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シャケ弁当⑤
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調理台に並んだ4枚の皿に、よく焼けたシャケが順番に置かれていく。
ほんのりと漂ってくる香ばしい匂いに、正義は日本のことをふと思い出してしまった。
「さぁて、実食の時間だよ。こっちの左に置いてるのがグリルで焼いたやつで、右がフライパンね」
棚からフォークを取り出しつつカルディナが説明する。
やはり箸はこの異世界にはないらしい。
焼き魚をフォークで食べるのは不思議な感じがするが、正義は「郷に入れば郷に従えだ」と心の中で自分に言い聞かせてフォークを手に取った。
「それじゃあいただきまーす」
元気良く試食を始めるカルディナ。正義もそれに続き、しばし無言の時間が流れる。
正義が先に食べたのはフライパンで焼いた方。
次にグリルで焼いた方に手を付ける。
(あ、これは……)
すぐに違いがわかった。
隣でカルディナも目を丸くしている。
「なるほどねー。確かに食感が違う。グリルで焼いた方は皮がパリッとしているし、身もしっとりしてるね」
「フライパンで焼いた方は少し油っこくて皮も柔らかめですね」
弁当屋で働いてた時は焼き方と味の違いを意識したことはなかったが、ここまで違っていたことに正義は驚く。
「焼くだけならフライパンでもできるけど、焼いているうちに油が出て身が吸うからこうなるのか。弁当にするには少し不向きかもしれません」
「うんうん。いくらできたてを届けるとはいえ、やっぱり冷めちゃう時もあるもんね。冷めると油は固まっちゃうから確かに弁当にはあまり向いてないかも。でも片付けがラクなのがフライパンの良いところだよね。あと逆に油を求めてる時にも良いかもしれない。とにかく道具でも味に差が出ることを知れて良かったよ」
気にしない人はまったく気にしないだろうが、やはり弁当として提供するのはより美味しい方にしたい――というのは二人同じ意見だ。
「調理方法は決まったけど、マサヨシの話を聞くにシャケ弁当には他にも入れるんだよね?」
「そうですね。野菜の煮付けとかちくわの天ぷらとか海苔とか漬物とか……。でもよく考えたらこれ全部和食だな。どうしよう……」
ここにきて日本食の独特さにようやく気付いた正義。
カルディナの今までの料理を見る限り、ヴィノグラードの食事は洋食寄りだ。
同じものを用意するのは不可能だろうから、何か変わりになるものを入れるしかない。
「ええと、卵焼きなら作れるかな……。あとほうれん草とか小松菜に似たような野菜があればそれをソテーするだけで良さそうだし……」
「何やらわからない単語がいっぱい出てきてるけど、私が作れそうなものなら何でも作っちゃうよ。教えて!」
「あっ、はい。別に俺がいた世界のシャケ弁当に合わせる必要はないんですよね」
「そうそう。世界にここだけしかない、オリジナルのシャケ弁当を作ればいいだけなんだから」
眩しい笑顔で言い放つカルディナに後押しされ、正義は自分の知識を元に案を出していくのだった。
「できた……」
半ば呆然としながら、弁当容器の中を見つめて呟くカルディナ。
「できましたね……」
同じく呆然と呟く正義。
時刻は既に深夜を回っていた。
「これまでの弁当とは違って、色とりどりな食材で彩られている中身……。うん、我ながらこれは頑張った」
「カルディナさん本当に凄いです……。俺の下手な説明からくみ取って、短時間でこんな完璧に仕上げてくれるなんて」
「いやぁ。そうやってストレートに褒められると照れちゃうなぁ」
指で頬を掻くカルディナ。
照れる彼女は珍しい。
だが正義の言う通りカルディナの理解力が凄かった。
むしろ調理時間より、正義が説明に要した時間の方が何倍も長かったくらいだ。
「ネギ入りの卵焼きにほうれん草のバターソテー、そしてパプリカのピクルス。弁当の端にはゴマと塩のふりかけでちょっとだけ味変。色も黄色と緑と赤で鮮やかだ」
「本当、色がたくさんあると弁当容器に詰める時もワクワクしちゃうものなんだね。楽しかった」
「副菜をすぐに作るカルディナさんの様子は、俺からすると魔法みたいでしたよ」
「そ、そんな。さすがに褒めすぎだよ。でもララーみたいに私も魔法を使えたって思うと嬉しいな」
「これならザーナさんもきっと喜んでくれるはずです」
「そうだったらいいな……」
「なにいきなり弱気になってるんですか。きっと大丈夫ですって」
「うん……。ありがとうマサヨシ」
微笑むカルディナに、正義もまた微笑み返すのだった。
次の日の昼前。
ちょっとだけ目の下に隈を作った二人が店内で動いていた。
正義は以前もチャーハンを注文してくれた、地下水路で働くおじさんの注文を届けてきたばかり。
カルディナは厨房内で常に動き回っている。
「シャケ弁当できあがり! マサヨシ、後は頼んだよ!」
「任せてください。場所は北門の近く、でしたっけ」
「おじさんは魔物に壊された外壁の工事に来たって言ってたもんね」
『届けてもらう場所は工事先になっちまうが、それでも大丈夫か?』という昨晩のザーナとの会話を思い出す正義。
ちなみに工事中はこの街の安ホテルに滞在しているらしい。
「魔物に壊されたって、改めて聞くと怖いですね。俺はまだ見たことがないから、魔物がどういうものか想像つかないし……」
「ひと言で魔物って言っても、それこそピンからキリまでって感じだよ。凶暴な野生動物みたいなのもいれば、人の言葉を理解できるものまでいるし。外壁は魔物から身を守るためのものでもあるんだ」
「そうだったんですね。でもその外壁が壊されてしまったと……」
「うん……。興奮した魔物が街の中に入ろうとして――。そこにたまたま居合わせたのが、私の両親だったんだ」
突然の告白に正義の心臓が大きく跳ね上がる。
「そう……だったんですか……」
初めて聞くカルディナの両親の死の真相。
その壊された外壁に彼女の父親の知り合いが関わるとは、なかなか奇妙で残酷な巡り合わせだと思ってしまう。
「あ、おじさんには言わないでね。修理工事、やりにくくしてしまったら悪いから……」
「……わかりました」
正義は頷くとできあがったシャケ弁当を保温バッグに入れ、早速出発するのだった。
ほんのりと漂ってくる香ばしい匂いに、正義は日本のことをふと思い出してしまった。
「さぁて、実食の時間だよ。こっちの左に置いてるのがグリルで焼いたやつで、右がフライパンね」
棚からフォークを取り出しつつカルディナが説明する。
やはり箸はこの異世界にはないらしい。
焼き魚をフォークで食べるのは不思議な感じがするが、正義は「郷に入れば郷に従えだ」と心の中で自分に言い聞かせてフォークを手に取った。
「それじゃあいただきまーす」
元気良く試食を始めるカルディナ。正義もそれに続き、しばし無言の時間が流れる。
正義が先に食べたのはフライパンで焼いた方。
次にグリルで焼いた方に手を付ける。
(あ、これは……)
すぐに違いがわかった。
隣でカルディナも目を丸くしている。
「なるほどねー。確かに食感が違う。グリルで焼いた方は皮がパリッとしているし、身もしっとりしてるね」
「フライパンで焼いた方は少し油っこくて皮も柔らかめですね」
弁当屋で働いてた時は焼き方と味の違いを意識したことはなかったが、ここまで違っていたことに正義は驚く。
「焼くだけならフライパンでもできるけど、焼いているうちに油が出て身が吸うからこうなるのか。弁当にするには少し不向きかもしれません」
「うんうん。いくらできたてを届けるとはいえ、やっぱり冷めちゃう時もあるもんね。冷めると油は固まっちゃうから確かに弁当にはあまり向いてないかも。でも片付けがラクなのがフライパンの良いところだよね。あと逆に油を求めてる時にも良いかもしれない。とにかく道具でも味に差が出ることを知れて良かったよ」
気にしない人はまったく気にしないだろうが、やはり弁当として提供するのはより美味しい方にしたい――というのは二人同じ意見だ。
「調理方法は決まったけど、マサヨシの話を聞くにシャケ弁当には他にも入れるんだよね?」
「そうですね。野菜の煮付けとかちくわの天ぷらとか海苔とか漬物とか……。でもよく考えたらこれ全部和食だな。どうしよう……」
ここにきて日本食の独特さにようやく気付いた正義。
カルディナの今までの料理を見る限り、ヴィノグラードの食事は洋食寄りだ。
同じものを用意するのは不可能だろうから、何か変わりになるものを入れるしかない。
「ええと、卵焼きなら作れるかな……。あとほうれん草とか小松菜に似たような野菜があればそれをソテーするだけで良さそうだし……」
「何やらわからない単語がいっぱい出てきてるけど、私が作れそうなものなら何でも作っちゃうよ。教えて!」
「あっ、はい。別に俺がいた世界のシャケ弁当に合わせる必要はないんですよね」
「そうそう。世界にここだけしかない、オリジナルのシャケ弁当を作ればいいだけなんだから」
眩しい笑顔で言い放つカルディナに後押しされ、正義は自分の知識を元に案を出していくのだった。
「できた……」
半ば呆然としながら、弁当容器の中を見つめて呟くカルディナ。
「できましたね……」
同じく呆然と呟く正義。
時刻は既に深夜を回っていた。
「これまでの弁当とは違って、色とりどりな食材で彩られている中身……。うん、我ながらこれは頑張った」
「カルディナさん本当に凄いです……。俺の下手な説明からくみ取って、短時間でこんな完璧に仕上げてくれるなんて」
「いやぁ。そうやってストレートに褒められると照れちゃうなぁ」
指で頬を掻くカルディナ。
照れる彼女は珍しい。
だが正義の言う通りカルディナの理解力が凄かった。
むしろ調理時間より、正義が説明に要した時間の方が何倍も長かったくらいだ。
「ネギ入りの卵焼きにほうれん草のバターソテー、そしてパプリカのピクルス。弁当の端にはゴマと塩のふりかけでちょっとだけ味変。色も黄色と緑と赤で鮮やかだ」
「本当、色がたくさんあると弁当容器に詰める時もワクワクしちゃうものなんだね。楽しかった」
「副菜をすぐに作るカルディナさんの様子は、俺からすると魔法みたいでしたよ」
「そ、そんな。さすがに褒めすぎだよ。でもララーみたいに私も魔法を使えたって思うと嬉しいな」
「これならザーナさんもきっと喜んでくれるはずです」
「そうだったらいいな……」
「なにいきなり弱気になってるんですか。きっと大丈夫ですって」
「うん……。ありがとうマサヨシ」
微笑むカルディナに、正義もまた微笑み返すのだった。
次の日の昼前。
ちょっとだけ目の下に隈を作った二人が店内で動いていた。
正義は以前もチャーハンを注文してくれた、地下水路で働くおじさんの注文を届けてきたばかり。
カルディナは厨房内で常に動き回っている。
「シャケ弁当できあがり! マサヨシ、後は頼んだよ!」
「任せてください。場所は北門の近く、でしたっけ」
「おじさんは魔物に壊された外壁の工事に来たって言ってたもんね」
『届けてもらう場所は工事先になっちまうが、それでも大丈夫か?』という昨晩のザーナとの会話を思い出す正義。
ちなみに工事中はこの街の安ホテルに滞在しているらしい。
「魔物に壊されたって、改めて聞くと怖いですね。俺はまだ見たことがないから、魔物がどういうものか想像つかないし……」
「ひと言で魔物って言っても、それこそピンからキリまでって感じだよ。凶暴な野生動物みたいなのもいれば、人の言葉を理解できるものまでいるし。外壁は魔物から身を守るためのものでもあるんだ」
「そうだったんですね。でもその外壁が壊されてしまったと……」
「うん……。興奮した魔物が街の中に入ろうとして――。そこにたまたま居合わせたのが、私の両親だったんだ」
突然の告白に正義の心臓が大きく跳ね上がる。
「そう……だったんですか……」
初めて聞くカルディナの両親の死の真相。
その壊された外壁に彼女の父親の知り合いが関わるとは、なかなか奇妙で残酷な巡り合わせだと思ってしまう。
「あ、おじさんには言わないでね。修理工事、やりにくくしてしまったら悪いから……」
「……わかりました」
正義は頷くとできあがったシャケ弁当を保温バッグに入れ、早速出発するのだった。
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