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10. 収穫
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畑の収穫は、風神雷神が手伝ってくれる。
「天鼓雷来!」
「神風舞!」
雷神が小槌を打ち鳴らし野菜のヘタだけを小さな稲妻で焼き切ると、すかさず風神が腰に下げた風袋から疾風を舞上げ収穫したものを荷車へ詰む。
魚釣りも同様に行う姿はとても優秀だが、収穫しすぎてしまう所がたまに傷だ。
けれど、どんなにたくさん料理を作っても彼等はペロリと平らげてしまうので驚きだが……。
僕は、収穫した麦で作った麦湯を淹れおえると声をかけた。
「瑠璃!金雀!お茶が入ったよ。一息入れよう」
そう呼ばれた彼らは、すっかり馴れた様子で元気に木陰に駆け寄る。
それは、僕が考えた彼らの名だった。
瑠璃鳥のように鮮やかな髪をもつ風神は『瑠璃』。金糸雀のように輝く髪を持つ雷神は『金雀』。
ずっと昔、祖父が元気だった頃。
野山で一緒に見た野鳥の美しさを語ると、彼らは喜んでその名を受け入れてくれた。
『神を鳥に例えるなど不敬でしょうか?』
恐る恐るそう尋ねた僕に、悠様は言った。
『良き名だ。何より此奴らは、蒼の大切な思い出を名としてもらえたことを喜んでおるのだ』
その時の悠様の声といったら、なんとー……
「「蒼様!!」」
宝石のように輝く四つの瞳が此方を覗く。
「お顔が真っ赤でございますよ」
「熱ってやつか!?」
慌てふためく声に、夢見心地だった心が引き戻される。
「ち、違うよ。そんな、悠様のことなんて考えてた訳じゃー……」
必死に言い訳を並べながら、麦湯を口へと運ぶ。すると、瑠璃が言った。
「あぁ!今夜の御渡りのことを考えていたのですね!」
その言葉に、麦湯を吹き出す。
ゲホゲホと噎せているのに、追い討ちをかけるように金雀が笑う。
「日輪様、やっと遠方の祈祷を終えて帰る日だもんな!よかったな蒼様!」
そうなのだ。
悠様はお忙しかった。
昨今の旱魃被害を癒やす為、各地に祈祷に出掛けては手土産を持ち帰り、また出掛ける。
僕は一人で夜を迎え、時折朝方に悠様がいる日もあるが、いない日の方が多い。
だから、広い御帳台で二人で夜を迎えるのは、今夜が初めてのことであった。
悠様が帰ってくることは喜ばしい。
嬉しい……筈なのに。
この頬の火照りは何だろうか?
この胸の高鳴りは何だろうか?
遠くでは、相変わらず瑠璃と金雀の楽しそうな声が響いていた。
それは、畑からの帰り道でおきた。
荷車を力強く引く金雀と、その後ろから荷車を押す瑠璃の後を歩いていた時だった。
不意に、視線のようなものを感じた。
辺りを見回すと、その視線は果樹園の奥からだった。相変わらず喧嘩しながら荷車を運ぶ二人の声が次第に遠くなる。
気づけば僕は、果樹園の奥まで歩いていた。
導かれるように辿り着いた先には、どこまでも暗い闇が広がっている。
僕が立っている所は満天の青空が広がっているのに、これより一歩先は闇なのだ。
そっと、手を伸ばす。
それは、まるで夜のようなー……
「蒼よ」
伸ばした手は、大きな手に絡め取られていた。慣れ親しんだお日様の香りが鼻をくすぐる。
「悠様……」
見上げた先には、そよ風に面布を靡かせる彼がいた。
「蒼よ、ここから先は月輪の領域。この常闇の先へ足を踏み入れてはいけない」
真剣な眼差しを肌で感じ、慌てて一歩下がる。
「申し訳ございませんっ!」
頭を下げると、繋いだ手が離された。
離れる温もりに、寂しさが募る。
叱られることを覚悟して顔を上げれば、そこには両手を広げた悠様が立っていた。
「ただいま、戻ったぞ……」
歯切れの悪いもごもごとした挨拶。
呆気に取られて見つめたまま動けない僕の前で、彼は更に両手を広げた。
ほら……、とその眼差しが誘う。
僕は、誘われるままその胸へと飛びんだ。
「おかえり、なさいませ…………」
胸の中で呟くように囁けば、逞しい腕に抱き込まれる。
もう寂しさは感じないー……
僕達は、瑠璃と金雀がやってくるまで、ずっとそうしていたのだった。
「天鼓雷来!」
「神風舞!」
雷神が小槌を打ち鳴らし野菜のヘタだけを小さな稲妻で焼き切ると、すかさず風神が腰に下げた風袋から疾風を舞上げ収穫したものを荷車へ詰む。
魚釣りも同様に行う姿はとても優秀だが、収穫しすぎてしまう所がたまに傷だ。
けれど、どんなにたくさん料理を作っても彼等はペロリと平らげてしまうので驚きだが……。
僕は、収穫した麦で作った麦湯を淹れおえると声をかけた。
「瑠璃!金雀!お茶が入ったよ。一息入れよう」
そう呼ばれた彼らは、すっかり馴れた様子で元気に木陰に駆け寄る。
それは、僕が考えた彼らの名だった。
瑠璃鳥のように鮮やかな髪をもつ風神は『瑠璃』。金糸雀のように輝く髪を持つ雷神は『金雀』。
ずっと昔、祖父が元気だった頃。
野山で一緒に見た野鳥の美しさを語ると、彼らは喜んでその名を受け入れてくれた。
『神を鳥に例えるなど不敬でしょうか?』
恐る恐るそう尋ねた僕に、悠様は言った。
『良き名だ。何より此奴らは、蒼の大切な思い出を名としてもらえたことを喜んでおるのだ』
その時の悠様の声といったら、なんとー……
「「蒼様!!」」
宝石のように輝く四つの瞳が此方を覗く。
「お顔が真っ赤でございますよ」
「熱ってやつか!?」
慌てふためく声に、夢見心地だった心が引き戻される。
「ち、違うよ。そんな、悠様のことなんて考えてた訳じゃー……」
必死に言い訳を並べながら、麦湯を口へと運ぶ。すると、瑠璃が言った。
「あぁ!今夜の御渡りのことを考えていたのですね!」
その言葉に、麦湯を吹き出す。
ゲホゲホと噎せているのに、追い討ちをかけるように金雀が笑う。
「日輪様、やっと遠方の祈祷を終えて帰る日だもんな!よかったな蒼様!」
そうなのだ。
悠様はお忙しかった。
昨今の旱魃被害を癒やす為、各地に祈祷に出掛けては手土産を持ち帰り、また出掛ける。
僕は一人で夜を迎え、時折朝方に悠様がいる日もあるが、いない日の方が多い。
だから、広い御帳台で二人で夜を迎えるのは、今夜が初めてのことであった。
悠様が帰ってくることは喜ばしい。
嬉しい……筈なのに。
この頬の火照りは何だろうか?
この胸の高鳴りは何だろうか?
遠くでは、相変わらず瑠璃と金雀の楽しそうな声が響いていた。
それは、畑からの帰り道でおきた。
荷車を力強く引く金雀と、その後ろから荷車を押す瑠璃の後を歩いていた時だった。
不意に、視線のようなものを感じた。
辺りを見回すと、その視線は果樹園の奥からだった。相変わらず喧嘩しながら荷車を運ぶ二人の声が次第に遠くなる。
気づけば僕は、果樹園の奥まで歩いていた。
導かれるように辿り着いた先には、どこまでも暗い闇が広がっている。
僕が立っている所は満天の青空が広がっているのに、これより一歩先は闇なのだ。
そっと、手を伸ばす。
それは、まるで夜のようなー……
「蒼よ」
伸ばした手は、大きな手に絡め取られていた。慣れ親しんだお日様の香りが鼻をくすぐる。
「悠様……」
見上げた先には、そよ風に面布を靡かせる彼がいた。
「蒼よ、ここから先は月輪の領域。この常闇の先へ足を踏み入れてはいけない」
真剣な眼差しを肌で感じ、慌てて一歩下がる。
「申し訳ございませんっ!」
頭を下げると、繋いだ手が離された。
離れる温もりに、寂しさが募る。
叱られることを覚悟して顔を上げれば、そこには両手を広げた悠様が立っていた。
「ただいま、戻ったぞ……」
歯切れの悪いもごもごとした挨拶。
呆気に取られて見つめたまま動けない僕の前で、彼は更に両手を広げた。
ほら……、とその眼差しが誘う。
僕は、誘われるままその胸へと飛びんだ。
「おかえり、なさいませ…………」
胸の中で呟くように囁けば、逞しい腕に抱き込まれる。
もう寂しさは感じないー……
僕達は、瑠璃と金雀がやってくるまで、ずっとそうしていたのだった。
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