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第二章

15. 支度

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 なんとか試験を乗り越え、夏休み前の最後の講義が終わった。

 明日からは、ようやく夏休みだ。

「マミちゃん、今日お祭り行くんだって?」

 帰り支度をしていると、左隣の暁人に肩を組まれた。いつもならそのニヤけた面を張り倒している所だが、その横顔がどこか不貞腐れているように見えてやめた。

「何で知ってんだよ」
「祥吾に聞いた。っていうか、あのチラシを祥吾あげたの俺だし~」
「え、悪りぃ。三人で行こうって話だったのか?」
「……俺は今夜はバイトだも~ん」
 
 なぜか不満そうに俺達を睨んでくる暁人に困り果てて、祥吾に助けを求める。
 祥吾は、俺の肩から暁人の腕を引き剥がすと、静かに言った。


「今日行くんだろ? がんばれよ」
「……おう!」


 決戦は、今夜だ。
 


「ただいまっ!」



 少し、息を切らせて帰宅する。
 外はまだまだ青空だが、少しずつ日が翳り始めていた。
「…………あれ?」
 いつもならすぐに「おかえり」と言って出迎えてくれる姿がなく、不思議に思いながら廊下を進む。その時だった。

 カタン……と小さな音がする。

 それは、寝室からだった。
 そっと寝室の扉を開き中を覗くと、そこには早川が立っていた。


 濃紺色の、浴衣を身に纏って。


「えっ……、早川さん?」
 驚いて声をかけると、ちょうど帯を結び終えた彼が振り返った。

「あぁ、おかえり。出迎えられなくてごめんよ。久しぶりに着たから手間取ってね」
「いや……、俺こそ遅くなってごめん」
「用事があるからゆっくり帰ってきてって連絡したのは僕だから。それに、全然遅くないよ」

 そう言って微笑む彼は、とても浴衣姿が様になっていた。色素の薄い肌と髪に、濃紺の浴衣が美しく映える。

「わぁ。用事ってもしかして……」
「そう。注文しておいた浴衣を取りにいってたんだ。蒼大くんを驚かせようと思って」

 いつもよりもやけに色っぽく見える姿を目の前に、思わず顔が火照ってしまった。
 俺が、入り口で固まったまま立ちすくんでいると、優しく手を引かれる。

「お祭りに行く支度をしよう。蒼大くんは、僕が着付けしてあげるよ」

 茶目っ気たっぷりにウインクする彼は、憎らしいほど格好良かった。


 窓の外は、茜色に染まり始める。
 寝室には、麻の浴衣と少し硬い帯とが擦れ合う音だけが響いた。

「俺の浴衣はグレーなの? カッケェ!」
「ふふ。すず色って言うんだよ。少し大人っぽい物を選んでみたんだ」
「早川さんって着物も似合うんだな。着付けもめっちゃ上手いね! 俺できねぇや」

 慣れた様子で帯を結んでゆく手を目で追いながら、緊張した口が勝手に動く。
 すると、帯から視線を外さないまま早川は呟くように言った。

「そうかな。僕も随分久しぶりに着たから少し下手くそだよ。……実家ではね。着物を着る機会の方が多かったんだ」

 その言葉に、一瞬息が詰まる。
 伺う彼の横顔がどこか寂しげに見えて、俺はそれ以上何も言えなくなった。


「できたよ」


 ポン、と肩を叩かれる。
 寝室に置かれた姿見には、錫色の浴衣に身を包んだ俺が映っていた。

「わぁ、俺……。浴衣着るの初めてかも」
「そこのベッドに腰掛けてごらん」

 見慣れない自分に見惚れていると、早川に手を引かれた。
 言われた通りにベッドの端に座ると、早川がその足元に跪いた。


「え?……っ、ぁ」


 大きな手が、そっと俺の右足にそっと触れる。柔らかな刺激に目を瞑ると、温かな手とは裏腹に冷たい何かが足に触れた。


「ほら、目を開けて」
「…………わぁ!」


 それは、漆喰の下駄だった。
 艶やかな黒が映える足先を見つめていると、ヘーゼルの瞳が此方を見上げた。


「よく似合ってるよ」


 足先に、口付けが一つ落とされる。
 その刺激にふるりと爪先を震わせると、はやり早川は悪戯そうに笑ったのだった。
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