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雑炊(特別メニュー)①

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  ラミアの卵を使った『卵パーティー』を密かに開いてから数日後。
 もう当分卵はいいや――と全員が満足を通り越した反応になるまで食べ尽くしたことも、そろそろ記憶から薄れてきた。
 人の食欲とは侮りがたし。

 ちなみに牛丼やチャーハンに使うことはもちろん、卵焼きから目玉焼きにゆで卵、卵スープにオムレツ、キッシュなどに加えて、正義が新たに教えた親子丼も好評だった。

 そんなわけで、またしても新たなメニューが誕生したところだったのだが――。

「暇ですねー……」

 店のカウンターで突っ伏しながら呟く正義。
 そんな正義を横目で流し見ながら、カルディナはカラカラと笑った。

「創立祭の時期は仕方ないよ。街どころか世界中が盛り上がってる時だからね」

 創立祭とは文字通り、国が誕生したことを祝う祭りだ。
 ただこの世界では8つの国が女神たちによって同時に創られたこともあり、どの国でもまったく同じ時期に開催される。

 開催時期は国の数と同じ8日間。
 1週間をかけて行われる、1年の内で最も大きな行事だ。

 各国で祀っている女神たちに感謝を捧げる最初の3日間。
 住んでいる土地に感謝をする4日目。
 食事に感謝をする5日目。
 家族と過ごす時間を大切にする6日目。
 種族を越えて隣人と親睦を深める7日目。
 そして世界の平和を祈る最終日。

 この期間は国全体が総力をかけて盛り上がるため、各地で特別な催しをする店舗や、露店の数が爆発的に増える。
 そういう経緯もあり、創立祭が始まってから店は暇な状態が続いていた。
 既にヴィノグラードの街に馴染んできた宅配弁当だが、さすがに年に1度の祭には敵わないのだった。

 ちなみに今日は5日目。
 チョコはカルディナからお小遣いを貰い街の様子を見に行っている。

 しかしカルディナ曰く、「最終日だけは注文が増えると思うよ」とのこと。
 正義にはよくわからないが、カルディナがそう予想しているのならきっとそうなのだろう。

「明日と明後日ははうちも休みにしようか。マサヨシも祭を見たいでしょ?」
「そうですね。せっかくなので楽しみたいです」
「よーし。チョコちゃんと一緒に三人で街を見て回ろー」
「はい!」

 テンション高く宣言するカルディナ。
 正義も期待に胸を膨らませるのだった。





「カルディナさん……」

 次の日の朝。
 カルディナの部屋で心配そうにする正義とチョコの姿があった。

「カルディナお姉ちゃん、大丈夫……?」
「二人とも……ごめん……。祭を見て回ろうと言ったのは私なのに……」

 ベッドの上で苦しそうにしているカルディナ。
 朝になってもなかなか起きてこないカルディナの様子を見に来たら、この状態だったのである。

「お姉ちゃんのおでこが熱い……」
「これまでの疲労が一気に出ちゃったんですかね。チョコちゃんは俺が面倒見ますからゆっくり休んでください」
「うう……ごめんね……」

 いつもの元気はなく気弱な姿が、また二人の不安を煽る。

「チョコちゃん、水とタオルを持ってきてカルディナさんの頭を冷やしてあげて。俺は朝ご飯を作ってくるよ」
「わかった。お姉ちゃん待っててね」

 カルディナのために早速動き始める二人。
 熱を出して倒れてしまったこの家の主のために、今はできることをするしかない。






 階下の厨房まで来た正義は、いつもと違う雰囲気に一抹の不安を覚えてしまった。

(思えば、いつもカルディナさんが先に起きて厨房に立ってたんだよな……)

 でも今は誰もいない。
 音がないシンとした厨房は、これまでずっと見てきた場所なのに全く違う場所かのような錯覚を覚えてしまう。

 その静かな厨房の空気を裂くように、あえて大股で移動する正義。
 カルディナのこれまでの行動を思い出し、保冷庫の中を確認する。

「ひとまず朝はパンとスープで良いかな。で、これが昨日余った野菜か。これを入れて煮込もう」

 手を洗ってから包丁とまな板を取り出す。
 隣にカルディナがいない状態で料理をするのは初めてだ。
 無意識に緊張していたらしく、包丁を握る手には知らず力が込められていたのだった。




 チョコと二人だけの朝食は、ほとんど無言のままで終わってしまった。

「マサヨシお兄ちゃんのスープも美味しい」とチョコは言ってくれたが、その表情はすぐに暗くなる。
 本当は味のことがわからないくらい、カルディナのことが心配だったのかもしれない。
 なぜなら、正義も同じ状態だったので味のことなど覚えてないからだ。

 その後はカルディナの部屋にもパンとスープを持っていく。
 しかし彼女は、先ほど見た時より呼吸が荒く苦しそうにしていた。

「カルディナさん……」

「大丈夫ですか?」とは聞けなかった。どう見ても大丈夫ではない。

 チョコがひたいのタオルを新たに水に漬けて絞ると、カルディナがそっとその腕に手を伸ばした。

「ありがとう……。でも私のことはいいから祭を楽しんできなよ……」

 しかしチョコはふるふると強く首を横に振る。

「嫌だよ。今日は家族と過ごす時間を大切にする6日目だもん。ずっとカルディナお姉ちゃんの側にいるもん」
「チョコちゃん……」

「俺もです。こんな状態のカルディナさんを一人だけ置いておけないです。俺、お医者さんを呼んできますね」
「マサヨシ……。助かるけど、病院の場所はわかる?」

「場所ならわかっているので安心してください。この街をずっと宅配バイクで走ってきたんですよ。この近辺に何があるのかは大体覚えました」
「そっか……。ありがとう……」

 正義の返答にカルディナは安心したのか、そのまま意識を手放してしまった。

「カルディナお姉ちゃん、ご飯食べないまま寝ちゃった……」
「うん……」

 今は食事を取る体力もないのだろう。
 正義はすぐに部屋を出ると外の宅配バイクまで向かう。
 宅配以外の用途で乗るバイクは、これが初めてだった。
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