹も知らなかった、両親の本当の真実とは? ※ところどころ差別的発言・暴力的行為が出てくるので、そういった描写に不快感を持たれる方はご遠慮ください。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...