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モツ煮込み弁当①
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今日も朝から『羊の弁当屋』の店内は賑やかだ。
朝食を終えた三人は開店準備を始めるまでの間、各々が厨房に立っていた。
カルディナは醤油と出汁を使った新メニュー作り。
既に昨日のうちに正義と取り組んでいて、あとはカルディナが手順に慣れるだけという段階まできていた。
正義はチョコに包丁の使い方を教えている最中。
チョコが「私もカルディナお姉ちゃんみたいに料理を覚えたい!」と強く要望してきたからだ。
今までずっとカルディナが厨房に立つ姿を見てきた彼女だが、自分もやってみたいという思いがとうとう限界を迎えたらしい。
そんなわけで忙しいカルディナに代わり、まずは正義が基礎から教えることになったのだった。
「猫の手みたいに手を握って、食材をしっかり押さえてね」
「猫の手……。あの招き猫みたいな?」
「そう、まさにあんな感じ。そして包丁は力を入れなくて大丈夫。引くだけで切れるからね」
「うん、わかった」
真剣な目でまな板と包丁を見つめるチョコ。
彼女が切ろうとしているのはサラダに使うレタスだ。
失敗しても影響がないからと、カルディナが保冷庫から出してくれた。
薄いレタスとはいえ、弁当に使う食材とあってチョコの顔は真剣そのものだ。
そんな彼女を正義は隣でハラハラしながら見守る。
「マサヨシとチョコちゃんー。できたから味見して欲しいなー」
と、ここで中断の一声。
カルディナから声をかけられた二人は、一斉に顔をそちらへ向ける。
牛丼ができてからララーに丼用の弁当容器を作ってもらったのだが、その容器に盛られた新メニューは、美味しそうな湯気を立ち上らせていた。
中央に堂々とトンカツが鎮座しており、薄切りの玉葱とふわふわの卵がかけられたそれは――。
「ついにできたんですねカツ丼! 見た目は完璧です!」
「えへへ、ありがとう。卵の火加減がなかなか難しかったんだけど、やっとわかったかも」
「すごい……やっぱり良い匂いがする……」
今にも口から涎が垂れてきそうなチョコの顔に、正義とカルディナは思わず吹いてしまった。
昨日の試作も食べていた二人だが、その時は火にかけすぎて卵が固まっているものだった。
「それじゃあ早速いただきます!」
味の染みた柔らかい卵に包まれたトンカツ。
その下に隠れているご飯。
トンカツ、卵、ツユの染みたご飯をいっきに口に入れると、美味しさのあまり二人とも顔が綻んでしまった。
「やっぱり丼は弁当とはまた違った良さがあるな……」
「このとろとろ卵、お肉とすっごく合ってて美味しい!」
二人の反応を見ただけで成功を確信したカルディナ。
自身も遅れてカツ丼を食べ始める。
「それにしてもショーユとダシ……。使えば使うほどその奥深さに驚いちゃうよ。ショーユは元が濃いから少量でも十分だし、砂糖との相性も抜群。ダシは逆に薄味だけど、これを使うことで味に深みが出る……。これはもっと色々と試したくなっちゃうなあ」
「さすがカルディナさん。飲み込みが早いですね」
「えへへ。ちょっとは料理人っぽいコメントできたかな?」
照れるカルディナの隣で、チョコは無言でひたすらカツ丼を食べ進めていたのだった。
新たなメニューにカツ丼も加わることになり、テンションが上がったまま開店準備を進める三人。
その中で保冷庫の中を軽く整理していた正義は、思わず手を止めてしまった。
「カルディナさん、これは何ですか?」
赤黒く、ぬるりとした物体が端の方に置いてある。
「ああ、豚のモツだよ。いつもお肉を買っている所が今日はおまけでくれたんだ」
「この世界にもモツを食べる習慣があったんですね……」
「そりゃあね。大事な命を貰ってるんだもん。基本的に余すところなく食材として使ってるよ」
「なるほど……。この世界のモツ料理、食べてみたいです」
「今夜作る予定だったしいいよー。マサヨシに気に入ってもらえるかはわかんないけど、私も全力で作っちゃうね」
「ありがとうございます!」
思えば、正義がこの店に来てからこの世界独自の料理を食べたことはほとんどない。
宅配を始めたあの日からは、新メニューのための試食や、余り物の処理で食事を済ませてきた。
よくよく考えると、かなりもったいない事をしていたかもしれない。
この世界の料理が『宅配』という形態にはあまり向いていなかったというのもあるが、もしかしたら宅配用の弁当に転用できる料理は存在するのではないか――? という疑問が正義の中にふと生まれる。
そんな正義の思考を遮ったのは店のショーポットの音だ。
まだ開店していないので「すぐに弁当を持ってきて」というお願いは聞くことはできないが、予約という形でなら注文は受け付けている。
そんなわけで、カルディナは「はいはいー」と慣れた様子でショーポットに応答するが、続く様子がどこかおかしい。
「あのー? おーい?」
何度かショーポットの向こう側の人に呼びかけた後。
「…………」
やがてカルディナは黙りこくってしまった。
「カルディナさん?」
正義が小声で声をかけると、カルディナは首を横に振る。
間を置かず、ショーポットを元の位置に置いてしまった。
「どうしたんですか?」
「無言だったんだ。でも、誰かの呼吸音だけは聞こえる状態で……」
「呼吸音……何でしょうね? ポケットに入れていたショーポットが振動で勝手に発信したとか?」
「そうだよね。普通、間違えたってわかったらすぐに切っちゃうもんね」
個人レベルでショーポットを持っているヴィノグラードの街の人たち。
ただスマホや携帯のように液晶画面はないので、誰が連絡をしてきたまでかはわからない。
「気になるけどこっちじゃどうしようもないし……。ひとまず忘れるしかないか」
「そうですね……」
少し気味悪さを残したまま、開店時間はやってきたのだった。
朝食を終えた三人は開店準備を始めるまでの間、各々が厨房に立っていた。
カルディナは醤油と出汁を使った新メニュー作り。
既に昨日のうちに正義と取り組んでいて、あとはカルディナが手順に慣れるだけという段階まできていた。
正義はチョコに包丁の使い方を教えている最中。
チョコが「私もカルディナお姉ちゃんみたいに料理を覚えたい!」と強く要望してきたからだ。
今までずっとカルディナが厨房に立つ姿を見てきた彼女だが、自分もやってみたいという思いがとうとう限界を迎えたらしい。
そんなわけで忙しいカルディナに代わり、まずは正義が基礎から教えることになったのだった。
「猫の手みたいに手を握って、食材をしっかり押さえてね」
「猫の手……。あの招き猫みたいな?」
「そう、まさにあんな感じ。そして包丁は力を入れなくて大丈夫。引くだけで切れるからね」
「うん、わかった」
真剣な目でまな板と包丁を見つめるチョコ。
彼女が切ろうとしているのはサラダに使うレタスだ。
失敗しても影響がないからと、カルディナが保冷庫から出してくれた。
薄いレタスとはいえ、弁当に使う食材とあってチョコの顔は真剣そのものだ。
そんな彼女を正義は隣でハラハラしながら見守る。
「マサヨシとチョコちゃんー。できたから味見して欲しいなー」
と、ここで中断の一声。
カルディナから声をかけられた二人は、一斉に顔をそちらへ向ける。
牛丼ができてからララーに丼用の弁当容器を作ってもらったのだが、その容器に盛られた新メニューは、美味しそうな湯気を立ち上らせていた。
中央に堂々とトンカツが鎮座しており、薄切りの玉葱とふわふわの卵がかけられたそれは――。
「ついにできたんですねカツ丼! 見た目は完璧です!」
「えへへ、ありがとう。卵の火加減がなかなか難しかったんだけど、やっとわかったかも」
「すごい……やっぱり良い匂いがする……」
今にも口から涎が垂れてきそうなチョコの顔に、正義とカルディナは思わず吹いてしまった。
昨日の試作も食べていた二人だが、その時は火にかけすぎて卵が固まっているものだった。
「それじゃあ早速いただきます!」
味の染みた柔らかい卵に包まれたトンカツ。
その下に隠れているご飯。
トンカツ、卵、ツユの染みたご飯をいっきに口に入れると、美味しさのあまり二人とも顔が綻んでしまった。
「やっぱり丼は弁当とはまた違った良さがあるな……」
「このとろとろ卵、お肉とすっごく合ってて美味しい!」
二人の反応を見ただけで成功を確信したカルディナ。
自身も遅れてカツ丼を食べ始める。
「それにしてもショーユとダシ……。使えば使うほどその奥深さに驚いちゃうよ。ショーユは元が濃いから少量でも十分だし、砂糖との相性も抜群。ダシは逆に薄味だけど、これを使うことで味に深みが出る……。これはもっと色々と試したくなっちゃうなあ」
「さすがカルディナさん。飲み込みが早いですね」
「えへへ。ちょっとは料理人っぽいコメントできたかな?」
照れるカルディナの隣で、チョコは無言でひたすらカツ丼を食べ進めていたのだった。
新たなメニューにカツ丼も加わることになり、テンションが上がったまま開店準備を進める三人。
その中で保冷庫の中を軽く整理していた正義は、思わず手を止めてしまった。
「カルディナさん、これは何ですか?」
赤黒く、ぬるりとした物体が端の方に置いてある。
「ああ、豚のモツだよ。いつもお肉を買っている所が今日はおまけでくれたんだ」
「この世界にもモツを食べる習慣があったんですね……」
「そりゃあね。大事な命を貰ってるんだもん。基本的に余すところなく食材として使ってるよ」
「なるほど……。この世界のモツ料理、食べてみたいです」
「今夜作る予定だったしいいよー。マサヨシに気に入ってもらえるかはわかんないけど、私も全力で作っちゃうね」
「ありがとうございます!」
思えば、正義がこの店に来てからこの世界独自の料理を食べたことはほとんどない。
宅配を始めたあの日からは、新メニューのための試食や、余り物の処理で食事を済ませてきた。
よくよく考えると、かなりもったいない事をしていたかもしれない。
この世界の料理が『宅配』という形態にはあまり向いていなかったというのもあるが、もしかしたら宅配用の弁当に転用できる料理は存在するのではないか――? という疑問が正義の中にふと生まれる。
そんな正義の思考を遮ったのは店のショーポットの音だ。
まだ開店していないので「すぐに弁当を持ってきて」というお願いは聞くことはできないが、予約という形でなら注文は受け付けている。
そんなわけで、カルディナは「はいはいー」と慣れた様子でショーポットに応答するが、続く様子がどこかおかしい。
「あのー? おーい?」
何度かショーポットの向こう側の人に呼びかけた後。
「…………」
やがてカルディナは黙りこくってしまった。
「カルディナさん?」
正義が小声で声をかけると、カルディナは首を横に振る。
間を置かず、ショーポットを元の位置に置いてしまった。
「どうしたんですか?」
「無言だったんだ。でも、誰かの呼吸音だけは聞こえる状態で……」
「呼吸音……何でしょうね? ポケットに入れていたショーポットが振動で勝手に発信したとか?」
「そうだよね。普通、間違えたってわかったらすぐに切っちゃうもんね」
個人レベルでショーポットを持っているヴィノグラードの街の人たち。
ただスマホや携帯のように液晶画面はないので、誰が連絡をしてきたまでかはわからない。
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