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シャケ弁当⑥
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「北門の近く、か」
しばらくバイクを走らせる正義。
過ごしやすい気温ということもあり、正面から受ける風が心地良い。
店があるのはヴィノグラードの南の方ということもあり、ここまで離れた北の方から注文が入ったことはまだない。
魔法塾の寮はもっと西の方にある。
大きな屋敷が並んでいる様子は、街の南側の雰囲気とはまったく違うものだ。
一目見てお金持ちが住んでいる区域だとわかる。
そして人通りが少ない。
人の視線を気にすることなくバイクを走らせるのは、ここに来て初めてかもしれない。
「お、あれが北門か」
ようやく目標が見えた。
確かにその横の外壁は派手に崩壊しており、工事をしている人の姿も見える。
あとはザーナを探すだけだ。
非常に良い体格と大きな角があるので、おそらく遠目でもわかるだろうと正義は想像していたのだが――。
「同じような見た目の人ばかりだ……」
どうやら工事作業をしているのは全員オーガの男性らしく、誰がザーナなのかサッパリわからない。
不安を抱いたまま門に近付いたところ、全員がバイクのエンジン音に驚き一斉に顔を向けてきた。
奇異の眼差しで見つめられる中、その中の一人が笑顔で正義に手を振る。
「兄ちゃん、こっちだ! 本当に凄い乗り物で来たな!」
「ザーナさん。お待たせしました!」
ザーナの前にバイクを停める正義。
呼び止めてくれて助かったと心の中で感謝する。
早速弁当を取り出してザーナに渡すと、周囲にいた同僚たちも物珍しそうに集まってきた。
「昨日言っていたシャケ弁当です」
「おお、あんがとな! 無茶なリクエストに応えてくれて感謝してるよ」
「いえ。おかげで良いメニューができたとカルディナさんも喜んでましたから。良かったら味の感想をカルディナさんに伝えてあげてください」
「もちろんよ。あとそうだ。これをカルディナちゃんに渡しておいてくれ」
お金と共に正義が受け取ったのは、短い棒きれ数本だった。
どこからどう見てもただの棒。
なぜこんな物をカルディナに渡そうとするのだろう。
「前に話した時、あいつが言ってたんだ。娘はこれが好きで手が空くと囓ってる――って」
「あ――」
市場の露店を回っている時、ただの棒きれを売っていたことを正義は思い出した。
つまりこれは、幼かった頃のカルディナのおやつだったもの。
「はい。渡しておきます」
正義が受け取ると、ザーナはわかりやすく目元を綻ばせた。
「それではありがとうございました」
「こっちこそだ。ここにいる間は注文させてもらうとするよ」
「ありがたいです。カルディナさんも喜ぶと思います」
正義が再びバイクに跨がったタイミングで、周囲の同僚たちが一斉にザーナを取り囲む。
「お前、何だよそのメシ。めちゃくちゃ美味そうじゃねえか!」
「料理を持ってきてくれるサービスができてたなんて、やっぱヴィノグラードの街は進んでるな」
「すげぇ。ちゃんと温かいしこの容器もよくできてるな」
「お前ら、俺の昼飯だぞ。散れ散れ!」
体格の良い男たちがガヤガヤと盛り上がっているのを笑顔で見届けてから、正義は北門を後にするのだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりー。今のところ注文も入ってないし、この隙にご飯食べちゃお」
カルディナが鍋の中に入れたレードルをかき回しつつ声をかけてきた。
いつもまかないは、その時ある食材から作られる即興のもの。
今日のまかないは野菜と豚肉が入ったスープと、近くのパン屋で買ってきたバゲットらしい。
「あっ、ザーナさんからカルディナさんにこれを預かってきてるんです」
「これは……」
カルディナの手が止まる。
「ザーナさん、カルディナさんのお父さんから聞いていたらしいんです。これが好きだったって」
「そうか……。うん。ありがたく貰うとするよ」
正義から手渡された棒きれを、感慨深そうに見つめるカルディナ。
「これ、カラロバっていう木の枝なんだ。マサヨシもちょっと囓ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん」
と再度受け取ったものの、やはりどこからどう見てもただの棒。食べる物には見えない。
そんな困惑している正義に気付いたのか、カルディナがイタズラっぽく笑いながら先にカラロバを囓った。
「うーん、やっぱり独特の味。でもこれがクセになるんだよなぁ」
正義も思いきってえいっと囓ってみる。
瞬間、口の中に広がるのは確かに独特の味だった。
シナモンに何かをまぶしたかのような、鼻を抜けるような香り。少しスースーする。
「子供の頃のカルディナさんはこれが好きだったんですね……」
「あははっ! マサヨシ凄い顔してる」
カルディナの明るい笑い声が響く店内。
そんな中正義は思う。
確かにカルディナは突然両親を失って一人になってしまった。
オーガと人間という特殊な血も持っている。けれど、ザーナのようにどこかで思ってくれている人が他にいるのかもしれないと。
(カルディナさんにはララーさんもいるし、俺と違って決して一人じゃない)
カラロバの独特な香りが、正義の口内からじわじわと頭に広がっていく。
その清涼感は、正義の体内に寂寥感を伴って静かに沈殿していくのだった。
しばらくバイクを走らせる正義。
過ごしやすい気温ということもあり、正面から受ける風が心地良い。
店があるのはヴィノグラードの南の方ということもあり、ここまで離れた北の方から注文が入ったことはまだない。
魔法塾の寮はもっと西の方にある。
大きな屋敷が並んでいる様子は、街の南側の雰囲気とはまったく違うものだ。
一目見てお金持ちが住んでいる区域だとわかる。
そして人通りが少ない。
人の視線を気にすることなくバイクを走らせるのは、ここに来て初めてかもしれない。
「お、あれが北門か」
ようやく目標が見えた。
確かにその横の外壁は派手に崩壊しており、工事をしている人の姿も見える。
あとはザーナを探すだけだ。
非常に良い体格と大きな角があるので、おそらく遠目でもわかるだろうと正義は想像していたのだが――。
「同じような見た目の人ばかりだ……」
どうやら工事作業をしているのは全員オーガの男性らしく、誰がザーナなのかサッパリわからない。
不安を抱いたまま門に近付いたところ、全員がバイクのエンジン音に驚き一斉に顔を向けてきた。
奇異の眼差しで見つめられる中、その中の一人が笑顔で正義に手を振る。
「兄ちゃん、こっちだ! 本当に凄い乗り物で来たな!」
「ザーナさん。お待たせしました!」
ザーナの前にバイクを停める正義。
呼び止めてくれて助かったと心の中で感謝する。
早速弁当を取り出してザーナに渡すと、周囲にいた同僚たちも物珍しそうに集まってきた。
「昨日言っていたシャケ弁当です」
「おお、あんがとな! 無茶なリクエストに応えてくれて感謝してるよ」
「いえ。おかげで良いメニューができたとカルディナさんも喜んでましたから。良かったら味の感想をカルディナさんに伝えてあげてください」
「もちろんよ。あとそうだ。これをカルディナちゃんに渡しておいてくれ」
お金と共に正義が受け取ったのは、短い棒きれ数本だった。
どこからどう見てもただの棒。
なぜこんな物をカルディナに渡そうとするのだろう。
「前に話した時、あいつが言ってたんだ。娘はこれが好きで手が空くと囓ってる――って」
「あ――」
市場の露店を回っている時、ただの棒きれを売っていたことを正義は思い出した。
つまりこれは、幼かった頃のカルディナのおやつだったもの。
「はい。渡しておきます」
正義が受け取ると、ザーナはわかりやすく目元を綻ばせた。
「それではありがとうございました」
「こっちこそだ。ここにいる間は注文させてもらうとするよ」
「ありがたいです。カルディナさんも喜ぶと思います」
正義が再びバイクに跨がったタイミングで、周囲の同僚たちが一斉にザーナを取り囲む。
「お前、何だよそのメシ。めちゃくちゃ美味そうじゃねえか!」
「料理を持ってきてくれるサービスができてたなんて、やっぱヴィノグラードの街は進んでるな」
「すげぇ。ちゃんと温かいしこの容器もよくできてるな」
「お前ら、俺の昼飯だぞ。散れ散れ!」
体格の良い男たちがガヤガヤと盛り上がっているのを笑顔で見届けてから、正義は北門を後にするのだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりー。今のところ注文も入ってないし、この隙にご飯食べちゃお」
カルディナが鍋の中に入れたレードルをかき回しつつ声をかけてきた。
いつもまかないは、その時ある食材から作られる即興のもの。
今日のまかないは野菜と豚肉が入ったスープと、近くのパン屋で買ってきたバゲットらしい。
「あっ、ザーナさんからカルディナさんにこれを預かってきてるんです」
「これは……」
カルディナの手が止まる。
「ザーナさん、カルディナさんのお父さんから聞いていたらしいんです。これが好きだったって」
「そうか……。うん。ありがたく貰うとするよ」
正義から手渡された棒きれを、感慨深そうに見つめるカルディナ。
「これ、カラロバっていう木の枝なんだ。マサヨシもちょっと囓ってみる?」
「いいんですか?」
「もちろん」
と再度受け取ったものの、やはりどこからどう見てもただの棒。食べる物には見えない。
そんな困惑している正義に気付いたのか、カルディナがイタズラっぽく笑いながら先にカラロバを囓った。
「うーん、やっぱり独特の味。でもこれがクセになるんだよなぁ」
正義も思いきってえいっと囓ってみる。
瞬間、口の中に広がるのは確かに独特の味だった。
シナモンに何かをまぶしたかのような、鼻を抜けるような香り。少しスースーする。
「子供の頃のカルディナさんはこれが好きだったんですね……」
「あははっ! マサヨシ凄い顔してる」
カルディナの明るい笑い声が響く店内。
そんな中正義は思う。
確かにカルディナは突然両親を失って一人になってしまった。
オーガと人間という特殊な血も持っている。けれど、ザーナのようにどこかで思ってくれている人が他にいるのかもしれないと。
(カルディナさんにはララーさんもいるし、俺と違って決して一人じゃない)
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