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ハンバーグ弁当③

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 早速店を出た正義は、ポケットの中から宅配バイクの鍵を取り出す。
 後部のボックスを開けると、そこには空になった保温バッグが佇んでいた。
 正義は宅配弁当を届けた帰りに、こちらの世界に来てしまったからだ。

(すみません店長……。バイクとバッグは店の物ですがお借りします)

 心の中でバイト先の店長に謝ってから、保温バッグの中にハンバーグ弁当をそっと入れた。
 ボックスをしっかり閉めてバイクに鍵を差す。
 いよいよ、異世界で初めてバイクに乗る時が来た。

(…………よし!)

 覚えた地図を脳内でまた確認した後、正義はバイクのハンドルを回す。
 バイクのエンジン音に驚いたカルディナとララーが慌てて外に出てきたが、既に正義の姿は見えなくなっていたのだった。





 細い路地裏をバイクで走っていく正義。
 石畳の上は滑りやすいので極力慎重に進んでいく。

(ここを右だな)

 脳内地図と現在地を照合して曲がると、目的地は目の前だ。

(そして左から3軒目、と)

 迷いなく家の前にバイクを停める正義。
 長いバイト生活の中で、正義は店の誰よりも速く宅配に行って帰ってきていた。
 地図の場所を忘れない確かな記憶力、そして平面な地図を即座に実際の場所と符号できる空間把握能力が他の人よりも高かったからだ。
 本人にあまり自覚はないが、それは正義の大きなスキルでもあった。

 バイクのボックスから保温バッグを取り出し、いよいよ家の前に立つ。
 まったく見知らぬ世界の見知らぬ住人。
 おそらくカルディナが連絡してくれているはずだが、やはり緊張してしまう。
 小さく深呼吸をしてからドアをノックしようと腕を上げた、その時。
 突然ガチャリとドアが開き、正義の肩が思わず跳ねてしまった。

 中から出てきたのは、10代前半らしき少女。
 まだあどけなさが残る彼女の顔。
 カルディナが言っていた『両親を早く亡くした』という言葉が、自分の境遇と重なって胸が少し痛い。
 チョコは栗色の髪の毛と大きな目で正義を見上げている。

「あの……もしかしてあなたがカルディナが言ってたマサヨシさん……?」
「そ、そうです! チョコさんですよね? カルディナさんの作った料理を持ってきました!」

 保温バッグの中から弁当容器を取り出すと、チョコの目が大きく見開いた。
 見たことがない物なので、当然の反応だろう。

「この中に料理が入っているの?」
「はい、そうです。ハンバーグとご飯が入っています。まだ温かいと思うのですぐどうぞ。俺も試食させてもらいましたけど美味しかったですよ」

 正義が言うと、チョコはフフッと微笑んだ。

「うん、カルディナの料理はとても美味しいのはよく知ってるよ。わざわざ持ってきてくれてありがとうお兄さん」
「いえ……。あ、もし良かったら味の感想をカルディナさんに言ってあげてください」

 こくりと頷くチョコ。
 それを見届けた正義は、またバイクに跨がり来た道を戻るのだった。



 店に戻りドアを開けると、いきなりカルディナが満面の笑みで正義に抱きついてきた。
 腹に当たる柔らかい感触。
 あまりにも突然だったので正義は後ろに倒れそうになるが、何とか堪えた。

「カッ、カルディナさん!?」
「おかえりマサヨシ! 今チョコちゃんから『めちゃくちゃ美味しい!』って連絡が来たところなんだ! 新しく始めた料理だって言ったら、これは絶対に人気出るよって言ってもらっちゃった」
「そうなんですね。良かった……」

 自分たち以外の人に受け入れられたのはやはり嬉しい。
 はじめての宅配はひとまず成功と言っていいだろう。

「マサヨシ、本当にありがとう。正直に言うと、これからどうやって店を立て直していこうかって最近ずっと悩んでたんだ……。でもおかげで希望が見えてきた。感謝してもし足りないよ」
「俺の方こそ、途方に暮れていたところをカルディナさんに声をかけてもらって本当に助かったんですよ。だからお互い様ってことで……」

「そうかぁ……」
「…………。あの、カルディナさん……」
「ん?」

「カルディナ……。無自覚なんだろうけど、そろそろマサヨシが苦しそうだから離してあげて?」
「えっ!? あっ……! ご、ごめん!」

 ララーが呆れながら言うと、ようやくカルディナは自分が正義に抱きついたままだったのを思い出したらしい。
 慌てて正義から体を離すのだった。

「と、とにかく! まずは『宅配』の認知度を上げないといけないよね。私ちょっと大通りに出て宣伝してくるよ」

 カルディナはララーの妖精人形が作ったチラシを手に取る。

「それなら俺はバイクでチラシを配ってきます」
「仕方ないわね。私も今日は休みだから手伝ってあげるわよ」
「ありがとう二人とも! それじゃあ早速出発だ」

 こうして『お食事処・袋小路』改め『羊の弁当屋』は、新しい道を歩み始めたのだった。
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