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チャーハン③

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 地下水道内に正義のバイクの音が反響する。
 道幅は十分あるが、柵がないので少しでも気を緩めたら水路に落ちてしまう。

 正義は脳内の地図と現在地を照らし合わせながら、慎重に進んでいく。
 事前に地図を見てわかっていたつもりだが、地下水路は想像以上に入り組んでいた。
 ヴィノグラードの街の下全域に広がる地下水路。
 日本の地下鉄構内や地下ショッピング街をバイクで走ったことはさすがにないので、未知の体験に正義の胸は高鳴っていた。

(ここを左に曲がった先だな)

 ようやく配達指定場所の近くまで来た。
 今まで通ってきた道と違い、発色の良いランプが等間隔に置かれている。
 壁の一部がドアになっていて、その前に作業着姿の中年男性が二人いた。

「おおーい! こっちだ!」

 正義の姿を見て手を振る男性。
 そのままバイクを走らせて二人の前で停める。

「お待たせしました。『羊の弁当屋』です」
「随分遠くから聞いたことのない音が響いてビビってたんだけどよ、その乗り物の音だったんだな」

「す、すみません。どうしても音が出てしまう乗り物でして……」
「音の正体がわかればどうってことねえよ。地下水路内でどこか不具合があったんじゃねえかって話してたんだが、そうじゃねえってわかったからな」

 朗らかに笑い合う男性二人。

「不安にさせてすみませんでした。そ、それではこちらがご注文の品です」

 正義は早速バイクからチャーハンの入った容器を取り出す。
 二人はそれを見て目を丸くした。

「おお、これが弁当ってやつか!」
「はい。チャーハン2人前でしたよね。どうぞ」

 正義が渡すと、二人は興味津々に蓋を開けて中を確認する。

「すげぇ、本当に温かい飯が入ってる! できたての料理をここで食べられるなんてありがたい限りだぜ」
「匂いも良いし美味そうだ」

 そう言うと一人がドアの中に入り、すぐに戻ってくる。
 どうやらお金を取りに行ったらしい。
 少しだけ見えた中には作業道具などが置かれており、事務作業に使っているであろうテーブルと椅子も置いてあった。

「兄ちゃんも通ってきたからわかるだろうけど、ここから昼飯のために外に行くまでが面倒くさくてよ……。いつも硬い干し肉を持ってきて食ってたんだ」
「確かに、ここから毎回食事のためだけに上に戻るのは大変そうですね……」
「おうよ。でもこれからはその必要もなさそうだ」

 正義にお金を渡しながらニッと笑う男性。

「よろしければまたご利用ください!」

 お金を受け取った正義は再びバイクに跨がる。

「お前の奥さんが上の通りでチラシを貰ってきたんだよな。試しに頼んでみて大正解だったぜ」
「だろ? 未知のものを一度試してみてこそブラディアル国の男ってもんよ」

 二人の会話に正義は嬉しくなる。
 カルディナと共に地道に配ったチラシは無駄ではなかったということだ。

「じゃあな兄ちゃん。気をつけて帰れよな」
「水路に落ちるんじゃねえぞ」

 二人の気遣いにぺこりと頭を下げ、正義は握ったハンドルを回したのだった。





「お帰りマサヨシ~!」

 店に帰るや否や、テンションの高いカルディナに出迎えられた。

「た、ただいまです。どうしたんですか?」
「マサヨシが帰ってくる直前に、さっき届けに行った人から連絡が入ったんだよー! チャーハンすっごく美味しかったって! それで明日も同じくらいの時間に2人前持ってきて欲しいってさ! 予約注文なんて受けたの初めてだよ!」

 カルディナはその場でクルクルと回って上機嫌だ。

「それは良かったです。やっぱりカルディナさんの料理って美味しいんですよ!」

「マサヨシに改めて言われると嬉しいなぁ。それにね、冷える場所だから温かいご飯が本当にありがたいとも言われたよ。私が作った料理でこんなことを言われる日が来るなんて思ってもなかった……。宅配を提案してくれて本当にありがとう、マサヨシ」

 真正面からストレートに礼を言われるとどうにも照れくさい。
 正義は誤魔化すように痒くもない頭の後ろを指で掻いた。

「そういえばララーさんは?」
「今日は授業があるらしいから一度魔法学校に戻るって。一応エリート教員なんだよララー。全然そんなふうな態度は取らないんだけどね」
「そうだったんですね……」

 さすがにあの凄い魔法の使い手がそうそういるわけではないらしい。

「ララーさんの魔法のおかげで地下水路にまで届けることができたから、お礼を言いたかったな」
「今日の夜に来るし、その時に言えばいいんじゃない?」
「また飲みに来るんですか?」
「うん」

 カルディナの家だがほぼララーの家みたいになってるな……と正義は思ったのだが、口には出さないでおいたのだった。




 夜、営業時間を終えたところで本当にララーはやって来た。
 宅配バイクにかけてもらった魔法のことで正義がララーに礼を言うと、彼女は何でもないことのようにひらひらと手を振った。事実、ララーにとって大した魔法ではなかったのだろう。

 これから正義とカルディナの晩ご飯の時間だ。

「今日のご飯は、宅配でも好評だったチャーハンだよー。ただし余り物の食材入りで少しだけ豪華!」

 正義の前に豪快に置かれたチャーハンは、確かに宅配のものよりも大き目の具が目立っている。

「そしてこっちは野菜サラダと、鶏肉を蒸したやつ。魚のカルパッチョとスープもあるよ。あ、デザートのクルミアイスはまた後で持ってくるね」
「えっ、どうしたんです? いつもより多くないですか?」

 そこでカルディナとララーは顔を見合わせると、ニイッと意味ありげな笑みを浮かべた。

「実は、ささやかながらマサヨシの歓迎会のつもりなんだ」
「歓迎会……?」

「そう。マサヨシがここに来てから特別なことやってなかったし。『宅配』っていうこの店にとって起死回生の案を出してくれた恩人だからね」
「そんな……。俺の方こそベッドと食事を用意してくれるだけでありがたいと思っているのに……」

「まあまあ。それはお互い様ってことで。私としてもカルディナがイキイキとしてくれて嬉しいわ。てなわけで私からはマサヨシにこれ!」

 ドンッとララーがテーブルに置いたのは、1本のワイン瓶だった。

「お酒……」
「うちから持ってきたの。年代物でなかなか良い値段がするのよ」

 嬉しそうに語るララーを前に正義は困惑する。
 正義は19歳。日本にいた頃は当然お酒は飲んだことがない。

「あの……念のため確認なんですけど、この国ってお酒が飲める年齢は決まってますか?」
「ん、18歳からだけど?」
「そうなんですね……」

 さすがにそこは日本の法律とは違うらしい。

(初めて飲むお酒が異世界のものになってしまうのか……)

 正直なところアルコールの匂いがあまり好きではないので、正義としては複雑な心境だ。

「そういえばマサヨシって何歳?」
「確かに聞いてなかった。年齢は覚えてるの?」
「あ、はい。今年19になったところです」
「なら問題ないわね!」

 笑顔を見せるララーに正義は思わず苦笑してしまう。
 せっかく用意してくれたのだから、断るのはやはり悪い。覚悟を決めて飲むしかないだろう。

「もしかしてお酒飲んだことない?」

 正義の顔を見て察したらしいカルディナが声をかけると、正義は正直に頷いた。

「あら、そうなの? それじゃあ今日がお酒デビューの日になるってことね」

 上機嫌なララーの横で、彼女が持ってきたワイン瓶を手に取るカルディナ。

「ちょっと待って? ララー、このお酒めちゃくちゃ度数高くない!?」
「え、そう?」
「そうだよ! これをお酒初心者に飲ませるのはさすがにどうかと思うよ?」
「そこまで言うほどのものでもないと思うけど……」

 ララーはカルディナの手からワイン瓶を取ると、しばし眺め――。

「…………あ」

 非常に小さな声を発した。

「なにその『あ』は? もしかして持ってくる物を間違えたとか?」
「うん…………。これは実験用に取っておいた特別なお酒……」
「……マサヨシ。今日は飲まない方がいいね」
「そうします」

 カルディナがそう言ってくれたおかげで何とか助かった。
 正義としても、異世界に来てまで急性アルコール中毒にはなりたくない。

「そういうわけでマサヨシにはリンゴジュースね。ララーはいつものお酒でいいよね」
「うん……」

 言いながらすぐにカルディナは飲み物を用意してくれた。

「何か初っ端からぐだぐだになっちゃったけど、改めて――。マサヨシ、うちにようこそ!」
「乾杯!」

 笑顔でグラスを掲げるカルディナとララーに少し遅れて、正義もグラスを上に掲げた。

(歓迎会、か……。思えばこういうのって今まで一度もやったことなかったな)

 バイト先のアルバイト同士が集まってたまにカラオケに行っていたみたいだが、正義は毎回断っていた。
 別に皆のことが嫌いだったというわけではない。一人で暮らしていくのに日々精一杯で、そういうことにお金を使う余裕がなかったからだ。
 目の前にたくさん並んだ料理を改めて見ると、正義の心は自然と高揚するのだった。
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