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第2部

幕間 姫様の気持ちin女子会

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 銅を磨いたような朝の光が、アウラヴィスタの城や町を照らしていく。

 侍女として彼女の身の回りの世話をするため、真っ先にティアラの部屋に入るのは、タニヤだ。

 扉をノックすると、すぐに小鳥のような可愛らしい返事が返ってくる。
 タニヤがティアラ専属の侍女に選ばれて以降、小さな王女がこの時間に起きていなかったことはない。

 タニヤが従事する以前は、もっと大勢の侍女がティアラには付いていた。
 しかし自立心の強かったティアラは、小さな動き一つ一つに注意を払われる度に少しずつ心を圧迫されていく。
 そしてティアラ自ら、侍女の数を減らしてもらうようにと父に掛け合ったのだった。

 結果、彼女とあまり歳の離れていないタニヤが専属の侍女として選ばれることとなったのだ。

 余談だが、この時は『ティアラの年齢に近い』点だけを重視したので、性格に関しては全く考慮されていない。

 護衛が常にティアラの傍に付いているのは、二年前に白昼堂々と侵入してきた魔獣がいたからだ。

 鳥型の魔獣だった。
 窓を開けていた時に偶然飛び込んできた魔獣はパニックに陥り、部屋の中で暴れ回った挙句、ティアラに対して牙を剥けた。

 部屋の外で待機していた、当時の護衛クリストファーがすぐさま異変に気付いたので、幸いティアラの身には何事もなくすんだのだが。

 そんな事情もあり、以降、護衛もティアラの部屋の中で待機することとなったのだった。

 現在は彼女の地位を狙う輩の牽制の意味も込め、王は二人体制でティアラを護らせるようにしている。

 その護衛二人も、夜の間はさすがに部屋を離れる。
 そして朝は、タニヤより早くティアラの部屋に来ることはない。

 必然的に訪れる、ティアラとタニヤ、二人だけの時間。

「姫様」

 ベッドのシーツを新しい物に換えながら、タニヤがティアラを呼んだ。
 姿見の前に立ち身嗜みを整えていたティアラは、鏡越しに返事をする。

「何、タニヤ?」
「よろしければ今夜、一緒に過ごしませんか?」

 普通の侍女ならば口にするどころか考えもしないだろう提案を、しかしタニヤは躊躇ためらうことなくティアラに告げる。
 タニヤの物怖じしない性格は、引っ込み思案なティアラから、これまで様々な感情と表情を引き出してきた。

 月のような目をぱちくりと数回瞬かせた後、ティアラは小首を傾げる。

「一緒に?」
「そうです。アレクも呼んで、女の子だけで集まってお話会を開くのです」

 城下町では今『女子会』なるものが流行っているんだそうですよ、と付け加えた後、タニヤは悪戯っぽく片目を閉じてみせる。

 日頃から庶民の行動に強い感心を抱いているティアラは、タニヤの言葉に目を輝かせた。

「すごく楽しそう。やってみたいな」
「よし、善は急げです。今日の晩に決行しちゃいましょう。早速アレクに伝えにいってきますね」

 かくして、アウラヴィスタの姫君と侍女、そして護衛の三人による女子会の開催が決定したのだった。





 護衛の男子一名に気取られることなく、女子会の準備は迅速に、かつ密やかに進められた。

 とはいっても、夜用の飲料と菓子を用意するくらいであったが。

 ティアラは楽しみで仕方がなかったらしく、昼間勉強に打ち込んでいる時も、桃色の唇の端は常に上向きだった。
 彼女の立場上、同年代の同性の人間と、このように遊ぶ計画を立てたことなどなかったからだ。

 マティウスに目聡く「いいことでもあったのか?」と指摘されてしまったが、すかさずタニヤが「君がいるからでしょ」と割って入ったので、女子会のことは気付かれずにすんだ。

 タニヤの気の利いたような利いていないような微妙なフォローのおかげで、ティアラはしばらくの間、顔を真っ赤にしたまま肩を小さくして過ごすこととなってしまったが。

 そして、夜はやってきた。





 女子会の開催を気取られぬよう、いつも通りにティアラの部屋を出る一行。

 アレクとタニヤは一度自分の部屋に戻り、入浴を済ませる。
 そして見回りで巡回している兵士に気付かれぬように気を配りながら、寝巻きを持参して再びティアラの部屋へと訪れた。

 タニヤの腕には、茶菓子を詰めたバスケットも抱えられていた。

 再び部屋に訪れた二人を、ティアラは自分の寝室に誘導した。
 アレクとタニヤは、そこで各々持参していた寝巻きに着替え始める。

「アレク。いつもそんな格好で寝ているの?」

 アレクの格好を見たティアラは、頬を苺色に染めながら声を上げた。

 彼女の格好はかなり刺激的なものだったのだ。
 寝巻きというより、ほぼ下着。
 申し訳程度に羽織られた白の薄いカーディガンが、見る者の羞恥心と背徳感をより肥大させる。

「凄いわねえ。もしかしてその格好で毎晩誰か誘ってるとか?」
「そんなわけあるか。既に脱いでいた方が、朝に着替えるのがラクだからだ」

「確かに合理的だけど、もう少し隠した方が……。もし襲われちゃったりなんてこと――」
「そんな奴、返り討ちにしてくれる」

 言葉を遮り低い声で言い放ったアレクに、タニヤは両手を上げて降参した。
 確かにアレクの場合、どんな輩が襲ってきてもギタギタにのしてしまいそうだ。

 惨劇が容易に想像できてしまったところで、ティアラが二人をベッドに誘導した。

「……姫様。本当にオレがここに座ってもよろしいのですか?」

 天蓋付きの大きなベッドを前に、遠慮がちに言葉を吐き出すアレク。
 しかし彼女に答えたのはティアラではなかった。

「姫様が良いって言ってるんだからいいんだって。今日は女子会、無礼講よ。ほらほら早く」

 言いながら、ワインや茶菓子を置いた小さな丸テーブルをベッド脇に運び終えたタニヤ。
 彼女は既にやる気満々だった。

 お前が答えるな、と心の中でツッコミつつ、アレクはティアラに視線を送る。
 ティアラはベッドの上で柔らかな笑みを浮かべ、タニヤの言葉を肯定していた。

 ティアラの寝巻きは淡いピンク色のネグリジェ。
 いたる所にフリルがあしらわれており、彼女の雰囲気そのものを表しているようだった。

 軽く一礼して、ベッドの上に乗るアレク。心地良い弾力が下半身にかかる。

「姫様のベッド、気持ち良いですね。まるで雲の上に乗っているみたいです」
「そ、そうかな?」

「本当よねー。気持ち良いから押し倒しちゃいます。えいっ」
「きゃっ!?」

 突然タニヤに肩を掴まれ、仰向けに倒されたティアラ。
 タニヤの口から仄かにアルコールの香りが漂っていることに気付く。
 丸テーブルを運ぶついでに、既に飲んでいたらしい。

 相変わらずちゃっかりしている陽気な酔っ払いのテンションに、素面しらふのアレクも乗っかった。
 タニヤの背中に飛びつくようにして覆い被さる。

「ならばオレも」
「きゃー!?」

「ちょっ、アレク重い重い!」
「重いとは失礼な」

 ベッドの上で団子状態になったまま、三人の笑い声が響く。

 こんなふうに激しくじゃれ合うのは初めてのことだ。
 心の底からこうやって笑い声を出したのも、初めてかもしれない。

 胸に広がる高揚感に、ティアラは心地良さを覚えていた。

 一しきり笑いを堪能した後、体勢を整えるべく、倒れたティアラをそっと引き上げるタニヤ。

 その目にキラキラと星が宿っていることに、ティアラは気付かなかった。

「ところで姫様」
「え?」

「マティウス君のどこが好きなんですか?」
「なっ、えっ!? え!?」

 いきなり自分に恋愛の話題を振られるとは思ってもいなかったティアラは、タニヤとアレクの顔を交互に見比べながら狼狽する。

「そうですね。この機会にオレも知りたいです」
「あ、あの……二人とも。その……」

 枕をぎゅっと抱き締め、羞恥の心を隠すように顔を半分埋めるティアラ。
 少しだけ見えるその頬は、湯上りの時のように上気していた。

 ティアラは視線を二人の間で忙しなく往復させてみるが、見逃してくれる気配は微塵も感じられない。
 むしろ二人とも、若干前のめりになっている。

 ティアラは観念するほかなかった。

「真っ直ぐで、やさしいところ……」

 視線を下に逸らし、弱々しくぽしょり、と呟く。

 瞬間、光の如き速さでタニヤがティアラを抱擁した。

「ふぐっ!? タ、タニヤ?」
「姫様。その態度はちょっと反則です。可愛らしすぎます」

「確かに、ちょっとムラムラしてしまいました」
「ええっ……!?」

 アレクの只ならぬ言葉に、ティアラだけでなくタニヤも目を点にする。
 アレクは格好だけでなく、心までも男性に近付いているのかと考えたところで――。

「冗談です」

 いつもと変わらぬ無表情のまま、アレクはサラリと言ってのけた。

「一瞬本気なのかと思っちゃったじゃない!」
「本気にしても良いが」

「えっと、アレク、それは……」
「冗談です」

 やはり無表情のまま、淡々と言うアレク。
 時おり彼女が見せるこのお茶目(?)な一面は、ティアラだけでなくタニヤもたじたじにさせる。

「それはともかく。確かにあいつは真っ直ぐだな」
「うん。修正が効かないほど真っ直ぐバカよねぇ」

 馬鹿にしたような口調ながらも、言葉の節に慈愛のようなものも感じ取れただけに、ティアラは何も言い返さない。
 色々な意味で彼も愛されているのだなと、ティアラは心の奥で笑った。

「この前廊下を歩いている時に、曲がり角で曲がらず壁にぶつかってたぞ」
「それは『真っ直ぐ』の意味が違う気がするんだけど……」

「ちなみに、凄くニヤけた顔をしていた」
「……理解した」

 大方、また妄想の世界へとダイブしていたのであろう。

 ティアラとそういう関係になったものの、彼はまだティアラに対して遠慮している節がある。
 フラストレーションが溜まっているのかもしれない、とタニヤは考えた。

 彼が色々と溜まっている原因は自分にあるとは、微塵も思っていない。

「ところで、タニヤには好きな人はいないの?」

 お返しとばかりに直球な質問を投げるティアラに、一瞬怯む侍女。
 タニヤは用意していたクルミのスコーンに手を伸ばしながら平静を装った。

「残念ながら。姫様、誰か良い男を紹介してくださいよー」
「えっ!?」

「あ、オレもお願いします」
「ええっ!?」

 女三人寄ればかしましい。
 一度咲いた話の花は、当分枯れることを知らない。

 身分を超越した女子会は、夜がけるまで続いたのだった。





 大きなベッドの上に、三人はうずくまるようにして寝ていた。

 しかし、寝息を立てているのは二人だけ。
 ティアラは隣で眠るタニヤの背を漫然と眺めていた。

 就寝直前まで恋愛の話をしていたせいか、頭に浮かぶのは、今この場にいないあの人のこと。

 考えれば今まで城には、彼ほど自分に熱い眼差しを向けてくる人間はいなかった。

 査定するような眼差しを向けられてきたことは、幼い頃から数えきれないほどあったというのに。
 その彼らが自分の後ろにある地位だけを見ていることは、理解したくなくともできてしまった。

 でも、マティウスだけは違った。

『姫』ではなく、『女の子』として見てくれていると気付いたのは、いつからだったろう。
 真摯で真っ直ぐな眼差しが、素直に嬉しかった。

 ティアラは、身分など気にしてはいなかった。逆に、彼の方が気にしていることを察してしまった。
 だからこそ、自分から踏み出す勇気は湧いてこなかったのだ。

 でもついに、彼はその一歩を越えてきてくれた。

 あの日の抱擁は、未だ鮮明に思い出すことができる。
 硬く大きな胸板から伝わってくる彼の鼓動は、自分以上に早かった。

 見上げないと顔が見えないほど背が高くて、歳も彼の方が上で。
 それでもあの時の彼は、壁を必死で越えようとする、年下の少年のように見えて愛おしかった。

『初めて』の時は少し強引だったけれど、それでも彼なりに精一杯優しくしてくれたのは充分に伝わった。

 その時のことを思い出した瞬間、下腹部の奥が熱を帯びたように甘く疼きだす。

 気恥ずかしくなったティアラは、慌てて毛布で顔を隠した。

 瞼の裏に、就寝直前のタニヤの姿が現れる。
 タニヤはティアラにある言葉を投げ掛け、答えを聞かぬまま寝てしまっていたのだ。

『姫様』

『今、幸せですか?』

「……うん」

 ティアラは脳裏の侍女に向かって、花のように笑った。
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