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チャーハン②

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 それからさらに数日後――。

 新しいメニューを掲載したチラシを配り、その反応を待つ。
 その間ハンバーグ弁当を注文してくれる人も相変わらずいたが、やはり日に日に注文件数は下降していた。
 日本とは違い、ヴィノグラードの街には魔物の侵入を防ぐため『外』との境界がある。
 既に面積が限られているので、宅配エリアを広げる手法は使えない。

(このタイミングで新メニューを考えたのは間違いではないはず……)

 あとはどう口コミで広げていくか。
 魔法はあるがネットがない世界なんだよな――と正義が改めて思ったところで、店用のショーポットが甲高い音を発した。

「はいはい。こちら『羊の弁当屋』でっす。宅配のご注文でしょうか?」

 応答するカルディナの顔が次第に明るくなっていく。

「はい! チャーハンを2人前ですね。ご注文ありがとうございます!」

 受け答えながら、カルディナは正義に向けてピースサインをする。
 早速の新メニューの注文に喜びを隠せないようだ。

「それでどこのお宅にお持ちすれば…………えっ」

 突然カルディナの目が丸くなる。
 どうしたのだろうか。

「いえ、大丈夫です。お名前はギストさんですね。それではお届けまでお待ちください」

 そう言ってショーポットを置いたカルディナは、正義を見ながら不安げに眉を寄せた。

「ど、どうしたんですか? 何か問題でも……?」
「うーんとね……。今注文してきた人、届けて欲しいのは家じゃなくて、地下水路だって……」
「地下水路……?」
「ううぅ、ララー助けてえ~~!」

 正義が疑問の声を上げた時には、既にカルディナはララーに連絡していたのだった。





 それからすぐにララーは店にやって来た。
 どうやってここまで来るのか正義は疑問に思っていたのだが、どうやら文字通り空を飛んできているらしい。

(この国の魔法使いはチートすぎないか?)

 と正義は密かに思うのだった。

「まったく……。安請け合いするんじゃないわよ。届けるのはマサヨシでしょ?」
「うう……ごめんなさい……。反省してます……」

 先日とは打って変わり、今度はカルディナがしゅんと項垂れている。

「でも今さら断るわけにもいかないでしょ。急いで地下水路の地図を妖精人形に作らせるから、カルディナは注文の弁当作っといて」
「はぁい。これが終わったら良いお酒出すよララー……」

 ララーの口の端が一瞬にやっと上がったのを、正義は見逃さなかった。

「マサヨシにも高級食材使った料理ご馳走する……」
「いや、俺は別に大丈夫ですよ? そもそもここに泊めてもらえてるだけで充分ですし」
「うぅ、マサヨシは良い人だなぁ」

「その言い方だと、私が良い人じゃないみたい」
「そんなこと思ってないよぉ……」

 さらに涙目になるカルディナ。

「はいはい冗談よ。とりあえず私はマサヨシのバイクに魔法をかけてくる」
「えっ!? 宅配バイクにですか?」

「そう。衝撃緩和の魔法ね。これがないと難しいでしょうから」
「あの、地下水路とは一体……?」

「名前の通りよ。この街の地下全体に広がってるの。生活に必要な水を運んでいる重要な場所ね。道幅は割と余裕があるんだけど、いたる所に段差があるの」
「なるほど……」

 確かに宅配バイクで段差を通るのは厳しそうだ。
 しかしララーの魔法で何とかなるらしい。

 ララーは宣言通り店の外に出ると、杖の先を宅配バイクに向けて詠唱を始めた。
 既に何度も見ているララーの魔法だが、こうして詠唱を間近で見るとやはり正義はワクワクしてしまう。
 やがてふぉんっ、という低めの音と共に杖からオレンジ色の光が放たれ、宅配バイク全体を包む。
 が、光はすぐに消えてしまった。

「これでよし。店の中に戻りましょうか。地下水路の地図がそろそろ完成してるはずよ」
「は、はいっ」

 余韻に浸る間もなく再び店内へ。
 ララーの言ったとおり妖精人形は作業を終えていた。地図の上でおとなしくジッとしている。

「これが地下水路の地図よマサヨシ。それでカルディナ、どこに持って行けばいいの?」
「E区域だって言ってた」
「了解」

 ララーは地図の一角を指差す。

「E区域はここ、街の南東側ね。それで地下水路に入る場所だけど、数はそこまで多くないの。一番近いのはこの入り口かしら」
「…………」

 正義は地下水路の地図と、街の地図を交互に見比べて場所をインプットする。
 
(あれはこの前通った道で、そこから左……二つ目……地下水路に入ってからは北上……)

「マサヨシ、大丈夫?」
「はい、問題ないです」

「……前から思ってたけど、凄く記憶力良いわよね。今のところ宅配に行って一度も迷子になってないでしょ? ヴィノグラードの街ってブラディアル国の中でもかなり広い方なのに、他所から来た人が迷子にならないのが信じられないわ」
「はは……これくらいしか取り柄がないもんで……」

 高校時代からずっとアルバイトをしてきたことが、こんなところでも役に立つとは正義も思っていなかった。

「本当にマサヨシの記憶力は凄いよね。私なんか今でもララーの家に行こうとすると迷子になっちゃうくらいなのに」
「カルディナはそろそろ覚えて!?」

「だって複雑な道はすぐに忘れちゃうんだもん。って言ってる間にチャーハン完成したよ。マサヨシ、お願いできるかな?」
「もちろんです! すぐに行ってきます!」

 できたばかりのチャーハンを保温バッグに詰め、正義は店を飛び出すのだった。





 ララーが作ってくれた地図を脳内で広げながら、正義は宅配バイクで街中を駆ける。
 やがて地下水路の入り口らしきものが見えてきた。
 トンネルのような半円状の入り口。
 しかし当たり前のように下に向かって階段が続いている。

「ここを……バイクで……」

 軽い段差でも結構な衝撃があるのに、こんなに長い階段を宅配バイクで下ることなどできるのだろうか。
 正義の胸にじわりと恐怖心が広がっていく。

「いや、ララーさんの魔法を信じる。せーのっ……!」

 正義は気合いの声と共にハンドルを静かに回す。
 前輪が階段に落ちると同時にさらに冷や汗が背中を伝うが、恐れていた衝撃は一向にやってこない。

「お、お――?」

 まるで下り坂をおりているかのような緩やかさに、あれほど覚悟していた正義は拍子抜けしてしまった。
 宅配バイクはどんどん下へ。
 何事もなく、スルスルと階段を下りきってしまった。

「マジか……。魔法すげー……」

 思わず感嘆の声を上げ、バイクを一度止め下りてきた階段を振り返る。
 やはりどう見ても普通の階段だ。
 だがこの調子なら帰りも問題ないだろう。

 改めて前を向いた正義は辺りを見回す。

 壁も通路も茶色の煉瓦で造られている地下水道。
 正義のすぐ横を、水が絶えず緩やかに流れていっている。
 下水道のようなにおいがするのを覚悟していたのだが、想像していた嫌なにおいはない。
 ただ苔むしたような独特のにおいはあるけれど。
 そして全身に染みこむようなひんやりとした空気が正義を包んだ。

「寒いな。早く行こう」

 小さく身震いしてから、正義は再びハンドルを回すのだった。
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