7 / 53
ハンバーグ弁当③
しおりを挟む
早速店を出た正義は、ポケットの中から宅配バイクの鍵を取り出す。
後部のボックスを開けると、そこには空になった保温バッグが佇んでいた。
正義は宅配弁当を届けた帰りに、こちらの世界に来てしまったからだ。
(すみません店長……。バイクとバッグは店の物ですがお借りします)
心の中でバイト先の店長に謝ってから、保温バッグの中にハンバーグ弁当をそっと入れた。
ボックスをしっかり閉めてバイクに鍵を差す。
いよいよ、異世界で初めてバイクに乗る時が来た。
(…………よし!)
覚えた地図を脳内でまた確認した後、正義はバイクのハンドルを回す。
バイクのエンジン音に驚いたカルディナとララーが慌てて外に出てきたが、既に正義の姿は見えなくなっていたのだった。
細い路地裏をバイクで走っていく正義。
石畳の上は滑りやすいので極力慎重に進んでいく。
(ここを右だな)
脳内地図と現在地を照合して曲がると、目的地は目の前だ。
(そして左から3軒目、と)
迷いなく家の前にバイクを停める正義。
長いバイト生活の中で、正義は店の誰よりも速く宅配に行って帰ってきていた。
地図の場所を忘れない確かな記憶力、そして平面な地図を即座に実際の場所と符号できる空間把握能力が他の人よりも高かったからだ。
本人にあまり自覚はないが、それは正義の大きなスキルでもあった。
バイクのボックスから保温バッグを取り出し、いよいよ家の前に立つ。
まったく見知らぬ世界の見知らぬ住人。
おそらくカルディナが連絡してくれているはずだが、やはり緊張してしまう。
小さく深呼吸をしてからドアをノックしようと腕を上げた、その時。
突然ガチャリとドアが開き、正義の肩が思わず跳ねてしまった。
中から出てきたのは、10代前半らしき少女。
まだあどけなさが残る彼女の顔。
カルディナが言っていた『両親を早く亡くした』という言葉が、自分の境遇と重なって胸が少し痛い。
チョコは栗色の髪の毛と大きな目で正義を見上げている。
「あの……もしかしてあなたがカルディナが言ってたマサヨシさん……?」
「そ、そうです! チョコさんですよね? カルディナさんの作った料理を持ってきました!」
保温バッグの中から弁当容器を取り出すと、チョコの目が大きく見開いた。
見たことがない物なので、当然の反応だろう。
「この中に料理が入っているの?」
「はい、そうです。ハンバーグとご飯が入っています。まだ温かいと思うのですぐどうぞ。俺も試食させてもらいましたけど美味しかったですよ」
正義が言うと、チョコはフフッと微笑んだ。
「うん、カルディナの料理はとても美味しいのはよく知ってるよ。わざわざ持ってきてくれてありがとうお兄さん」
「いえ……。あ、もし良かったら味の感想をカルディナさんに言ってあげてください」
こくりと頷くチョコ。
それを見届けた正義は、またバイクに跨がり来た道を戻るのだった。
店に戻りドアを開けると、いきなりカルディナが満面の笑みで正義に抱きついてきた。
腹に当たる柔らかい感触。
あまりにも突然だったので正義は後ろに倒れそうになるが、何とか堪えた。
「カッ、カルディナさん!?」
「おかえりマサヨシ! 今チョコちゃんから『めちゃくちゃ美味しい!』って連絡が来たところなんだ! 新しく始めた料理だって言ったら、これは絶対に人気出るよって言ってもらっちゃった」
「そうなんですね。良かった……」
自分たち以外の人に受け入れられたのはやはり嬉しい。
はじめての宅配はひとまず成功と言っていいだろう。
「マサヨシ、本当にありがとう。正直に言うと、これからどうやって店を立て直していこうかって最近ずっと悩んでたんだ……。でもおかげで希望が見えてきた。感謝してもし足りないよ」
「俺の方こそ、途方に暮れていたところをカルディナさんに声をかけてもらって本当に助かったんですよ。だからお互い様ってことで……」
「そうかぁ……」
「…………。あの、カルディナさん……」
「ん?」
「カルディナ……。無自覚なんだろうけど、そろそろマサヨシが苦しそうだから離してあげて?」
「えっ!? あっ……! ご、ごめん!」
ララーが呆れながら言うと、ようやくカルディナは自分が正義に抱きついたままだったのを思い出したらしい。
慌てて正義から体を離すのだった。
「と、とにかく! まずは『宅配』の認知度を上げないといけないよね。私ちょっと大通りに出て宣伝してくるよ」
カルディナはララーの妖精人形が作ったチラシを手に取る。
「それなら俺はバイクでチラシを配ってきます」
「仕方ないわね。私も今日は休みだから手伝ってあげるわよ」
「ありがとう二人とも! それじゃあ早速出発だ」
こうして『お食事処・袋小路』改め『羊の弁当屋』は、新しい道を歩み始めたのだった。
後部のボックスを開けると、そこには空になった保温バッグが佇んでいた。
正義は宅配弁当を届けた帰りに、こちらの世界に来てしまったからだ。
(すみません店長……。バイクとバッグは店の物ですがお借りします)
心の中でバイト先の店長に謝ってから、保温バッグの中にハンバーグ弁当をそっと入れた。
ボックスをしっかり閉めてバイクに鍵を差す。
いよいよ、異世界で初めてバイクに乗る時が来た。
(…………よし!)
覚えた地図を脳内でまた確認した後、正義はバイクのハンドルを回す。
バイクのエンジン音に驚いたカルディナとララーが慌てて外に出てきたが、既に正義の姿は見えなくなっていたのだった。
細い路地裏をバイクで走っていく正義。
石畳の上は滑りやすいので極力慎重に進んでいく。
(ここを右だな)
脳内地図と現在地を照合して曲がると、目的地は目の前だ。
(そして左から3軒目、と)
迷いなく家の前にバイクを停める正義。
長いバイト生活の中で、正義は店の誰よりも速く宅配に行って帰ってきていた。
地図の場所を忘れない確かな記憶力、そして平面な地図を即座に実際の場所と符号できる空間把握能力が他の人よりも高かったからだ。
本人にあまり自覚はないが、それは正義の大きなスキルでもあった。
バイクのボックスから保温バッグを取り出し、いよいよ家の前に立つ。
まったく見知らぬ世界の見知らぬ住人。
おそらくカルディナが連絡してくれているはずだが、やはり緊張してしまう。
小さく深呼吸をしてからドアをノックしようと腕を上げた、その時。
突然ガチャリとドアが開き、正義の肩が思わず跳ねてしまった。
中から出てきたのは、10代前半らしき少女。
まだあどけなさが残る彼女の顔。
カルディナが言っていた『両親を早く亡くした』という言葉が、自分の境遇と重なって胸が少し痛い。
チョコは栗色の髪の毛と大きな目で正義を見上げている。
「あの……もしかしてあなたがカルディナが言ってたマサヨシさん……?」
「そ、そうです! チョコさんですよね? カルディナさんの作った料理を持ってきました!」
保温バッグの中から弁当容器を取り出すと、チョコの目が大きく見開いた。
見たことがない物なので、当然の反応だろう。
「この中に料理が入っているの?」
「はい、そうです。ハンバーグとご飯が入っています。まだ温かいと思うのですぐどうぞ。俺も試食させてもらいましたけど美味しかったですよ」
正義が言うと、チョコはフフッと微笑んだ。
「うん、カルディナの料理はとても美味しいのはよく知ってるよ。わざわざ持ってきてくれてありがとうお兄さん」
「いえ……。あ、もし良かったら味の感想をカルディナさんに言ってあげてください」
こくりと頷くチョコ。
それを見届けた正義は、またバイクに跨がり来た道を戻るのだった。
店に戻りドアを開けると、いきなりカルディナが満面の笑みで正義に抱きついてきた。
腹に当たる柔らかい感触。
あまりにも突然だったので正義は後ろに倒れそうになるが、何とか堪えた。
「カッ、カルディナさん!?」
「おかえりマサヨシ! 今チョコちゃんから『めちゃくちゃ美味しい!』って連絡が来たところなんだ! 新しく始めた料理だって言ったら、これは絶対に人気出るよって言ってもらっちゃった」
「そうなんですね。良かった……」
自分たち以外の人に受け入れられたのはやはり嬉しい。
はじめての宅配はひとまず成功と言っていいだろう。
「マサヨシ、本当にありがとう。正直に言うと、これからどうやって店を立て直していこうかって最近ずっと悩んでたんだ……。でもおかげで希望が見えてきた。感謝してもし足りないよ」
「俺の方こそ、途方に暮れていたところをカルディナさんに声をかけてもらって本当に助かったんですよ。だからお互い様ってことで……」
「そうかぁ……」
「…………。あの、カルディナさん……」
「ん?」
「カルディナ……。無自覚なんだろうけど、そろそろマサヨシが苦しそうだから離してあげて?」
「えっ!? あっ……! ご、ごめん!」
ララーが呆れながら言うと、ようやくカルディナは自分が正義に抱きついたままだったのを思い出したらしい。
慌てて正義から体を離すのだった。
「と、とにかく! まずは『宅配』の認知度を上げないといけないよね。私ちょっと大通りに出て宣伝してくるよ」
カルディナはララーの妖精人形が作ったチラシを手に取る。
「それなら俺はバイクでチラシを配ってきます」
「仕方ないわね。私も今日は休みだから手伝ってあげるわよ」
「ありがとう二人とも! それじゃあ早速出発だ」
こうして『お食事処・袋小路』改め『羊の弁当屋』は、新しい道を歩み始めたのだった。
3
お気に入りに追加
1,322
あなたにおすすめの小説
異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた
甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。
降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。
森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。
その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。
協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
最弱職と村を追い出されましたが、突然勇者の能力が上書きされたのでスローライフを始めます
渡琉兎
ファンタジー
十五歳になりその者の能力指標となる職業ランクを確認した少年、スウェイン。
彼の職業ランクは最底辺のN、その中でもさらに最弱職と言われる荷物持ちだったことで、村人からも、友人からも、そして家族からも見放されてしまい、職業が判明してから三日後――村から追い出されてしまった。
職業ランクNは、ここラクスラインでは奴隷にも似た扱いを受けてしまうこともあり、何処かで一人のんびり暮らしたいと思っていたのだが、空腹に負けて森の中で倒れてしまう。
そんな時――突然の頭痛からスウェインの知り得ないスキルの情報や見たことのない映像が頭の中に流れ込んでくる。
目覚めたスウェインが自分の職業を確認すると――何故か最高の職業ランクXRの勇者になっていた!
勇者になってもスローライフを願うスウェインの、自由気ままな生活がスタートした!
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
どうやら異世界ではないらしいが、魔法やレベルがある世界になったようだ
ボケ猫
ファンタジー
日々、異世界などの妄想をする、アラフォーのテツ。
ある日突然、この世界のシステムが、魔法やレベルのある世界へと変化。
夢にまで見たシステムに大喜びのテツ。
そんな中、アラフォーのおっさんがレベルを上げながら家族とともに新しい世界を生きていく。
そして、世界変化の一因であろう異世界人の転移者との出会い。
新しい世界で、新たな出会い、関係を構築していこうとする物語・・・のはず・・。
勇者召喚に巻き込まれた俺はのんびりと生活したいがいろいろと巻き込まれていった
九曜
ファンタジー
俺は勇者召喚に巻き込まれた
勇者ではなかった俺は王国からお金だけを貰って他の国に行った
だが、俺には特別なスキルを授かったがそのお陰かいろいろな事件に巻き込まれといった
この物語は主人公がほのぼのと生活するがいろいろと巻き込まれていく物語
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる