28 / 53
チキンステーキ弁当①
しおりを挟む
あれから数週間が過ぎた。
領主の屋敷からは今でもちょくちょく注文が入る。
さすがに以前アマリルがやっていたような毎日の注文ではなくなったが、それでも週に1回は注文してくれるので、既に常連と言っていいだろう。
屋敷で働いているメイドの分まで注文してくれる日もあるので、店にとってかなりありがたい。
さらにその影響か、領主の家近辺からも注文がポツポツと入るようになっていた。
どうやらじわじわと口コミで広がっているらしい。
領主から認められたとあって自信が付いたのか、弁当を作る時のカルディナの表情はより一層輝いていた。
そしてカレーができたことで、メニューも派生したものを作ることができるようになった。
具体的にはハンバーグカレー、トンカツカレー、そしてドライカレーだ。
ララーは辛い物が苦手だが、カルディナが牛乳とバターを入れる前の味も好きだったので、結局採用することになったのだ。
いつもチラシ配りを手伝ってくれているチョコは意外にも辛い物がいける口だったらしく、
「私、ハンバーグカレーがいちばん好きかも!」
と頬を上気させながらパクパク食べていた。
ドライカレーはチャーハンが好きだった常連たちに好評。
いっきにメニューが増えたおかげで、カルディナのやる気も俄然上昇中だ。
暇を持て余していた食堂だった頃と比べて、ずっと忙しく動き続けている状態だろう。
それでも彼女からはマイナスの感情は一切洩れてこない。
「マサヨシ、領主様の所からまた注文が入ったよ。今日はシャケ弁当だって」
「わかりました。俺、卵焼きとほうれん草のソテーを作っておきますね」
「うん、お願い」
すぐに準備に取りかかる正義。
最近は正義も厨房に入ってカルディナと共に調理をする頻度が増えていた。
作業を分担した方がずっと早く完成するし、何よりカルディナの負担も減らせる。
「……楽しいなぁ」
ふとカルディナが呟いた非常に小さな声を、正義は聞き逃さなかった。
(俺もです)
日本にいた時もバイトは苦痛というわけではなかったが、かといって特別に楽しいと感じたことはなかった。
生きるためにただ繰り返していたルーチン。
でもここに来てからは、毎日が何もかも新鮮で楽しい。
フライパンの中に溶かした卵を入れる正義の口角も、知らず上がっていたのだった。
「ありがとうございました」
無事、領主の家に弁当を届け終えた正義。
アマリルもすっかり雰囲気が明るくなっていて、あれ以来親子関係が上手くいっていることが容易に想像できて嬉しくなる。
空になった保温バッグを仕舞い、バイクに跨がろうとしたその時――。
「君、ちょっといいかね?」
突然、渋い声の何者かに呼び止められた。
「はい……?」
咄嗟に声のした方へ顔を向けた正義の心臓が大きく跳ねる。
そこに立っていたのは、狼の頭を持った人だったからだ。
声の低さから察するに、おそらく男性。
着ている服はいかにも貴族、といった上品なものだった。
このように獣のような頭を持つ人たちは、皆まとめて獣人と呼ばれているらしい。
市場に買い物に行った時も獣人を間近で見て驚いたが、やはりいきなり目の前に現れるとどうしても正義はビックリしてしまう。
(いや、でもそろそろ慣れなきゃな。この世界ではこれが当たり前なんだから)
「突然すまないね。最近領主様の家に頻繁に出入りしているものだから気になって。もしかして君が『宅配弁当』とやらを配達しているのかい?」
「そうです。俺のこと知っているんですか?」
「ああ。音が出る乗り物で領主様の家に出入りしているからね。街の通りでチラシを貰ってきた近所のご婦人からも話を聞いた。元々ヴィノグラードの住民は好奇心が強いから、ここら一帯の家でも宅配弁当のことは噂になっているよ」
知らない間に噂になっていたらしい。
そんなに注目されていたと知って急に照れくさくなるが、店のことを思うと悪い気はしない。むしろ嬉しい。
地道にチラシ配りを続けてくれているチョコにも教えてあげたら喜ぶだろう。
「それで見たことがない乗り物の君を見つけて、声をかけさせてもらったんだ。僕にもチラシを貰えないだろうか?」
「興味を持ってくださってありがとうございます!」
正義はバイクからチラシを取り出すと狼の獣人に渡す。
「なるほど……これが弁当。確かに見たことがないものばかりだ。実に興味深い」
彼はチラシをザッと眺めながら呟く。
「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。私はガイウルフ。この近くに住んでいる者だ。今日のところはこれで失礼するよ」
狼の獣人ガイウルフは、片手を軽く上げると夜の闇の中に消えていったのだった。
領主の屋敷からは今でもちょくちょく注文が入る。
さすがに以前アマリルがやっていたような毎日の注文ではなくなったが、それでも週に1回は注文してくれるので、既に常連と言っていいだろう。
屋敷で働いているメイドの分まで注文してくれる日もあるので、店にとってかなりありがたい。
さらにその影響か、領主の家近辺からも注文がポツポツと入るようになっていた。
どうやらじわじわと口コミで広がっているらしい。
領主から認められたとあって自信が付いたのか、弁当を作る時のカルディナの表情はより一層輝いていた。
そしてカレーができたことで、メニューも派生したものを作ることができるようになった。
具体的にはハンバーグカレー、トンカツカレー、そしてドライカレーだ。
ララーは辛い物が苦手だが、カルディナが牛乳とバターを入れる前の味も好きだったので、結局採用することになったのだ。
いつもチラシ配りを手伝ってくれているチョコは意外にも辛い物がいける口だったらしく、
「私、ハンバーグカレーがいちばん好きかも!」
と頬を上気させながらパクパク食べていた。
ドライカレーはチャーハンが好きだった常連たちに好評。
いっきにメニューが増えたおかげで、カルディナのやる気も俄然上昇中だ。
暇を持て余していた食堂だった頃と比べて、ずっと忙しく動き続けている状態だろう。
それでも彼女からはマイナスの感情は一切洩れてこない。
「マサヨシ、領主様の所からまた注文が入ったよ。今日はシャケ弁当だって」
「わかりました。俺、卵焼きとほうれん草のソテーを作っておきますね」
「うん、お願い」
すぐに準備に取りかかる正義。
最近は正義も厨房に入ってカルディナと共に調理をする頻度が増えていた。
作業を分担した方がずっと早く完成するし、何よりカルディナの負担も減らせる。
「……楽しいなぁ」
ふとカルディナが呟いた非常に小さな声を、正義は聞き逃さなかった。
(俺もです)
日本にいた時もバイトは苦痛というわけではなかったが、かといって特別に楽しいと感じたことはなかった。
生きるためにただ繰り返していたルーチン。
でもここに来てからは、毎日が何もかも新鮮で楽しい。
フライパンの中に溶かした卵を入れる正義の口角も、知らず上がっていたのだった。
「ありがとうございました」
無事、領主の家に弁当を届け終えた正義。
アマリルもすっかり雰囲気が明るくなっていて、あれ以来親子関係が上手くいっていることが容易に想像できて嬉しくなる。
空になった保温バッグを仕舞い、バイクに跨がろうとしたその時――。
「君、ちょっといいかね?」
突然、渋い声の何者かに呼び止められた。
「はい……?」
咄嗟に声のした方へ顔を向けた正義の心臓が大きく跳ねる。
そこに立っていたのは、狼の頭を持った人だったからだ。
声の低さから察するに、おそらく男性。
着ている服はいかにも貴族、といった上品なものだった。
このように獣のような頭を持つ人たちは、皆まとめて獣人と呼ばれているらしい。
市場に買い物に行った時も獣人を間近で見て驚いたが、やはりいきなり目の前に現れるとどうしても正義はビックリしてしまう。
(いや、でもそろそろ慣れなきゃな。この世界ではこれが当たり前なんだから)
「突然すまないね。最近領主様の家に頻繁に出入りしているものだから気になって。もしかして君が『宅配弁当』とやらを配達しているのかい?」
「そうです。俺のこと知っているんですか?」
「ああ。音が出る乗り物で領主様の家に出入りしているからね。街の通りでチラシを貰ってきた近所のご婦人からも話を聞いた。元々ヴィノグラードの住民は好奇心が強いから、ここら一帯の家でも宅配弁当のことは噂になっているよ」
知らない間に噂になっていたらしい。
そんなに注目されていたと知って急に照れくさくなるが、店のことを思うと悪い気はしない。むしろ嬉しい。
地道にチラシ配りを続けてくれているチョコにも教えてあげたら喜ぶだろう。
「それで見たことがない乗り物の君を見つけて、声をかけさせてもらったんだ。僕にもチラシを貰えないだろうか?」
「興味を持ってくださってありがとうございます!」
正義はバイクからチラシを取り出すと狼の獣人に渡す。
「なるほど……これが弁当。確かに見たことがないものばかりだ。実に興味深い」
彼はチラシをザッと眺めながら呟く。
「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。私はガイウルフ。この近くに住んでいる者だ。今日のところはこれで失礼するよ」
狼の獣人ガイウルフは、片手を軽く上げると夜の闇の中に消えていったのだった。
2
お気に入りに追加
1,322
あなたにおすすめの小説
異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
最弱職と村を追い出されましたが、突然勇者の能力が上書きされたのでスローライフを始めます
渡琉兎
ファンタジー
十五歳になりその者の能力指標となる職業ランクを確認した少年、スウェイン。
彼の職業ランクは最底辺のN、その中でもさらに最弱職と言われる荷物持ちだったことで、村人からも、友人からも、そして家族からも見放されてしまい、職業が判明してから三日後――村から追い出されてしまった。
職業ランクNは、ここラクスラインでは奴隷にも似た扱いを受けてしまうこともあり、何処かで一人のんびり暮らしたいと思っていたのだが、空腹に負けて森の中で倒れてしまう。
そんな時――突然の頭痛からスウェインの知り得ないスキルの情報や見たことのない映像が頭の中に流れ込んでくる。
目覚めたスウェインが自分の職業を確認すると――何故か最高の職業ランクXRの勇者になっていた!
勇者になってもスローライフを願うスウェインの、自由気ままな生活がスタートした!
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ
ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。
ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。
夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。
そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。
そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。
新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。
勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった
九曜
ファンタジー
俺は勇者召喚に巻き込まれた
勇者ではなかった俺は王国からお金だけを貰って他の国に行った
だが、俺には特別なスキルを授かったがそのお陰かいろいろな事件に巻き込まれといった
この物語は主人公がほのぼのと生活するがいろいろと巻き込まれていく物語
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる