62 / 91
第二章
15. 支度
しおりを挟む
なんとか試験を乗り越え、夏休み前の最後の講義が終わった。
明日からは、ようやく夏休みだ。
「マミちゃん、今日お祭り行くんだって?」
帰り支度をしていると、左隣の暁人に肩を組まれた。いつもならそのニヤけた面を張り倒している所だが、その横顔がどこか不貞腐れているように見えてやめた。
「何で知ってんだよ」
「祥吾に聞いた。っていうか、あのチラシを祥吾あげたの俺だし~」
「え、悪りぃ。三人で行こうって話だったのか?」
「……俺は今夜はバイトだも~ん」
なぜか不満そうに俺達を睨んでくる暁人に困り果てて、祥吾に助けを求める。
祥吾は、俺の肩から暁人の腕を引き剥がすと、静かに言った。
「今日行くんだろ? がんばれよ」
「……おう!」
決戦は、今夜だ。
「ただいまっ!」
少し、息を切らせて帰宅する。
外はまだまだ青空だが、少しずつ日が翳り始めていた。
「…………あれ?」
いつもならすぐに「おかえり」と言って出迎えてくれる姿がなく、不思議に思いながら廊下を進む。その時だった。
カタン……と小さな音がする。
それは、寝室からだった。
そっと寝室の扉を開き中を覗くと、そこには早川が立っていた。
濃紺色の、浴衣を身に纏って。
「えっ……、早川さん?」
驚いて声をかけると、ちょうど帯を結び終えた彼が振り返った。
「あぁ、おかえり。出迎えられなくてごめんよ。久しぶりに着たから手間取ってね」
「いや……、俺こそ遅くなってごめん」
「用事があるからゆっくり帰ってきてって連絡したのは僕だから。それに、全然遅くないよ」
そう言って微笑む彼は、とても浴衣姿が様になっていた。色素の薄い肌と髪に、濃紺の浴衣が美しく映える。
「わぁ。用事ってもしかして……」
「そう。注文しておいた浴衣を取りにいってたんだ。蒼大くんを驚かせようと思って」
いつもよりもやけに色っぽく見える姿を目の前に、思わず顔が火照ってしまった。
俺が、入り口で固まったまま立ちすくんでいると、優しく手を引かれる。
「お祭りに行く支度をしよう。蒼大くんは、僕が着付けしてあげるよ」
茶目っ気たっぷりにウインクする彼は、憎らしいほど格好良かった。
窓の外は、茜色に染まり始める。
寝室には、麻の浴衣と少し硬い帯とが擦れ合う音だけが響いた。
「俺の浴衣はグレーなの? カッケェ!」
「ふふ。錫色って言うんだよ。少し大人っぽい物を選んでみたんだ」
「早川さんって着物も似合うんだな。着付けもめっちゃ上手いね! 俺できねぇや」
慣れた様子で帯を結んでゆく手を目で追いながら、緊張した口が勝手に動く。
すると、帯から視線を外さないまま早川は呟くように言った。
「そうかな。僕も随分久しぶりに着たから少し下手くそだよ。……実家ではね。着物を着る機会の方が多かったんだ」
その言葉に、一瞬息が詰まる。
伺う彼の横顔がどこか寂しげに見えて、俺はそれ以上何も言えなくなった。
「できたよ」
ポン、と肩を叩かれる。
寝室に置かれた姿見には、錫色の浴衣に身を包んだ俺が映っていた。
「わぁ、俺……。浴衣着るの初めてかも」
「そこのベッドに腰掛けてごらん」
見慣れない自分に見惚れていると、早川に手を引かれた。
言われた通りにベッドの端に座ると、早川がその足元に跪いた。
「え?……っ、ぁ」
大きな手が、そっと俺の右足にそっと触れる。柔らかな刺激に目を瞑ると、温かな手とは裏腹に冷たい何かが足に触れた。
「ほら、目を開けて」
「…………わぁ!」
それは、漆喰の下駄だった。
艶やかな黒が映える足先を見つめていると、ヘーゼルの瞳が此方を見上げた。
「よく似合ってるよ」
足先に、口付けが一つ落とされる。
その刺激にふるりと爪先を震わせると、はやり早川は悪戯そうに笑ったのだった。
明日からは、ようやく夏休みだ。
「マミちゃん、今日お祭り行くんだって?」
帰り支度をしていると、左隣の暁人に肩を組まれた。いつもならそのニヤけた面を張り倒している所だが、その横顔がどこか不貞腐れているように見えてやめた。
「何で知ってんだよ」
「祥吾に聞いた。っていうか、あのチラシを祥吾あげたの俺だし~」
「え、悪りぃ。三人で行こうって話だったのか?」
「……俺は今夜はバイトだも~ん」
なぜか不満そうに俺達を睨んでくる暁人に困り果てて、祥吾に助けを求める。
祥吾は、俺の肩から暁人の腕を引き剥がすと、静かに言った。
「今日行くんだろ? がんばれよ」
「……おう!」
決戦は、今夜だ。
「ただいまっ!」
少し、息を切らせて帰宅する。
外はまだまだ青空だが、少しずつ日が翳り始めていた。
「…………あれ?」
いつもならすぐに「おかえり」と言って出迎えてくれる姿がなく、不思議に思いながら廊下を進む。その時だった。
カタン……と小さな音がする。
それは、寝室からだった。
そっと寝室の扉を開き中を覗くと、そこには早川が立っていた。
濃紺色の、浴衣を身に纏って。
「えっ……、早川さん?」
驚いて声をかけると、ちょうど帯を結び終えた彼が振り返った。
「あぁ、おかえり。出迎えられなくてごめんよ。久しぶりに着たから手間取ってね」
「いや……、俺こそ遅くなってごめん」
「用事があるからゆっくり帰ってきてって連絡したのは僕だから。それに、全然遅くないよ」
そう言って微笑む彼は、とても浴衣姿が様になっていた。色素の薄い肌と髪に、濃紺の浴衣が美しく映える。
「わぁ。用事ってもしかして……」
「そう。注文しておいた浴衣を取りにいってたんだ。蒼大くんを驚かせようと思って」
いつもよりもやけに色っぽく見える姿を目の前に、思わず顔が火照ってしまった。
俺が、入り口で固まったまま立ちすくんでいると、優しく手を引かれる。
「お祭りに行く支度をしよう。蒼大くんは、僕が着付けしてあげるよ」
茶目っ気たっぷりにウインクする彼は、憎らしいほど格好良かった。
窓の外は、茜色に染まり始める。
寝室には、麻の浴衣と少し硬い帯とが擦れ合う音だけが響いた。
「俺の浴衣はグレーなの? カッケェ!」
「ふふ。錫色って言うんだよ。少し大人っぽい物を選んでみたんだ」
「早川さんって着物も似合うんだな。着付けもめっちゃ上手いね! 俺できねぇや」
慣れた様子で帯を結んでゆく手を目で追いながら、緊張した口が勝手に動く。
すると、帯から視線を外さないまま早川は呟くように言った。
「そうかな。僕も随分久しぶりに着たから少し下手くそだよ。……実家ではね。着物を着る機会の方が多かったんだ」
その言葉に、一瞬息が詰まる。
伺う彼の横顔がどこか寂しげに見えて、俺はそれ以上何も言えなくなった。
「できたよ」
ポン、と肩を叩かれる。
寝室に置かれた姿見には、錫色の浴衣に身を包んだ俺が映っていた。
「わぁ、俺……。浴衣着るの初めてかも」
「そこのベッドに腰掛けてごらん」
見慣れない自分に見惚れていると、早川に手を引かれた。
言われた通りにベッドの端に座ると、早川がその足元に跪いた。
「え?……っ、ぁ」
大きな手が、そっと俺の右足にそっと触れる。柔らかな刺激に目を瞑ると、温かな手とは裏腹に冷たい何かが足に触れた。
「ほら、目を開けて」
「…………わぁ!」
それは、漆喰の下駄だった。
艶やかな黒が映える足先を見つめていると、ヘーゼルの瞳が此方を見上げた。
「よく似合ってるよ」
足先に、口付けが一つ落とされる。
その刺激にふるりと爪先を震わせると、はやり早川は悪戯そうに笑ったのだった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【続編】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる