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トンカツ弁当⑤
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正義が声を上げるとすぐにドアが開き、狐のような耳を持った少女が姿を現した。
角があるカルディナを毎日見ているとはいえ、人間と少し違う見た目の人が目の前に現れるとまだ少し緊張してしまう。
「フロースさんでお間違いないですか?」
とはいえ大事なお客さんなことに変わりはないので、正義はそれを悟らせないように努めた。
「そうよ。もっと時間がかかると思ってたんだけどこんなに早く来てくれるなんて。お腹がペコペコになってたから助かるわ。それでお金を払えばいいんだっけ?」
「はい。お願いします」
フロースからお金を渡された後、正義は保温バッグからトンカツ弁当を取り出した。
「こちらがご注文のトンカツ弁当です」
「わぁ、こうやって持ってきてくれたのね。本当に温かいわ!」
弁当を手渡した瞬間フロースの狐耳がピコピコと上下し、頬が紅潮する。
こういう反応をされると、正義もつい口の端が緩んでしまう。
「あ、そうだ。参考までに教えていただきたいのですが、うちの宅配のことはどこで知りました? たぶんチラシだと思うんですけど……」
「うん。この前街に買い物に出た時に、小さな女の子がチラシを配ってたのをもらったの。料理を家まで運んでくれるなんて今まで見たことがなかったから面白そうだなと思って。ずっと試験勉強してると頭が沸騰しそうになるし、気分転換にいいかなーと思って」
「なるほど……。ありがとうございます」
小さな女の子は間違いなくチョコのことだ。
こうして少しずつ広がっていっている様子を実感できるとやはり嬉しい。
「こっちこそ。これでまた勉強を頑張るわ」
「そういえば守衛さんがもうすぐ入試試験だと言っていました。フロースさんが注文したトンカツ弁当ですが、俺の故郷では試験の験担ぎとしても人気だったんですよ」
「験担ぎって?」
「試験に『勝つ』というのとトンカツの『カツ』をかけたものでして……」
「そうなのね! 確かにそれは縁起が良いわ!」
「フロースさんの試験、ささやかながら俺も応援してます」
「ありがとう!」
笑顔でドアを閉めるフロースを見届けた後、正義は一仕事終えた安堵感でふぅと大きく息を吐く。
この寮に住んでいる学生たち全員が魔法学校に入学するために勉強をしているのだと思うと、不思議な気分になる。
(俺、そこまで必死になって勉強したことないからな……)
生まれるのは尊敬の念。
正義は高校入試の時を思い出すが、普段の試験の時とあまり変わらない勉強量だった。
元々大学に行くつもりがなかったからなのだが。
育ってきた環境が違ったら大学に行くことになっていたのだろうか――という考えすらも今まで浮かんだことはなかった。
両親がいない自分の境遇を、幼い頃から既に受け入れていたせいかもしれない。
異世界にも学校に入るために頑張っている年下の子がいるのだな――と考えながら振り返った正義はギョッとしてしまった。
廊下の奥の方。
何人もの生徒たちが、遠くから正義に奇異の視線を向けてきていたからだ。
正義はぺこりと軽く会釈をして『自分は不審者ではないアピール』をすると、逃げるように寮を後にするのだった。
その次の日の夕方。
またしてもフロースから宅配の注文があった。
「昨日のトンカツ弁当、とっても美味しかったって褒めてもらったよ! あと験担ぎとしてこれから試験まで毎日持ってきて欲しいって言われちゃった。正義、何か言ったの?」
首を傾げるカルディナに、正義はフロースの時と同じ説明をする。
「はえ~。そんな意味もあるんだ」
「トンカツに限らないですけどね。他におむすびとかタコとかウインナーとかカツオとかれんこんとか……。お菓子もありました」
「聞いたことのない名前ばっかりだけど、なんだかそういう文化の話、面白くて良いなあ。正義がいた世界のこと時々でいいから教えてくれると嬉しいな」
「はい。俺の視点から見た狭い世界になると思うんですが、それで良ければ」
「とりあえず今はフロースさんにトンカツ弁当を届けなきゃだね。はりきって作るぞ~」
腕まくりをして気合いを入れるカルディナの姿を見て、正義も意識を仕事モードに変えるのだった。
宣言通り、フロースはそれから試験の前日まで宅配弁当を頼んできた。
期間にして2週間。
「毎日同じ物で飽きない?」と正義もつい聞いてしまったが、フロースは「美味しいから全然苦じゃない」と笑顔で答えるばかりだった。
その2週間の間、大きな変化があった。
フロースが毎回宅配を注文しているのを見て、他の寮生たちも店に注文をしてくるようになったのだ。
フロースが「美味しい」と言ってくれたことが影響しているのはもちろん、配達の際に良い匂いが漂っていたことも要因らしい。
寮の男子生徒とすれ違った際、「お兄さん、美味しそうな匂いがする……」と呟かれたのが正義には印象的だった。
(日本にいた時もマンションのエレベーターで住民と一緒になった時、似たようなこと言われたなぁ。『お兄さんから唐揚げのいい匂いがする』って)
それまで自覚はなかったが、体に料理の匂いは染みついていくものらしい。
おかげで寮に届ける弁当の数は日に日に増えていき、カルディナも正義も嬉しい悲鳴を上げる羽目になってしまった。
そして試験当日が過ぎ――。
「そうなんだ! おめでとう!」
ショーポットを持ったカルディナの明るい声が店内に響く。
カルディナは満面の笑みで正義に振り返り――
「フロースさん、合格したって!」
と興奮気味に伝えてきた。
「そうなんですね! 良かった……」
応援していた身としては本当に喜ばしい限りだ。
「うん、マサヨシにも伝えるよ。それで今日はハンバーグ弁当の注文だね? ありがとうございます!」
もう験を担がなくても良くなったので、ようやく違うメニューを頼む気になったのだろう。
カルディナが作る他の弁当も美味しいから、是非ともそれも好きになってもらいたいなと、正義は願わずにはいられないのだった。
そしてこの寮では試験前に『羊の弁当屋』のトンカツ弁当を注文することが伝統になっていくのだが、それはまた別のお話。
角があるカルディナを毎日見ているとはいえ、人間と少し違う見た目の人が目の前に現れるとまだ少し緊張してしまう。
「フロースさんでお間違いないですか?」
とはいえ大事なお客さんなことに変わりはないので、正義はそれを悟らせないように努めた。
「そうよ。もっと時間がかかると思ってたんだけどこんなに早く来てくれるなんて。お腹がペコペコになってたから助かるわ。それでお金を払えばいいんだっけ?」
「はい。お願いします」
フロースからお金を渡された後、正義は保温バッグからトンカツ弁当を取り出した。
「こちらがご注文のトンカツ弁当です」
「わぁ、こうやって持ってきてくれたのね。本当に温かいわ!」
弁当を手渡した瞬間フロースの狐耳がピコピコと上下し、頬が紅潮する。
こういう反応をされると、正義もつい口の端が緩んでしまう。
「あ、そうだ。参考までに教えていただきたいのですが、うちの宅配のことはどこで知りました? たぶんチラシだと思うんですけど……」
「うん。この前街に買い物に出た時に、小さな女の子がチラシを配ってたのをもらったの。料理を家まで運んでくれるなんて今まで見たことがなかったから面白そうだなと思って。ずっと試験勉強してると頭が沸騰しそうになるし、気分転換にいいかなーと思って」
「なるほど……。ありがとうございます」
小さな女の子は間違いなくチョコのことだ。
こうして少しずつ広がっていっている様子を実感できるとやはり嬉しい。
「こっちこそ。これでまた勉強を頑張るわ」
「そういえば守衛さんがもうすぐ入試試験だと言っていました。フロースさんが注文したトンカツ弁当ですが、俺の故郷では試験の験担ぎとしても人気だったんですよ」
「験担ぎって?」
「試験に『勝つ』というのとトンカツの『カツ』をかけたものでして……」
「そうなのね! 確かにそれは縁起が良いわ!」
「フロースさんの試験、ささやかながら俺も応援してます」
「ありがとう!」
笑顔でドアを閉めるフロースを見届けた後、正義は一仕事終えた安堵感でふぅと大きく息を吐く。
この寮に住んでいる学生たち全員が魔法学校に入学するために勉強をしているのだと思うと、不思議な気分になる。
(俺、そこまで必死になって勉強したことないからな……)
生まれるのは尊敬の念。
正義は高校入試の時を思い出すが、普段の試験の時とあまり変わらない勉強量だった。
元々大学に行くつもりがなかったからなのだが。
育ってきた環境が違ったら大学に行くことになっていたのだろうか――という考えすらも今まで浮かんだことはなかった。
両親がいない自分の境遇を、幼い頃から既に受け入れていたせいかもしれない。
異世界にも学校に入るために頑張っている年下の子がいるのだな――と考えながら振り返った正義はギョッとしてしまった。
廊下の奥の方。
何人もの生徒たちが、遠くから正義に奇異の視線を向けてきていたからだ。
正義はぺこりと軽く会釈をして『自分は不審者ではないアピール』をすると、逃げるように寮を後にするのだった。
その次の日の夕方。
またしてもフロースから宅配の注文があった。
「昨日のトンカツ弁当、とっても美味しかったって褒めてもらったよ! あと験担ぎとしてこれから試験まで毎日持ってきて欲しいって言われちゃった。正義、何か言ったの?」
首を傾げるカルディナに、正義はフロースの時と同じ説明をする。
「はえ~。そんな意味もあるんだ」
「トンカツに限らないですけどね。他におむすびとかタコとかウインナーとかカツオとかれんこんとか……。お菓子もありました」
「聞いたことのない名前ばっかりだけど、なんだかそういう文化の話、面白くて良いなあ。正義がいた世界のこと時々でいいから教えてくれると嬉しいな」
「はい。俺の視点から見た狭い世界になると思うんですが、それで良ければ」
「とりあえず今はフロースさんにトンカツ弁当を届けなきゃだね。はりきって作るぞ~」
腕まくりをして気合いを入れるカルディナの姿を見て、正義も意識を仕事モードに変えるのだった。
宣言通り、フロースはそれから試験の前日まで宅配弁当を頼んできた。
期間にして2週間。
「毎日同じ物で飽きない?」と正義もつい聞いてしまったが、フロースは「美味しいから全然苦じゃない」と笑顔で答えるばかりだった。
その2週間の間、大きな変化があった。
フロースが毎回宅配を注文しているのを見て、他の寮生たちも店に注文をしてくるようになったのだ。
フロースが「美味しい」と言ってくれたことが影響しているのはもちろん、配達の際に良い匂いが漂っていたことも要因らしい。
寮の男子生徒とすれ違った際、「お兄さん、美味しそうな匂いがする……」と呟かれたのが正義には印象的だった。
(日本にいた時もマンションのエレベーターで住民と一緒になった時、似たようなこと言われたなぁ。『お兄さんから唐揚げのいい匂いがする』って)
それまで自覚はなかったが、体に料理の匂いは染みついていくものらしい。
おかげで寮に届ける弁当の数は日に日に増えていき、カルディナも正義も嬉しい悲鳴を上げる羽目になってしまった。
そして試験当日が過ぎ――。
「そうなんだ! おめでとう!」
ショーポットを持ったカルディナの明るい声が店内に響く。
カルディナは満面の笑みで正義に振り返り――
「フロースさん、合格したって!」
と興奮気味に伝えてきた。
「そうなんですね! 良かった……」
応援していた身としては本当に喜ばしい限りだ。
「うん、マサヨシにも伝えるよ。それで今日はハンバーグ弁当の注文だね? ありがとうございます!」
もう験を担がなくても良くなったので、ようやく違うメニューを頼む気になったのだろう。
カルディナが作る他の弁当も美味しいから、是非ともそれも好きになってもらいたいなと、正義は願わずにはいられないのだった。
そしてこの寮では試験前に『羊の弁当屋』のトンカツ弁当を注文することが伝統になっていくのだが、それはまた別のお話。
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