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シャケ弁当③
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「えへへー。収穫いっぱいあって嬉しいな」
正義とカルディナは市場を後にし、のんびりと帰路についていた。
あの後は露店を巡り買い食いをして回ったので、既に二人のお腹はいっぱいだ。
ただの棒きれを売っている店には驚いたが、カルディナが言うにはあれはヴィノグラードの街の子供に長年親しまれている、歴とした食べ物らしい。
カルディナ曰く「少しずつ囓っていくんだ。甘いんだけどスースーする不思議な味がする。子供の頃はあれを持ちながら遊んだものだよ」とのことらしい。
素朴なお菓子、といったところだろうか。
味は気になったが、さすがに満腹だったので購入は控えたけれど。
必要な食材も普段より安く購入できたこともあり、カルディナの顔はほくほくだ。
結構な荷物の量だが、相変わらずカルディナは軽々と運んでいる。
やはり普通の人間の女性とは違うのだろう。
「あんたもしかして、ローマンさんの娘さんじゃないか?」
「へっ?」
突然後ろから声をかけられ、正義もカルディナも反射的に振り返る。
そこには頭から角の生えた、体格の良い中年の男性が立っていた。
カルディナの角よりもずっと大きく、間近で見ると非常に迫力がある。
正義が知らない名前が出てきたが、今の男性の口ぶりから予想できるのは――。
「えっと……もしかしてお父さんのお知り合いですか?」
カルディナの返答に、男性はさらに破顔した。
「やっぱりそうだったのか! オーガと人間の混血だからもしやと思ったんだが、大当たりだったようだな!」
「ええと、あなたは……」
「おっと失礼。俺はザーナってもんだ。あんたの親父さんとは知り合いでね。人間の嫁さんとの間にできた娘がいるとは聞いていたんだが、いやはやこうして実際に会えることになろうとは」
「そうですか。お父さんが私のことを……。あ、初めまして。私はカルディナといいます。こっちはうちの店で働いてるマサヨシです」
ペコリと頭を下げる正義。
こういう場合、自分に話題が振られるまで人形のように黙っているしかない。
「おお、従業員を雇うほどになっていたとは。それでローマンさんは元気してるのかい? 久々にこの街に寄ったから、今晩ちょっとだけでも店に顔を出そうかと思うんだが」
「ええと……」
カルディナは笑顔で語るザーナの顔色を窺うように、上目遣いで彼を見ている。
側で見ている正義としても居たたまれなかった。
ザーナが知らないということは、彼女の両親が亡くなってからまだそれほど経っていないということなのだろう。
「えっと、お父さんとお母さんは魔物に襲われて……その……もう……」
「なっ――!? もしかして死んじまったというのか!?」
「はい……」
いつも元気なカルディナの面影が微塵も感じられないほど、覇気のない声だった。
「なんてことだ……。そうか……魔物に……」
ザーナも力なく呟くと深く俯く。
「すみません。お父さんとお母さんの交友関係を私がほとんど知らなかったせいで、こんな形で報告することになってしまって」
「カルディナちゃんが謝ることはねえよ。むしろこっちこそ無神経に聞いてしまって悪かった。しかしまさか、あいつがこんなに早く逝っちまうとはなぁ……」
喧噪で賑わう街の通りだが、正義たちの周辺だけ沈痛な空気が漂っている。
しかし――。
「あっ、あの!」
その空気を無理やり吹き飛ばすかのように、突然カルディナが声を上げた。
「私、お父さんたちのお店を引き継いだんです! それで『宅配』っていう新しい形態のお店にして――。良かったらザーナさんにも利用してもらえたらと思いまして!」
そう言うとカルディナは荷物の中から宅配のチラシを取り出してザーナに渡す。
「おお、これは……? 宅配……家まで料理を届けてくれるってことか?」
「はい! あっ、店舗での営業もやめたわけじゃないので、もちろん直接店に来ていただいても大丈夫です」
とはいえ、正義が働き始めてから店内で食事をするために訪れた人はララーくらいだ。ただお金を払ってもらっていないので、厳密には客ではないのだけれど。
店内でも食事ができると積極的に宣伝をしていないのは、宅配業務に支障が出てしまう可能性を考えてのことだ。
いくら立地が悪い場所とはいえ、何かの弾みで客が大量に押し寄せてくる可能性もゼロではない。
仮にそうなった場合、カルディナと正義の二人だけでは店は回らなくなってしまうだろう。
今のところ店名に入れた『弁当屋』という単語のおかげか、人々の間ではすっかり『宅配弁当専用の店』という認識になっているみたいだが。
「わかった。それじゃあ今晩早速寄らせてもらうとするよ。それで明日の昼もこの宅配弁当やらをお願いしてみようかな」
ザーナの返答に、ようやくカルディナは笑顔を取り戻したのだった。
正義とカルディナは市場を後にし、のんびりと帰路についていた。
あの後は露店を巡り買い食いをして回ったので、既に二人のお腹はいっぱいだ。
ただの棒きれを売っている店には驚いたが、カルディナが言うにはあれはヴィノグラードの街の子供に長年親しまれている、歴とした食べ物らしい。
カルディナ曰く「少しずつ囓っていくんだ。甘いんだけどスースーする不思議な味がする。子供の頃はあれを持ちながら遊んだものだよ」とのことらしい。
素朴なお菓子、といったところだろうか。
味は気になったが、さすがに満腹だったので購入は控えたけれど。
必要な食材も普段より安く購入できたこともあり、カルディナの顔はほくほくだ。
結構な荷物の量だが、相変わらずカルディナは軽々と運んでいる。
やはり普通の人間の女性とは違うのだろう。
「あんたもしかして、ローマンさんの娘さんじゃないか?」
「へっ?」
突然後ろから声をかけられ、正義もカルディナも反射的に振り返る。
そこには頭から角の生えた、体格の良い中年の男性が立っていた。
カルディナの角よりもずっと大きく、間近で見ると非常に迫力がある。
正義が知らない名前が出てきたが、今の男性の口ぶりから予想できるのは――。
「えっと……もしかしてお父さんのお知り合いですか?」
カルディナの返答に、男性はさらに破顔した。
「やっぱりそうだったのか! オーガと人間の混血だからもしやと思ったんだが、大当たりだったようだな!」
「ええと、あなたは……」
「おっと失礼。俺はザーナってもんだ。あんたの親父さんとは知り合いでね。人間の嫁さんとの間にできた娘がいるとは聞いていたんだが、いやはやこうして実際に会えることになろうとは」
「そうですか。お父さんが私のことを……。あ、初めまして。私はカルディナといいます。こっちはうちの店で働いてるマサヨシです」
ペコリと頭を下げる正義。
こういう場合、自分に話題が振られるまで人形のように黙っているしかない。
「おお、従業員を雇うほどになっていたとは。それでローマンさんは元気してるのかい? 久々にこの街に寄ったから、今晩ちょっとだけでも店に顔を出そうかと思うんだが」
「ええと……」
カルディナは笑顔で語るザーナの顔色を窺うように、上目遣いで彼を見ている。
側で見ている正義としても居たたまれなかった。
ザーナが知らないということは、彼女の両親が亡くなってからまだそれほど経っていないということなのだろう。
「えっと、お父さんとお母さんは魔物に襲われて……その……もう……」
「なっ――!? もしかして死んじまったというのか!?」
「はい……」
いつも元気なカルディナの面影が微塵も感じられないほど、覇気のない声だった。
「なんてことだ……。そうか……魔物に……」
ザーナも力なく呟くと深く俯く。
「すみません。お父さんとお母さんの交友関係を私がほとんど知らなかったせいで、こんな形で報告することになってしまって」
「カルディナちゃんが謝ることはねえよ。むしろこっちこそ無神経に聞いてしまって悪かった。しかしまさか、あいつがこんなに早く逝っちまうとはなぁ……」
喧噪で賑わう街の通りだが、正義たちの周辺だけ沈痛な空気が漂っている。
しかし――。
「あっ、あの!」
その空気を無理やり吹き飛ばすかのように、突然カルディナが声を上げた。
「私、お父さんたちのお店を引き継いだんです! それで『宅配』っていう新しい形態のお店にして――。良かったらザーナさんにも利用してもらえたらと思いまして!」
そう言うとカルディナは荷物の中から宅配のチラシを取り出してザーナに渡す。
「おお、これは……? 宅配……家まで料理を届けてくれるってことか?」
「はい! あっ、店舗での営業もやめたわけじゃないので、もちろん直接店に来ていただいても大丈夫です」
とはいえ、正義が働き始めてから店内で食事をするために訪れた人はララーくらいだ。ただお金を払ってもらっていないので、厳密には客ではないのだけれど。
店内でも食事ができると積極的に宣伝をしていないのは、宅配業務に支障が出てしまう可能性を考えてのことだ。
いくら立地が悪い場所とはいえ、何かの弾みで客が大量に押し寄せてくる可能性もゼロではない。
仮にそうなった場合、カルディナと正義の二人だけでは店は回らなくなってしまうだろう。
今のところ店名に入れた『弁当屋』という単語のおかげか、人々の間ではすっかり『宅配弁当専用の店』という認識になっているみたいだが。
「わかった。それじゃあ今晩早速寄らせてもらうとするよ。それで明日の昼もこの宅配弁当やらをお願いしてみようかな」
ザーナの返答に、ようやくカルディナは笑顔を取り戻したのだった。
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