黎明の花嫁

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8. 朝餉

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 その後、四人で囲むことになった朝餉あさげは、風神雷神が釣ってきてくれた魚も加わり豪華なものになった。

「俺様が獲った魚の方がデカいね!」
「某の魚の方が良い脂がのっておる!」

 叫ぶ二人の額には、窓から落ちた際にできたタンコブが仲良く並んでいた。
 御膳の前でも相変わらず張り合う二人を他所に、山神様は僕が握った握飯にぎりめしを面布の下の隙間から頬張った。
 緊張しながら様子を伺っていると、向かい合わせに座る彼と目が合う。
 思わず視線を逸らせてしまうと、その先で叫んだのは雷神だった。

「おむすび、うめぇっ!」

 手にした握飯を高らかに掲げる雷神に「行儀が悪いぞ!」と風神が嗜める。
 そんな姿が嬉しくて見つめていると、不思議なことが起こった。
 雷神の額にあった赤みを帯びた腫れが、みるみるうちに引いていったのだ。

「……えっ?」

 驚きに目を丸くしている間に、今度は味噌汁を啜った風神の額にも変化が起こる。

「気がついたか?」

 そう声をかけてきたのは、山神様だった。
「一体、何が起きたのでしょう……?」
「花嫁となる人の子は、その生命力によって、我らを我らのを高めることができると言われている。それ故に、花嫁の御心が我らへ大きく影響するのだ。まさか、料理でも効果があるとは我も知らなかったが…………」

 面布が愉快そうに揺れる。
 見えないはずの瞳に射抜かれた気がした。

「料理をしながら、我を癒したいと願ったのであろう?とても美味だ」

 高まる熱が、一気に頬へと集まる。
 心中を暴かれてしまったことに赤面している僕をおいて、朝餉の時間は穏やかに進んでゆくのだった。



 皆が食べ終えた頃、僕はどうしても気になっていたことを尋ねた。

「……呼び名?」

 不思議そうに首を傾げる山神様に、僕は必死に説明した。

「山神様は日輪の神様とお聞きしました。それなのに、ぇっと、山神様とお呼びするのは如何なものかと……」
「……ふむ。確かに『山神』とは人が漠然と認識しておる我らの総称。しかしな、蒼よ。我らには無いのだ」
「えっ」
「人の子は、生まれし時に親から名を貰う。その名は魂に刻まれ、その色と共に我らには見えておる。しかし、我らは生まれし時より、先代から継承する名で呼び合う」
「それは、つまり……」
は、無いということだ」

 その言葉に、僕は静かに頷く。
「では、風神様は風神様、雷神様は雷神様、日輪様はー……」
 そう言いかけた時だった。

「様なんてやめろやいっ!」
「某も同意見にございます」

 深妙な顔で申し出る彼等と共に、山神様は静かに言葉を紡いだ。


「蒼よ。我らに名をつけてくれぬか?」


 頭の奥に、じいちゃんに繰り返し言い聞かされた伝承が警告のように響いた。


『ニ、山神様を名で呼ぶべからず』


 しかしー……


 僕は、ゆっくりと頷いたのだった。
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