バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました

福山陽士

文字の大きさ
上 下
21 / 53

シャケ弁当⑥

しおりを挟む
「北門の近く、か」

 しばらくバイクを走らせる正義。
 過ごしやすい気温ということもあり、正面から受ける風が心地良い。

 店があるのはヴィノグラードの南の方ということもあり、ここまで離れた北の方から注文が入ったことはまだない。
 魔法塾の寮はもっと西の方にある。

 大きな屋敷が並んでいる様子は、街の南側の雰囲気とはまったく違うものだ。
 一目見てお金持ちが住んでいる区域だとわかる。

 そして人通りが少ない。
 人の視線を気にすることなくバイクを走らせるのは、ここに来て初めてかもしれない。

「お、あれが北門か」

 ようやく目標が見えた。
 確かにその横の外壁は派手に崩壊しており、工事をしている人の姿も見える。

 あとはザーナを探すだけだ。
 非常に良い体格と大きな角があるので、おそらく遠目でもわかるだろうと正義は想像していたのだが――。

「同じような見た目の人ばかりだ……」

 どうやら工事作業をしているのは全員オーガの男性らしく、誰がザーナなのかサッパリわからない。
 不安を抱いたまま門に近付いたところ、全員がバイクのエンジン音に驚き一斉に顔を向けてきた。

 奇異の眼差しで見つめられる中、その中の一人が笑顔で正義に手を振る。

「兄ちゃん、こっちだ! 本当に凄い乗り物で来たな!」
「ザーナさん。お待たせしました!」

 ザーナの前にバイクを停める正義。
 呼び止めてくれて助かったと心の中で感謝する。
 早速弁当を取り出してザーナに渡すと、周囲にいた同僚たちも物珍しそうに集まってきた。

「昨日言っていたシャケ弁当です」
「おお、あんがとな! 無茶なリクエストに応えてくれて感謝してるよ」

「いえ。おかげで良いメニューができたとカルディナさんも喜んでましたから。良かったら味の感想をカルディナさんに伝えてあげてください」

「もちろんよ。あとそうだ。これをカルディナちゃんに渡しておいてくれ」

 お金と共に正義が受け取ったのは、短い棒きれ数本だった。
 どこからどう見てもただの棒。
 なぜこんな物をカルディナに渡そうとするのだろう。

「前に話した時、あいつが言ってたんだ。娘はこれが好きで手が空くと囓ってる――って」
「あ――」

 市場の露店を回っている時、ただの棒きれを売っていたことを正義は思い出した。
 つまりこれは、幼かった頃のカルディナのおやつだったもの。

「はい。渡しておきます」

 正義が受け取ると、ザーナはわかりやすく目元を綻ばせた。

「それではありがとうございました」
「こっちこそだ。ここにいる間は注文させてもらうとするよ」
「ありがたいです。カルディナさんも喜ぶと思います」

 正義が再びバイクに跨がったタイミングで、周囲の同僚たちが一斉にザーナを取り囲む。

「お前、何だよそのメシ。めちゃくちゃ美味そうじゃねえか!」
「料理を持ってきてくれるサービスができてたなんて、やっぱヴィノグラードの街は進んでるな」
「すげぇ。ちゃんと温かいしこの容器もよくできてるな」

「お前ら、俺の昼飯だぞ。散れ散れ!」

 体格の良い男たちがガヤガヤと盛り上がっているのを笑顔で見届けてから、正義は北門を後にするのだった。




「ただいま戻りました」
「おかえりー。今のところ注文も入ってないし、この隙にご飯食べちゃお」

 カルディナが鍋の中に入れたレードルをかき回しつつ声をかけてきた。
 いつもまかないは、その時ある食材から作られる即興のもの。
 今日のまかないは野菜と豚肉が入ったスープと、近くのパン屋で買ってきたバゲットらしい。

「あっ、ザーナさんからカルディナさんにこれを預かってきてるんです」
「これは……」

 カルディナの手が止まる。

「ザーナさん、カルディナさんのお父さんから聞いていたらしいんです。これが好きだったって」
「そうか……。うん。ありがたく貰うとするよ」

 正義から手渡された棒きれを、感慨深そうに見つめるカルディナ。

「これ、カラロバっていう木の枝なんだ。マサヨシもちょっと囓ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん」

 と再度受け取ったものの、やはりどこからどう見てもただの棒。食べる物には見えない。
 そんな困惑している正義に気付いたのか、カルディナがイタズラっぽく笑いながら先にカラロバを囓った。

「うーん、やっぱり独特の味。でもこれがクセになるんだよなぁ」

 正義も思いきってえいっと囓ってみる。
 瞬間、口の中に広がるのは確かに独特の味だった。
 シナモンに何かをまぶしたかのような、鼻を抜けるような香り。少しスースーする。

「子供の頃のカルディナさんはこれが好きだったんですね……」
「あははっ! マサヨシ凄い顔してる」

 カルディナの明るい笑い声が響く店内。
 そんな中正義は思う。

 確かにカルディナは突然両親を失って一人になってしまった。
 オーガと人間という特殊な血も持っている。けれど、ザーナのようにどこかで思ってくれている人が他にいるのかもしれないと。

(カルディナさんにはララーさんもいるし、俺と違って決して一人じゃない)

 カラロバの独特な香りが、正義の口内からじわじわと頭に広がっていく。
 その清涼感は、正義の体内に寂寥感を伴って静かに沈殿していくのだった。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...