15 / 53
トンカツ弁当⑤
しおりを挟む
正義が声を上げるとすぐにドアが開き、狐のような耳を持った少女が姿を現した。
角があるカルディナを毎日見ているとはいえ、人間と少し違う見た目の人が目の前に現れるとまだ少し緊張してしまう。
「フロースさんでお間違いないですか?」
とはいえ大事なお客さんなことに変わりはないので、正義はそれを悟らせないように努めた。
「そうよ。もっと時間がかかると思ってたんだけどこんなに早く来てくれるなんて。お腹がペコペコになってたから助かるわ。それでお金を払えばいいんだっけ?」
「はい。お願いします」
フロースからお金を渡された後、正義は保温バッグからトンカツ弁当を取り出した。
「こちらがご注文のトンカツ弁当です」
「わぁ、こうやって持ってきてくれたのね。本当に温かいわ!」
弁当を手渡した瞬間フロースの狐耳がピコピコと上下し、頬が紅潮する。
こういう反応をされると、正義もつい口の端が緩んでしまう。
「あ、そうだ。参考までに教えていただきたいのですが、うちの宅配のことはどこで知りました? たぶんチラシだと思うんですけど……」
「うん。この前街に買い物に出た時に、小さな女の子がチラシを配ってたのをもらったの。料理を家まで運んでくれるなんて今まで見たことがなかったから面白そうだなと思って。ずっと試験勉強してると頭が沸騰しそうになるし、気分転換にいいかなーと思って」
「なるほど……。ありがとうございます」
小さな女の子は間違いなくチョコのことだ。
こうして少しずつ広がっていっている様子を実感できるとやはり嬉しい。
「こっちこそ。これでまた勉強を頑張るわ」
「そういえば守衛さんがもうすぐ入試試験だと言っていました。フロースさんが注文したトンカツ弁当ですが、俺の故郷では試験の験担ぎとしても人気だったんですよ」
「験担ぎって?」
「試験に『勝つ』というのとトンカツの『カツ』をかけたものでして……」
「そうなのね! 確かにそれは縁起が良いわ!」
「フロースさんの試験、ささやかながら俺も応援してます」
「ありがとう!」
笑顔でドアを閉めるフロースを見届けた後、正義は一仕事終えた安堵感でふぅと大きく息を吐く。
この寮に住んでいる学生たち全員が魔法学校に入学するために勉強をしているのだと思うと、不思議な気分になる。
(俺、そこまで必死になって勉強したことないからな……)
生まれるのは尊敬の念。
正義は高校入試の時を思い出すが、普段の試験の時とあまり変わらない勉強量だった。
元々大学に行くつもりがなかったからなのだが。
育ってきた環境が違ったら大学に行くことになっていたのだろうか――という考えすらも今まで浮かんだことはなかった。
両親がいない自分の境遇を、幼い頃から既に受け入れていたせいかもしれない。
異世界にも学校に入るために頑張っている年下の子がいるのだな――と考えながら振り返った正義はギョッとしてしまった。
廊下の奥の方。
何人もの生徒たちが、遠くから正義に奇異の視線を向けてきていたからだ。
正義はぺこりと軽く会釈をして『自分は不審者ではないアピール』をすると、逃げるように寮を後にするのだった。
その次の日の夕方。
またしてもフロースから宅配の注文があった。
「昨日のトンカツ弁当、とっても美味しかったって褒めてもらったよ! あと験担ぎとしてこれから試験まで毎日持ってきて欲しいって言われちゃった。正義、何か言ったの?」
首を傾げるカルディナに、正義はフロースの時と同じ説明をする。
「はえ~。そんな意味もあるんだ」
「トンカツに限らないですけどね。他におむすびとかタコとかウインナーとかカツオとかれんこんとか……。お菓子もありました」
「聞いたことのない名前ばっかりだけど、なんだかそういう文化の話、面白くて良いなあ。正義がいた世界のこと時々でいいから教えてくれると嬉しいな」
「はい。俺の視点から見た狭い世界になると思うんですが、それで良ければ」
「とりあえず今はフロースさんにトンカツ弁当を届けなきゃだね。はりきって作るぞ~」
腕まくりをして気合いを入れるカルディナの姿を見て、正義も意識を仕事モードに変えるのだった。
宣言通り、フロースはそれから試験の前日まで宅配弁当を頼んできた。
期間にして2週間。
「毎日同じ物で飽きない?」と正義もつい聞いてしまったが、フロースは「美味しいから全然苦じゃない」と笑顔で答えるばかりだった。
その2週間の間、大きな変化があった。
フロースが毎回宅配を注文しているのを見て、他の寮生たちも店に注文をしてくるようになったのだ。
フロースが「美味しい」と言ってくれたことが影響しているのはもちろん、配達の際に良い匂いが漂っていたことも要因らしい。
寮の男子生徒とすれ違った際、「お兄さん、美味しそうな匂いがする……」と呟かれたのが正義には印象的だった。
(日本にいた時もマンションのエレベーターで住民と一緒になった時、似たようなこと言われたなぁ。『お兄さんから唐揚げのいい匂いがする』って)
それまで自覚はなかったが、体に料理の匂いは染みついていくものらしい。
おかげで寮に届ける弁当の数は日に日に増えていき、カルディナも正義も嬉しい悲鳴を上げる羽目になってしまった。
そして試験当日が過ぎ――。
「そうなんだ! おめでとう!」
ショーポットを持ったカルディナの明るい声が店内に響く。
カルディナは満面の笑みで正義に振り返り――
「フロースさん、合格したって!」
と興奮気味に伝えてきた。
「そうなんですね! 良かった……」
応援していた身としては本当に喜ばしい限りだ。
「うん、マサヨシにも伝えるよ。それで今日はハンバーグ弁当の注文だね? ありがとうございます!」
もう験を担がなくても良くなったので、ようやく違うメニューを頼む気になったのだろう。
カルディナが作る他の弁当も美味しいから、是非ともそれも好きになってもらいたいなと、正義は願わずにはいられないのだった。
そしてこの寮では試験前に『羊の弁当屋』のトンカツ弁当を注文することが伝統になっていくのだが、それはまた別のお話。
角があるカルディナを毎日見ているとはいえ、人間と少し違う見た目の人が目の前に現れるとまだ少し緊張してしまう。
「フロースさんでお間違いないですか?」
とはいえ大事なお客さんなことに変わりはないので、正義はそれを悟らせないように努めた。
「そうよ。もっと時間がかかると思ってたんだけどこんなに早く来てくれるなんて。お腹がペコペコになってたから助かるわ。それでお金を払えばいいんだっけ?」
「はい。お願いします」
フロースからお金を渡された後、正義は保温バッグからトンカツ弁当を取り出した。
「こちらがご注文のトンカツ弁当です」
「わぁ、こうやって持ってきてくれたのね。本当に温かいわ!」
弁当を手渡した瞬間フロースの狐耳がピコピコと上下し、頬が紅潮する。
こういう反応をされると、正義もつい口の端が緩んでしまう。
「あ、そうだ。参考までに教えていただきたいのですが、うちの宅配のことはどこで知りました? たぶんチラシだと思うんですけど……」
「うん。この前街に買い物に出た時に、小さな女の子がチラシを配ってたのをもらったの。料理を家まで運んでくれるなんて今まで見たことがなかったから面白そうだなと思って。ずっと試験勉強してると頭が沸騰しそうになるし、気分転換にいいかなーと思って」
「なるほど……。ありがとうございます」
小さな女の子は間違いなくチョコのことだ。
こうして少しずつ広がっていっている様子を実感できるとやはり嬉しい。
「こっちこそ。これでまた勉強を頑張るわ」
「そういえば守衛さんがもうすぐ入試試験だと言っていました。フロースさんが注文したトンカツ弁当ですが、俺の故郷では試験の験担ぎとしても人気だったんですよ」
「験担ぎって?」
「試験に『勝つ』というのとトンカツの『カツ』をかけたものでして……」
「そうなのね! 確かにそれは縁起が良いわ!」
「フロースさんの試験、ささやかながら俺も応援してます」
「ありがとう!」
笑顔でドアを閉めるフロースを見届けた後、正義は一仕事終えた安堵感でふぅと大きく息を吐く。
この寮に住んでいる学生たち全員が魔法学校に入学するために勉強をしているのだと思うと、不思議な気分になる。
(俺、そこまで必死になって勉強したことないからな……)
生まれるのは尊敬の念。
正義は高校入試の時を思い出すが、普段の試験の時とあまり変わらない勉強量だった。
元々大学に行くつもりがなかったからなのだが。
育ってきた環境が違ったら大学に行くことになっていたのだろうか――という考えすらも今まで浮かんだことはなかった。
両親がいない自分の境遇を、幼い頃から既に受け入れていたせいかもしれない。
異世界にも学校に入るために頑張っている年下の子がいるのだな――と考えながら振り返った正義はギョッとしてしまった。
廊下の奥の方。
何人もの生徒たちが、遠くから正義に奇異の視線を向けてきていたからだ。
正義はぺこりと軽く会釈をして『自分は不審者ではないアピール』をすると、逃げるように寮を後にするのだった。
その次の日の夕方。
またしてもフロースから宅配の注文があった。
「昨日のトンカツ弁当、とっても美味しかったって褒めてもらったよ! あと験担ぎとしてこれから試験まで毎日持ってきて欲しいって言われちゃった。正義、何か言ったの?」
首を傾げるカルディナに、正義はフロースの時と同じ説明をする。
「はえ~。そんな意味もあるんだ」
「トンカツに限らないですけどね。他におむすびとかタコとかウインナーとかカツオとかれんこんとか……。お菓子もありました」
「聞いたことのない名前ばっかりだけど、なんだかそういう文化の話、面白くて良いなあ。正義がいた世界のこと時々でいいから教えてくれると嬉しいな」
「はい。俺の視点から見た狭い世界になると思うんですが、それで良ければ」
「とりあえず今はフロースさんにトンカツ弁当を届けなきゃだね。はりきって作るぞ~」
腕まくりをして気合いを入れるカルディナの姿を見て、正義も意識を仕事モードに変えるのだった。
宣言通り、フロースはそれから試験の前日まで宅配弁当を頼んできた。
期間にして2週間。
「毎日同じ物で飽きない?」と正義もつい聞いてしまったが、フロースは「美味しいから全然苦じゃない」と笑顔で答えるばかりだった。
その2週間の間、大きな変化があった。
フロースが毎回宅配を注文しているのを見て、他の寮生たちも店に注文をしてくるようになったのだ。
フロースが「美味しい」と言ってくれたことが影響しているのはもちろん、配達の際に良い匂いが漂っていたことも要因らしい。
寮の男子生徒とすれ違った際、「お兄さん、美味しそうな匂いがする……」と呟かれたのが正義には印象的だった。
(日本にいた時もマンションのエレベーターで住民と一緒になった時、似たようなこと言われたなぁ。『お兄さんから唐揚げのいい匂いがする』って)
それまで自覚はなかったが、体に料理の匂いは染みついていくものらしい。
おかげで寮に届ける弁当の数は日に日に増えていき、カルディナも正義も嬉しい悲鳴を上げる羽目になってしまった。
そして試験当日が過ぎ――。
「そうなんだ! おめでとう!」
ショーポットを持ったカルディナの明るい声が店内に響く。
カルディナは満面の笑みで正義に振り返り――
「フロースさん、合格したって!」
と興奮気味に伝えてきた。
「そうなんですね! 良かった……」
応援していた身としては本当に喜ばしい限りだ。
「うん、マサヨシにも伝えるよ。それで今日はハンバーグ弁当の注文だね? ありがとうございます!」
もう験を担がなくても良くなったので、ようやく違うメニューを頼む気になったのだろう。
カルディナが作る他の弁当も美味しいから、是非ともそれも好きになってもらいたいなと、正義は願わずにはいられないのだった。
そしてこの寮では試験前に『羊の弁当屋』のトンカツ弁当を注文することが伝統になっていくのだが、それはまた別のお話。
3
お気に入りに追加
1,322
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
Rich&Lich ~不死の王になれなかった僕は『英霊使役』と『金運』でスローライフを満喫する~
八神 凪
ファンタジー
僕は残念ながら十六歳という若さでこの世を去ることになった。
もともと小さいころから身体が弱かったので入院していることが多く、その延長で負担がかかった心臓病の手術に耐えられなかったから仕方ない。
両親は酷く悲しんでくれたし、愛されている自覚もあった。
後は弟にその愛情を全部注いでくれたらと、思う。
この話はここで終わり。僕の人生に幕が下りただけ……そう思っていたんだけど――
『抽選の結果あなたを別世界へ移送します♪』
――ゆるふわ系の女神と名乗る女性によりどうやら僕はラノベやアニメでよくある異世界転生をすることになるらしい。
今度の人生は簡単に死なない身体が欲しいと僕はひとつだけ叶えてくれる願いを決める。
「僕をリッチにして欲しい」
『はあい、わかりましたぁ♪』
そして僕は異世界へ降り立つのだった――
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています
葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。
そこはど田舎だった。
住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。
レコンティーニ王国は猫に優しい国です。
小説家になろう様にも掲載してます。
アラフォー料理人が始める異世界スローライフ
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。
わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。
それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。
男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。
いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる