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対面2
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「オメガを抱くのが上位のアルファのステータスだ。ただでさえ数の少ないオメガを番にしてどうする」
「立花君はオメガである前に1人の人間だ。俺もあなたもアルファだが、オメガを自由に扱っていい権利はない」
対立する2人の気迫を前に、立花は意識を繋いでいるのがやっとだった。涼風がどんなに正論を並べたって、瑛智の持つ力には及ばないのだと知っている。自らが上位のアルファだと自負する瑛智は、周りを同じような人種で固めている。国や政界と繋がりのある者もいて、オメガを抱くという秘密を共有しているのだ。
「本題に入ります。アルファから金を受け取っていたこと、そしてそのリストも持っています」
「それくらいで私を追い詰めたつもりか? 書類だけでは何の証拠にもならないが」
自分を買った客から情報をかき集めたのだろうか。接点のない涼風に正確な情報を渡すとは考えにくいのだ。涼風を信じたい。瑛智の言葉は投げやりな反論などではなく、立花に現実を知らしめる正論だ。
「君が立花の友人だから話に応じたまでだ。私も忙しいのでね。失礼するよ」
「この情報は俺個人で買ったものです。後日メディアが記事にするそうですよ」
「何だと……?」
涼風が口にする証拠の出所が分かり、瑛智の相好が険しいものに変わる。
「他社に渡さないことを条件で、個人的に使いたいとお願いしたら、快く売ってくれましたよ。立花君の件だけではなく、大学病院の敷地内公募の不正も、全てメディアが証拠を掴んでいます」
大学病院という単語を聞いて、仁居の顔が浮かんだ。彼は立花を番にする代わりに、涼風の研究を自身の病院の臨床で使うと言っていた。もし、敷地内公募の不正が世間に露呈したら、涼風の研究だって日の目を浴びることはない。
「涼風さんの研究内容を使う代わりに僕を番にすると、仁居先生に言われたんです。だから……」
立花1人を救うよりも、その他大勢を救うほうが涼風の努力は報われる。口に出さないまでも、立花の考えていることは涼風には伝わったようで、悲痛そうな顔を見せた。1人で抱えていたものを涼風に伝えられただけでも、きりきりと締めつけられていた心はいくらか楽になった。
「立花君。それは立派な脅迫だ」
力のある者に従わなければならない思考に捕らわれていた立花は、涼風の言葉ではっとなる。しかし、たとえ立花が公的な機関に助けを求めたとしても、被害を受ける涼風とは所詮他人同士であるし、まともに取り合ってくれなかっただろう。
「いくらメディアが騒いだところでどうにもならないさ。先生と口裏を合わせればどうとでもなるのだからね。せっかくここまでいらしたんだ。自分の起こした行動の結果が徒労だったと、理解されてからお帰りになってもらおうか」
剣呑な表情をつくる涼風と、今にも泣き出しそうにしている立花を順番に見ると、手持ちのスマートフォンに電源を入れる。今ここで、仁居に事態を伝えて、涼風と立花を失意に突き落とすつもりだ。
「……嫌だ。やめ……」
立花は立ち上がって、端末を取り上げようとした。けれど、それだけの体力もなく、弱々しい声だけが部屋に反響する。長いコールの音に瑛智は不審がっていたが、やがて無機質なアナウンスが耳に流れると、鬼気迫る表情で涼風のほうを睨みつけた。
「何をした……」
「残念ながら俺も仁居先生とは接触出来ませんでした。そうですね……今頃、記者から逃げている最中でしょうか」
国費から研究費を賄っている大学病院の不正は、ゴシップ誌にとって格好のネタだ。オメガを抱く代わりに、瑛智と交わした養生施設の建設を受け入れているという内容。さらに、愛人にしていた複数のオメガ達の中には、無理矢理番にされた者もいて、その証言が記事に纏められるというのだ。税金の中で仕事をしており、患者に適切に医療を分配しているはずの国立の大学病院のトップがオメガを軽視していると知り渡れば、イメージダウンは免れない。
「黒い証拠は全て消しているでしょうね。もちろん、秘密裏に行っていた敷地内公募の契約も」
「……君だってただでは済まないだろう。賢い選択とは思えない」
より財力と地位を持つアルファにへりくだるべきだと、涼風を唆そうとしている。瑛智がいくら甘い言葉を並べても、不思議に思えるくらいに立花の心の中に焦りは生まれなかった。
「俺も先生も、国民からいただいたお金のおかげで研究が出来ています。常に公益性と誠実さと結果を求められる立ち位置です。仰る通り、いち早く利益を得るためなら、先生に研究を預けたほうがいいのでしょう。ですが信用を得られるのは1度きりです。……それに俺には、そんなものよりももっと大切なものがある」
──もっと……大切なもの。
どっどと熱いものが、全身を巡らせる血液にのって行き渡る。部屋の温度よりも冷たく凍えていた手足が、温度を取り戻していく。
──そう言ってもらえたら嬉しい……けど。
『涼風達の研究に出資の話がきている』──技術の実現1歩手前まで辿り着いていたのに、それを台無しにしてしまった。もし立花が家族の愛など求めずに、包海の養子になることを断っていたら、仁居と関わっていた事実も存在しなかったし、瑛智のために身体を売る必要もなかった。
──僕は……出会うずっと前から、涼風さんの夢を壊していた……。
仁居や瑛智の不正に、知っていながら加担していた。自身も罪に問われるべき存在なのだ。
涼風にとって今1番大切なのは、ここまで研究を続けてきた仲間達だ。テーブルの上に置かれた涼風の左手には、まだ包帯が巻かれている。離れていても一緒にいても、彼の邪魔しか出来ない。そんな自分が涼風を好きだなんて、涼風も好きになってくれるのだろうって。犯してきた罪を棚に上げて、何を根拠に思い上がっていたのだろう。
「立花君はオメガである前に1人の人間だ。俺もあなたもアルファだが、オメガを自由に扱っていい権利はない」
対立する2人の気迫を前に、立花は意識を繋いでいるのがやっとだった。涼風がどんなに正論を並べたって、瑛智の持つ力には及ばないのだと知っている。自らが上位のアルファだと自負する瑛智は、周りを同じような人種で固めている。国や政界と繋がりのある者もいて、オメガを抱くという秘密を共有しているのだ。
「本題に入ります。アルファから金を受け取っていたこと、そしてそのリストも持っています」
「それくらいで私を追い詰めたつもりか? 書類だけでは何の証拠にもならないが」
自分を買った客から情報をかき集めたのだろうか。接点のない涼風に正確な情報を渡すとは考えにくいのだ。涼風を信じたい。瑛智の言葉は投げやりな反論などではなく、立花に現実を知らしめる正論だ。
「君が立花の友人だから話に応じたまでだ。私も忙しいのでね。失礼するよ」
「この情報は俺個人で買ったものです。後日メディアが記事にするそうですよ」
「何だと……?」
涼風が口にする証拠の出所が分かり、瑛智の相好が険しいものに変わる。
「他社に渡さないことを条件で、個人的に使いたいとお願いしたら、快く売ってくれましたよ。立花君の件だけではなく、大学病院の敷地内公募の不正も、全てメディアが証拠を掴んでいます」
大学病院という単語を聞いて、仁居の顔が浮かんだ。彼は立花を番にする代わりに、涼風の研究を自身の病院の臨床で使うと言っていた。もし、敷地内公募の不正が世間に露呈したら、涼風の研究だって日の目を浴びることはない。
「涼風さんの研究内容を使う代わりに僕を番にすると、仁居先生に言われたんです。だから……」
立花1人を救うよりも、その他大勢を救うほうが涼風の努力は報われる。口に出さないまでも、立花の考えていることは涼風には伝わったようで、悲痛そうな顔を見せた。1人で抱えていたものを涼風に伝えられただけでも、きりきりと締めつけられていた心はいくらか楽になった。
「立花君。それは立派な脅迫だ」
力のある者に従わなければならない思考に捕らわれていた立花は、涼風の言葉ではっとなる。しかし、たとえ立花が公的な機関に助けを求めたとしても、被害を受ける涼風とは所詮他人同士であるし、まともに取り合ってくれなかっただろう。
「いくらメディアが騒いだところでどうにもならないさ。先生と口裏を合わせればどうとでもなるのだからね。せっかくここまでいらしたんだ。自分の起こした行動の結果が徒労だったと、理解されてからお帰りになってもらおうか」
剣呑な表情をつくる涼風と、今にも泣き出しそうにしている立花を順番に見ると、手持ちのスマートフォンに電源を入れる。今ここで、仁居に事態を伝えて、涼風と立花を失意に突き落とすつもりだ。
「……嫌だ。やめ……」
立花は立ち上がって、端末を取り上げようとした。けれど、それだけの体力もなく、弱々しい声だけが部屋に反響する。長いコールの音に瑛智は不審がっていたが、やがて無機質なアナウンスが耳に流れると、鬼気迫る表情で涼風のほうを睨みつけた。
「何をした……」
「残念ながら俺も仁居先生とは接触出来ませんでした。そうですね……今頃、記者から逃げている最中でしょうか」
国費から研究費を賄っている大学病院の不正は、ゴシップ誌にとって格好のネタだ。オメガを抱く代わりに、瑛智と交わした養生施設の建設を受け入れているという内容。さらに、愛人にしていた複数のオメガ達の中には、無理矢理番にされた者もいて、その証言が記事に纏められるというのだ。税金の中で仕事をしており、患者に適切に医療を分配しているはずの国立の大学病院のトップがオメガを軽視していると知り渡れば、イメージダウンは免れない。
「黒い証拠は全て消しているでしょうね。もちろん、秘密裏に行っていた敷地内公募の契約も」
「……君だってただでは済まないだろう。賢い選択とは思えない」
より財力と地位を持つアルファにへりくだるべきだと、涼風を唆そうとしている。瑛智がいくら甘い言葉を並べても、不思議に思えるくらいに立花の心の中に焦りは生まれなかった。
「俺も先生も、国民からいただいたお金のおかげで研究が出来ています。常に公益性と誠実さと結果を求められる立ち位置です。仰る通り、いち早く利益を得るためなら、先生に研究を預けたほうがいいのでしょう。ですが信用を得られるのは1度きりです。……それに俺には、そんなものよりももっと大切なものがある」
──もっと……大切なもの。
どっどと熱いものが、全身を巡らせる血液にのって行き渡る。部屋の温度よりも冷たく凍えていた手足が、温度を取り戻していく。
──そう言ってもらえたら嬉しい……けど。
『涼風達の研究に出資の話がきている』──技術の実現1歩手前まで辿り着いていたのに、それを台無しにしてしまった。もし立花が家族の愛など求めずに、包海の養子になることを断っていたら、仁居と関わっていた事実も存在しなかったし、瑛智のために身体を売る必要もなかった。
──僕は……出会うずっと前から、涼風さんの夢を壊していた……。
仁居や瑛智の不正に、知っていながら加担していた。自身も罪に問われるべき存在なのだ。
涼風にとって今1番大切なのは、ここまで研究を続けてきた仲間達だ。テーブルの上に置かれた涼風の左手には、まだ包帯が巻かれている。離れていても一緒にいても、彼の邪魔しか出来ない。そんな自分が涼風を好きだなんて、涼風も好きになってくれるのだろうって。犯してきた罪を棚に上げて、何を根拠に思い上がっていたのだろう。
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