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第二章

3. 機嫌

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「マミちゃん、最近ご機嫌だね~」

 やっと午前中の講義が全て終わったかと思えば、左隣に座っていた暁人がニヤニヤしながらこんなことを言い出した。

「はぁ? 別に普通じゃね?」
「いや! 絶対何かあるでしょ。最近お肌ツヤツヤだし、急にお洒落になっちゃうしぃ」
「…………え?」

 ツヤツヤとは?

 首を傾げながら自分の頬を引っ張っていると、今度は右隣にいた祥吾が言った。

「髪も前よりサラサラだし、いい匂いする」

 涼やかな黒い瞳が間近に近づく。
 いつの間にか寄せられた鼻先が首筋を掠め、擽ったさに身を捩る。

「ふはっ! 祥吾、何してんだよ」

 クンクンと犬みたいな仕草をしている黒髪を、わしゃわしゃとかきまぜてやる。
 俺がケラケラと笑いだせば、暁人まで真似して頭の匂いを嗅いできた。

「あ、それ俺も思った。これ、絶対めっちゃ高いシャンプー使ってるでしょ~」
「そうなん? 俺、借りてるだけだしなぁ」
「……借りてる? 誰に?」
「んっと、えーー……」

 祥吾の質問に、咄嗟に答えられずに言い淀む。彼との関係を、彼らに話していいのか悩んだのだ。

 漫画家と絵のモデル。
 雇い主と家事代行人。

 でも、そこへさらに増えた関係。

 全身を蜜に浸されるかのような甘い時間を共にする相手。それはきっとーー…………


「蒼大」


 俯いた俺の頭に、ぽんっと置かれる。
 それは、祥吾の手だった。

「言いたくないことなら、言わなくていいんだぞ」
「もちろん、マミちゃんが我慢できなくて言いたくなったらいつでも聞くけどね」

 見上げる二人は、優しく微笑んでいた。その眼差しは、どこまでもあたたかい。
 俺は、こんな友人達に隠し事なんてしたくないと思った。


「あのさ、実はーー…………」


 そう、口を開いた時だった。


「学籍番号ーー…………」


 教授に呼ばれた番号は、祥吾だった。
 講義中に集めた課題を研究室まで運ぶようにと指示が出る。
 途中で、話は中断してしまった。

「悪いな、蒼大。いってくる」
「量多いし、俺も手伝ってくるからさ。マミちゃん学食の席だけとっといてよ~」

 そう言って立ち上がる二人に、少し遅れて返事をする。

「……おうっ! じゃあ、待ってるな!」

 ぐっと拳を握り、意気込んだ。

(昼飯食べながら早川さんのこと報告しちゃおっと。こ、『恋人』って。……へへっ)

 人生で初めての『恋人』いう文字が、胸の奥にじんわりと甘やかに響く。
 見事に平和ボケしていたそんな俺は、ニヤニヤしながら学食に向かうのであった。


 これが、嵐の前の静けさだったことも知らずにーー…………
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