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チキンステーキ弁当⑤
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再び店内に戻った二人。
まだ注文は入っていないらしく、カルディナはキッチン周りの清掃をしていた。
「そうだ。お二人ともアクアラルーン国のことについて何か知ってますか?」
正義が尋ねると、二人は一瞬顔を見合わせた。
「南のアウラヴィスタ国を挟んで、その西側にある国だよ。湖だらけって聞いたことがある」
「確か『水の女神』『慈愛の女神』『刃の女神』の加護がある国よね。いきなりどうしたの?」
「実はガイウルフさんの家で気になる物を見つけまして……」
正義は二人に招き猫のことを話す。
話を聞いた二人は、再び顔を見合わせていた。
「ララーは何か知ってる?」
「さすがに外の国については詳しくないわ……。でも工芸品ってことは、少なくとも昔から作られているってことよね。マサヨシと同じ世界から来てしまった人間が、過去にいた可能性があるのかも」
「あっ、それなら私も聞いたことがあるよ! 元々この世界には下着が存在しなかったんだけど、大昔に別の世界からやって来た人が下着を作って広めたんだって!」
「そ、そんな話があったんですね……」
正義は二重の意味で驚いた。
一つは、元々この世界には下着がなかったという点。
どれくらい昔の話かはわからないが、さぞかし皆スースーしていたことだろう。
そしてもう一つは、自分以外にも別の世界から来た者がいた、という点。
正義がこの世界に来てしまった経緯を思えば、召喚魔法を失敗して喚ばれてしまった人間が他にいても、何らおかしくはない。
「何かちょっと勘違いしてそうだけど、下は元々この世界にもあったわよ? カルディナが言ってるのは女性用の上の下着のことね」
「あ、そうなんですね……」
さすがにそこまで原始的な文明ではなかったらしい。
正義は少し反省する。
「アクアラルーン国については、今度ガイウルフさんに会った時に直接聞いてみれば良いんじゃない?」
「そうしてみます」
「今やらなくちゃいけないのは、ハンバーグ弁当に使う大量の材料の調達だよ。あとその日も店は臨時休業にしなくちゃ」
「…………」
「どうしたのマサヨシ?」
「あ、いや……。今さらなんですが、カルディナさんがガイウルフさんの屋敷に行って作るのは無理だったのかなと……」
「それは──」
「それをするとカルディナがガイウルフさんの『専属のコック』として評価されちゃうから、あえて向こうも弁当に拘ったんでしょうね」
困惑するカルディナに代わって答えたのはララーだ。
「集まるのは上流階級の人ばかり。でもマサヨシも知っての通り、カルディナが得意なのは庶民的な料理なの」
ララーの言葉に頷き、肯定するカルディナ。
「うん。とてもじゃないけど、私には上流階級の人たちを満足させるような料理を作る自信はない。でも弁当という形なら『そういう物』だと初めから納得させることができる……。ガイウルフさんは『珍しい物が好き』という人で有名らしいから、今回の弁当もそう説明するらしいんだ。だからこそ『料理を配達する』という部分は外せない」
「なるほど……。ガイウルフさんなりに気を遣ってくれてたんですね」
元々温かい料理を運ぶ――という概念がなかった世界だ。
宅配を一種のエンタメのように見せることで、味については二の次にする。
上手くいけばガイウルフもカルディナも評価が下がることはない。
そういう魂胆だろう。
とにかくカルディナの言う通り、今は目の前の大口注文に向けて準備をしなければならない。
「私もついでに、手伝ってくれる教え子がいないか当たってみるわ」
ララーもやる気十分だ。
「俺、バイクに弁当がどれくらい載るのか確認してきます」
正義も今はそのことは忘れ、まずは来る日に備えて動くのだった。
数日後の早朝。
店内にて佇む人影が二人。
「いよいよだね」
「はい」
カルディナと正義は、まるで戦場に赴く兵士のような顔で並んでいた。
二人の眼前には、厨房内にとどまらずテーブルの上にまでズラッと並べられた宅配弁当の容器。
お昼前までに、これら全てにハンバーグ弁当を詰めなければならない。
「おっはよー二人とも」
「ララー! 今日はありがとうね」
「お礼は全て終わってから。それよりも助っ人連れてきたわよ」
ララーの後ろから控えめに顔を覗かせたのは、髪を雑におさげにした女の子。
ララーより一回り小さい杖を持っており、つばの広い帽子には、まるで猫耳のような出っ張りが付いている。
「その子は?」
「私の教え子の一人。火とか熱の魔法が得意だから協力してもらうことにしたの」
「はははははじめっ、ましまししてっ……! ユルルゥとももも申しますっ!」
ユルルゥは顔を真っ赤にしながら、腰を90度以上折り曲げる。
勢いで彼女のおさげがぶんっと空を切った。
「ご覧の通り、かなりあがり症なのが玉に瑕なんだけどね……。実力は保証するわ」
「そっか。今日はよろしくねユルルゥちゃん」
「猫の手も借りたいほどですからね。本当に助かります」
「がっ、ががが頑張りますっ!」
「彼女がいれば保温については問題ないはずよ。後はカルディナとマサヨシが頑張るだけね」
ララーに言われたは二人は顔を見合わせて頷き合う。
「それじゃあ今から作り始めるよ! みんな、今日はよろしくお願いします!」
カルディナが声高らかに告げ、いよいよ大量の弁当作りが始まるのだった。
ララーとユルルゥが既に炊いていた白米を弁当容器に移すところから、作業は始まった。
そして早速ユルルゥは杖を振り、熱の魔法を使って保温する。
赤くぼんやりと光るビニールハウスのような膜が広がり、並べられた弁当容器をいっきに包み込んだ。
「高温になりすぎないように注意ね。焦げるから」
「は、はいっ!」
空になった鍋にすかさずカルディナが新たな白米を投入し、また炊き始める。
とにかく今回は米が大量に必要だ。
カルディナが使っている鍋はなかなかの大きさをしているのだが、今回の注文分には到底足りないので追加で炊く必要があったのだ。
次の米を炊いている間、カルディナはハンバーグ作りに取りかかる。
この作業は正義も手伝う。
大量のひき肉を捏ねる作業は、図工の授業で粘土を使った時のことを思い出させた。
「形が整ったやつはこっちのお皿に置いていってね。私はそろそろ焼き始めるよ」
「わかりました」
まだ注文は入っていないらしく、カルディナはキッチン周りの清掃をしていた。
「そうだ。お二人ともアクアラルーン国のことについて何か知ってますか?」
正義が尋ねると、二人は一瞬顔を見合わせた。
「南のアウラヴィスタ国を挟んで、その西側にある国だよ。湖だらけって聞いたことがある」
「確か『水の女神』『慈愛の女神』『刃の女神』の加護がある国よね。いきなりどうしたの?」
「実はガイウルフさんの家で気になる物を見つけまして……」
正義は二人に招き猫のことを話す。
話を聞いた二人は、再び顔を見合わせていた。
「ララーは何か知ってる?」
「さすがに外の国については詳しくないわ……。でも工芸品ってことは、少なくとも昔から作られているってことよね。マサヨシと同じ世界から来てしまった人間が、過去にいた可能性があるのかも」
「あっ、それなら私も聞いたことがあるよ! 元々この世界には下着が存在しなかったんだけど、大昔に別の世界からやって来た人が下着を作って広めたんだって!」
「そ、そんな話があったんですね……」
正義は二重の意味で驚いた。
一つは、元々この世界には下着がなかったという点。
どれくらい昔の話かはわからないが、さぞかし皆スースーしていたことだろう。
そしてもう一つは、自分以外にも別の世界から来た者がいた、という点。
正義がこの世界に来てしまった経緯を思えば、召喚魔法を失敗して喚ばれてしまった人間が他にいても、何らおかしくはない。
「何かちょっと勘違いしてそうだけど、下は元々この世界にもあったわよ? カルディナが言ってるのは女性用の上の下着のことね」
「あ、そうなんですね……」
さすがにそこまで原始的な文明ではなかったらしい。
正義は少し反省する。
「アクアラルーン国については、今度ガイウルフさんに会った時に直接聞いてみれば良いんじゃない?」
「そうしてみます」
「今やらなくちゃいけないのは、ハンバーグ弁当に使う大量の材料の調達だよ。あとその日も店は臨時休業にしなくちゃ」
「…………」
「どうしたのマサヨシ?」
「あ、いや……。今さらなんですが、カルディナさんがガイウルフさんの屋敷に行って作るのは無理だったのかなと……」
「それは──」
「それをするとカルディナがガイウルフさんの『専属のコック』として評価されちゃうから、あえて向こうも弁当に拘ったんでしょうね」
困惑するカルディナに代わって答えたのはララーだ。
「集まるのは上流階級の人ばかり。でもマサヨシも知っての通り、カルディナが得意なのは庶民的な料理なの」
ララーの言葉に頷き、肯定するカルディナ。
「うん。とてもじゃないけど、私には上流階級の人たちを満足させるような料理を作る自信はない。でも弁当という形なら『そういう物』だと初めから納得させることができる……。ガイウルフさんは『珍しい物が好き』という人で有名らしいから、今回の弁当もそう説明するらしいんだ。だからこそ『料理を配達する』という部分は外せない」
「なるほど……。ガイウルフさんなりに気を遣ってくれてたんですね」
元々温かい料理を運ぶ――という概念がなかった世界だ。
宅配を一種のエンタメのように見せることで、味については二の次にする。
上手くいけばガイウルフもカルディナも評価が下がることはない。
そういう魂胆だろう。
とにかくカルディナの言う通り、今は目の前の大口注文に向けて準備をしなければならない。
「私もついでに、手伝ってくれる教え子がいないか当たってみるわ」
ララーもやる気十分だ。
「俺、バイクに弁当がどれくらい載るのか確認してきます」
正義も今はそのことは忘れ、まずは来る日に備えて動くのだった。
数日後の早朝。
店内にて佇む人影が二人。
「いよいよだね」
「はい」
カルディナと正義は、まるで戦場に赴く兵士のような顔で並んでいた。
二人の眼前には、厨房内にとどまらずテーブルの上にまでズラッと並べられた宅配弁当の容器。
お昼前までに、これら全てにハンバーグ弁当を詰めなければならない。
「おっはよー二人とも」
「ララー! 今日はありがとうね」
「お礼は全て終わってから。それよりも助っ人連れてきたわよ」
ララーの後ろから控えめに顔を覗かせたのは、髪を雑におさげにした女の子。
ララーより一回り小さい杖を持っており、つばの広い帽子には、まるで猫耳のような出っ張りが付いている。
「その子は?」
「私の教え子の一人。火とか熱の魔法が得意だから協力してもらうことにしたの」
「はははははじめっ、ましまししてっ……! ユルルゥとももも申しますっ!」
ユルルゥは顔を真っ赤にしながら、腰を90度以上折り曲げる。
勢いで彼女のおさげがぶんっと空を切った。
「ご覧の通り、かなりあがり症なのが玉に瑕なんだけどね……。実力は保証するわ」
「そっか。今日はよろしくねユルルゥちゃん」
「猫の手も借りたいほどですからね。本当に助かります」
「がっ、ががが頑張りますっ!」
「彼女がいれば保温については問題ないはずよ。後はカルディナとマサヨシが頑張るだけね」
ララーに言われたは二人は顔を見合わせて頷き合う。
「それじゃあ今から作り始めるよ! みんな、今日はよろしくお願いします!」
カルディナが声高らかに告げ、いよいよ大量の弁当作りが始まるのだった。
ララーとユルルゥが既に炊いていた白米を弁当容器に移すところから、作業は始まった。
そして早速ユルルゥは杖を振り、熱の魔法を使って保温する。
赤くぼんやりと光るビニールハウスのような膜が広がり、並べられた弁当容器をいっきに包み込んだ。
「高温になりすぎないように注意ね。焦げるから」
「は、はいっ!」
空になった鍋にすかさずカルディナが新たな白米を投入し、また炊き始める。
とにかく今回は米が大量に必要だ。
カルディナが使っている鍋はなかなかの大きさをしているのだが、今回の注文分には到底足りないので追加で炊く必要があったのだ。
次の米を炊いている間、カルディナはハンバーグ作りに取りかかる。
この作業は正義も手伝う。
大量のひき肉を捏ねる作業は、図工の授業で粘土を使った時のことを思い出させた。
「形が整ったやつはこっちのお皿に置いていってね。私はそろそろ焼き始めるよ」
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