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モツ煮込み弁当④
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東門を抜けると、そこには平原が広がってた。
背の低い草が広範囲に群生しており、ポツポツと岩も転がっている。
見える範囲に魔物らしき姿はなく、ひとまずは安堵する正義。
件の遺跡はすぐに見つけることができた。
遠目からでもわかる大きな建造物が、平原の中にぽつんとあったからだ。
「ああああの、注文してきた人がどこにいるかはわかっているんですか?」
「『遺跡の入り口』と言っていたから、たぶんそこにいると思う……」
これでいなかった場合のことはまだ考えていない。
捜すべきか引き返すかは、周囲の状況を見てからでも遅くはないだろう。
ララーも後ろから追いかけてきているし、彼女を待ってから――という判断になる可能性が高いが。
話しているうちに、あっという間に宅配バイクは遺跡の前に到着した。
神社の狛犬のように茶色の石柱が2本並んでおり、その背後には城とピラミッドを足したような巨大な建物が鎮座している。
遠目に見ても大きさがわかったが、間近で見ると迫力は段違いだ。
その巨大な建物の下には、朽ちた瓦礫が至るところに散乱している。
元は何かの建物だったのだろうが、今は見る影もなく無残な姿を晒している状態だ。
魔物が住み着く――というのも頷ける荒廃具合だった。
正義はバイクから降りると、すぐに懐のユルルゥをそっと地面に置く。
「『解除』
魔法の言葉と共に、再び元の姿に戻ったユルルゥ。
その顔には怯えの色が見えつつも、キッと真剣なものになっていた。
「い、行きましょうマサヨシさん」
「うん」
正義はバイクから保温バッグを取り出し肩にかけると、杖を構えたユルルゥと並んでいよいよ遺跡の入り口へと足を踏み入れる。
「だだだ誰もいませんね……」
周囲を見渡すが人の姿はない。
少し冷たい乾いた風が二人の全身を撫でていくだけだ。
「あ、あの『羊の弁当屋』です。モツ煮込み弁当をお持ちしました!」
できる限り大きな声で呼びかけてみる。
注文してきた人の名前もわからないのでこうするしかない。
応える気力が残っていると良いのだが――と正義が思った、その時。
「おお……待ちくたびれたぞ……。こっちへ来てくれると助かる……」
横の方から、苦しそうな女の人の声が返ってきた。
正義がショーポット越しに聞いた声と同じだ。
思わず顔を見合わせる正義とユルルゥ。
ひとまずまだ無事だったらしいことに安堵する。
声がしたのは、入り口近くの瓦礫の陰から。
二人はすぐにそちらに近付いていく。
そして乱雑に高く折り重なった瓦礫の陰をそっと覗き込むようにして確認し――。
「………………」
二人は同時に息を呑み、固まってしまった。
目の前の光景に正義は思考が追いつかない。
なぜならば。
そこにいたのは、髪の一部が蛇、下半身は完全に蛇になっている女性だったからだ。
体も普通の女性よりも二回りほど大きく、口の端からは鋭い牙が覗いていた。
そして何より、カルディナやザーナ、ガイウルフのように街で暮らす者たちとは明らかに違うのは、彼女に纏わり付く雰囲気。
正義は霊感などまったくないタイプだが、それでもジメジメとした暗いナニカを、嫌でも全身で感じ取ることができた。
「ラ……ラミア…………。そ、そんな……。どうして魔物が……」
ユルルゥが恐怖と共に声を絞り出す。
魔物が出るかもしれないとは聞いていた。
言葉が通じる魔物もいるとも聞いていた。
でもまさか、その魔物が弁当を注文してくるなんて思ってもいなかった。
(これは普通に弁当を渡しても良いものなのだろうか? 弁当は囮で、実は人間を食べるのが目的だったりしないか?)
途端に正義の全身から嫌な汗が滲み始めた。
が、ラミアの苦しそうな呼吸音にハッと我に返る。
ラミアは額に脂汗を滲ませていた。
「苦しい……のですか?」
気付いたら正義は声に出して尋ねていた。
油断させるための演技には見えない。
ラミアはフッと意味ありげな笑みを浮かべると、静かに続ける。
「卵が産まれそうなんだが、なかなか出てこなくてな……。既に何日ここにいるのかもわからなくなった」
「え――」
よく見たらラミアの下半身の蛇の一部が膨れていることに気付いた。
つまり、彼女は今まさに出産の最中というわけだ。
「本当は出産のため、魔物で溢れているもっと南東の森に向かっていた。だが思いのほか早く産気付いてしまってな……。やむを得ずここの遺跡に隠れて産むことにしたわけじゃ」
呼吸を荒くしながらもラミアは事情を説明してくれた。
「遺跡内で隠れる場所を探している時に、ここに来たらしい人間の落とし物を拾ってな。その中に通話の道具とお前の店のチラシが入っていた。この状態では獣を襲って食らう体力もない。故に食べ物を運んでくれるというお前の店に、一縷の望みを賭けた」
「でも最初、すぐに切りましたよね? あれはどうしてですか?」
「店に繋がった直後、タイミング悪く激しい陣痛が襲ってきた。結果的に何も伝えられなかったことは謝る」
「いえ……」
そんな状況だったなんて、当然想像できようもない。
しかもまだ出産は終わっていないという。
「今の我にはお前らを襲う気力なぞない。早く持ってきた料理を我にくれ……」
それは切実な、ラミアの心からの懇願だった。
正義は一瞬だ躊躇するが、意を決してラミアの前に出る。
ユルルゥも正義の背後にピッタリとくっ付いてきた。一応警戒してくれているらしい。
「すみません、お待たせしました。こちらがご注文のモツ煮込み弁当です」
おそるおそる正義が弁当を差し出すと、ラミアの顔が少しだけホッと緩んだ。
背の低い草が広範囲に群生しており、ポツポツと岩も転がっている。
見える範囲に魔物らしき姿はなく、ひとまずは安堵する正義。
件の遺跡はすぐに見つけることができた。
遠目からでもわかる大きな建造物が、平原の中にぽつんとあったからだ。
「ああああの、注文してきた人がどこにいるかはわかっているんですか?」
「『遺跡の入り口』と言っていたから、たぶんそこにいると思う……」
これでいなかった場合のことはまだ考えていない。
捜すべきか引き返すかは、周囲の状況を見てからでも遅くはないだろう。
ララーも後ろから追いかけてきているし、彼女を待ってから――という判断になる可能性が高いが。
話しているうちに、あっという間に宅配バイクは遺跡の前に到着した。
神社の狛犬のように茶色の石柱が2本並んでおり、その背後には城とピラミッドを足したような巨大な建物が鎮座している。
遠目に見ても大きさがわかったが、間近で見ると迫力は段違いだ。
その巨大な建物の下には、朽ちた瓦礫が至るところに散乱している。
元は何かの建物だったのだろうが、今は見る影もなく無残な姿を晒している状態だ。
魔物が住み着く――というのも頷ける荒廃具合だった。
正義はバイクから降りると、すぐに懐のユルルゥをそっと地面に置く。
「『解除』
魔法の言葉と共に、再び元の姿に戻ったユルルゥ。
その顔には怯えの色が見えつつも、キッと真剣なものになっていた。
「い、行きましょうマサヨシさん」
「うん」
正義はバイクから保温バッグを取り出し肩にかけると、杖を構えたユルルゥと並んでいよいよ遺跡の入り口へと足を踏み入れる。
「だだだ誰もいませんね……」
周囲を見渡すが人の姿はない。
少し冷たい乾いた風が二人の全身を撫でていくだけだ。
「あ、あの『羊の弁当屋』です。モツ煮込み弁当をお持ちしました!」
できる限り大きな声で呼びかけてみる。
注文してきた人の名前もわからないのでこうするしかない。
応える気力が残っていると良いのだが――と正義が思った、その時。
「おお……待ちくたびれたぞ……。こっちへ来てくれると助かる……」
横の方から、苦しそうな女の人の声が返ってきた。
正義がショーポット越しに聞いた声と同じだ。
思わず顔を見合わせる正義とユルルゥ。
ひとまずまだ無事だったらしいことに安堵する。
声がしたのは、入り口近くの瓦礫の陰から。
二人はすぐにそちらに近付いていく。
そして乱雑に高く折り重なった瓦礫の陰をそっと覗き込むようにして確認し――。
「………………」
二人は同時に息を呑み、固まってしまった。
目の前の光景に正義は思考が追いつかない。
なぜならば。
そこにいたのは、髪の一部が蛇、下半身は完全に蛇になっている女性だったからだ。
体も普通の女性よりも二回りほど大きく、口の端からは鋭い牙が覗いていた。
そして何より、カルディナやザーナ、ガイウルフのように街で暮らす者たちとは明らかに違うのは、彼女に纏わり付く雰囲気。
正義は霊感などまったくないタイプだが、それでもジメジメとした暗いナニカを、嫌でも全身で感じ取ることができた。
「ラ……ラミア…………。そ、そんな……。どうして魔物が……」
ユルルゥが恐怖と共に声を絞り出す。
魔物が出るかもしれないとは聞いていた。
言葉が通じる魔物もいるとも聞いていた。
でもまさか、その魔物が弁当を注文してくるなんて思ってもいなかった。
(これは普通に弁当を渡しても良いものなのだろうか? 弁当は囮で、実は人間を食べるのが目的だったりしないか?)
途端に正義の全身から嫌な汗が滲み始めた。
が、ラミアの苦しそうな呼吸音にハッと我に返る。
ラミアは額に脂汗を滲ませていた。
「苦しい……のですか?」
気付いたら正義は声に出して尋ねていた。
油断させるための演技には見えない。
ラミアはフッと意味ありげな笑みを浮かべると、静かに続ける。
「卵が産まれそうなんだが、なかなか出てこなくてな……。既に何日ここにいるのかもわからなくなった」
「え――」
よく見たらラミアの下半身の蛇の一部が膨れていることに気付いた。
つまり、彼女は今まさに出産の最中というわけだ。
「本当は出産のため、魔物で溢れているもっと南東の森に向かっていた。だが思いのほか早く産気付いてしまってな……。やむを得ずここの遺跡に隠れて産むことにしたわけじゃ」
呼吸を荒くしながらもラミアは事情を説明してくれた。
「遺跡内で隠れる場所を探している時に、ここに来たらしい人間の落とし物を拾ってな。その中に通話の道具とお前の店のチラシが入っていた。この状態では獣を襲って食らう体力もない。故に食べ物を運んでくれるというお前の店に、一縷の望みを賭けた」
「でも最初、すぐに切りましたよね? あれはどうしてですか?」
「店に繋がった直後、タイミング悪く激しい陣痛が襲ってきた。結果的に何も伝えられなかったことは謝る」
「いえ……」
そんな状況だったなんて、当然想像できようもない。
しかもまだ出産は終わっていないという。
「今の我にはお前らを襲う気力なぞない。早く持ってきた料理を我にくれ……」
それは切実な、ラミアの心からの懇願だった。
正義は一瞬だ躊躇するが、意を決してラミアの前に出る。
ユルルゥも正義の背後にピッタリとくっ付いてきた。一応警戒してくれているらしい。
「すみません、お待たせしました。こちらがご注文のモツ煮込み弁当です」
おそるおそる正義が弁当を差し出すと、ラミアの顔が少しだけホッと緩んだ。
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