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第二章
26. 揺蕩う
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遠くで、水が揺蕩う音がする。
全身が温かいぬくもりに包まれて、優しい石鹸の香りが鼻を擽ぐる。
重い瞼をそっと持ち上げると、湯気があがる乳白色の水面が目の前に広がっていた。
大好きな腕が、体を支えてくれる。
背後から抱き込まれる感触が心地よい。
全身を預けていた背後が動いたかと思えば、大きな手が湯をすくい俺の肩にそっとかけた。指先が、労るように俺の肌を滑る。
それは、まるで割れ物に触れるかのような繊細な動きだった。
肌と肌が触れ合う心地よさに、おれの瞼はまたとろとろと下がってゆく。
何度も湯をかけてくれる手は、瞼が完全に閉じた瞬間、強く俺を抱きしめた。
「…………ごめん」
そんな言葉が聞こえたのは、気のせいだろうか。
瞼を開けると、見慣れた天井が見えた。
驚いて体を起こすと、途端に体のあちこちが痛み出す。
「……っ、いってぇ…………」
そう呻いた喉さえも酷く痛み、声も酷く掠れていた。そっと見下ろす体は、大きな白いTシャツを一枚身に纏い清潔だった。
しかし、だぼつく胸元から覗く肌には、昨日の情事の跡が色濃く残っていた。
その事実に、溜息を一つついてベッドから降りる。
時計をみれば、まだ深夜だった。
「早川さん……?」
掠れる声で呼びかけるが、返事はない。
(話し合わないと……。このまま誤解されたままなんて、嫌だ……!)
でないと、取り返しがつかないことになる予感がした。
俺は、裸足のままそっとフローリングに降りて、寝室のドアを静かに開けた。
キッチンにもダイニングにも灯りは付いておらず、人の気配はない。
仕方なく、寝室に戻ろうと引き返そうとした時だった。
ふわり、と夏の風が頬を撫でた。
振り返るとリビングからテラスにつながる戸が少し開き、月夜に照らされたカーテンが風にたなびいている。
夜風に誘われるように、そこへ近づくとー……
「薔薇の、香り……?」
それは、記憶の中にある香りだった。
でも、記憶の中よりもそれは苦く、肺に纏わりつくような煙たさを孕んでいた。
「あぁ……、…から、それで……」
香りと共に、低い声が耳に届く。
カーテン越しに見える後ろ姿は、通話をしているような仕草をしていた。
知っている声。
でも、それは全く知らない人のような声。
「はぁ? 知らねぇよ。なんで俺がご機嫌とりなんかしなきゃなんねぇんだよ」
その言葉に、鼓動が、早くなった。
(…………誰?)
こんなに乱暴に話す人は、知らない。
全身から、嫌な汗が吹き出す。
「だから、こんな関係は終わらせるつもりで……」
何かの間違いだと思った。
まるで思考は、水の中に突き落とされたかのように、グラグラと揺蕩い眩暈がする。
俺は、舞い上がるカーテンを掴み、恐る恐る隙間からテラスを覗いた。
「くそっ。芦名にもらったこの煙草、甘っ……」
長い指先は、慣れた手つきで煙草を口元へと運ぶ。
夜風に舞う煙の中にいたのは……
「早川さん?」
間違いなく、早川だった。
全身が温かいぬくもりに包まれて、優しい石鹸の香りが鼻を擽ぐる。
重い瞼をそっと持ち上げると、湯気があがる乳白色の水面が目の前に広がっていた。
大好きな腕が、体を支えてくれる。
背後から抱き込まれる感触が心地よい。
全身を預けていた背後が動いたかと思えば、大きな手が湯をすくい俺の肩にそっとかけた。指先が、労るように俺の肌を滑る。
それは、まるで割れ物に触れるかのような繊細な動きだった。
肌と肌が触れ合う心地よさに、おれの瞼はまたとろとろと下がってゆく。
何度も湯をかけてくれる手は、瞼が完全に閉じた瞬間、強く俺を抱きしめた。
「…………ごめん」
そんな言葉が聞こえたのは、気のせいだろうか。
瞼を開けると、見慣れた天井が見えた。
驚いて体を起こすと、途端に体のあちこちが痛み出す。
「……っ、いってぇ…………」
そう呻いた喉さえも酷く痛み、声も酷く掠れていた。そっと見下ろす体は、大きな白いTシャツを一枚身に纏い清潔だった。
しかし、だぼつく胸元から覗く肌には、昨日の情事の跡が色濃く残っていた。
その事実に、溜息を一つついてベッドから降りる。
時計をみれば、まだ深夜だった。
「早川さん……?」
掠れる声で呼びかけるが、返事はない。
(話し合わないと……。このまま誤解されたままなんて、嫌だ……!)
でないと、取り返しがつかないことになる予感がした。
俺は、裸足のままそっとフローリングに降りて、寝室のドアを静かに開けた。
キッチンにもダイニングにも灯りは付いておらず、人の気配はない。
仕方なく、寝室に戻ろうと引き返そうとした時だった。
ふわり、と夏の風が頬を撫でた。
振り返るとリビングからテラスにつながる戸が少し開き、月夜に照らされたカーテンが風にたなびいている。
夜風に誘われるように、そこへ近づくとー……
「薔薇の、香り……?」
それは、記憶の中にある香りだった。
でも、記憶の中よりもそれは苦く、肺に纏わりつくような煙たさを孕んでいた。
「あぁ……、…から、それで……」
香りと共に、低い声が耳に届く。
カーテン越しに見える後ろ姿は、通話をしているような仕草をしていた。
知っている声。
でも、それは全く知らない人のような声。
「はぁ? 知らねぇよ。なんで俺がご機嫌とりなんかしなきゃなんねぇんだよ」
その言葉に、鼓動が、早くなった。
(…………誰?)
こんなに乱暴に話す人は、知らない。
全身から、嫌な汗が吹き出す。
「だから、こんな関係は終わらせるつもりで……」
何かの間違いだと思った。
まるで思考は、水の中に突き落とされたかのように、グラグラと揺蕩い眩暈がする。
俺は、舞い上がるカーテンを掴み、恐る恐る隙間からテラスを覗いた。
「くそっ。芦名にもらったこの煙草、甘っ……」
長い指先は、慣れた手つきで煙草を口元へと運ぶ。
夜風に舞う煙の中にいたのは……
「早川さん?」
間違いなく、早川だった。
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