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第二章
30. 訪問
しおりを挟む「そうたさん! こっちこっち!」
「まみた、つぎはあっちいこうぜ!」
溌剌とした幼い声が、部屋中に響く。
俺は両の手を、小さな手に引かれながら見知らぬマンションの中を案内されていた。
(なんで、こんなことに…………?)
なぜこんなことになっているかと説明するには、時は少し前へと遡る。
恋敵(仮)に遭遇した!どうする!?
▷闘う
▷守る
▷逃げる
なんて、脳内で選択肢を選べずにバグを起こしている間に、芦名さんは「ちょうど良かった。ここ、いいかしら?」と向かいの席に腰掛けた。
こちらを見つめる切長の黒い瞳は美しく、長い黒髪もあいまってどこかエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
アイスココアのグラスを傾けたままフリーズしている俺に、パンツスーツに身を包んだ彼女は、にっこりと微笑んだ。
「俺、蒼大ですけど……」
カラカラに乾いた声を振り絞ってようやく出たのは、そんな無愛想な返答だった。
しかし、芦名さんは気を悪くした様子もなく和かに会話を続けた。
「知ってる。絶賛家出中の間宮蒼大くんでしょう? 私のことは悠介から聞いてる?」
「担当さん、とだけ……」
「そう。ねぇ、このあと予定ある?」
「別に……」
質問の意図が分からずに戸惑う。
すると、突然彼女が立ち上がった。
「よし。ここで会えたのも何かの縁だし、お姉さんが奢ってあげるわ」
そうして長い黒髪をかきあげた彼女は、ウインクと共に爆弾発言を投下する。
「だから、うちにおいでよ」
「…………は?」
思考が、停止する。
だが、ハッと頭が働き出した頃には、時すでに遅し。
彼女は伝票を持ったまま、レジに向かってずんずん歩き出していた。
「ちょっ、待っ……!」
「大丈夫大丈夫。私、ここの書店の営業終えたら今日休みの予定だから」
「そういう問題じゃ……っ」
「大丈夫大丈夫。あ、お会計お願いしまーす!」
「ぜ、全然大丈夫じゃない……!」
人の話を聞かない美人ほど、怖いものは無いかもしれないと静かに悟る。
あっという間に会計を済まされてしまった俺は、あえなく御用となるしかなかった。
そして、冒頭へと戻る。
連れて行かれたマンションで待ち構えていたのがー……
「わたし、ルイ! よろしくおねがいします」
「おれ、ヒロ! あそんでやるよ!」
なんと小学一年生の双子だった。
ルイちゃんは緑色のワンピースに長い黒髪をポニーテールにして、同じく緑色のリボンで可愛く結んでいる少女だ。
ヒロくんは短髪に、黄色いTシャツと短パンをはいた元気溌溂な少年である。そして、その髪色は、早川と同じ色だった。
その事実が、重く、胸にのし掛かる。
けれど、俺の様子なんてお構いなしに、二人はとても人懐っこく纏わりついて離れなかった。
『あそぼ!』と言わんばかりにキラキラとした彼らの瞳と、エキゾチック美人からの有無を言わさぬ圧力。
「よ、よろしく……?」
敵地であるにも関わらず、俺が即陥落したのは言うまでもない。
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