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第一章

20. 介抱

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「間宮くん」

 遠くで、俺を呼ぶ声がする。

「おはよう。目、覚めた?」

 瞼を開けば、こちらを見下ろすヘーゼルの瞳と目が合う。ぼんやりと周囲を見回せば、そこはマンションのリビングだった。
 どうやら、俺はソファーに座らされているようだった。革張りのクッションに沈むようにして背中を包まれれば、もう一度瞼はとろりと降りてゆく。
 しかし、早川におでこを突かれ起こされた。ねぇ、と低い声が言葉を紡ぐ。

「合コンだったんでしょ?マミちゃん」

 いつもの揶揄うような声なのに、その瞳には微かな苛立ちが潜んでいた。
「だって、さそわれたから……」
 言い訳をすれば、溜息を吐かれる。
「挙句に酒なんて呑まされてるし。警戒心なさすぎるよね」
「さけ?あ、やっぱり……。せんぱい、まちがえちゃったんだな……」
「間違えた?違うだろ。呑まされたんだよ」
 俺は、首を横に振った。
「ちがくないよ。せんぱい、そんなことしねぇって……、っ」
 言葉を続けることはできなかった。
 大きな手に顎を掴まれたかと思えば、強引に上を向かされる。
「もう、いいよ」
 そんな呟きが聞こえると同時に、目の前にペットボトルの水を差し出された。
「ほら、飲める?」
 その声色は優しいのに、反論を許さないような圧を感じた。受け取りたいのに、両手は鉛のように重く動かない。

 一瞬の沈黙の後、キュッ……とキャップを捻る音が静かに響く。

「咥えて」

 唇に咥えさせられれば、口内へと水が流れ込んだ。火照る体に冷たい水が心地よい。
 気づけば夢中でボトルの口をしゃぶり、小さく喉を鳴らしながら飲み干してゆく。
 熱を持て余した体は、貪欲に水分を欲していた。けれど、全部は飲みきれない。
(もう、いらない……)
 満足して口を離そうとするが、上手くいかずに水が零れてしまった。
 顎から首筋にかけて水は滴り、ソファーまで濡らしてしまう。
「……っ、ぁ。ごめんな、さ……」
 上手く出来なかったことを咄嗟に謝る。
 怒られるのが怖くて、上目遣いで様子を伺った。

 しかし、早川は呆れることもなく俺の頭を撫でてくれた。その温かい手が嬉しくて、気づけば自分からも擦り寄ってしまう。

「おれ、おむかえ……うれしかった」

 少し驚いたように見開かれたヘーゼルの瞳と視線が交われば、どうしようもない嬉しさが込み上げて笑顔になれた。

 
「はやかわさんだぁ……って……」


 回らない頭で、必死で気持ちを伝えた。
 思考も、体も、ふわふわと心地よい。


 もう一度瞳を閉じて、寝ようとした時だ。


 突然、大きな手に両頬を挟まれた。
 強く引き寄せられて思わず目を見開くと、整った顔が間近に迫る。
 次の瞬間、赤い舌が濡れそぼる俺の顎先をべろりと舐め上げた。

「……は、ぁっ……?」

 舌先の湿った柔らかな感触に全身が粟立つ。ぞくぞくと這い上がる熱に浮かされていると、早川は熱い吐息を零した。


「エロガキ」


 その言葉の意味なんて分からないまま、突然全身が浮遊感に襲われる。
「……!ゃ、っなに?」
 気づけば、腕の中へと抱えられてしまい、いくら身を捩っても抜け出せなかった。
 早川は俺を横抱きにしたまま、無言で歩き出す。

 辿り着いたのは、彼の寝室だった。

 そう理解した時、早川は俺をベッドへ落とした。乱暴に投げ出された体は、上質なスプリングに受け止められる。

「間宮くんは、そうやって無防備だからつけ込まれるんだよ」

 彼はジャケットを脱ぎ捨てると、ワイシャツのボタンを一つずつ外しながら言った。


「ねぇ、お仕置きしよっか」


 それは、長い夜の始まりを告げる合図だった。
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