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第一章
27. ココア
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照りつける太陽が眩しかった夏の日。
まだ見慣れない庭先の木からはひっきりなしに蝉の鳴き声が響き、大きな向日葵が青空の下で気持ちよさそうに風に揺れていた。
縁側で涼んでいると、背後から大好きなお日様のような匂いがして振り返る。
そこには、父親が立っていた。
『蒼大、一緒におでかけしようか』
『うん!』
連れて来てもらったのは、この喫茶店だった。入り口に梟の置物がある風変わりな喫茶店。年老いた店主が笑顔で迎えてくれた。
『蒼大、何がいい?』
父親はメニューを見ているのに、俺は近くの席の客が飲んでいるものに釘付けだった。
『とうちゃん!おれ、あれがいいな!』
そう言って幼い俺が指さしたのは、背の高いグラスに生クリームがたっぷり乗った……
アイスココアだった。
ストローで吸えば、蕩けるようなココアの甘さが口一杯に広がる。
『なぁなぁ!とうちゃん!これからどこいくの?ゆうえんち?』
久しぶりのお出かけに浮かれる俺の目の前で、父親は何も頼まず静かに座っていた。
『おれ、すいぞくかんもいきたいなぁ』
カラリ、と氷がご機嫌な音を響かせれば、不意に父親の瞳から雫が零れた。
『…………とうちゃん?』
それは、次から次へと溢れて、机の上に水溜りを作る。
『やっぱり無理だ。全部、お前が悪いんだ。あんな母親にそっくりなお前の顔が……』
呻くような呟きは、今でも耳に残っている。
『俺は、お前を愛せない』
その日から父ちゃんからは、朝も昼も夜も酒を呑む様になった。
大好きだったお日様のような匂いは、酒と煙草の香りへと変わった。
そして、俺に会いに来なくなった。
大きな背中に、話しかける。
『ねぇ、じいちゃん。母ちゃんはいつ迎えにきてくるの?』
『ねぇ、じいちゃん。父ちゃんはいつ会いにきてくれるの?』
祖父は何一つ答えなかった。
きっと、答えられなかったのだろう。
でも、本当は答えなんて知っていた。
……俺が、愛されていないから。
『ねぇ、じいちゃん。どうしたら、俺は迎えにきてもらえるのかな?』
祖父は、ようやく答えてくれた。
『父ちゃんを恨まないでやってくれ。弱い子なんだ。許してやってくれ』
すまない……
すまなかった……
謝らないでよ。
俺、いつまでも待てるから。
……ーだけど、もう待てないよ。
だれも、俺を迎えにきてくれないんでしょ?
軽やかなベルが、来客の訪れを知らせる。
コツコツと革靴を踏み鳴らす音が近づけば、何かが俯く俺の頭に触れた。
それは、大きな手だった。
「やっと……、見つけた」
見上げる俺と目が合えば、彼は苦しそうに息を詰めた。
「早川さん……」
俺の呼び掛けには応えず、机の上に広げられている書類を一瞥しそれを手に取る。
父親は、慌てたように言った。
「な、なんですかっ!あなた……」
「蒼大君のアルバイトの雇い主です。これは、学生にサインさせるような書類ではないと思われますがー……」
彼は、書類を机に叩きつけた。
「どういうつもりだ。父親なんだろ?」
低い声が囁いた。
静かに怒りを露わにする早川に、父親は震えながら言った。
「お、お前にはっ、関係ないだろ!この子には、俺の親父が残した遺産がある!!払えないわけじゃないんだっ!!!」
「それはこの子のお祖父さんが、この子の為に残した金だろ。お前の私利私欲の為に使っていい金じゃない」
早川の言葉に、とうとう父親は叫び出した。
「煩い煩い煩い!何も知らない癖に、知ったような口を聞くなっ!!」
その時、嫌な予感が胸を過ぎった。
頭の中で警報が鳴り、耳を塞ぎたくなる。
しかし、父親は止まらなかった。
「この子は……っ!
蒼大は……、俺の子じゃないっ!!」
それは、悲鳴のような声だった。
記憶の中の祖父が、哀しげに微笑む。
いつかのアイスココアの氷の音が、耳の奥で鳴り響いた。
まだ見慣れない庭先の木からはひっきりなしに蝉の鳴き声が響き、大きな向日葵が青空の下で気持ちよさそうに風に揺れていた。
縁側で涼んでいると、背後から大好きなお日様のような匂いがして振り返る。
そこには、父親が立っていた。
『蒼大、一緒におでかけしようか』
『うん!』
連れて来てもらったのは、この喫茶店だった。入り口に梟の置物がある風変わりな喫茶店。年老いた店主が笑顔で迎えてくれた。
『蒼大、何がいい?』
父親はメニューを見ているのに、俺は近くの席の客が飲んでいるものに釘付けだった。
『とうちゃん!おれ、あれがいいな!』
そう言って幼い俺が指さしたのは、背の高いグラスに生クリームがたっぷり乗った……
アイスココアだった。
ストローで吸えば、蕩けるようなココアの甘さが口一杯に広がる。
『なぁなぁ!とうちゃん!これからどこいくの?ゆうえんち?』
久しぶりのお出かけに浮かれる俺の目の前で、父親は何も頼まず静かに座っていた。
『おれ、すいぞくかんもいきたいなぁ』
カラリ、と氷がご機嫌な音を響かせれば、不意に父親の瞳から雫が零れた。
『…………とうちゃん?』
それは、次から次へと溢れて、机の上に水溜りを作る。
『やっぱり無理だ。全部、お前が悪いんだ。あんな母親にそっくりなお前の顔が……』
呻くような呟きは、今でも耳に残っている。
『俺は、お前を愛せない』
その日から父ちゃんからは、朝も昼も夜も酒を呑む様になった。
大好きだったお日様のような匂いは、酒と煙草の香りへと変わった。
そして、俺に会いに来なくなった。
大きな背中に、話しかける。
『ねぇ、じいちゃん。母ちゃんはいつ迎えにきてくるの?』
『ねぇ、じいちゃん。父ちゃんはいつ会いにきてくれるの?』
祖父は何一つ答えなかった。
きっと、答えられなかったのだろう。
でも、本当は答えなんて知っていた。
……俺が、愛されていないから。
『ねぇ、じいちゃん。どうしたら、俺は迎えにきてもらえるのかな?』
祖父は、ようやく答えてくれた。
『父ちゃんを恨まないでやってくれ。弱い子なんだ。許してやってくれ』
すまない……
すまなかった……
謝らないでよ。
俺、いつまでも待てるから。
……ーだけど、もう待てないよ。
だれも、俺を迎えにきてくれないんでしょ?
軽やかなベルが、来客の訪れを知らせる。
コツコツと革靴を踏み鳴らす音が近づけば、何かが俯く俺の頭に触れた。
それは、大きな手だった。
「やっと……、見つけた」
見上げる俺と目が合えば、彼は苦しそうに息を詰めた。
「早川さん……」
俺の呼び掛けには応えず、机の上に広げられている書類を一瞥しそれを手に取る。
父親は、慌てたように言った。
「な、なんですかっ!あなた……」
「蒼大君のアルバイトの雇い主です。これは、学生にサインさせるような書類ではないと思われますがー……」
彼は、書類を机に叩きつけた。
「どういうつもりだ。父親なんだろ?」
低い声が囁いた。
静かに怒りを露わにする早川に、父親は震えながら言った。
「お、お前にはっ、関係ないだろ!この子には、俺の親父が残した遺産がある!!払えないわけじゃないんだっ!!!」
「それはこの子のお祖父さんが、この子の為に残した金だろ。お前の私利私欲の為に使っていい金じゃない」
早川の言葉に、とうとう父親は叫び出した。
「煩い煩い煩い!何も知らない癖に、知ったような口を聞くなっ!!」
その時、嫌な予感が胸を過ぎった。
頭の中で警報が鳴り、耳を塞ぎたくなる。
しかし、父親は止まらなかった。
「この子は……っ!
蒼大は……、俺の子じゃないっ!!」
それは、悲鳴のような声だった。
記憶の中の祖父が、哀しげに微笑む。
いつかのアイスココアの氷の音が、耳の奥で鳴り響いた。
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